2018/10/22

朝鮮の王族、貴族を養った日本人|恩賜公債3000万円を朝鮮人に交付!


1910(明治43)年、日本政府は日韓併合に当り、朝鮮の王族、貴族、その他数千名の特権階級が寝て食えるよう3000万円もの臨時恩賜公債を彼らに交付しました。

その当時、日本公債の標準利回りは4%。しかし朝鮮の特権階級に交付した公債は5%でした。

ご存じのように当時の朝鮮は世界最貧国というか国の体すらまったくなしていない、ただの朝鮮人生息地だったので、公債の運用は日本の資力に頼るしかありませんでした。

朝鮮特権階級の生活費を捻出するための公債を募集するのも日本人、買うのも日本人、その利子150万円を稼ぐのも日本人、そして利子を受け取るのは朝鮮人だったわけです。

そしてその臨時恩賜公債は50年で償還だったので、日本の朝鮮統治が35年間で終了すると同時に紙クズになってしまいました。

当時から日本政府は朝鮮人が大好きだったようですね。日清・日露両戦争を起した朝鮮人を厚遇して、われら日本人には両戦争での流血と莫大な戦費借入金の支払いを背負わせたのですから。


日本人の血と汗で寝て暮らした朝鮮王族


【臨時恩賜公債|明治天皇御署名原本】
臨時恩賜公債原本2【出典】アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A03020864200:1910(明治43)年 内閣 「御署名原本・明治四十三年・勅令第三百二十九号・朝鮮ニ於ケル臨時恩賜ニ関スル件」


高宗皇帝。
朝鮮宮廷高宗皇帝2

高宗の嫁、厳妃。
朝鮮宮廷厳妃2

純宗皇帝。
朝鮮宮廷純宗皇帝2


純宗の嫁、尹王妃。
朝鮮宮廷尹王妃2


【日本は王を奪ったニダ!!】
1922(大正11)年の朝鮮皇帝一家。左から徳恵姫、梨本宮家から李王世子に嫁いだ方子(まさこ)妃、尹王妃、純宗皇帝、李王世子、侍従宮の手に抱かれているのは李王世子と方子妃の長男、晋(李王世子夫妻は東京住まいでソウルを訪問した時の写真)。朝鮮宮廷皇帝一家3【画像出典】取扱連絡所:ソウル特別市鍾路区臥龍洞二 李方子 「すぎた歳月」


これら王族らが受け取っていた公債の利子150万円は当時の日本の国家予算の約3倍の金額です。

年 度
一般会計

臨時軍事費
の純計(円)
直接軍事費(円)参考事項
1894
(明治27)年
185,299128,42769.2日清戦争
1895
(明治28)年
178,631117,04765.5
1904
(明治37)年
822,218672,96081.8日露戦争
1905
(明治38)年
887,937730,58082.3
1909
(明治42)年
532,894175,39732.9帝国国防計画決定
1910
(明治43)年
569,154183,62632.2朝鮮併合
【出典】1979(昭和54)年 芙蓉書房 上法快男 「陸軍省軍務局」 第四部 昭和期の軍務局 第二章 昭和期軍務局の足跡 明治以降における軍事費の比重


朝鮮総督府の施政経費は事後承諾だった!

なんだか朝鮮総督府はザルだったようですね。でも臨時恩賜公債をぜんぶ朝鮮人に渡すと浪費したり転売したりするから、という理由で1700万円分は日本政府で保管していたそうです。

そして3000万円という金額は、当時の朝鮮の通貨流通高と同額でした。


出典:1911(明治44)年 有楽社 「日本之朝鮮」 併合後の財政 若槻大蔵次官

※管理人注:〔 〕内は管理人による注釈です。


朝鮮の歳出入に関する予算は当分の内従前の儘〔まま〕を襲用する事(勅令第三百二十六号)となりたるを以て先〔ま〕づ本年度に於ては大なる変動を見る事なかるべく、総督府の施政上経費を要する事項発生する場合には其〔その〕都度必要の支出をなして事後承諾を求むる事となるべし、

又政府は合併に伴ひ王族及び功臣等に対し其の位置体面を保たしめんが為〔た〕めに特に臨時恩賜公債として金三千万円を交附する事となりたり、

此〔この〕公債の性質は恰〔あたか〕も沖縄に於ける秩録公債と同じく彼等〔かれら〕をして今後克〔よ〕く朝鮮貴族たる品位を保持せしめしが為めなれば売買交換を容易にして之〔こ〕れを濫費〔らんぴ:浪費〕恩賜の目的を空〔むなし〕ふするが如き事なからしめん為め、右金額の内一千七百万円は政府に於て保管監理する事となれり、(中略)


〇朝鮮の金融機関
   韓国銀行理事 木村雄次氏

▲朝鮮の金融状態 朝鮮の通貨流通高は三千万円内外にして年末迄には三千五百万円を超ゆる見込〔みこみ〕あり 




当時の日本人も激怒!朝鮮の財政は朝鮮人に負担させろ!!

臨時恩賜公債を交付する約半年前、日本政府は日本の公債の利回りを5%から4%に下げたばかりだったそうです。

それなのに朝鮮人に交付した公債だけ5%とはどういうわけだ!朝鮮人の浪費グセはだれでも知っていることだろう!150万円なんか朝鮮人にとっては「はした金」だろうが!朝鮮が経済発展しても日本人に利子を負担させるのか!と当時の日本人は激怒しています。当然ですね。

「植民地民」のために公債を募集したのは日本くらいなもんでしょうね。


出典:1911(明治44)年 同文館 岡崎遠光 「朝鮮金融及産業政策」 第四章 公債及び関税 第二節 恩賜公債の条件

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


新附の国民を綏撫(すいぶ:いたわり安心させること)せんが為(た)め、恩賜公債を発行し臨時賜金に充てらる、其の措置たるや洵(まこと)に喜ぶべきことなりと雖(いえど)も、其の条件に就(つい)ては聊(いささ)か異議なき能(あた)はず(異議がある)。

戦後財政整理の一端として、政府は在来の五分利公債を四分利に借換ふる(借り換える)の議を建てたり、是(こ)れ国民の負担を軽減し民間金利の標準を一変し、財政経済両方面に於て一新時期を画せんとしたるものなり、

然(しか)るに臨時恩賜公債規程の公布せらるるや、其(そ)の利子を五分となせり、四分利標準を実行したる後未だ半歳(年)ならず、復(ふたた)び五分利公債を発行するは抑(そもそも)、何等(なんら)の理由に基くか、或(あるい)は曰(いわ)く五分利公債の発行は僅(わずか)に三千万円なりと、

然(しか)れども金額の多少を以て云(いい)為(な)せば、発行金額だに僅少ならばその利率は如何に高歩なるも敢て問ふ所にあらずと言ひ得べし(言えるだろう)

天下豈(あに:どうして)此(こ)の理あらんや、同一政府の発行する公債にして其の利率一定せず高低区々(まちまち)たらんか、民間金利の標準なるものは漠として何の辺にか之(これ)を求めん(民間標準金利債券を保有する者ははっきりした理由を求めようとするだろう)。

吾人(ごじん:私)は複合国家の下に於て、全領土を通じて常に一率の金利を保たしめんことを主張し、各地経済事情を無視して顧みざるものにあらず、

特殊の場合と事情との下に於て植民地の為に公債を募集する場合の如き、其の土地の経済状態に基き以て金利の採算を為(な)すことあるべしと雖も、今回の挙の如きは市場より貨幣を吸収するにあらず、即ち一般の公債募集と其の性質を殊にし、金融市場に影響を来すこと殆(ほとん)ど之(こ)れ無し(影響を来すにちがいない)、即ち之(これ)を四分利とする何等の支障を見ざりしにあらずや(見られないではないか)。

鮮民下層の生活費は実に低位に在りと雖も、上流に至っては夢想だも及ばざる驕奢(きょうしゃ:権勢におごること。ぜいたくであるさま)と放縦(ほうじゅう:気まま、わがまま)とを恣(ほしいまま)にするは、少しく事情を知れるものの均(ひと)しく確認せる所なり、

【両班(ヤンバン:朝鮮貴族)一家】
両班家族2

【朝鮮中流階級】
婦女抵当朝鮮中流階級1

【朝鮮下層民:日本に出稼ぎ、移住してきた人々】
京城土幕家屋

而(そ)して今回支給金の一部は、地方の教育又は産業等の元資(原文ママ)に供せらるるものあるべしと雖も、而(しか)も其の大部分は元老両班と称する上流に向って撒布せらるるものにして、其の利子収入の如き彼等(かれら)の或(ある)者に取りては僅(わずか)に是(こ)れ九牛の一毛(きゅうぎゅうのいちもう:多くの牛の毛の中の1本の毛の意)多数の中のきわめて小さい部分。取るに足りない小事にいう)にだも如(し)かざるべし。(中略)


【韓国人准教授|日韓基本条約の援助金8億ドルははした金】
韓国人准教授はした金2

次に負担転嫁の方面より観察するに、近き将来に於て朝鮮財政の独立は到底覚束(おぼつか)なしと雖も、恩賜公債の償還は据置後五十箇年(五十年)なり、如何に貧弱なる朝鮮とは言へ、二三十年の内には大に発展して独立財政となるや必せり。

此の時に当り若(も)し未償還額の存するあらんか(この時もし未償還額があったらどうするのか)、朝鮮財政の当然負担すべきものなり。(後略)




朝鮮銀行|朝鮮特権階級は臨時恩賜公債を売りにきた

朝鮮銀行とは日本が朝鮮に設立した日銀のようなものです。臨時恩賜公債を手放すときは朝鮮総督府の許可を得た上で朝鮮銀行に買い取ってもらうよう、朝鮮総督府令で定められていました。

その朝鮮銀行によると、1943年から10年も経たない1914年までに買い入れた公債の額面は発行総額の6割8分にあたる595万円になったそうです。

朝鮮人は目先の大金が大好きなので、じっと利払日まで待っていられなかったのでしょう。なにしろ日韓併合前は宮廷内に造幣局があって、宮廷官吏は好きなときに好きなだけ貨幣を鋳造することができたのですから(参考記事:白人と宮廷官吏に搾取された朝鮮人)。


出典:1915(大正4)年 朝鮮銀行 高久敏男 「朝鮮銀行五年志」 四 公債ノ応募及買入

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 二 臨時恩賜金公債ノ買入

 明治四十三年韓国併合ニ際シ朝鮮人ノ新(アラタ)ニ貴族ニ列セラレタル者七十六名ヲ始トシテ功労者及其(ソノ)遺族旧韓国政府官吏等恩賜金ノ授与ヲ受ケタル者数千名ヲ数ヘタリ 而(ソ)シテ右恩資金ハ明治四十三年勅令第三二七号ニ依リ発行セラレタル記名五分利公債ヲ以テ交付セラレタルモノナリシガ其受領者又ハ相続人ニシテ朝鮮総督ノ認可ヲ得テ該公債ヲ売却セントスル者アルトキハ予テ其筋ノ内示ニ基キ額面価格ヲ以テ本行之(コ)レガ買収ノ任ニ当レリ之(コレ)ニ関シ朝鮮総督府ハ明治四十三年十一月告示第四十号ヲ以テ左ノ通リ一般ニ公示セラレタリ(中略)

 爾来総督ノ認可ヲ得テ其買入ヲ請求スルモノ陸続トシテ至り大正元年末ニ於テハ其額既ニ五百三十四万一千七百円(内別種ノ買入高五十三万五千九百円ヲ含ム)に達シタリ 

爾後毎年其額ヲ増加シ大正三年十二月ニ至テ買入総額面五百九十五万円ニ及ベリ 実ニ恩賜金公債授与総額ノ六割八分ニ当レリ




日清・日露の莫大な戦費借り入れで火の車だった明治日本

朝鮮人にはいい顔をしていた日本政府も、内情はとんでもない借金地獄でした。
以下は明治末期の日本政府の内外国債総額、日清戦争、日露戦争の戦費財源の一覧です。

内外国債総額|1903(明治36)年~1907(明治40)年

1-1内国債
英貨債
(ポンド)
英貨債の
邦貨換算額(円)
内外債合計
(円)
1905/
明治
36年
463,330,5211,000,00097,630,000560,962,521
1906/
明治
37年
683,231,8373,200,000312,416,000995,647,837
1907/
明治
38年
921,975,94799,396,734970,410,3101,892,386,257
1908/
明治
39年
1,071,546,503117,398,4001,146,160,5792,217,707,082
1909/
明治
40年
1,110,645,228119,399,9001,165,701,2242,276,346,452



日清戦争戦費財源(単位:円)

公債募集金116,804,926
二十六年国庫剰余金繰入23,439,086
軍資献納金160,800
陸軍恤兵献納金2,210,650
海軍恤兵献納金578,090
雑収入1,519,305
占領地収入624,425
台湾及び澎湖列島諸収入935,679
特別支金(清国償金)繰入78,957,164
合   計225,230,125



日露戦争戦費財源(単位:円)

1-1臨時軍事費
(特別会計)
臨時事件予備費
(一般会計)
公債及び一時借入1,492,421,03663,601,1351,556,022,711
特別会計及び資金繰入63,000,0004,000,00067,000,000
増税収入136,330,678-136,330,678
一般歳計剰余金繰入52,757,476168,272,167222,039,643
件納金及び雑収入2,000,000-2,000,000
合   計1,746,509,191235,883,3021,983,392,032
【出典】1937(昭和12)-1938(昭和13)年 東京朝日新聞社 「朝日時局読本 第9巻」 国防と軍備 明治以降の戦争と戦費


日本がいくら戦勝したところで、日清戦争は三国干渉で戦利品はないに等しく、日露戦争では賠償金が取れませんでした。

そもそも、日本の隣りに朝鮮半島がなければ、日清も日露もなかったし、日露戦争の戦費を米英ユダヤの出資に頼って、あとで満洲をよこせと強要されて大東亜戦争に至ることもなかったでしょう。

これだけの莫大な戦費を日本に背負わせ、戦争で日本人を殺したのは朝鮮人です。

そういう民族が戦後は被害者気取りで旭日旗や従軍慰安婦や強制徴用を捏造して、世界的な対日ヘイトを展開しているのです。

そしてこんな民族のために公債を発行して、日本人の負担を増やしたのは日本政府です。


旭日旗が防衛している日本で就職する韓国人|一に金銭、二に金銭


「給料は安いよ」韓国の若者にとって日本企業は金銭的な魅力なし?
澤田克己 (毎日新聞記者、元ソウル支局長)  2018年10月22日 WEDGE Infinity

日本政府が外国人労働者の受け入れ拡大に向けて新たな在留資格を作ろうとしている。安倍晋三首相は「移民政策ではない」と強弁するが、実質的な政策転換だ。労働力不足という現実を直視した政策を作らねばならないのは当然だが、日本社会には気になる思い込みが未だにあるように見える。日本が外国人労働者を大量に受け入れるといえば「多くの外国人が殺到するはず」というものだ。今や、そんな時代ではないのに…。

 少なくとも金銭的な面での日本の魅力は大きく減少している。先日、韓国の外交官と話した時にそれを実感させられた。若年失業率の高さが社会問題となっている韓国では、日本をはじめとする外国での就職を数年前から政府が後押ししている。日本に駐在する外交官として日本企業への就職支援を行わなければならない彼は、こう言ったのだ。

 「日本企業は初任給が安いでしょ。日本で労働力不足だという職種は、その中でもさらに給料が安いことが多い。韓国企業の方が高い給料を出すから、韓国の若者はその水準を考えながら就職先を探そうとする。ミスマッチが多くて苦労するんですよ」(中略)

日本ではちょうど、労働力不足が深刻化していた。韓国人にとって日本は、里帰りしやすい隣国であるうえ、文化的な共通点も多い。韓国語と日本語は文法が似ているから、言葉も学びやすい。一方で日本企業側では、韓国人の若者は優秀なうえに日本文化への適応力が高いと評価される。そうした条件が重なったことで、日本で就職する韓国人の若者は急増した。(後略)





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