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2018/09/09

日本人が悪思想に染まると天災・戦争が起きる|大正天災年表


日本人が西洋思想に染まって思想が悪化すると、天災が起こり、戦争に巻きこまれるという法則があります。

要するに日本政府や国民が個人主義だ、国際主義だ、自由平等主義だ、共産主義だ、社会主義だと浮かれて皇室のありがたみを忘れ、調和を失い、闘争に満ちた社会を作ると神による引き締めが起きる、ということでしょうか。

大正時代は現代日本と同じように国民思想が腐敗しきっていたからか、わが日本はわずか15年間に第一次世界大戦に巻きこまれ、多くの大地震、風水害、火山噴火に見舞われています。

それでも大正時代の方が今よりまだマシだったでしょうね。今の日本政府のように外国人第一主義ではありませんでしたから。


【今上陛下もバカでおろかな国民をご心配になられているかと】
天皇皇后両陛下


明治維新→西洋思想が流行→日清・日露戦争→西洋思想が流行→第一次世界大戦→西洋思想が流行→大正天皇「危険思想を絞め直せ」

われわれ日本人は開戦となると国民的自覚をとりもどし、戦争が終るとまた西洋思想に夢中になるという愚行を繰り返してきました。

大正デモクラシーのデモクラシーの意味は民主主義ではなく、ギリシャ語の「デモス(人民)」と「クラトス(支配)」を合わせた造語なので「人民の支配」という意味です。不穏ですね。言霊の国で使うべき言葉ではありません。


出典:1937(昭和12)年 大社町西尋常高等小学校 「神国民教育」 第二章 神国民教育の基調 第二節 日本精神の研究

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


かかる状勢の中に国粋保存運動等も起って明治二十年前後新旧思想の論争囂々(ごうごう)たる中に、畏(かしこ)くも明治二十三年十月三十日に煥発せられた「教育ニ関スル勅語」は当時に於ける思想問題解決の大原則を示させ給ふたものと見るべきである。

実に此(こ)の御聖旨の煥発と次いでたまたま明治二十七八年と明治三十七八年との戦役あり、此の戦こそは大いに我が国民的自覚を高め得たのである。

然(しか)しその後の一般世想(原文ママ)は再び所謂(いわゆる)西洋思想の流行に任せる様になった。かくして世は大正の御代となり世界戦役(第一次世界大戦)後に於いては亦(また)もデモクラシー思想の跋扈を見、国際主義の流行となり国民的自覚を再び消滅せしめんとする傾向を生じたのである。

これが為(た)めに個人主義世界主義とを基調とする社会主義運動発生の余地を与へ、所謂思想国難の叫びをさへ耳にするに至ったのである。(中略)

是(ここ)に於て上下漸く真剣に国民精神の覚醒の必要に気付くに至ったのであるが、畏くも大正十二年十一月十日「国民精神作興ニ関スル詔書」を煥発せられて国民精神の涵養振作する事の必要を御諭し給ふたのであった。


【参考記事】
教育勅語とは外来思想からの自衛手段
神意発動をジャマして虐殺された日本人|国民精神作興詔書


大正年間の災害についてはこちらです↓↓↓

大正年間|主な地震一覧

年 月 日発生地域・被害
1917/
大正6年1月5日
台湾南設庁震災
1918/
大正7年11月11日
信濃大震
1923/
大正12年5月23日
但馬北部地方震災
倒壊家屋 3,333戸
死者 395人
1923/
大正12年9月1日
関東大震災
倒壊家屋 701,627戸
死者 99,331人
1926/
大正15年5月22日
北海道十勝岳爆発
四里四方泥海、被害多し(※一里は約4キロメートル)


大正年間|主な風水害一覧

年 月 日発生地域・被害
1918/
大正7年  9月
各地方風水害
1919/
大正8年  7月
山陽、北陸地方風水害

〃      8月
台湾、朝鮮、沖縄風水害
1920/
大正9年  7月
朝鮮水害

〃      9月
東海、東北地方風水害
1921/
大正10年6、7月
九州水害

〃      9月
関西地方風水害
1922/
大正11年7、8月
朝鮮水害

〃       9月
沖縄、台湾風水害
1923/
大正12年   8月
朝鮮大同江、鴨緑江増水北鮮地方被害甚大
1924/
大正13年   8月
台北大暴風雨

〃     9月
関西、関東地方風水害
1925/
大正14年   7月
朝鮮大暴風雨、京城浸水8000戸

〃     10月
関東地方豪雨、浸水40000戸
1926/
大正15年   1月
東北、北海道大吹雪

〃       7月
新潟県下出水(洪水)、死傷200名

〃       8月
各地風水害


大正年間|火山噴火一覧 ※小噴火は除く

火 山 名噴火年月日
浅間山1912(大正元)年10月
〃      12月
1913(大正2)年2月11日
〃    4月11日
1914(大正3)年1月12日
1919(大正8)年3月13日
1920(大正9)年12月22日     
〃   12月26日
1921(大正10)年6月4日
〃    6月21日
〃    6月25日
1922(大正11)年1月14日
〃    1月22日
〃    3月11日
阿蘇山1916(大正5)年4月19日
1926(大正15)年2月
樽前山1917(大正6)年4月30日
〃    5月12日
霧島1913(大正2)年11月8日
〃    12月9日
1914(大正3)年1月8日
焼ヶ岳1913(大正2)年9月1日
1915(大正4)年6月6日
1916(大正5)年4月11日
1925(大正14)年5月3日
〃    6月27日 
1926(大正15)年10月30日
三原山1914(大正3)年5月15日~16日
1915(大正4)年10月14日
十勝岳1926(大正15)年5月23日~24日
〃     9月8日
桜島1914(大正3)年1月12日
〃    1月16日
千島列島、伊豆列島、列島其(その)他小噴火は之(これ)を略す
【出典】1938(昭和13)年 東京府学務部社会課 社会調査資料第30集「天災地変に関する調査(下巻)」


硫黄島も爆発|英霊が命がけでお護りした皇太子殿下を玉座から引きずりおろしたポリコレ日本政府


硫黄島で火山性地震が増加
2018年9月8日 共同通信

 気象庁は8日、東京の硫黄島で火山性地震が増加し、同日午前2時ごろから午後9時までに566回観測したと発表した。噴火する可能性がある。


【お小さかったころの今上陛下】

今上陛下皇太子時代



今上陛下は続投を御希望だったはず。民主主義、マスコミ、日本政府は恐ろしい。西園寺公「陛下、議会が女王の死刑執行令状を決議したならそれに女王はサインせねばなりません、それが立憲君主制です」

宮内庁次長は全面否定「報道の事実一切ない」生前退位
 2016年7月13日 朝日新聞
http://www.asahi.com/articles/ASJ7F6W4MJ7FUTIL04G.html

生前退位意向 宮内庁長官「お話しになられた事実はない」
 2016年7月14日 毎日新聞
https://mainichi.jp/articles/20160715/k00/00m/040/041000c

宮内庁長官「第三者の推測、適切でない」生前退位巡り
 2016年7月14日 日本経済新聞
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG14H5P_U6A710C1000000/

天皇陛下、早期退位想定せず 公務「このペースで臨む」
 2016年7月16日 共同通信
https://this.kiji.is/126730169875546121

天皇の生前退位「まったく知らない」菅官房長官 宮内庁も全面否定
 2016年7月14日 エキサイトニュース
https://www.excite.co.jp/News/society_g/20160714/
Hazardlab_15809.html


【硫黄島の日本兵を生きたまま火焔放射器で焼き殺す米兵】
硫黄島火焔放射器


【今も野ざらしのままの英霊の御遺骨】
硫黄島遺骨



【画像出典】
アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031074500:1941(昭和16)年1月8日 内閣情報局 「写真週報150号」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編「大東亜戦争写真史孤島邀撃篇」



戦前日本人|人心が悪化すると天災がおきる、天災が続くと人心が乱れるWIN-WIN

次々と日本を襲う天災が人工であれ、天然であれ、日本から共産主義や国際主義、ポリコレという世界的伝染病を一掃すれば天災がおさまるということです。

明治帝崩御の日本は人心・思想・生活が悪化、天災が相次いだ


出典:1927(昭和2)年 宝文館 枡本卯平 「自己発見」 第二章 日本民族の社会 第二節 民族的生産

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 英国人の眼に映った、明治天皇崩御の日本は、神から人へ移ったと取られてあった。その意味は、日本内容の不安をいふのである。言ひ換ふれば、日本社会は、完全な統一から、不安な動揺へ転化した意味である。

 事実その意味の通りである。桜島の爆発を初めとして、東京の大震災に至るまで日本は天災地殃(てんさいちおう:殃はわざわい、災難の意)に祟られていた。且つその上に、人心の悪化、思想の険悪、生活の脅威、人事の上の事柄は、寒心に堪へぬ状態である。




日本は関東大震災で第一次世界大戦で得た富を失い、アメリカは世界最大国となった


出典:1923(大正13)年 改造日本社 大西啓太郎 「改造の日本・震火洗礼」 科学と迷信=天災と世相

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 科学者は云(い)ふ、地震は自然的の一現象のみ、何等(なんら)人事的関係なしと。科学者の言としては洵(まこと)に然り。されど和漢を問はず、昔より転変地殃(てんぺんちおう:殃はわざわい、災難の意)と其(その)時代の治乱興廃の跡を考察すると、そこに微妙の感を禁じ得ないものがある。(中略)

 兎に角(とにかく)日本今回の震火災は、歴史上紀元七十九年のポンペイの肉欲都市ヴェスビユウス(イタリア・カンパニア州にあるベスビオ火山)の爆発によって壊滅したのに比すべき世界歴史上の出来事で。それで前年来欧洲大戦(第一次世界大戦)のお蔭(かげ)で莫大な余沢(よたく:先人がのこしためぐみ)に浴していた日本も、ここに恰(あたか)も英、仏、独等の戦争国同様の憂き目に会ったのである。天は平等に渾(すべて)円球上の国々に禍(わざわい)を下したのである。唯(ただ)あくまでも好運に恵まれているのは独り米国で、米国は殊に財力の上で愈々(いよいよ)完全に世界唯一の最大国となってしまった。




いつまでも天災がやまぬとき、人心は乱れる


出典:1914(大正3)年 敬文館 大久保留次郎 「群衆の心理」 第三章 群衆発動の原因 (三)天災悪病の流行

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


大火があって、幾万の家屋が烏有に帰したとか。暴風があって、田畑は見る見る破損を蒙り、食ふに糧なきの惨状を呈したとか。大洪水があって、衣食住はすっかり洗ひ流されて了(しま)ったとか。大地震、大噴火かあって、生活も出来ぬ様を呈したとか。或(あるい)は悪病が流行して、可愛い子供に別れ、父母兄弟に分れたとか。かかる以外の天災悪病があると、人民はだまって見ていられぬ。これは天の報(むくい)であるとか。これは世界の滅する前兆であるとか、いろいろの考(かんがえ)を起して、騒ぎ立てる。

彼等(かれら)は生活が困難だからばかりでない。この世が何(な)んとなく嫌いになり、悲しくなって、かく決心するのである。一波さってまた一波。海岸に打ち寄せる波の様に、何時(いつ)までたっても困難天災が止まぬ時には、人民が動揺するのも無理ではあるまい。


日本人の宗教思想は「自分の心の中に神がいる」というものです。だから私たちが西洋思想に惑わされて「大和」どころか小さな調和さえも失うと、その欲や不安がそのまま現実になるのだと思います。

私たちが真の平和に満たされるには、日本人らしい平和、平安、調和のとれた現実を実現することだと思います(参考記事:日本人が神である理由)。

神は万物の創造主ですから破壊を好みません。神は最初の宇宙を創造した時から、あらゆるものを創造し、いくつもの宇宙を満たしています。それに反して欲や不安にさいなまれ、破壊を創造するのはわれわれ人間です。

神の意図にそむいて、破壊を続ける者、他者に破壊させる者、神が創造したものを独断で排除する者は、いずれ淘汰されるでしょう。



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