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2014/10/30

通名丸わかりっ!!通名と朝鮮の大家族主義


在日外国人の通名制度が2015年7月8日で終了するそうです。

物事には必ず始まりと終わりがありますが、通名制度のはじまりは日韓併合前、朝鮮人が伊藤博文統監の「伊藤」を勝手に名乗りだしたことでした。

その後、1899(明治32)年の勅令第352号から朝鮮人が省かれ、朝鮮人は怒濤のように日本に出稼ぎや移民で押しかけてきました。

本格的な通名使用はこの頃から始まったようです。そして、朝鮮人が日本人名を名乗りだした理由は7つありました。


1. 勤務先の上司などが、名前を呼ばれやすいように便宜的に日本名で呼んだ

2. 朝鮮人の間で「日本名を持たないのは一人前ではない」といった風潮があった

3. おしゃれの一つとして日本人名を使った(ただし、日本と同化する気はなかった)

4. 朝鮮の大家族主義により、日本で稼いで裕福になったことを郷里の親族に知られないようにするため

5. 朝鮮の大家族主義により、日本で犯罪を犯したことが郷里の親族に知られないようにするため

6. 日本人になりすまして犯罪を犯すため

7. 日本の官憲に対し、本名と犯罪歴を知られないようにするため



以上の7つの理由のうち、6つが朝鮮人の自己都合で、そのうち3つは犯罪を犯すため、そのうち2つは朝鮮の大家族主義によるものでした。

朝鮮の大家族主義とは、一族の成功者に一族がぶらさがって喰わせてもらう制度です。朝鮮人が雑居するのも、この朝鮮の大家族主義によるものです。

日本で稼いで裕福になったことが朝鮮の親族に知られると、一族が朝鮮から飛んでくるので、通名を使ってそれを防止したのですね。ちなみに、この朝鮮の大家族主義は姻戚にも適用されるそうですので、韓国人と結婚する時はよく考える方がいいです。

また、日本で犯罪を犯した場合も、朝鮮にいる両親に恥をかかせないために日本人名を名乗りました。これを朝鮮人は「半島民族の美風」としていたようです。

要するに朝鮮人の通名使用は日本が強制したものではなく、朝鮮人が自己都合で使い始めた

ということです。


朝鮮総督府が「創始改名」を実施したのは1939(昭和14)年でしたが、当時の日本人はこう言っています。

「半島人が仮の日本名を使って、極めて紛らわしかったのが改められる」。

「通名」は日本人にとっては百害あって一利なし、何のメリットもないので、廃止するのは妥当な政策です。


【朝鮮総督府「創始改名」の公告】
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そもそも日本人の氏姓は皇室発祥ですから、日本人は「家名」をとても大切にします。

古代から日本は皇室を中心とした家族制度をとってきました。家族制度とは国家の仕事を家単位で分担する制度です。そのため、日本人にとっての「家名」は職掌を表す命よりも大切なものでした。

それほど大切なものを外国人に大安売りするはずがないのです。

日本人は、おしゃれ感覚で外国人の名を使う民族とは根本的にちがうのです。


【平家物語】
命惜しむな、名をこそ惜しめ。
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【「豊臣」も朝廷に上奏して許可された氏】
唐入りじゃ。
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【通名を名乗るのは豊臣秀吉と同じ】
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【通名で昔は家賃踏み倒し、今は献金テロ】

安倍首相が墓穴 2年前の「外国人献金禁止」発言が命取り
2014年10月29日 ライブドアニュース

 宮沢洋一経産相(64)の「政治とカネ」が、底ナシになってきた。就任2日目に発覚した「SMバー」につづいて、今度は外国人からの献金が明らかになった。外国人から献金を受け取ることは「政治資金規正法」で禁じられている。明らかな法律違反だ。はやくも「体調悪化」を理由に辞任させるしかないという声があがっている。

 宮沢大臣が違法な献金を受け取っていたのは、2007年と08年。代表を務めていた「自民党広島県第7選挙区支部」が、パチンコ店経営会社から07年に30万円、08年に10万円の献金をもらっていた。このパチンコ経営会社は、在日韓国人が社長を務め、外国人が50%超の株式を保有している。

(中略)

「宮沢辞任」が避けられそうにない最大の理由は、民主党の田中慶秋法相に対して、当時の安倍晋三総裁が強硬に「大臣辞任」を求めていたからだ。2012年10月4日の記者会見で、こうブチ上げている。

〈なぜ、外国人の献金が禁じられているのか。これは国会議員が持たなければいけない基本的な認識なんですね。日本の国益を考え、立法していく。内閣の一員になれば守秘義務がかかります。外国から絶対に影響を受けてはならない、ということなのです〉〈ところが、民主党は、そこのところが分かっていない。それは大変な問題だと思います〉

 この会見の様子は、いまでもユーチューブで見られる。外国人からカネを受け取った大臣に対し、強く辞任を求めていた。2年前、民主党に対して発した言葉が、いまそのままブーメランのように自分に返っている形だ。
(後略)




本記事の資料



旧漢字・かなづかいは新漢字・かなづかいにあらため、適宜句読点を施しました。( )内も管理人による注釈です。

一族の成功者に一族で寄生する朝鮮の大家族主義、拒絶すれば一族からつまはじき、大家族主義は姻戚にも適用される


出典:1929(昭和4)年 太田壽編 「鮮支一瞥」 14ページ 三、美俗良風 徹底せる大家族主義 



 元来朝鮮の家族主義は内地のそれに比して更に範囲が広く、一家と言う意味は親類を意味している。然(しか)し其親類の内容は内地のそれより非常に広汎で血統を同(おなじ)うするもの、同一祖先より出(い)でたるものはどこまでも一家族である、という観念を以て一家と称している。

故に一家は一族一門のことで、子孫幾十代の後になると所謂(いわゆる)一家は多数の家族を抱容するわけである。現に前述の孫氏の一邸内だけに四、五十人の家族が同居しているとの話しであった。

此(この)一家には家譜なり系図なりがあって、十年目とか二十年目とかに加除訂正し、その一家一門の宗家に鄭重(ていちょう)に保管されている。宗家は一族尊敬の中心であり、其家系の存続と祭祀とを絶(たや)さぬ為(た)めに田畑等の基本財産をも設定してある。これが宗田、宗中財産などと称して宗会門会という親族会の承認を経なければ宗家と雖(いえど)も自由に之(これ)を処分することが出来ない定めになっている。

 又(また)一族のうちで成功者があると一門総(すべ)ての名誉として之を慶(よろこ)び之を誇り、成功者は一族の者を扶助せねばならぬ義務を負うのである。

時には音信もない見も知らぬ者が同族の関係から頼って来て庇護を受けようとする、そして双方ともそれを当然の事のように考えている。

若(も)し被庇護者を全然取(とり)合わぬような行動に出ると不人情者として一門一族から爪弾(つまはじ)きされることになるのである。

又同族間の相互扶助の観念は徹底しているばかりでなく、姻戚間に於てもよく此(この)風習が行われている。




「日本で成功した」という話を聞けば、朝鮮から親族が押しかけてくる


出典:1933(昭和8)年 司法省調査課 「報告書集.2」 23ページ



 尚(なお)最後にこの内地(日本国内)移住が増加しつつあることに就(つい)て朝鮮人の依頼性をその原因の中に入れるべきものと思う。

 朝鮮人が自力勤勉の気力に乏しく依頼性に富むということは一般に云(い)われる所でこれは別に朝鮮人の犯罪の助長原因として統計上からも立証されているのであるが、それは朝鮮特有の大家族主義がかの依頼心を養成して来たと云われる。

即ち家族の内に内地に出稼(でかせぎ)に来て相当な生活を営むということになると、その者の家族一門が之(これ)を頼って出てくる。

内地に来て仕事をみつけて一働きしようと云うのではなく、只(ただ)漫然と内地でとにかく生活を営んでいる親族を頼ってやって来て、そこでぶらぶら食わせて貰って遊んでいようと云うのであって、此(こ)の怠惰心とそれから内地にさえ行けば思う様(よう)に金儲けが出来て面白く遊んで暮せるという都会に対する憧憬の念とは所謂(いわゆる)朝鮮人の漫然渡航をそそり立てておることを見逃してはならない。

 朝鮮の農場を経営している内地人(日本人)が、朝鮮常雇夫の日常粟(アワ)を食用としているのを見て、白米を一定の時期に量を定めて恵んでやった処(ところ)が却(かえ)って常雇夫はそれを喜ばない。

白米を貰うとそれを聞いて親類の者が大勢蝟集(いしゅう:蝟=はりねずみの毛のように多く集まること)して来て副食物を沢山(たくさん)用意するのに金がかかって困るというのである。

白米の御馳走(ごちそう)ですらこんな調子だとすれば親族の者が内地で成功したという話を聞けば玄界灘の彼方(かなた)も物ともせず乗り越えて来よう連中も大勢であるに相違ない。




通名は名前を呼ばれやすくするため、おしゃれ感覚、日本名を持たぬ者は一人前ではない、朝鮮の両親に犯罪が知られないように使用


出典:1933(昭和8)年 司法省調査課 「報告書集.2」 74ページ



 朝鮮人の男子はおしゃれ、虚栄心が強いということは一般に云(い)われるが、事実粗食に甘んじ、破れかかった家に住んでいるものでも頭髪を奇麗(きれい)に刈り込んで洋服を着、伊達(だて)の眼鏡を掛けて貴公子然としているものが多い様に思われる。

また移住年がたつと共に必ず内地名(通名)を持っている。これは職場で同僚から名を呼ばれ易い様に内地人(日本人)の親方等がつけたのが多いが、左様(さよう)でなく内地名を持たぬ者は一人前でないと云う様な考えから、仲々(なかなか)難しい名を特につける者も多い。

男子は老人の外(ほか)従来の朝鮮服を用いず、一般の労働服か洋服を用い、少ししゃれたものは堂々たる着物羽織に季節により二重廻し(にじゅうまわし:全身をおおう袖のない外套。とんび。鳶合羽)を着用し、金縁の眼鏡に金鎖付時計を帯びていて、立派な紳士の外見である。

 然(しか)しながら此(こ)の服装や内地名をつけていることは決して思想的の内鮮(日本と朝鮮)同化の傾向とは見られない。愛すべき虚栄、おしゃれの結果である。特に女子は殆(ほとん)ど例外なしに朝鮮服をそのまま着て、内地の着物を着ているものがない。裁縫の方法が異るという点もあるが(朝鮮では一つ縫いという縫い方を用いていた)、矢張(やはり)同化しようとの念がないからだと見るのが正当である。

 朝鮮に於ける長上尊敬の美風も内地に於てそのまま保たれている。犯罪を犯した者が郷里に於ける両親に対する遠慮から、本籍、氏名を偽称し、尚(なお)内地に同居する場合にはその住所を偽ることは屢々(しばしば)である。また年長者が年少者に専横を振(ふる)い、傷害事件となることもまた多い。




通名で日本人になりすまし家を借りる、朝鮮に送金はするが家賃を支払わない


出典:1933(昭和8)年 司法省調査課 「報告書集.2」 56ページ



 これと共に考えなければならぬことは、先に一言したとおり家賃支払の能力ないのであるかどうかの問題であるが、大阪市について云(い)えば、在住朝鮮人の四割七分強が生活の余剰金を故郷に送金しつつある状況から見て、約七割以上の家賃滞納者があることは不思議であり、確(たしか)に家賃は支払能力あるに拘(かかわ)らず之(これ)を支払わず送金するものが相当多いと見なければならぬ。

 次に住宅問題については朝鮮人が借家難の為(た)めに家主に無断で家屋を占拠し、空地(あきち)に無断で掘立(ほったて)小屋を立て、或(あるい)は内地人のように装うて家主を欺罔(きもう:あざむきしいること)して家を借りて住込み、甚(はなは)だしいのになると内地人を手先につかって借家を求めるという様な奸策を弄するものが多くなってきた。これは犯罪を構成するのみならず家主との間にも厄介な問題を惹起している。




日本人「創始改名でスッキリするわ」


出典:1939(昭和14)年 亜細亜情勢研究所 「鮮・満の再認識」 四、内鮮一体に急拍車 13ページ



 "氏"の創設は、日本古来の美風たる家族制度を移植するものであって、朝鮮にも内地同様、家名の称号「氏」即ち家名を創設して、婿養子縁組を認めるところのもので、これで朝鮮二千三百万の人口が僅かに四百九十六種の姓に限られていた種々の不便な点が改められ、又従来の一家内に夫の姓、妻の姓と数種の姓のあった煩雑さも改められるということになる。

 いずれも非常に当を得た改正令で、特に姓の問題の如き、筆者なども夙(つと)に痛感していたところで、内地在住半島人が本来の姓とともに仮の日本姓を用いて、極めて紛らわしかったのが改められるとすれば、ただに半島同胞にのみよいことではなく、内地人にも亦(また)大いに迎えられるところの改制といわねばならない。




補足:「一つ縫い」は面倒な仕立方


出典:1926(大正15)年 光文堂書店医籍部 鈴木公重編 「朝鮮と医業」 第二十三節 男女の別 28ページ



 亦(また)家庭では一日三度の食事は必ず都度炊くことになっておりまして冷えたものは決して食べませぬしそれに衣服は汚れ易い白地でありますのと一つ縫いと云う面倒な仕立方でありますから家庭内に於ける斯(こ)うした炊事、洗濯、裁縫の仕事に日夕忙殺されて実際上から余り出歩くことが出来ないのであります。








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