HOME > 旭日旗問題 > title - 日本に無条件降伏したイギリス|旭日旗問題
2018/08/17

日本に無条件降伏したイギリス|旭日旗問題


イギリスのサッカー選手が旭日旗模様の帽子を着用していた!!と韓国が騒いでいますが、イギリスは大東亜戦争で日本に無条件降伏しています。

朝鮮人はこの有名な写真を知らないのでしょうか?投降したイギリス兵を引率する日本軍の写真です。

イギリス兵がかついでいるのはユニオンジャックと白旗です。

イギリス軍投降2

近接撮影。降伏調印式に向うパーシバル中将(右端)一行。先導は杉田情報参謀。1947年2月15日、マレーシアで約100年間続いたイギリスの植民地支配が終りました。

杉田情報参謀パーシバル2

その日本に降伏したイギリスが問題視しないどころか、オシャレで身につけていた旭日旗を、戦前日本の一地方だった韓国が被害者ヅラ&戦勝国ヅラして問題視、抗議したりもする。

まったくバカげています。世界も韓国にはウンザリしているでしょうね。


【今回無知なる朝鮮人のエジキになったシャマル・ジョージ氏】
リバプールユースシャマルジョージ2画像引用URL:http://blog.livedoor.jp/sekaiminzoku/archives/52346178.html


コレが旭日旗だ!!
1942(昭和17)年2月15日|日本軍に無条件降伏したイギリス軍

1941年12月8日、西洋列国の日本人差別、権益侵害、ABCD対日包囲網(経済封鎖)、ハルノートに国家存亡の危機を感じた日本は、真珠湾攻撃と同時に南方攻略作戦を展開しました。

ハリキリすぎたのか、南方攻略部隊は真珠湾攻撃より一時間も早くマレーに到着、その勢いのままイギリス軍を追いつめていきました。

写真脚注:司令部の上に翻っていたイギリスの旗をおろして万歳 嬉しい顔々 一帯は海軍工廠施設 戦争中期以後これが物をいった

シンガポール陥落1_2

シンガポール島には飛行場が六つ 軍港地区のセレター飛行場には輸送機の残骸が転(ころが)っていた イギリスのマークが見える

シンガポール陥落2_2

センバワン飛行場にあった英ブルースター・バッファロー戦闘機 逞しい姿にも似ず、零戦には歯が立たない飛行機であった

ブルースターバッファロー2

南遣艦隊旗艦軽巡香椎は少尉候補生練習艦用に造られたものだが、シンガポールを家として頑張っていた

シンガポール陥落旭日旗2

戦いは終った 武装解除をうけるイギリス軍の将兵が続々と集結する 解除を終った捕虜の群は 列を作って収容所へ

イギリス軍武装解除2

収容所へ向かうイギリス軍

収容所へ向うイギリス軍2

即時無条件降伏の即答を求める言葉が 山下中将(正面左端)自身の口からでた〈イエス オア ノー〉2月15日午後7時50分(世にいう山下-パーシバル会談)

無条件降伏を求める山下中将2

降伏会議が終り夕陽をうけて立つ両司令官 右三人目からパーシバル中将 山下中将

英パーシバル中将山下中将2

リバプールFCの威を借りて日本を侮辱する朝鮮人。日本人も朝鮮人のように白人に事大すると思っているんですね。命がけで独立を守った日本人は、白人の手先になって独立を与えられた朝鮮人とはちがいます。(参考記事:散るまぎわの大日本帝国とインド独立



世界が無知なる韓国の被害者になりつつある

軍国主義の定義が「社会主義、共産主義を排撃する」ということも、「反日」と「反共」は両立できないということも知らないんでしょうね、自称反共バ韓国は。「反日」とは共産党のスローガン「反日本帝国主義」の略ですので。


【旭日旗問題】「光復節なのに…」戦犯旗帽子かぶった写真を公開したリバプールユースの選手
2018年8月15日 2NN

イングランド・プレミアリーグ・リバプール・ユース・ゴールキーパー、シャマル・ジョージ(20)が戦犯旗模様が描かれた帽子を着用して物議をかもした。 (中略)

戦犯旗は日本が太平洋戦争を起こしてアジアを侵攻した時に使った旗で日本軍国主義の象徴だ。日章旗周辺から太陽模様の真っ赤な斜線が特徴だ。ドイツ・ナチの象徴であるハーケン・クロイツ模様は厳格に禁止さているのに比べて戦犯旗は相変らず多様なデザインに使用中だと論議が続いている。

チョン・ヒョンジュ客員記者

ソース:国民日報(韓国語) 「光復節なのに…」「戦犯旗「帽子かぶった写真あげたリバプールユース選手
http://news.kmib.co.kr/article/view.asp?arcid=0012603911&code=61121111&sid1=spo


【写真週報第209号|1942(昭和17)年2月25日|内閣情報局】

シンガポールは英国が東亜の地図を色染めていた侵略の拠点だった 同様の汚点が東亜人の心の中にも浸み込まされていたら陥落を機会に目に見えないシンガポールをも撃破しておかなくてはならない

写真週報シンガポール陥落2

【日本人「祝シンガポール陥落」】
写真週報祝シンガポール陥落2_2

【出典】アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031080400:1942(昭和17)年2月25日 内閣情報局 「写真週報第209号」



【画像出典】
・1953(昭和28)年 富士書苑 森高繁雄編 「秘録大東亜戦史マレー・太平洋島嶼篇」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史開戦進攻篇」
・1954(昭和29)年 富士書苑 森高繁雄編 「大東亜戦争写真史南方攻守篇」

関連記事
スポンサーサイト