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2018/08/07

日本のユダヤ人保護に原爆で報いたアメリカ


日本共産党が「広島平和祈念式典で安倍首相が核兵器禁止条約に触れなかった!」とツィッターでアジッていますが、原爆を開発したのは、反共ナチスの迫害を逃れてアメリカに亡命したユダヤ共産主義者と在米ユダヤ人科学者らです。

そして、原爆の開発と日本への投下を決定したルーズベルト大統領もユダヤ人でした。

なのでユダヤ共産主義者はユダヤ人を迫害したナチスドイツではなく、ユダヤ人を保護した日本に原爆を投下したのです。


【杉原千畝氏】
杉原千畝1

アメリカが日本に原爆を投下した理由は、日本人が劣等な有色人種であり、日本の国体が共産主義者が思想的に否定している君主制、資本主義国家だからです。

それと開発者自身が知らない原爆の破壊力と放射線の人体への影響を知るために、日本人をモルモットにしたということです。

この非人道的行為は旧ソ連がフランゲリヤ島の収容所で、政治犯を使った人体実験をやっていたのと同じです。

フランゲリヤ島で実験台になったのは反体制ロシア人、原爆の実験台になったのは反共日本人、実験をやったのは共産ユダヤ人です。


【思想が同じならやることも同じ】
フランゲリヤ島についてはこの記事の最後の方に書いています→「731部隊」は連合軍だった|WW2の細菌戦

フランゲリヤ島

日本はもう二度と「悪」に「善」で報いてはなりません。


ね?少数派日本人を虐待する共産党さんよwwwww

この赤魔らが日本で「反戦」「核兵器廃絶」を宣伝する理由は、日本が持つ「アメリカに原爆を2発お見舞いしてもいい」という権利を封じるためです。

日本にはハーグ陸戦条約で規定されている「化学戦における復仇(ふっきゅう)権」があります。復仇権とは敵の非人道的攻撃には同程度の非人道的攻撃で報復していいという権利です。


毎夏、広島市民や長崎市民を苦しめる太鼓隊の目的も日本共産党と同じです。

つまり、日本に原爆を投下した共産勢力が日本の復仇を恐れて、日本共産党や太鼓隊に「平和」「反戦」を宣伝させているわけです。

そしてこのサヨクどもの日本再軍備反対闘争は、日本を侵略したい共産主義国にとっても都合がいいのです。



サヨクの飼い主=原爆投下ヤリ逃げユダヤ共産勢力リスト

放射性物質発見から原爆投下までの流れにかかわった人たちのリストです。この人たちは、ほぼ天寿をまっとうしています。

中には50代で死んだ人もいますが、サタニズムと呼ばれる危険思想に反するという理由で、その日を生きることを奪われた、また一生を不必要な苦しみで焼き尽くされた広島市民、長崎市民にくらべれば、自らの意思でじゅうぶん長生きしたといえます。

黄色のラインを引いた人たちはヨーロッパからアメリカに亡命した人たちです。

名  前研究対象・業績没年齢ユダヤ人と判定
した根拠
マリ・キュリーラジウム発見66ポーランド出身
父親が帝政ロシアの
迫害を受ける
アーネスト・ローレンス加速器サイクロトロン
発明
57イエール大学出身
フレデリック・J・
キュリー
人工放射性同位元素
30Pの合成に成功
58レジスタンス運動
エンリコ・フェルミ放射性同位元素
世界初の原子炉完成
53妻がユダヤ人
リーゼ・マイトナー核分裂について助言89ウィーンのユダヤ系
家庭に生まれる
ニールス・ボーア1939年ボーアの原子
核分裂の予想発表
77母がユダヤ人
レオ・シラード原子炉、粒子加速器
の特許取得
66ユダヤ系アメリカ人
ユージン・ウィグナー米の原爆開発をル大統
領に提言
原爆開発メンバー
92ユダヤ系ハンガリー
A・アインシュタインウィグナーのル大統領
あての手紙に署名
世界平和のためには
世界政府の樹立が必
要と発言
76アシュケナージ系
ユダヤ人
F・D・ルーズベルトアメリカ合衆国
第32、44、代大統領
(民主党)
原爆開発を容認
63オランダ系ユダヤ人


この表は以下の資料をもとに作成しました。


資料|原子爆弾開発にかかわった人たち


出典:1949(昭和24)年 主婦之友社 山口宗夫 「アインシュタイン」 ヒロシマ

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 一九三九年の春、物理学者の間では、重大なニュースが噂され始めた。ドイツでウラニュームの核分裂が成功したらしいのである。これがどうしてそんなに重大なのか。原子核の存在はラザフォードによって発見されたことは前に述べたが、それから原子核の秘密は世界中の学者の研究の中心となった。キューリー夫人は、自分でどしどし核がこわれて、他の物質に変って行く、ラジュームという新物質を発見した。それから、次々と自然に変壊する物質が見出されたが、こんどは人々は原子の核を人の力でこわそうと試み始めた。

イギリスのラザフォードの指導するキャヴェンディッシ研究所で、コックロフト、ワルトンの二人は水素の核を非常な速さで射出する装置を作り、これを他の物質の核にぶっつけて人工的に核をこわすことに成功した。例えば、リチュームの核に水素核をぶっつけると二粒のヘリュームの核になる。ところが割れた二粒の核の目方を加えると、初めのリチューム核と水素核との目方より軽い。その軽くなっただけの質量が、新しい二粒の核をふっ飛ばす運動のエネルギーになっているのであって、これがアインシュタインの相対性理論で出たE=mc2の式で計算したものとピタリと合う。これでこの式は、実験的に証明されたのである。なおかようにして、原子核をこわすと『エネルギーが出て来る』ことが重要なことなのである。人間はこの方法で、新しいエネルギーの源を得ることができるのではなかろうか。

 そこで原子核をこわす装置がいろいろと研究され、アメリカのカリフォルニア大学で、ローレンスはサイクロトロンという、独創的な強力な原子核破壊機を発見した。彼の最初のサイクロトロン建設には次のような秘話がある。一九三一年のことである。彼は窓ガラスと真鍮板の屑(くず)で直径一〇〇ミリくらいの小さな模型を作って、これで原子核がこわれるのだと説明大いに努めた。本物を作るには五〇〇〇ドルの資金がいる。これは大学の金ではできない。

ところがここにフレデリック・ガードナー・コットレルという人があり、この人は物理化学の学者稼業をやめて、煙草の煤煙処理装置の発明に没頭し、成功して巨万の富を得た人であるが、彼は大病にかかってねているうちに、自分は実業家として終るべきでないと覚(さと)り、一つの研究会社を作った。この会社は、煤煙処理装置を作って得た利益を全部大学などの研究費援助に使うという、特殊な会社である。この会社のお陰で、研究をつづけることのできた学者は非常に多いが、ローレンスもその一人である。

ローレンスがサイクロトロンを作ることができ、それがひいては原子爆弾の実現となり、第二次大戦を終末に導いたのも、春秋の筆法をまねれば、もとはコットレルの煙突の煙からということにある。

 さて、原子核の破壊は、キューリーの娘イレーヌとその夫フレデリック・ジョリオやイギリスのチャドウィック等の研究によって、中世子が発見されてから、また新しい段階に入った。原子核は陽電気をもった陽子と、これと同じ大きさで電気のない中性子の固まったものであることがわかった。

中性子は電気を帯びていないから、陽電気をもった核には近づきやすいのである。ことにイタリヤ人のフェルミは、この中性子をパラフィンの中を通して、速度を小さくしてやると、核にとびこみやすいことを知り、ウラニュームの核を分裂させた。

 フェルミの実験は、彼自身は初めに、ウラニュームの核が少し変ったのだぐらいに考えていたのだが、実はそんななまやさしいものではなかった。ドイツのハーンとストラスマンは、ウラニュームに中世子を当てるとバリュームができるということに気がついたのである。そしてコペンハーゲンにいたマイトナーは、これはウラニューム核が真二つに近い割れ方をした結果であると言い出した。これが一九三八年の末である。ウラニュームは二つにちぎれて、莫大なエネルギーを発生するのである。同じデンマークの原子物理の大家ニールス・ボーアは、マイトナーの説をすぐに正しいものと思った。その話は、彼によって、アメリカの学界に伝えられたのである。

 ウラニュームに中性子を当てた張本人のエンリコ・フェルミは、その夫人がユダヤ系であるというので、イタリヤのファッショの圧迫を受け、アメリカに逃げて来ていた。またハンガリア人のベルリン大学教授レオ・スチラードもナチスの手を逃れてコロンビヤ大学に来ていた。

この二人は、原子核については、世界で最もよく知っている人達であるだけに、ボーアのもたらしたニュースがいかに重大なものであるかということについて、世人の想像も及ばない関心を示した。

 二人は、これは何を意味するものか、研究し、相談した。スチラードはフェルミに向って、

『ハーンの実験をどう思います。』

 と聞いた。

『私も、早速やってみましたが、間違いなくバリュームのようなものができているのです。ウラニュームの核が、約半分ぐらいにちぎれているようです。』

『その場合にたくさんのエネルギーが出ることになりますね。』

『そうです。しかしそれだけでは、大して驚くこともないのですが、それと同時にいくつかの中性子が飛び出して来るのが問題です。』

『その中性子が更に、次のウラニューム核にぶっつかって、それを分裂させることが考えられますね。』

『私も、それを思っているのです。もしそんな連鎖反応によって、次から次へと核が分裂して行ったら、ちょうど枯枝(かれえだ)に火をつけたときのように、ウラニューム全体が大爆発を起して、驚くべき大破壊を行うことができるわけです。』

『もし、ナチスがこの発見を基にして、強力な爆弾を作ったらどうでしょう。』

『そしたら、彼らはこれを使って、直ちに世界制覇の戦争を起すでしょう。この強力な爆弾には防禦の方法がありますまい。』

『これがすぐ爆弾になるかどうかが問題ですね。ドイツでもそこまでは進んでいないでしょう。』

『ウラニュームそのままでは、連鎖反応が起らぬことは確かです。ウラニュームの大部分はU二三八ですが、連鎖反応を起すのは、その中にたった一四〇分の一しか含まれていないU二三五の方なのです。』

『どうして、U二三五だけを分離するかが問題ですね。二三五と二三八は原子量以外、すべての化学的性質が同じだから、簡単に分析するわけには行きませんね。』

『たとえ、実験室で成功しても、工業的にたくさん作ることはなかなかの大事業です。しかし、不可能とは言えません。ナチスがそれを完成したら大変なことになります。』

『恐ろしいことですね。われわれもこれに対抗する手段をとらねばならぬ。まず私達の研究を一そう熱心につづけることです。しかし、この大事業は個人でやっていたのでは近い将来に成功する見込みはなさそうです。うんと強力な手を打たねば。』

『アメリカ合衆国の智能と富と工業を総動員すれば、できないことはありますまい。』

『それはそうです。しかし、このことは迂濶(うかつ)には言い出せません。世の中への影響が恐ろしいですからね。また、我々が誰彼に説いて廻ったところで、簡単に取り上げてくれる人があるかどうか。科学者ならば、その重大性を認めてくれるかも知れないが、これを実行に移す力はなし、政治家は力があっても我々の言うことを信用してくれますまい。』

『しかし放っておくわけには行きません。この対策を講じなければ、世界の自由は滅びるかも知れません。誰かこれを実行に移す力のある人はないでしょうか。』

『アインシュタイン博士では。』

『そうだ! アインシュタイン博士!』

 このとき、このこと、アインシュタインを措(お)いて適任者はいない。彼は原子力の恐ろしさを予言した人であり、彼の一言はどの科学者にもまして政治的な重みを持っているのである。話の橋渡しには、ハンガリヤ出身のプリンストン大学教授オイゲーネ・ヴィグナー博士を頼むことになった。

アインシュタインとフェルミ教授らとの会談は、一九三九年七月に極秘のうちに行われた。アインシュタインは直ちにすべてを洞察した。捨ててはおけない段階に来ている。この重大問題を誰に打ち明けるべきか。彼の考えでは、大統領フランクリン・ルーズベルト以外になかった。ルーズベルトは偉大な政治家であり、彼のように科学を理解することは世の常の政治家ではまねのできないところである。

 一九三九年八月二日、アインシュタインは原子爆弾研究に関する歴史的な手紙を、大統領あたに書いていた。彼は研究の必要性を説き、その恐るべき威力を予言した。

『フェルミ、スチラード両氏の最近の研究によれば、ウラニューム元素は近い将来に於て、重要な新動力源とすることができるという結論になります。この新しい現象から、爆弾の製造が考えられます。この爆弾を船で港内に運んで爆発させれば、一箇だけで、優に港内全部と、これに附帯する地域とを、破壊し去ることができると考えられます。』

 ルーズベルトは、この手紙を受け取る資格があった。彼はこの手紙の意味を、差出人以上の重要さで認めたのである。アメリカがやらねば、ナチスがやる!

 ナチスはダンチヒとその廻廊を求めて、ポーランドに対して大見得を切っている。イギリスはこれが欧洲の動乱になることを、必死に防ごうとしているが、及びそうもない。ナチスは目的のためには方法を選ばない。この月の二十日には、今まで思想上の敵としていたロシヤと手を握って、世界中をあっと言わせた。気の弱い日本の内閣などは、これを『複雑怪奇だ』だと言いながら潰れてしまったくらいである。果して、ナチスはポーランドに攻め込んだ。アインシュタインの手紙からちょうど一カ月目である。

 ルーズベルトの力によって原子爆弾の研究が始められた。アメリカ中の学者が動員され、あらゆる資力財力が投げ込まれた。マンハッタン計画と称するのがこれである。

 ローレンス、フェルミらがこの研究の中心になったこともちろんである。そうして、フェルミは一九四二年十二月二日に、ついにウラニュームの連鎖反応を現実に行わせることができた。このときはアメリカも第二次世界大戦の中に引き込まれて既に一年たち、その中の主要な役割を行っていた。

 爆弾の研究、製造は異常な熱意でつづけられた。オークリッジには秘密の大工場が建設され、七万の従業員が働き、ここは人口十数万の市街となった。ハンフォードにもプラトニューム分離の工場、ロスアラモスにも爆弾製造所ができた。

 これらの工場には、人類が初めて作った巨大な分析機が据えられた。銅の不足は五十万ドルの銀貨をつぶして補われた。ウラニュームの鉱石は砕かれ、洗われ、あるいは気化され、あるいは固化され、何千トンという大きな磁石の間を通り、または十万分の一ミリの濾過の孔(あな)をくぐり、アメリカの智力と財力と、いやそれよりも偉大な協力の美徳によって、ウラニューム二三五は分離され、原子爆弾は完成された。ほとんど同時に更に有利なプラトニューム爆弾も出来上った。実験も成功、直ちにそれは飛行機で運ばれて、ついに一九四五年八月七日(※)午前八時十五分、人類は広島に於て、その威力を知ったのである。

 ウラニューム爆弾は、一発で広島を廃墟とかえ、その翌々日にはプラトニューム爆弾一発が長崎市の半分を死の街としてしまった。


※管理人注:終戦直後の資料には広島原爆投下の日付が8月7日になっているものがある。「朝日年鑑 1947年版」など。 


アインシュタイン
「戦争をなくすためには世界統一、世界政府が必要」

恐怖と弾圧しかないユダヤ世界連邦のことですね。


出典:1949(昭和24)年 主婦之友社 山口宗夫 「アインシュタイン」 原子力と人間との戦い──一つの世界



 アインシュタインは言う、『もし国と国との間で、原子の秘密を知らせ合うだけの信頼心があるならば、それだけで、もはや戦争は起らないのである。だから国家を認め、戦争を認め、その上で国家間の戦争を防ぐために原子の秘密を知らせ合うというのは、無意味である。国家が道徳の最後の目標である限り、戦争を絶やすことはできない。しかもこの次の戦争は人類の自滅を意味する。

 戦いをなくするためには、世界が一つの連邦にならなければならぬ。世界政府を作って、各国はその一地方政権にならなければならぬ。世界憲法ができ、政治は各地方から選出された代議員によって行われ、中央が世界警察軍を指揮し、原子力は世界中央政府の手にゆだねられなければならない。


トランプ大統領エルサレム遷都2


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