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2018/06/28

世界初の空母(航空母艦)を誕生させた日本


1922(大正11)年、わが日本は世界初の純空母「鳳翔(ほうしょう)」を就役させました。

世界で初めて空母を登場させ、使用したのは第一次世界大戦のイギリス海軍でしたが、いち早く飛行機専用母艦を設計、建造、就役させたのは日本でした。

世界初の純空母を保有した日本は、その勢いで世界初の航空戦隊、航空艦隊、機動部隊も誕生させました。

なぜなら空母の発達が主兵器である飛行機の発達をうながしたからです。

大東亜戦争で日本人を虐殺しまくったアメリカ機動部隊は、日本のパクリだったんですね。

そして最近、空母建造でイバリくさっている中共サマは、兵器ごとに外国から技術を盗んでくるので兵器の発達がバラバラなんですね。


世界初、世界最大だったわが空母「鳳翔(ほうしょう)」

1922(大正11)年完成。写真は同年12月14日、浦賀水道南方海岸で撮影されたもの。8/10全力ていど、約25ノットで航走中。この2週間前の11月30日の全力試運転では排水量9,510トン、31,117軸馬力、25.65ノットであった。

鳳翔の設計にあたり、日本はイギリス海軍が設計を終えていた空母ハームスを参考にしたそうですが、イギリスに一歩おくれて起工した日本がタッチの差で先に鳳翔を完成させました。ご先祖さま方の闘争心に救われるような思いがします。

やっぱり「一番」でないと。

鳳翔3

平型となった鳳翔。本艦は完成後の発着艦実験にもとづき、種々改造された。写真は改造後の1924(大正13)年9月22日に横須賀軍港内で撮影されたもの。飛行甲板前後端は水平に近く、平甲板型空母となり、大正14年度(1925)の第一艦隊に編入された。

鳳翔4


【いまごろ空母を建造して日本を威嚇する精神的日本人】
中共は台湾や南シナ海は中国の領土だと主張するが、しょせん日本軍に「山東省の山賊」と呼ばれたとおりで海のことは何も知らない。精神的日本人中国共産党


しかし、そんな日本も連合国による経済封鎖で物資が枯渇してきます。すると帝国海軍は、客船を買収して空母に改造するというチカラワザをくりだしました。

基礎がしっかりしていると応用が効く、といういい見本ですね。

客船→空母|ビフォーアフター

あるぜんちな丸→空母海鷹(かいよう)。
南米航路の優秀客船あるぜんちな丸を三菱長崎造船所で空母に改装。

あるぜんちな丸海鷹3

空母海鷹。1943(昭和18)年完成。変わり果てた姿に。

あるぜんちな丸海鷹4

未完成客船橿原丸→空母隼鷹(じゅんよう)。
1940年秋、進水前の橿原丸を海軍が買収、空母に改造。

橿原丸隼鷹3

空母隼鷹。1942(昭和17)年5月完成。

橿原丸隼鷹4

大型客船春日丸→空母大鷹(たいよう)。
未完成だった春日丸を船台上で海軍が買収、空母に改造。三菱長崎造船所で進水後、佐世保工廠で完成。

春日丸大鷹3

空母大鷹。1941(昭和16)年完成。大東亜戦争(太平洋戦争)寸前に特設航空母艦春日丸として就役、翌1942年8月に「大鷹」と命名された。これが日本式の改造。

春日丸大鷹4

八幡丸→空母雲鷹(うんよう)。

八幡丸雲鷹3

空母雲鷹。1940(昭和15)年5月に完成した八幡丸を呉海軍工廠で空母に改造、1942(昭和17)年5月完成。

八幡丸雲鷹4


オネダリして海がもらえるなら日本は戦争していない

白人事大崇拝主義の漢民族に白人と戦争する勇気はありません。日本は第一次世界大戦の戦勝国として国連を通じて南洋統治領を割譲されました。

それを人種差別大国アメリカが強奪しに来たので血みどろの戦争になった。海を制する者は世界を制するからです。そんな日本人から見たら中共のこの態度は甘えているというか、滑稽というか、これで「国」かと思うレベル。


習主席“領土は一寸も捨てない” マティス米国防長官と会談
2018年6月28日 TBS NEWS

 中国の習近平国家主席は27日、アメリカのマティス国防長官と会談し、台湾や南シナ海をめぐる問題を念頭に「祖先から引き継いだ領土は一寸も捨ててはいけない」と述べ、アメリカをけん制しました。

 中国中央テレビによりますと、会談で習主席は「中米関係は世界で最も重要な2国関係」と指摘したうえで、「対話を強化し、リスクを管理すべきだ」との認識を示しました。これに対し、マティス国防長官も「リスクを管理して衝突と対抗を避ける」と述べ、軍事リスクを抑制していくことで一致しました。(後略)



海洋大国日本を相手に「竹島はウリナラの領土」などと宣伝している国もありますね。日韓併合まで「ジャンク」と呼ばれる中国から輸入した川船しかなく、港もなかった国が。


【朝鮮のジャンク|仁川】
朝鮮港湾船ジャンク


本記事の資料:空母、航空戦隊、航空艦隊、機動部隊…世界初を次々に誕生させた日本


出典:1970(昭和45)年 株式会社ベストセラーズ 福井静夫
  「写真集|日本の軍艦 ありし日のわが海軍艦艇」 航空母艦

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 世界水準をはるかに抜いた"航空海軍"

航空母艦は、多くの軍艦の種類の中でも、特徴が著しい。船体が巨大であること、上方が平滑であること、艦橋や煙突その他の上部構造物が、舷外(または甲板下)にあるか、または舷側にあること、などである。

外見からも特徴の多いことは明瞭だが、艦の上部と両側に、いっそう複雑、特殊な装置が多い。飛行機の発着艦、格納、移動、装備に関する諸兵器と装置、ガソリンや爆弾、魚雷ことに揮発性液体である爆発性のガソリン(軽質油)の貯蔵タンク、その補給、搭載のためのパイピング、防禦及び保安装置など、どの一つをとっても、きわめて複雑、巧緻なものである。

しかも武人の蕃用(乱暴な使い方の意であると思われる)に適する頑固で、故障のない、整備しやすいものでなくてはならない。さらに、船舶用として動揺、振動、湿気と塩分に耐え、寒暑を問わず使用でき、軍艦用として戦闘に適し、被害に耐え、しかも軽く小型で、かつ安価でなければならない。飛行用エレベーターは大鳳(たいほう)、信濃(しなの)の例では重さ100トンを超え、縦横動揺中も使用でき、また着艦機も狭い飛行甲板上の短い距離で停止させる制動索装置と制止装置、広いスパンにタッチする攻撃機の衝撃に耐える構造など、他の艦種にない技術を要する。


【改装中の空母祥鳳(しょうほう)の飛行機用エレベーター】
正方形の一段下がっている部分。
空母祥鳳エレベーター2


多数の飛行機を洋上で指揮、誘導し、かつ機動部隊の行動を指揮する各種の通信およびエレクトロニクス装置など、すでに30年前において、これらすべてにわたり、わが海軍は常識をこえた進歩をしていた。搭乗員の技術、飛行機の性能とまったく平行して空母は進歩していた。

わが海軍の空母の発達──飛行機についても同じことがいえるが──は次の点で特殊な事情にあった。──他の艦種のように、他の国で完成したものを採用して発達させたのではなく、最初からむしろある意味では世界に率先して発達させた。しかもそれが主兵器たる飛行機の発達、用法と平行していることである。

空母を登場させ、それを使用したのは第一次大戦直後の英海軍であった。同時期に米、仏両国とも飛行機の艦上発艦その他については多くの試みを行っていた。

しかし、次の事実については、わが海軍が第一着であった。

1 専用の飛行機母艦として、最初に完成したのは、わが海防艦若宮(のち航空母艦と称す)であり、1914年8月、対独宣戦布告の当日、横須賀工廠で母艦施設が完成した。この改造は、ごく簡単な水上機母艦施設──むしろ仮工事ともいうべきもの──ではあったが、当時英海軍が貨物船を買収して改造中でもあったアーク・ロイヤル(初代)より一歩先(さ)き、つまり世界最大の飛行機母艦となったもので、ただちに青島作戦に従事、実戦使用の第一着にもなった。

2 世界最初の純空母は、1922年末完成した鳳翔である。本艦の設計に当り、第一次大戦末期の英母艦(他艦船の改造)に学び、又、純空母の第一艦として英国がすでに設計を終わっていた母艦ハームスの技術に学んだところが多い。しかし、ハームスより一歩おくれて起工したが、完成はわが鳳翔が先であった。

3 世界で最初の航空戦隊を編成したのは、1928年であった。この年、新鋭巨大空母赤城を旗艦(きかん:艦隊の司令長官・司令官の乗っている軍艦。マストに司令官の官階相当の旗を掲げる)とし、鳳翔より成る航空戦隊は聯合艦隊の一部として貴重な貢献をした。


【空母赤城】
八八艦隊の巡洋戦艦、天城型第2艦。ワシントン軍縮条約により未成の状態で空母に設計変更され、1927年に呉工廠で完成。
赤城1_2

【改装後の赤城|1939年4月27日|宿毛湾】
赤城3_2


4 世界で最初の航空艦隊──すなわち空母任務部隊たる艦隊──は、大東亜戦争開戦の半年前、1941年4月に編成された。主力空母6隻(編成当時は2戦隊4隻)と、随伴の駆逐艦より成るこの有力部隊は、のちに大東亜戦争において米海軍により、いっそう大規模に使用された機動部隊の発足であった。

わが海軍は、25隻の空母を完成使用し、他に5隻は戦況悪化のため、1945年初頭より工事が中止のままになっていたが、もし状況が工事を許したなら、当然同年夏までに完成したであろう。他に水上機母艦として、前記の若宮(昭和初めに廃艦)を含め、8隻を使用、うち7隻は大東亜戦争で各種の任務に使用された他、さらに高速優秀貨物船を改造した特設水上機母艦多数が、支那事変当初より大戦中期まで使用された。


【帰投した水上機をつりあげる水上機母艦】
帰投した水上機


水上機母艦のうち甲標的母艦兼用を目的とした千歳型及び類似の計4隻は他国の水上機母艦と全く性格を異にし、その能力は水偵(水上偵察機)又は軽攻撃機を主とする索敵、直衛、攻撃用の軽空母と同等であり、補助空母の比ではなかった。


【千歳型水上機母艦】
千歳型水上機母艦2


開戦の瞬間、わが海軍の空母兵力は世界最強であり、精鋭の搭乗員と、性能抜群の艦載機により、わが海軍航空兵力は世界のトップであった。

なお空母、水上機母艦のみでなく、戦艦の全部、巡洋艦の大部分、その他主な軍艦には水偵1~6機を搭載、偵察、索敵、触接、弾着観測の他に、直衛戦闘機の任務や爆撃にも用い、さらに潜水艦に飛行機を広く採用したこととあいまって、わが海軍は各国のレベルを抜いた航空海軍であったといえるだろう。


【伊15型(乙型)|広島湾を航走中】
1940年9月15日撮影。飛行機格納筒(艦橋前下方)と射出機が見える。その中間に組立用旋回盤がある(昇降式)。
潜水艦伊15型乙型2


余談|聯合艦隊は生きている?
わが空母ラインを越えられず弱体化する今年の台風

今年は台風の発生が少ない、と思いませんか? どうも今年の台風はバシー海峡とマリアナ沖を一直線に結んだ線に撃破されているようです。

こういう感じ。台風1号、2号はマリアナ沖の翔鶴(しょうかく)、飛鷹(ひよう)、大鳳(たいほう)が沈んでいる地点を越えられず、消滅していました。

マリアナ基地攻撃範囲2

その後、台風が東南アジア方面で発生するようになったのですが、今度は台湾南部のバシー海峡とマリアナ沖を結んだ線を越えられずに消滅するようになりました。バシー海峡には空母瑞鶴(ずいかく)、瑞鳳(ずいほう)、千歳、千代田が沈んでいます。

まず今年3月28日から29日にかけての台風3号。これも線を越えられず消えてしまいました。

台風3号20180328550_2

3月29日、消えた。

台風3号20180329550_2

次は今月8日に発生した台風4号、5号です。2個の台風がイイ感じでわが防衛圏に迫っています。


台風4-5号20180608550_2

しかし、4号は熱帯低気圧に勢力ダウン、一方台風5号は線を越えたものの、

台風4-5号20180609550_2

わが艦船がたくさん沈んでいる地点を避けるように北上。一等駆逐艦朝凪はぽつんと一隻だけはずれて小笠原西方沖に沈んでいるのですが、5号はその地点をも避けるように北上、

台風4-5号20180611550_2

そしてダブル台風になるはずだった4号、5号は事前に気象庁が大宣伝したような被害をもたらすことなく果ててしまいました。5号は12日には低気圧に。

台風5号20180612550_2

最後に今月16日に発生した台風6号は、わが空母ラインを越えたあと、

台風6号20180616550_2

一等駆逐艦朝凪が沈んでいる地点で低気圧になりました。まるで撃破されたかのような消え方。台湾から奄美大島にかけては、大和、金剛はじめ海底で聯合艦隊ができそうなくらい多くの艦船が沈んでいます。

台風6号20180617550_2

戦後最大の国家危急のときに国会がまだモリカケなんかやっているので、あの世に大本営ができたのかも知れませんね。



【画像出典】
tenki.jp>過去天気
・1970(昭和45)年 株式会社ベストセラーズ 福井静夫 「写真集|日本の軍艦 ありし日のわが海軍艦艇」


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