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2018/07/31

済州島共産主義者の対日思想事件|4・3事件慰霊碑建立阻止に使えるネタ満載


安重根に続き、今度は在阪鮮人が大阪に4・3事件慰霊碑を建立する計画を立てているそうです。

4・3事件とは済州島の共産主義者が在朝鮮米軍と韓国政府の赤狩りにあって、多数の犠牲者を出した事件です。

そしておかしなことにその虐殺を逃れた済州島共産主義者は、戦前からずっと反共国であり、戦後も西側自由主義陣営である日本に密航してきました。

ふつうこういう場合は自分らの思想と同じ国に逃げるのが常識です。

正しくは済州島共産主義者は日本ではなく、ソ連、中国、北朝鮮、キューバなどに逃げるべきで、慰霊碑も中国、北朝鮮に建立するのが正しいのです。


【済州島共産主義者】
在朝鮮米軍と韓国政府に追われて、アメリカの同盟国日本に密航。ナチスのように「民族の血」にこだわって同胞がいる日本に密入国。赤狩りは反共日本を裏切って連合国と密通、赤化されたツケ。日本がアメリカと戦争した理由がわかったか?



済州島共産主義者も他の朝鮮民族と同じで、戦前、対日思想事件を起しています。


司法省調査課|済州島共産主義者の対日思想事件
1930(昭和5)年~1932(昭和7)年1月

最後の海女騒擾事件はスゴイですよ、赤化された海女が200名、600名、800名という大群衆になって役人や駐在所を襲撃している。最後には警官隊が威嚇発砲しています。韓国はこんな兇暴な連中を世界遺産に登録したんですね。よくも従軍慰安婦なんか宣伝できますね。

そして済州島共産主義者の対日思想事件の裏で策動していたのは、在阪朝鮮人だったそうです。なんだ、三浦瑠璃さん大勝利じゃんよwwwという展開です。


出典:1933(昭和8)年 司法省調査課 「報告書集 2」 第三節 済州島民の思想運動 第一款 済州島に於ける思想運動

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 元来済州島は気候温暖にして比較的天産(てんさん:天然に産すること。また、その産物)に富んでいる上に従来の社会組織も複雑でなく生活様式も簡単で他の諸地方の如く貧富の懸隔が著しからず(著しくなく)富の程度が割合に平均しており島民は経済的に自給自足の観念強く島嶼特有の半農半漁の住民多きために済州島に於ける一般の生計状態が概して余裕があると見られる

したがって是迄(これまで)小作争議の如きもの発生せず況(いわ)んや(言うまでもなく)労働争議の如きはその対象となるものなく社会主義運動発生の余地がない。

 然(しか)しながら最近の思想運動の勃興は此(こ)の済州島を埒外(らちがい:物事の一定の範囲外)に残すことなく済州島民が内地に渡来して之等(これら)の運動に影響されまた島民の性格が争闘性に富んでいることと共に済州島にもまた最近の社会思想が流れ入った、

而(そ)して社会主義者共産主義者は専(もっぱ)ら青少年の獲得に努め昭和二年春済州島青年同盟を組織し階級意識の注入に尽力し公私立普通学校生徒を以て少年団体の統一的設立を企画するに至った。

 此(こ)の様に社会運動の思想が自然発生的でないから同島に於ける思想犯罪の発生地は専ら文化の進歩し学校の多数である同島北岸地方に限られ南岸に於ては唯(ただ)摹瑟浦(モスルポ:済州島南西部にある漁村)地方があるに過ぎない。

 最近の思想犯罪事件は次の通りである。

 昭和五年

二月十四日検挙

一、済州青年同盟朝天支部労働夜学校の治安維持法違反事件
 
昭和四年八月十三日済州島新左面朝天里所在済州青年同盟朝天支部に於て労働夜学校を設置し婦女子五十名に普通学校一年程度の授業を施し来(きた)れるが教師は共産主義の宣伝活動を為(な)したるもの検挙せられたるもの十四名

三月二十四日検挙

三、済州公立普通学校卒業生等の暴行事件(原文ママ)

卒業式当日に卒業者中教師及(および)学校に不平あるもの、卒業紀年贈呈に反対しまた上級学校入学試験に不合格となりたるを憤慨し学校建物に投石し窓硝子(ガラス)を破壊し検挙せられたるもの二十七名

六月十八日検挙

三、アナ(アナーキズム。無政府主義)系主義者等の治安維持法違反事件(原文ママ)

東京市に於て朴烈と親交ありし済州島民高秉禧は昭和四年五月頃無政府主義実行の準備として将来の消費組合の母体となるべき宇利禊(禊:けい。朝鮮の互助組織。頼母子講のようなもの)を組織し昭和五年六月各地の主義者と連絡し会員十三名を獲(え)て文庫を設置し主義の宣伝に努む検挙せられたるもの六名。

九月二日検挙

四、耶蘇教(やそきょう:キリスト教)長老に対する傷害事件

済州島大静面下摹里所在済州青年同盟毛瑟浦支部の事業として昭和五年七月より同地耶蘇教毛瑟浦礼拝堂を借受け幼稚園を開設せんと計画したるに之(これ)が礼拝堂の使用方を拒絶せられたるより憤慨し検挙送局者九名。

十一月十五日検挙

五、海女組合に対する不穏檄文撒布事件

共産主義者等が済州島海女組合に不満を抱き之(これ)を解散せしめん(させよう)とて脅迫文句ある不穏文書を十数里に渉(わた)り撒布す検挙者十三名。

三月七日検挙

一、済州農業学校生徒の暴行事件

済州農業学校に於て三月七日卒業式を挙げたるが素行成績不良なりとしてその前日退校処分に附せられたるもの学校の処置に憤慨し尚(なお)之(これ)に同情せる生徒等教諭に暴行を加へ職員室の器物を破壊す 検挙せられたるもの十一名、尚(なお)之(これ)が検挙により学校の措置に憤慨し校長邸に到り投石し家屋内に侵入す検挙者十名。

三月二十六日

二、咸徳里青年の治安維持法及保安法(旧韓国の法律)違反事件

咸徳里の韓永燮は東京に於て昭和六年一月服毒自殺を遂げ、その死骸が郷里に運搬されて葬儀に当り革命歌を唱(うた)ひ赤布を頸(くび)に巻き三町間(約330メートル)示威を行ひ尚(なお)碑文に不穏文言を連ねたるより之(これ)が端緒となりて秘密結社を検挙さる検挙されたるもの十名。

四月六日

三、禾北里青年の保安法違反事件

済州邑(むら)禾北里の任三浩等は私立普通学校生徒間に無産(労働者。プロレタリアート)少年団体を組織せしめ(させ)試験白紙答案授業料値下(ねさげ)無資格教師排斥学校と警察との連絡反対を主張せしめんと画策し昭和六年二月二十二日同校生徒の校葬に当り革命歌を唱(うた)はしめ里内に示威行列を行はしむ検挙せられたるもの之(これ)が首謀者四名。

四月七日

四、禾北里青年の暴行事件

済州青年同盟禾北支部の任三浩等は済州邑禾北里婦女同和会に勢力を伸ばさん(伸ばそう)とし同会幹部と軋轢を生じ同和会事務所を襲撃し投石して器物を破壊し尚(なお)会員に暴行を加ふ検挙せられたるもの十七名。

【済州島・禾北】

四月二十三日

五、中面納税不納同盟事件

済州島中面倉川里柑山里上倉里和順里民約百七十名は昭和六年度戸税告知書が前年より増加せられたるより之(これ)が増加は不当なりとして戸税不納同盟を組織したるが之を機会として地方少年団指導分子は共産主義の宣伝煽動に狂奔し講演会を開催し不平歌を唱(うた)はしめ喧噪(けんそう:やかましいこと。人声や物音でさわがしいこと)を極む検挙されたるは首謀者二名。

七月十日検挙

六、摹瑟浦青年の支那人に対する暴行

同地支那人行商飲食店に於て同家主人が警察に密告を為(な)しおれり(密告した)として之(これ)を殴打傷害を加へ更に雨中唱歌を唱(うた)ひ示威運動を行ふ検挙せられたるもの首謀者六名。

八月十四日検挙

七、済州青年同盟支部員の暴行事件

済州青年同盟邑(むら)内支部員十一名は靴下解糸業者に賃金値下労働時間の短縮を要求し応ぜられざりし(応じられなかった)ため数人集団して街路に示威運動を行ひ通行人数名に暴行を加ふ検挙されたるもの十三名。

九月十六日検挙

八、摹瑟浦青年の保安法違反事件

大静面居民四名は済州島暴風雨に対する義捐(援)金を許可なく募集し拘留されたるを憤慨し地方民心を激発せしめんとの目的にて不穏文書を各所に貼付す検挙せられたるもの李致萃外(ほか)一名。

十月七日検挙

九、済州島築港高次人夫暴行事件

山地港築港工事に従事せる人夫(にんぷ:肉体労働者)六十名は賃金値上を要求し事務所に押し掛け要求に応ぜられざりし(応じられなかった)ため同所に於て暴行し器物を損壊し騒擾(そうじょう:騒動、騒乱、撹乱)を極む検挙せられたるもの首謀者二十一名。

十一月七日

十、中文駐在所に群集押寄(おしよせ)事件

左面中文里農業夫大赫(資産六千円)の長男が山中に於て自殺したるが同人が社会主義を信奉し居(お)りたる関係よりその友人等不良分子は葬儀に当り、夫大赫がその長男を圧迫して自殺せしめたる(させた)ものとして夫大赫を攻撃し不穏の行動に出(い)でんとしたるより(出ようとしたため)首謀者一名中文警察署に検束せられたるところ之(これ)を奪還せんとして約二百名の青年が駐在所に押寄せ喧噪を極む、礼拝に関する罪公務執行妨害罪及(および)暴力行為等処罰に関する罪に該当するものとして二十三名検挙さる。

十一月二十日

十一、下道少年等の保安法違反事件

済州島旧左面下道里所在下道私立普通学校の卒業生及(および)在校生青少年を中心とし思想団体を形成しをり昭和二年頃読書会を組織し少年朝鮮●●●(ハングル三文字のため省略)支社新少年〈新友〉支社を設置し昭和三年五月更に水曜会を創立し専(もっぱ)ら婦女子の教育に努めまた少年会に区会を置く等爾来共産主義の宣伝に努め来(きた)れり首謀者呉文中外(ほか)十七名検挙せられたり。

昭和七年一月十二日

一、海女騒擾事件

大正九年の創立に係る済州島海女組合に於て昭和六年夏以来指定買収人と海女組合員との間に物価下落品質不良に基く買収価格値下問題を惹起(じゃっき:事件・問題などをひきおこすこと)し来り 

組合員中、組合に対し非難の声を放つものあり一方左翼思想分子の裏面的策動行はれ居りたるが一月三日、海女は之(これ)が対策のため海女会を開催し協議の結果多衆示威運動を起し海女組合幹部を威嚇するにより目的貫徹を期することを決議し一月七日の市日を利用し約三百名集合して済州城内海女組合事務所に殺到せんと(しようと)したるも官憲に阻止せられ要求書を区長に手交して解散せり、


【李氏朝鮮時代の大邱港市場|物々交換経済朝鮮では月一回だけ市場が開いた】
朝鮮大邱港市場

越へて一月九日島司が巡視のため十二日旧左面細花里を通行中之(これ)を知りて海女五百名は之を途上に擁し(行き先をふさぎ)通行を妨害し漁業用鎌を所持し気勢を挙げ喧噪を極む官憲の鎮撫により漸く解散せしめたり

而(そ)して之(これ)が海女の運動裏面には昭和五年来、組織せられたる旧左面社会民衆運動協議会なる秘密結社が大阪旧左青年連合会と連絡して策動せること明瞭となりたるを以て一月二十四日之等(これら)の裏面策動分子を検挙したる処附近の海女二百名旧左面細花里警察駐在所に押し寄せ被検挙者の釈放を強要し不穏の行動に出でたるを以て之を解散せしめん(させよう)とせるも却って益々喧噪を極め更に五、六百名の群集駐在所に押寄せんとし悪化の形勢に陥りたり

漸く数十名を検束して一時鎮圧することを得たるも二十六日、半島に於ける容疑者の検挙の為(た)め同島より容疑者十一名を検挙し城山浦に帰還したる処、附近海女八百名は之を奪還んせ(原文ママ)として大挙して乗船場に押寄せ頑強なる反抗的行動に出て事態険悪となり遂に警官隊は威嚇のため空砲十四発を放ちたるより群衆は一時退去せり 尚(なお)其(その)後所々に群衆が妄動しつつありたるも漸次鎮定に帰したり。

検挙せられたるもの男四十三名女三十五名合計七十八名なり。


 以上の如く思想運動としては昭和七年一月の海女騒擾事件を除いて特に重要性のあるものなく何れも運動線も小さく運動の方法も幼稚であるが海女騒擾事件はその大衆的であることと運動の指導には大阪在住の者が働いていた点に重要性があり将来此の種の運動に大阪との連絡が密接となることは想像に難くない。




司法省調査課|済州島の歴史

もともと済州島にいた民族は1、2世紀ころ火山の噴火で全滅。現在の済州島民は漂着者や李氏朝鮮時代の囚人の子孫で、性質はささいなことで激しやすく、団結力と排他性が強いそうです。さらに済州島は元寇の時の日本侵略拠点だったとのこと。

そして済州島民も朝鮮本土と同じく欧米の宣教師と米英ソに赤化され、中華思想による日本人蔑視に共産主義による日本人排撃が上塗りされて世界最強の対日ヘイトクライム民族に変貌していったというわけです。


出典:1933(昭和8)年 司法省調査課 「報告書集 2」 第二章 済州島と大阪 第一節 済州島事情

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 済州島は地質学者の説によれば第一世紀乃至(ないし)第二世紀の頃に全島を掩(おお)ふ大噴火あり更に高麗穆宗(ぼくそう:第7代高麗王)の時代にも小噴火のあった記録を止(とど)めている されば大噴火以前の住民は全部死滅したと見られその後は地理的関係から各方面よりの漂流者の子孫が漸次繁殖したのも多からうし海賊又は通漁者の根拠地となったやうなこともあり殊(こと)に李朝時代には流罪の囚人をこの地に放った例が多く人口形成には民族系統上研究の価値があるといはれる 少くとも済州島が古来内地(日本内地)と密接な交渉の在ったことも同島の伝説に残っている。

 同島が曾(かつ)て耽羅国なる一国を為(な)し新羅百済高麗に臣事し一時元朝に隷属し元は此処(ここ)を日本侵略企図に於て用兵の根拠としたこともあり尚(なお)李朝時代になっても中央政府の威令行はわれず島内屡々(しばしば)叛乱の蜂起したことがある

就中(なかんずく:とりわけ、特に)去(さる)七十年前牧師任憲台の悪政に憤慨して倡義(しょうぎ:義をとなえる)的暴民蜂起し多数の官公吏を殺戮追放し郡衙を襲撃したるが如きまた去今三十年前当時島内に入った天主公教は仏蘭西(フランス)人宣教師により布教され済州城内に教会が建設されていたが無頼の徒は仏蘭西人の治外法権の蔭(かげ)に隠れ横暴を極めたので遂に大静(済州島の地名)の李才秀等首魁となり民衆を率いて最終城に迫り暴民之(これ)に隨(したご)うて六百余名の教徒を殺戮したるが如き


【済州島:大静】


日韓併合後に於ても大正七年秋仏教徒金連日なるもの仏務皇帝と号し島内の倭奴(わど:日本人の蔑称)官吏を撲滅して国権の快復を為(な)すべしと称し仙道教徒を煽動し都大将以下の隊伍軍職を任命し各面洞里長(日本でいう村長、町長、市長)に檄文を発して数百の暴徒を募り火縄銃竹槍棍棒等を携帯して電柱数本を切り倒し駐在所を襲ひ放火し騒擾を極めたるが如き例がある

 斯(か)の如く島民は陸地民に比し精悍にして粗暴些事(さじ:少しばかりのこと。つまらないこと)に激し易く団結力排他性強い為(た)めに日韓併合前後は地理的に陸地と孤遠で刺戟(しげき)を受くること少い関係から従来排日又は民族的思想として特に注目すべきものはなかったが大正八年の万歳騒擾(ばんざいそうじょう:朝鮮半島でいう三・一独立運動)に刺戟され同年四月中旬朝点咸徳新村の三所に所在民独立示威運動を行ひて以来青少年の脳裡に抜くべからざる(抜くことができない)不穏思想を植付け爾来済州島と内地特に大阪地方と同島との島民の往来の激増に従ひ同島に於ける思想運動盛(さかん)となりまた大阪に於ける彼等の思想運動はその矯激(きょうげき:言動が度はずれて過激なこと)なる行動と相俟(あいま)って激烈なものとなった。


【三浦瑠璃さんの発言、どこが「ヘイト」だ?】
三浦瑠璃女史2

【大阪は昔から済州島民が多く住む】
新聞記事在阪鮮人調2【出典】神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 移民および植民(12-086)大阪朝日新聞 1922.7.26 (大正11)

【いま被害者ヅラしている連中はこの調子で日本に流れこんできた】
新聞記事内地に流込む朝鮮人2【出典】神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 移民および植民(13-021)大阪時事新報 1923.3.18 (大正12)


三浦瑠璃さん、大勝利!
在阪済州島民激白「大阪は済州と密接な歴史的関係がある」

反共日本人が記憶しているのは朝鮮独立運動(朝鮮民族解放共産運動)で朝鮮人が日本人に加えたヘイトクライムだけだ。ふざけんな。


済州4・3事件から70年 大阪への慰霊碑建立目指し募金活動
2018年7月27日 YAHOO!ニュース(聯合ニュース)

 【済州聯合ニュース】朝鮮半島の南側だけでの総選挙実施は南北分断を固定化するとして反対した民衆の一部が済州島で武装蜂起し、軍や警察が多くの島民を虐殺した1948年の「済州島4・3事件」から70年を迎え、在日本済州4・3事件犠牲者遺族会などが大阪市天王寺区の統国寺への犠牲者慰霊碑建立を推進する。

 遺族会などでつくる在日本済州4・3犠牲者慰霊碑建立実行委員会は27日、韓国南部の済州島で記者会見し、建立計画を説明するとともに、建立費用350万円を集めるため募金活動を行うと明らかにした。統国寺は在日コリアンの寺で、慰霊碑建立の敷地を提供する。

 大阪には日本帝国主義の時代から1950年代にかけ、多くの済州島民が移住した。4・3事件で被害に遭った在日コリアン1世やその子孫も多く居住している。

 大阪に暮らす済州島出身者らは、事件50周年の1998年から犠牲者の慰霊祭を毎年開いており、真相究明にも取り組んできた。

 遺族会の呉光現(オ・グァンヒョン)会長は「大阪は済州と密接な歴史的関係がある。日本でも事件を記憶し、平和と人権の大切さを思い起こさせるため、慰霊碑の建立を目指している」と述べた。


【日独防共協定|日本が戦った敵は共産党】
1936(昭和11)年11月26日付朝日新聞。日独防共協定(のちの日独伊三国同盟)11月25日調印。"国家破壊をめざす共産インター防衛に協力"、"目的は防共のみ"。反日外国人は反共日本から出て行け。

日独防共協定朝日新聞2

【参考】海外「次はイタリア抜きで…」 ドイツ政府の日本重視路線にドイツ人から歓迎の声-【海外の反応】パンドラの憂鬱


正しい亡命の例

【ヴィクトル・イヴァーノヴィチ・ベレンコ中尉】

ソビエト共産体制がイヤになってミグに乗って北海道に着陸→アメリカに亡命。
ソ連が崩壊してからこういう政治的事件が減りました。



【スタニスラフ・ブーニン氏】

ソビエト共産体制がイヤになって西ドイツに亡命。亡命直後、ブーニン氏がパッと広げた手の指の長さにビックリしたのがつい昨日のことのようです。現在日本在住だそうで二度ビックリ。


【エドワード・スノーデン氏】

アメリカ政府に追われロシアに滞在中。



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