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2018/09/20

天皇陛下の身代わりである旭日旗|旭日旗よもやま話


旭日旗がいつ軍旗として制定されたかといいますと、1874(明治7)年1月27日、明治天皇が帝国陸軍近衛歩兵第一聯隊に勅語付きで御親授された時です。

また旭日旗が帝国海軍の軍艦旗として制定されたのは1889(明治22)年11月3日のことです。

その前日まで帝国海軍は日章旗を軍艦に掲げていましたが、それを軍艦旗とはいわず、御国旗と呼んでいました。

日本の将兵たちは大東亜戦争終戦まで、旭日旗は「天皇陛下の身代わり」と心して、天皇の御前に恥ずかしくないようあの戦争を戦い抜いたのです。

その旭日旗を「第二次世界大戦の軍国主義の象徴である戦犯旗」などという蔑称で呼び、世界に悪宣伝を広めているのが韓国です。

そして韓国の旭日旗侮辱をスルーしているのが、「韓国>たかが旗」と思っているであろう左巻き事なかれ主義の日本政府です。


明治天皇 明治三十八年御製|
くもりなき朝日のはたにあまてらす神のみいつをあおげ国民

明治天皇御製2【出典】1935(昭和10)年 郁芳社 真田鶴松 「国旗及祭日祝日の由来」

オランダ軍をインドネシアから追い払った帝国陸軍と旭日旗。

セレベス入り旭日旗2

防衛の第一線ニューギニアを制圧した帝国海軍。日本が開戦に踏み切った原因は対日経済封鎖と戦後の「アメリカ、ソ連に領土を奪われ、武装解除され、共産主義者が湧きまくっている日本」にならないためだった。

ニューギニア制圧海軍2

旭日旗よもやま話


旭日旗に関するあれこれをまとめました。見出しに要点を列記していますので、そこだけごらんになればあれこれわかりますよ。

陸軍軍旗|
・旭日旗は1874(明治7)年1月27日、天皇より近衛歩兵第一聯隊に勅語とともに御親授された
・外国の軍旗は標識、祖国の身代りなり
・日本の旭日旗は天皇の身代りなり


出典:1941(昭和16)年 軍用図書出版社 佐々木一雄 「軍隊に於ける訓示・訓話の参考」 訓令、訓話の資料

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 三、軍旗

一、一般軍旗の由来

 軍旗は其(そ)の部隊の中枢又は最高統帥者の身代りと与へしものなり、故に其(その)精神に於ては史上節刀(せちとう、せっとう:中国の節の制にならって、天皇が将軍や遣唐使の長官に授けた刀。天皇の権限を代行する意味を持つ)錦旗(きんき:にしのみはた。日月を金銀で刺繍し、または描いた赤地の錦の旗。鎌倉時代頃から、朝敵討伐の際、官軍の標章として用いられた)或(あるい)は朝鮮役(ちょうせんのえき)の加藤清正に秀吉の与へし南無妙法蓮華経の旗の如き或は外国史に見る軍旗も同様なり。唯(ただ)単なる標識に非(あら)ず。楠正成の菊水旗、秀吉の千成瓢箪(せんなりひょうたん)の如き或は源氏の白旗、平氏の赤旗は標識にして軍旗とは根本的に精神を異にす。


【源氏の白旗、平家の赤旗|壇の浦の合戦】
dan_no_ura.jpg

二、我国の軍旗

 我(わが)兵制の範を独仏に採りしより察するも軍旗制定は彼等(かれら)の例に真似したらんも(真似したが)、軍旗の尊厳性竝(ならびに)聯(連)隊兵の軍旗に対する観念は根本的に異なる。即ち彼等は軍旗は聯隊団結の核心、名誉の標識或は祖国の身代りとせるも、我軍旗の如く天皇の御身代りとせるに非ず。従って聯隊兵の軍旗に対する信念を異にす。我国の軍旗は明治七年一月二十七日近衛歩兵第一聯隊に親授(しんじゅ:貴人、特に天皇が親(みずか)ら授けること)せられしに始まる、親授の為の御勅語及拝受聯隊長の奉答文は左の如し。


   勅 語

〇〇聯隊編成なるを告ぐ仍(よっ)て今軍旗一旒(りゅう:旗、のぼりなどを数える語)を授く汝等(なんじら)軍人協力同心して益々威武を宣揚し以て国家を保護せよ。


   聯隊長奉答文

敬(つつしみ)て明勅を奉す臣等死力を竭(つくし)誓て国家を保護せん。
我聯隊旗の勅語奉答文は初に奉読せしが如し。即ち聯隊長殿は全聯隊の将兵を代表し、軍旗を陛下の御身代りと仰ぎ死力を尽し国家を保護すべきを親しく御誓ひ申上げしなり。
死力をを尽し我等(われら)は御誓を果さざるべからず(果たさなくてはならない)。我聯隊旗を仰げ、燦(さん)たる菊花の御紋章、御親筆の聯隊号、先輩の忠誠を示す軍旗の風雨弾丸血肉の痕跡を。




軍艦旗|
・日の丸、旭日旗の白地は平和を赤い丸は忠君愛国の赤熱を表す
・旭日旗の十六条の光線は国家危急に際し止まることなく四方に広がる赤誠を表す
・軍艦旗は天皇の身代り、軍旗の在る所、即ち天皇親(みずから)在(まし)ますが如く、敬い尊び、一筋に君在り国有るを思うのみ
・日本国民を好戦的国民という者あれば即座に否定すべし、日本の軍旗、軍艦旗は侵略ではなく平和を表す


出典:1918(大正7)年 正午出版社 伊東庫治 「六千万の鉾尖」 第七章 国民精神 四七 日の丸の旗と旭日の旗

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


国旗は日の丸を現はして忠君愛国の赤熱を平和の白にて包み居(お)れど、軍旗や軍艦旗は旭日を以て現はされたり。地は白なり。平和を愛する色なり。然(しか)れども国家の危急に際すれば、中央の赤誠四方に広がりて而(しか)も直線に至り止まる所を知らず、忠君の赤誠愛国の丹心(たんしん:まごころ。赤心)は上下左右に燃へ広がる像なり。

又一面より観察すれば無明の闇を破りて旭日東天に輝く有様を示しつつあるなり。地の白は戦へばとて徒(いたずら)に侵略的にあらず。野心を蔵するにあらず、平和を得んが為(た)めに戦ふを意味す。即ち人道擁護の為めに軍旗や軍艦旗が戦場の朝風夕風に翻るを意味するなり。

人道を無視し無道を敢へてする、野獣の如き無明の人類を膺懲(ようちょう:こらしめること)して光明赫々(かっかく:あらわれて盛んなさま。功名などの人にすぐれているさま)たる太陽の光輝を普(あま)ねからしむるの意味ともなるなり。

要するに日本の軍旗や軍艦旗は、其(その)色に於ても像に於ても、よく日本人の思想を現して居るなり。又一面より観察すれば神代(かみよ)の昔、日の神天岩窟に隠れ給ひて天上天下常闇となりしが、八百萬(やおよろず)の神の請(こ)ひにより天岩戸を開きて再び此(この)世に出現し給ひし、故事にも通ふ。此旗一度無明の闇にひらめけば即ち天地開明敵の野心も欲望の何れかに去りてあとなく、天祖の神勅炳(あきらか)として日星に等しく軍旗の向ふ所、軍艦旗のひらめく所、忽(たちま)ち天祖の御大魂は実現して皇国を守り給ふ御(おん)像(かた)ちとも見奉らるるなり。

而(そ)して軍旗も軍艦旗も共に 天皇親しく授け給ふ所にして、此旗を授け給ふに当りては、「汝等軍人協力同心して益(ますます)威武を宣揚し我帝国を保護せよ」との勅語を給はるなり。軍旗、軍艦旗の尊厳なるは之(これ)が為(た)めなり。軍旗は聯隊の将卒が死力を尽して之を守護し、軍旗の在る所、即ち天皇親(みずから)在(まし)ますが如く、敬ひ尊び、軍旗の向ふ所火もなく水もなく、親もなく子もなく、家もなく又自己其者(そのもの)もなく、只(ただ)一に君在り国有るを思ふのみなり。

而して軍旗は聯隊の歴史を代表し、忠勇義烈の先輩を紀念し帝国軍人其下旗に集まる全精神を代表するものにてあるなり。軍艦旗も亦(また)同様の意味にして、一艦の将卒死を此旗の下に誓ひて君国に尽すの赤誠は滄海の海き(原文ママ)に比し大洋の広きにも比すべきものにてあるなり。而して又帝国軍艦たるを標するものにてあるなり。(中略)

然(しか)れども吾人(ごじん:わたし)は日の丸が、血の色に通ふの故を以て日本民族をして所謂(いわゆる)好戦国民なりといふものあらば、極力之(これ)を否定せざるを得ず(否定せざるを得ない。否定しなくてはならない)。吾人は既に述べたるが如く、日本の国旗はよく平和を愛し、静粛安寧を好み、而も国家の危機に際し、人類の幸福を祈るが為めならずんば(ためであるから)平和の領土に侵入する民族にあらざるを標示する国のしるしにてあるなり。


【野獣の如き無明の人類|例1アメリカ】
日本軍陣地の日本兵を火焔放射器で焼き殺す米軍。慶良間列島。
慶良間列島米軍火炎放射器

【野獣の如き無明の人類|例2中国】
中国兵に惨殺された日本人の遺体。済南事件。
済南事件

【野獣の如き無明の人類|例3国際金融資本】
原爆投下。
原爆被爆した母子2

【野獣の如き無明の人類|例4朝鮮人】
終戦後の日本国内、満洲、朝鮮での日本人大虐殺。
朝鮮進駐軍

大虐殺された在鮮日本人の慰霊碑。
在鮮日本人慰霊碑



軍艦旗|
・軍艦旗を掲げた船舶の艦船内は本国の領土にして外国の法令に服する義務なし
・軍艦旗は1889(明治22)年11月3日に制定された
・国旗の制定については各国の信念あり、外国に忖度できるものではない


出典:1935(昭和10)年 郁芳社 真田鶴松 「国旗及祭日祝日の由来」 第四章 日章旗の用法

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 (ソ)軍艦旗の特権

 個人は、外国に行くときは、条約上其(その)国の法令に服し往々納税の義務をも生ず、……治外法権ノ場合ハ格別ナリ……之(これ)と同じく普通の船舶も、厳然たる国籍を有すとも、外国の港湾に入るときは、其国法に従ふ、ただ軍艦旗を掲ぐる船舶は、何れの国如何なる海洋に到るとも、其艦船内は依然として本国の領土にして、何等(なんら)外国の法令に服するの義務なし、……港則ニ従フコト使用ノ繋留用具ノ損料ヲ支払フ等ノコトハ当然ナリ……従て外国の罪人追補権は艦船内に及ぶこと無し、但し戦時に於ける国際法規の規定は別問題なり。

 軍艦(軍艦旗ヲ掲グル艦船ヲ含ム)には、如此(これがごとき)特権を附せられあるが故に、一見して軍艦と商船とを区別し易からしむる為(た)め、明治二十二年十一月三日以後、特に日本の軍艦旗即ち十六条の光線を附せる日章旗を制定せられたるものなりと思はる、因みに記す、明治二十二年十一月二日迄は、我国の軍艦にも白地日の丸の国旗を掲げしめられ、軍艦旗と称せず、之を御国旗と称せしめられたり。

 外国の例を見るに、仏蘭西(フランス)国の如き北米合衆国の如きは、軍艦にも商船にも同一形式の国旗を用ふ、英吉利(イギリス)国の如き伊太利(イタリア)国の如きは之を別にす、其他の国々のものは区々なり、其理由は其国人ならでは之を明かにするを得ず、但し国旗の制定に就(つい)ては各其国の信念ありて之に寓す、外国よりは容易に之を忖度し得ざるものなり。




独立国としてのスキルゼロ!!韓国政府が列国海軍に軍艦旗掲揚の自粛を求めた

軍艦は外国の領土そのものであり、各国の軍旗に外国は口出しできません。韓国や北朝鮮が「五千年独立国」を自称したところで、こういう所で独立国としてのスキルがゼロだと露呈するのです。

そもそも日本に敗戦したイギリス、オランダ、中華民国、第一次世界大戦のドイツ、日露戦争のロシアも旭日旗を問題視したりしないのに、当時日本の一地方だった朝鮮半島が旭日旗を問題視するのが異常です。

安倍さんも三選したなら、いい加減、韓国の旭日旗侮辱に抗議してくれませんかね?英霊が「天皇陛下」と仰いだ旭日旗への侮辱をいつまでスルーするんですかね?


政府関係者「海軍、観艦式参加国に国旗以外の掲揚自粛を要請」
2018年9月18日 アジアトゥデイ(韓国語)

我が(韓国)政府が日本側に対し、来る10月に済州島で開かれる国際観艦式に参加する海上自衛隊の艦艇に、旭日旗を付けないで欲しいと要請した事が18日に分かった。

政府関係者はこの日、「海軍が最近、日本を含む国際観艦式参加国の政府に対し、海上観閲時に艦艇に公式国旗以外の他の象徴は掲げないで欲しいという書簡を送った事が分かった」とし、「政府もこれに関連した要求を日本にした事が分かった」と明らかにした。

しかし、これに対する日本政府の立場はまだ伝わっていないとこの関係者は説明した。

来る10月10~14日、済州島で開かれる海軍国際観艦式に軍国主義の日本の象徴である旭日旗を付けた日本軍艦が参加する事が伝わり、これを拒否しなければならないという国民的要求が殺到した。

特に青瓦台(大統領府)の国民請願掲示板には、これに関連する請願が37件も寄せられた。(後略)


【日韓併合の詔書|朝鮮は武力で侵略されたという捏造】
破産した大韓帝国は清国、ロシアの脅威にさらされ、日本に併合を申し出た。台湾、満洲と植民地が未開の土地ばかりだった日本は大韓帝国併合には乗り気ではなかった。併合後、日本は大韓帝国の借金を肩代わりし、王族は日本の皇族と同じに扱い歳費を支給、日本の予算と民間の投資で朝鮮を近代化した。諸外国は朝鮮半島と関わると日本のように捏造でユスられ、タカられると思え。

日韓併合詔書


【記事引用】http://hosyusokuhou.jp/archives/48823143.html



【画像出典】
1942(昭和17)年 大本営海軍報道部編纂 「大東亞戰爭海軍作戰寫眞記録. 1」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史南方攻守編」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史開戦進攻編
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史落日終戦編」


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