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2014/06/15

日本軍は中国人女性の強制連行などしていない


中国が中国人従軍慰安婦の資料をユネスコの記憶遺産に申請したそうですが、申請した資料は真っ赤なニセモノですね。

その理由は、中国が最近になって「中国人も日本軍に強制連行されたアル!」と言いだしたこともありますが、当時の事実として、


・当時日本軍は性病感染を恐れ、日本兵は『中国人経営売春宿利用禁止』だった。その取締を日本軍は中国の官憲に委託していた。中国含め大陸の性病は猛悪で、日本人はそれを「悪性梅毒」と呼んでいた。

・当時日本国と日本軍は伝染病感染を恐れ、『中国人の家屋への立入禁止』としていた。井戸ですら中国人とは別に設けるよう、規則を作っていた。

・当時日本軍は伝染病感染を防ぐため、週一回の予防接種を兵に義務付けていた(管理人の義父は中国に出征していましたが、終戦近くになると物資不足のため、消毒して使い回す注射針の先がだんだん丸くなってきて、とても痛かったと言っていました)。

・中国には「纏足(てんそく)」の風習があり、移動させるのは困難だった。



といったことが挙げられるからです。

きたないきたない中国

【中国人のマナーの悪さはやっぱりひどかった】



【悪性梅毒】
梅毒は最終的に脳を侵し、患者は発狂する。戦前、東京の東久留米市で梅毒末期患者による大量殺人事件が起きている。
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コレだから国を挙げて外国と戦争したことのない国は困ります。

特亜諸国の作り話は、戦時中の世界的事実と一切かけ離れているのです。

当時の日本はアメリカの対日禁輸、英仏によるソ連の対日軍備援助、ユダヤ資本によって頼みの綱の満洲・北支の我が権益は蹂躙され、日支事変前に毛沢東が予言していたとおりの戦況「日本軍は中国の奥地へ入り込み、補給線を断たれるでしょう」といった状況でした。

物資や資源は枯渇していく、されど共産アメリカは「日本人を皆殺しにしろ!天皇を殺せ!」と叫んで日本本土に上陸してくる、そういった状況下で、やむにやまれず誕生したのが、神風特別攻撃隊です。

日本人にしてみれば、

共産党から戦争を仕掛けてきておいて、ウソばっかり言いやがって日本軍に中国人や朝鮮人を数十万とか数百万人も強制連行できる余力があったなら、国防に回しとるわ、このカスどもが!!

と言わざるを得ません。

21世紀になった現在でも、世界の街角で糞尿を垂れている人民にキチンとトイレのしつけをしてから、こういうウソをつけ!!ってことです。

軍隊の性病感染率が一番低かったドイツは、特亜が捏造する「従軍慰安婦」について、どう思っているでしょうね?

ドイツは中国に権益を持っていましたから、ドイツも中国の汚さ、不潔さを知っているのではないでしょうか?


慰安婦、南京事件を世界記憶遺産に 中国が申請
2014年6月10日 ANN NEWS

 中国政府は、慰安婦問題や南京事件に関する資料をユネスコの世界記憶遺産に申請したと発表しました。

 中国外務省・華春瑩副報道局長:「南京大虐殺と慰安婦に関する貴重な歴史資料を(世界記憶遺産に)申請した目的は、また同じように非人道的で人権を侵害する反人類的な犯罪の再発を防止することにある」
 世界記憶遺産は、ユネスコが歴史的な文書や絵画の保存を目的に登録するものです。華副報道局長は、今回、申請した資料について「貴重な歴史的価値を持ち、申請基準に完全に合致する」と主張しました。中国は、今年4月に慰安婦問題に関する資料を外国メディアに公開するなど、歴史問題を巡り、韓国とも連携して日本に圧力を掛ける動きを強めています。一方、ユネスコによりますと、中国からの申請は今年3月31日までにあったということです。審査には1年以上掛かるとしていて、来年の6月ごろに審査結果が出るということです。


本記事の資料


日本国と軍は中国人経営遊廓の利用を禁止していた


出典:1932(昭和7)年 岡村書店 鹿山鶯村 「明け行く満蒙の透視」 桃源書館



 聴くところによると、この支那の妓楼には日本人を絶対にあげないということである。それは日本のように検黴(けんばい)制度が無いのと、一度彼等の病毒に罹ったら最後、それは恐ろしく猛悪なものであって、大半は不具廃疾者になってしまうと云(い)うことであった。それをおそれて日本領事館では支那の官憲に対して、絶対に日本人の登楼を許さないように厳重な取(とり)きめをさしてあるということであった。



日本軍は兵の中国売春宿への出入りを禁止していた


出典:1923(大正12)年 支那風物研究会 中野江漠 「支那の売笑」 売笑婦の分類



(附記)
(一)日本では公娼の許可は主として病毒の伝播を防止するにあるが、支那では公娼と雖(いえど)も検黴は行われておらぬ。そうすると日本の公娼存立の意義と全然相反して来るが、その割に病毒の伝播はない、それは各自の予防が比較的行届いて居るからである。

(二)北京に於ける駐支外国兵の中で日本兵のみは花柳界に出入を絶対に禁止してある

(三)日本婦人の公認妓館の売笑婦には検黴が行われて居(お)らぬ

(四)外国兵の為(た)めに設けられた妓女には厳重なる検黴が行われて居る。 
 


日本軍は中国人家屋への立入を禁止し、井戸も中国人と別にしていた


出典:アジア歴史資料センター: レファレンスコード:C11111881400:「陣中日誌 自昭和13年3月1日至昭和13年3月31日 独立攻城重砲兵第2大隊第2中隊(2)」


(2コマ目)
三月十六日 (水) 晴

四、慰安所の公休日は毎月十五日とす


(5コマ目)
三月十八日 (金) 晴

予防接種 二、午後二時より第一回腸「パラ」「チブス」予防接種を行う


(20コマ目)
昭和十三年三月二十三日 (水) 曇一時晴

四、明日の慰安所使用時間は午前十一時三十分より午後一時まで 下士官は午後五時より六時までとす 往復は必ず下士官の引率に依る 時間外に外出証を付与せず



(23コマ目)
昭和十三年三月二十五日 (金) 晴

午後七時四十分 中隊会報(藤田少尉下達)

二、路傍にて相撲をとるべからず

三、支那民家には絶対立入るべからず
 1.風紀上
 2.伝染病予防上


七、日本軍使用の井戸と支那人使用の井戸とを区別せよ

十一、第一中隊の兵にて昨日飲酒の上慰安所に到り憲兵に留置せられし者あり
    楼主より憲兵分遣隊に通知すること有れば注意せよ

十四、明日大毎派遣 渡辺はま子一行の慰問興行団来る予定 時間及場所は未定 必ず所要の宿舎警戒兵を残置して行くこと


(29コマ目)
三月二十七日 (日) 晴

二、午前九時大隊朝礼及大隊長訓示あり
  訓示要旨左の如し
「皇軍の一員たることに誇りを持って其の名誉威信を失墜するが如き行動なき様(よう)同僚相戒めて自己の任務に邁進すべし」

予防接種 四、午後二時より第二回腸「パラ」「チブス」予防接種を行う



イギリス、フランスの対ソ援助


出典:1937(昭和12)年 教育勅語遵守連盟 諏訪部一之輔 「コミンテルの正体は何か・猶太民族の世界政策」 コミンテルン第七回大会



 コミンテルン第七回大会は一九三五年七月二十五日から二十七日間モスクワで開催いたし参加国五十七、出席代表者五一〇名でありました。

此(こ)の大会の結果が目下世界を震撼させて居(お)るのであります。大方針として第二インターナショナル其の他の社会主義各団体と戦線を統一し所謂(いわゆる)人民戦線の展開を実現せんとして左(さ)の決議をいたしました。

一、コミンテルンは従来に於ける諸団体との対立観念を清算して、専(もっぱ)らファッシズムに対する単一戦線の構成に邁進する。即ちファッシズム戦線統一の手段とし、反ファッシズム反戦思想を抱くものである以上、その何ものたるを問わず之(こ)れと提携し高遠な理想論を排して日常卑近の現実的事実を捉え、且(かつ)各国の特殊事情に即応するが如き方法を以(もっ)て不知不識(しらずしらず)の間に大衆を自己の傘下に引き入れ、又(また)ファッショ乃至(ないし)ブルジョア機関に積極的に潜入して内部より之(こ)れを破壊せしめること。

二、赤化の主攻撃を日本及(および)独逸(ドイツ)、ポーランドに選定し、これ等(ら)の国を撃破するため英仏米の資本主義国とも提携し各個に撃破の戦略をとること。

三、日本を中心とした赤化の前提として支那利用に力を注ぐこと。

(中略)

 極東に於(おい)てソ連国の厖大(ぼうだい)なる軍備は我が国を仮想敵国として居り、最近著しく強硬の政策を採り漁業条約の調印を拒んだのも其の一例であります。

又英国は従来極東に於ては大体我が国と提携して居りましたが、近来は変ってソ連国と相近づきつつあります。昨年三月英蘭(イングランド)銀行(総裁ノルマンは猶太人)が仏国国民銀行(猶太人が全権を握る)の保証下に仏国政府に四千万磅(ポンド)の借款を与え、それから十日経たぬうちに今度は仏国政府が其の四千万磅(ポンド)をソ連国に貸し与えました。

ソ連はそれを何に使用したかと云(い)えば其の内の二千万磅は極東の軍備に充て、残る一千万磅は対独軍備に、残る一千万磅はソ連の国内整備費と支那に於ける活動費特に共産軍のために新疆、甘粛、陝西(きょうせい)に亙(わた)る地方(管理人注:現在中国共産党が侵略している地域に至る場所)に特別地区を設定する費用に充用したのであります。

其の後、又英国から一千万磅の対ソ連直接の借款があったことは左記の通りであります。  



ユダヤ資本に蹂躙された満洲・北支の我が権益


出典:1942(昭和17)年 大同印書館 引間功 「戦時防諜と秘密戦の全貌」(四)支那の経済を支配するサッスーン財閥



 当時北支に起った自治運動(管理人注:陥落後の南京に樹立した防共親日支那人自治政府。南京維新政府ともいう。蒋介石がソ連と支ソ不可侵条約を締結したため、蒋介石は死ぬまで日本と戦う運命となってしまい、しびれを切らした日本が「蒋介石政権を相手とせず」と宣言して新支那政府を樹立させたもの)と之(これ)に伴う日本の北支進出は、極東に経済的大地盤を有する英米の猶太財閥に、最も脅威たるべき一大関心事であった。これは謂(い)う迄もなく日本の北支進出は、将来に於ける中南支進出を意味し、尚更に遠く印度の宝庫への脅威を既に察したからである。

依って当時上海に於て勢力を有していた巨頭イー・デイー・サッスーンは七十余歳の老躯を提げ二、三の要人と共にロンドンに於て開催された猶太財閥の代表会議に出席したと云(い)われている。諺(ことわざ)にもある通り「サッスーンの立上る所必ず風雲を捲(ま)き起す」と云われているだけに、当時世界の経済界に衝動を与えたことは非常なものであった。

【プーチン大統領 ソ連の最初の政府の80から85%はユダヤ人】



1936年、日支事変勃発とその戦況を予言した毛沢東


出典:1953(昭和28)年 筑摩書房 エドガー・スノウ 「中国の赤い星」  3 日本との戦争(1936年7月16日 毛沢東の自宅にて)



(毛沢東)「抗日戦争においては、中国人民は紅軍が国民党との闘争に利用しえたときより有利な条件を獲得できるでしょう。中国は非常に大きな国家です。中国の寸土がすべて侵略者の剣のもとにおかれるまでは、征服されたとはいえません。万一日本が一億または二億の人口を擁する地域をえ、中国大部分の占領に成功したとしても、私たちはなお敗北したとはいえません。私たちにはいぜんとして、日本軍閥とたたかう巨大な力が残されています。かれら軍閥は戦争期間を通じて、たえず後衛を必要とするような、負担の重い行動をとらねばならないでしょう」

「中国正規軍のほかに、私たちは多数の遊撃隊と別働隊を農民の間につくりだし、これを指導し、政治的・軍事的に十分訓練を与えねばなりません。満洲でこの種の抗日義勇軍がなしとげた成績は、全中国の革命的農民から動員できる潜在的抵抗力の、きわめてちいさな証明にすぎません。適当に指導し組織しれば、こういう部隊は日本人を一日二十四時間奔命につかれさせ、死ぬまで悩ますことができます」

「戦争の過程がすすむにつれて、中国は多数の日本人俘虜、武器、弾薬、機械、兵器等を捕獲する可能性が生れるでしょう。一定の時期となれば、要塞と深い塹壕を利用する陣地戦の基礎の上で日本軍と交戦することが、ますます可能となるでしょう。というのは戦争がすすむにつれて、抗日軍の技術的装備は非常に改善され、重要な外国の援助によって、強化されるだろうからです。日本の経済は、長期の犠牲多き中国占領のため、疲弊し、軍隊の士気も無数の小戦闘につかれきってしまうでしょう」 
 

米軍「日本人を皆殺しにしろ!天皇を殺せ!」


出典:1960(昭和35)年 自由アジア社 元海軍航空艦隊参謀 安延多計夫 「南溟の果てに -神風特別攻撃隊かく戦えり-」 本土決戦



 八月十五日の聖断がなかったら、どんなことになっていただろう。

 沖縄が落ちたからといって、敵は進攻の歩みを止めるものではない。「日本民族を世界から抹殺せよ」とまで叫んだ彼等である。日本の息の根が止るまで、攻めてくることは説明するまでもない。

彼等は日本を屈服さす手として、二つの方法を考えていた。その一つは強烈な航空攻撃に伴う空海の包囲封鎖によって、日本人および日本の工業を餓死させようとする案であり、他は直接日本本土に上陸して、城下の盟を乞わしめようとするものであった。

種々論議された後に、統合参謀本部は五月二十五日、「十一月一日に南九州に上陸作戦を開始する」ことを発令した。

 この作戦はオリンピック作戦と称せられ、第三艦隊、第七艦隊および二一〇隻の輸送船、五〇〇隻の戦車揚陸船を使用して、一四個師団の兵力を南九州に上陸させようとする大規模の作戦であった。

敵も日本の牙城に侵入するのであるから、猛烈な反撃に遭うことはじゅうぶんに覚悟の上であって、最初の三十日間に五万人の死傷者がでて、うち一万一千名は戦死または行方不明になるであろうと予期していた。

ついで、二十一年四月にはコロネット作戦(管理人注:コロネットとは「王冠」という意味)と称して、外房州および相模灘の海岸から上陸して、関東平野を席巻、東京を攻略して、それで戦争は終わりという目やすを立てていた。





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