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2018/09/01

経済封鎖は実質上の宣戦布告|旭日旗問題


経済封鎖が実質上の宣戦布告といわれる理由は、経済封鎖をかけられた国がその状況を突破するには武力戦に訴えるしか手段がないからです。

この経済封鎖、経済断交という交戦手段の名称は、現在では「経済制裁」に一本化されています。

日本が太平洋戦争開戦を決意したのも、連合国による経済封鎖、世にいうABCD対日包囲網を突破するためでした。


アメリカの経済制裁に敗戦した戦犯国北朝鮮、武力戦にいたる勇気なし

シンガポール講和会議にノコノコ出てきて、ただいま絶賛武装解除中。

金正恩2

南北統一で韓国も戦犯国に

韓国が旭日旗を戦犯旗と呼ぶ理由は、日本が韓国を始めとするアジア諸国を侵略した、いわば「戦争犯罪を起した国」だからだそうです。

韓国がいうように外国を侵略して敗戦した国を「戦犯国」と呼ぶのならば、日本に無条件降伏したイギリス、オランダ、ナチスドイツに降伏したフランスも戦犯国ですから、韓国はそれら連合国の軍艦旗も「戦犯旗」と呼ぶべきです。


【日本に無条件降伏したイギリス@マレーシア】
1947年2月15日。約100年間続いたイギリスによる植民地支配が終った。
杉田情報参謀パーシバル2

【日本に無条件降伏したオランダ@インドネシア】
1942年3月9日、日蘭降伏会議。真珠湾攻撃から約3カ月でオランダによる植民地支配が終った。日蘭降伏会談2

ここでハッキリさせておきますが、大東亜戦争を始めたのは日本ではなく、対日経済封鎖をかけてきた連合国です。

もうひとつ韓国に言っておきますが、もし朝鮮戦争終戦宣言が出て南北統一が実現したなら、韓国も戦犯国ですね。おめでとう。

そして日本政府は戦勝国アメリカの同盟国として在日朝鮮人(韓国人含む)を国外追放にするべきでしょう?国連安保理決議第2397号を守らないのですか?


資料|1933(昭和8)年|現代の戦争に経済封鎖は付きもの


出典:1933(昭和8)年 春秋社 石丸藤太 「一九三六年」 第七章 戦争の合図-対日経済封鎖 一 経済封鎖不可能論者の妄想

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 経済封鎖とは

 現代の戦争には経済封鎖は影の形に従ふように一の附きものとなった。即ち戦争に先んじて行はるることもあり、又は戦争と同時に之(これ)を行ふこともある。

 経済封鎖とは何かといへば、一切の通商上、金融上の関係を断絶し、又個人としての交通までも防遏(ぼうあつ:ふせぎとめること)するもので、その一部又は全部を断交禁遏(原文ママ)する程度の如何により、経済封鎖の範囲と緩急に差異が生じて来るのである。




資料|防衛省防衛研究所
アメリカは経済封鎖で日本が戦争に踏み切ることを知っていた

フーバー大統領、ウェルズ国務次官らは「対日経済封鎖は戦争に至る危険がある」と認識していました。なぜなら複数の国が連携して課す経済封鎖を突破するには武力戦しかないので、経済封鎖は宣戦布告に等しいからです。

そして結局アメリカは日本に対しハルノートをたたきつけ、大陸に展開している防共駐兵を撤兵して共産革命で滅亡するか、または経済封鎖で餓死するか、どちらか選べと迫りました(参考記事:従軍慰安婦と近衛メッセージ)。

アメリカは北朝鮮にも武装解除か経済発展か、どちらかを選べと言いましたね。


出典:2011(平成23)年 防衛省防衛研究所 高橋文雄 「経済封鎖から見た太平洋戦争開戦の経緯:経済制裁との相違を中心にして」(PDF)

※管理人注:〔〕内は管理人による注釈です。


(14ページ)

(2)米国の「ローズヴェルト型経済封鎖」

 満洲事変勃発から上海事件に至る一連の経過の中で、国際連盟は米国に協力を要請し、米国もそれにこたえてきた。満洲事変解決に向けての10月16日以降の理事会には、米国のオブザーバーとしてスイス駐在米国大使が参加し、リットン調査団のメンバーにも米国から1名が参加した。

1932年1月8日、米国は「不承認主義」として知られる対日通牒を発し、不戦条約及び九カ国条約に基づいて、国際連盟を支持する姿勢を明確にした。また2月16日、理事会議長は、対日通牒を発し、日本が連盟規約、不戦条約及び九カ国条約に違反していると指摘したうえで、これらの連盟規約及び条約の遵守を求めた。

 しかし、満州事変時の米国のフーバー大統領は、スチムソン国務長官の対日「経済制裁」論を採用しなかった。その理由のひとつに、日本に向けて行う場合に限らず禁輸又は「経済制裁」が目標とされた国にとっては戦争を意味するとの認識をフーバー大統領が抱いていたからであった。これがウィルソン政権のもとで食糧庁長官として「第一次世界大戦型経済封鎖」の一翼を担ったフーバー大統領の見識であった。

(15ページ)

 1937年7月に支那事変が勃発すると、ローズヴェルト大統領は、対日「経済封鎖」を模索しはじめた。7月中旬にローズヴェルト大統領は「対日封鎖」の着想をサムナー・ウェルズ国務次官に打ち明けた。ウェルズ国務次官によれば、「大統領のプランは、太平洋の戦略ポイントに配備された米英海軍部隊によって強要されることになる禁輸を日本に強いることであった。日本経済は、米英の市場に大きく依存していた。もし、これらの市場が閉ざされれば、日本は、発展し続けることを長くは望めなくなるであろう。」というものであった。

またウェルズ国務次官が、「日本経済がアメリカ人の市場と英国人の市場に大きく依存しているので、これらの市場が日本に閉ざされるような封鎖は戦争に至る危険を孕〔はら〕んでいるのではないか」と質問すると、ローズヴェルト大統領は「そうは考えていない。日本は既に中国に深く介入しているので、日本経済は臨界点に達している。もし日本の貿易が遮断されれば、日本が非常に必要とする東南アジアの石油と天然資源にアクセスできるようになる前の早い段階で日本は行き詰まってしまうであろう。……日本はこの重大局面に戦争のリスクを敢えて犯すことはしないであろう」とこたえていた。

(20ページ)

 陸軍でも1933年に、森武夫二等主計正は『戦時統制経済論』を著し、第一次世界大戦の経験をもとに「経済と戦争形態」を理論化し、将来の戦争の実践的要求にこたえようとした。森は、将来の戦争の大目的が強大ブロックの政治的、経済的、地理的な膨張にあると位置づけ、2つの大目的達成方法を提示した。第1の方法は一国が相手国の軍事力を破砕して武力抗争を断念させることであり、第2の方法は第一次世界大戦に顕著に見られた経済戦争及び思想戦争により、一国が相手国の国民生活に重圧を加え、戦意を崩壊させて武装解除状態に至らせることである。

また森は、将来の戦争では、武力戦争のほかに経済戦争が行われ、平時から展開されている「経済戦」が戦争惹起の主原因となり、一度戦端が開かれると平時の「経済戦」が真の経済戦争に化すと観察した。

(29ページ)

1941年11月、中嶋権吉海軍少将は、外務省の在京高等官に、すでに幕が切って落とされていた英独による武力戦を第一次世界大戦と同じ「封鎖対封鎖の戦争」と講義した。すでにはじまっていた日中間の武力による「経済封鎖」戦の中で開始された対日「ローズヴェルト型経済封鎖」は、在米資金凍結により完全な対日「経済封鎖」となり、日本が武力でこの突破を試みたとき、「第一次世界大戦型経済封鎖」に衣替えしただけであった。


【真珠湾攻撃】
マストにひるがえる旭日旗とZ旗。日本は太平洋とアジアを支配しようとするアメリカに戦いを挑んだ。ひとたび堪忍袋の緒が切れれば、二度と思い直さないのが日本人。太平洋戦争はアメリカの陰湿なイヤガラセに対する報復でもあった。
真珠湾攻撃空母2



日に日に異常性が深刻化する朝鮮半島|
新聞社が「戦犯旗という言い方が正しい」

日本が再軍備したらまた朝鮮半島を侵略する!と信じこんでいる異常な民族。この異常性を他者にまで強要し、日本の安全をおびやかす。

日本は日清、日露両戦役、第一次世界大戦の戦勝国なのだが、これらの戦争に適用できない「戦犯旗」という概念は韓国以外の国では通用しない。

日本にとってラッキーなのは韓国、北朝鮮は自力では立てない国だということ。放っておけば勝手にツブれる。


<戦犯旗根絶特別企画>「FIFAも削除した…戦犯旗問題、これからは強くいこう」(2)
2018年8月6日 中央日報

--まず、旭日旗、旭日昇天旗、戦犯旗などいろいろな表現があるが、どの表現が正しいのか。

「旭日昇天旗は間違った言葉だ。旭日旗は正しい言葉だが、戦犯旗という単語がもう少し警戒心を喚起することができ、最も適した表現ではないかと思う。日本がアジアを支配する時に前面に出した旗が戦犯旗である以上、ナチス党旗(ハーケンクロイツ)のような意味だと言うことができる。もちろん、2つの旗の誕生背景は違うかもしれないが、戦争で最も前面に出した点から戦犯旗という言い方が正しいのではないだろうか」 (中略)

--戦犯旗問題を解決するためにどのような努力が必要か。

「日本の認識変化も重要だが、結局は世界的な世論を通じて日本を圧迫していく戦略に変えるほかはない。世界的に旭日旗イコール戦犯旗、使ってはいけないものという認識を植え付けて世論を形成し、日本政府を圧迫する戦略が最も大きな効果を上げることができる。さらに、韓国や中国など、日本に侵略された過去を持つアジア諸国を中心に戦犯旗禁止関連法案を作ることも重要だ。アジア圏で戦犯旗が国際法上禁止されれば、グローバルスポーツブランドの戦犯旗使用も減るのではないだろうか」


【朝鮮人より送られた日韓合併希望の電報】
日韓併合は旧韓国が希望したもの。朝鮮半島を助けると歴史を捏造されて後々つきまとわれる。日韓合併希望の電報

旭日旗を掲げ、中国武漢に向う日本軍艦。
写真脚注:徐州の支那軍殲滅は巧みな敵の後退で実現せず 鳥つく暇もない武漢攻略が必要となった 武漢攻略は地上軍と浙江部隊の協同作戦だ

旭日旗武漢2

旭日旗を掲げ、フィリピンに上陸する日本軍。
写真脚注:フィリピンの無数の島々に、次々にこうして軍艦旗が進む 射ってくるものはいない 三々伍々 滑るなよオイ

旭日旗フィリピン2

フィリピンダバオの街を行進する陸戦隊 裸の坊やが胸を張って歩調を合せる ちっともこわくないからである

帝国海軍陸戦隊行進@ダバオ2

インドネシアのスラバヤで行われた天長節の行進とインドネシア人の群衆。日本はジャワ海から連合国の軍艦を一掃した。そして今のアジア大会がある。

日本軍@ジャワ島行進2

ニューギニアのカヴィエン。

旭日旗ニューギニアカヴィエン2

旭日旗を掲げる日本軍朝鮮人兵。アジア大会で旭日旗騒動を起したりするのは朝鮮人だけ。

旭日旗朝鮮人兵1



【出典】
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史開戦進攻編」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史大陸戦塵編」


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