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2014/06/03

関東大震災朝鮮人虐殺を捏造したのは朝鮮人


韓国政府が『関東大震災朝鮮人虐殺』の真相究明に向けた法案を国会に提出しているそうです。この法案は韓国に特大ブーメランとなって返ることでしょう。なぜなら、『関東大震災朝鮮人虐殺』を捏造したのは、当時の日本在留朝鮮人だからです。

日本側の資料はこれしかありませんから、日本政府はその事実を韓国に開示すればよいと思います。


【関東大震災時、警視庁がまいたビラ】
韓国では朝鮮人を虐殺したとされる日本警察がまいたビラ。『注意!!! 有りもせぬ事を言い触らすと処罰されます 朝鮮人の狂暴や、大地震が再来する、囚人が脱監したなぞと言伝えて処罰されたものは多数あります。時節柄皆様注意して下さい。 警視庁』


関東大震災で虐殺された朝鮮人名簿 韓国政府が公開
2014年6月2日 ソウル聯合ニュース

【ソウル聯合ニュース】 1923年の関東大震災当時に虐殺された朝鮮人被害者318人の名前などを記した韓国政府の公式資料が、初めて公開された。

国家記録院は2日、昨年6月に東京の韓国大使館が移転する際に発見された日本による植民地支配時代の関連資料のうち、関東大震災において虐殺された朝鮮人の名前と住所、殺害当時の状況を記した「日本震災時の被害者名簿」を整理し、情報開示を始めたと発表した。

関東大震災当時、「朝鮮人が井戸に毒を入れた」「朝鮮人が暴動を起こした」などのうわさを公権力が流したことで社会の不満が在日朝鮮人に向かい、約6000人の朝鮮人が日本軍や警察、自警団などにより虐殺された。 (後略)



先祖のデマに翻弄されるバ韓国


韓国側の主張によれば、日韓併合時代、大勢の朝鮮人が日本に強制連行され、弾圧されたそうですが、事実は朝鮮人は一攫千金を夢見て日本側の阻止を振り切って渡日してきたのです。

そして、日本に渡航してきた留学生や朝鮮人出稼ぎ労働者は伸び伸びと、民族主義団体や共産主義団体を組織して抗日・反日活動に狂奔していました。

1923(大正12)年に関東大震災が起きると、日本内地の朝鮮人団体である在京朝鮮基督教、天道教(東学党の後身団体)両青年会幹部が発起人となって、関東大震災における朝鮮人迫害調査組織である「朝鮮人迫害事実調査会」を立ち上げました。

朝鮮総督府の資料によると、この会は東亜日報社(朝鮮の新聞社)関係から被災した朝鮮人救済金2000余円を受取るも、その大半を自分らの飲み食いなどムダな出費に使ったとあります。

そののち、この朝鮮人迫害事実調査会は極めてズサンな「関東大震災における朝鮮人迫害」調査を行って、同年12月25日に東京市外高田町雑司ヶ谷にあった日華日鮮青年会館において「在東京朝鮮人大会」を開催し、来会者約200名の席上で

関東大震災で虐殺された朝鮮人は2611名であり、震災当時、朝鮮人の犯罪事実はまったくなく、流言蜚語の出所は日本政府当局である

と発表しました。そして共産主義プロパガンダ(宣伝)である

日本政府が流言蜚語を流した動機は、朝鮮人・日本人無産階級(管理人注:労働者階級)の分離を図るためであった

と付け加えました。

そして速攻で 「朝鮮人迫害事実調査会」は解散し、日本官憲に虐殺されたとする朝鮮人の調査から手を引きます。

要するに「関東大震災朝鮮人虐殺」というのは、朝鮮総督府の資料にも『内容に何物もなく単に一時の方便に出でたるに他ならず』とあるように、金もうけあるいは共産運動の資金欲しさで捏造された事件だったということです。


【朝鮮総督府警務局資料:関東大震災における朝鮮人迫害調査会について】

出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B03041602800:1924(大正13)年5月 朝鮮総督府警務局東京出張員 「在京朝鮮人状況」1 (45コマ目)



 (一)朝鮮人迫害事実調査会と在東京朝鮮人大会との関係

客年(管理人注:去年)九月罹災同胞慰問に藉口(管理人注:しゃこう:かこつける。口実を設ける。言いぐさをつくる)し陰に朝鮮人迫害事実調査を行うべく、在京朝鮮基督教、天道教両青年会幹部発起となり組織したる本会は、当時東亜日報社関係の救済金二千余円を得て、罹災者に金品の寄贈をなす等慰問に資したるも多くは冗費(管理人注:じょうひ:むだな出費)若(もしく)は頗(すこぶ)る杜撰(ずさん)の調査をなしたるが、同年十二月二十五日市外高田町雑司ヶ谷日華日鮮青年会館に之(これ)が経過報告会を開催し、来会者約二百名の席上「在東京朝鮮人大会」の名を以て

一、被虐殺朝鮮人は二千六百十一名なり(十一月末迄の調査)

一、震災当時に於ける朝鮮人犯罪事実は全然なし

一、流言蜚語の出所は日本政府当局なり

一、流言蜚語の動機は日本人民心の動揺を防止し鮮日無産階級の分離を図る為の政畧(略)なり

一、流言蜚語の伝播者亦(また)日本政府当局なりとの声名(明)をなすと共に当日限り慰問班を解散し以後在東京朝鮮人大会として一切の事業を継承することを決議せり

当時声明書竝(ならびに)慰問班に於(おい)て作成せる朝鮮同胞慰問実況書等の不穏文書は別に印刷に附し、広く内外同志に密頒すべく一度計画したるも果さず、各個に通信したる形跡あり

最近北京、金健の名を以て配布したる冊子「虐殺」原稿の如きも首脳者韓偉健に於て私に該実況調査書を抜粋送附したるものと認む

然(しか)るに其(そ)の後に於ける状態は朝鮮人大会としての行動に見るべきものなく、本年一月中旬東亜日報社の軟化誥(ママ)問(管理人注:詰問の誤りか?)に本会名を冠したることあるのみで、内容に何物もなく単に一時の方便に出(い)でたるに他(ほか)ならず其の行動実権依然として前慰問班幹部たりし白武、卡煕瑢、韓偉健、李東済、朴思稷、李根茂等の手にあり

而(しか)して(そして)東亜日報社関係残金其の後二回に亘(わた)りて送附し来(きた)りたるを合して五百円となれるを約百円は東亜日報声討文石版印刷に費消し、目下四百円内外あり

依(よ)って二重橋爆弾犯人金祉燮の差入(さしいれ)及秘密結社朴烈一派の保釈運動費等に充当すべしと称し居れるも確実ならず


※管理人注:金祉燮は1902(明治35)年頃、中国北京を本部として組織された「義烈団」員。義烈団は主として日本人暗殺を企図し、爆弾部、短銃部、暗殺部などを設けていた。関東大震災前年には義烈団暗殺部金益相(通名:金鳳男)が呉成侖と共に上海に立ち寄った陸軍大将田中義一に爆弾を投じ、その後、日本に密航して二重橋爆弾事件を起した。



【参考記事:祖国の悲劇は金もうけのネタ-韓国】
<韓国船沈没>悲劇につけこんだ詐欺が横行、個人情報盗むアプリ出回る―韓国
旅客船沈没で集団ヒステリー状態に陥った韓国


【日鮮企業株式会社相愛会のガレキ撤去作業】
関東大震災から2週間後。親日朝鮮人のみなさんが日本橋区内焼跡整理に取り組んでいる様子。 虐殺されてません。
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(上)相愛会主催の焼跡整理 (下)牛込神楽坂警察署に置かれている自警団から押収した凶器他。
【被災した東京】
韓国は、この一面ガレキと焼跡の東京で日本軍が救援活動もせず、朝鮮人約6000名を集めた上、機関銃をゴロゴロ引っ張って来て銃殺したと言っているのです。まったくバカげた妄想です。
kantoudaisinsai00001.jpg☞【参考記事】関東大震災、津波は高さ6~7M 逗子など、証言精査 2013年8月22日 朝日新聞

自警団について


当時は第一次世界大戦の軍需景気の反動で日本国内は大不況でした。そこへ賃銀の安い朝鮮人が大量に渡日してきて、日本人の仕事を奪っていました。 日本人に生活不安からくる朝鮮人への反感が芽ばえるのも当然です。



出典:1929(昭和4)年 日本評論社 安部磯雄著 「失業問題」 八 朝鮮労働者と失業問題



 屋外自由労働に於いて朝鮮労働者は独壇上の感がある。現在東京市内には約三万人の鮮人労働者が居るが、その大部分は土工、人夫、雑役等の自由労働者であって、平均賃銀は一円五十銭である。

各府県に於ける土木工事にも鮮人労働者の雇われるものが多数であって、また従来年末の臨時失業救済事業(管理人注:皇室の下賜金で行われた事業もある)に於いても職を得るものは殆(ほと)んど鮮人労働者であるといってよい。

政府及び各府県は失業救済のために諸種の事業を起すそうであるが、これらの事業に於いても、鮮人労働者が有力に席を占めるであろうことは想像に難くない。実に鮮人労働者の洪水的流入は、内地労働者の一大脅威であり、失業不安を益々強化せずには置かないものがある。



それに加えて、1919(大正8)年の「三・一独立万歳騒擾事件」では在鮮日本人が朝鮮人に危害を加えられ在満日本人は朝鮮人に虐殺されていましたから、関東大震災という未曾有の災害に遭遇した日本人が朝鮮人の来襲から家族を守ろうとして自警団を組んだのは当然のことでした。

当時の日本政府も国民に『朝鮮同胞を愛せよ』と言うばかりだったので、日本国民の鬱憤はかなり溜まっていたであろうと推察できますね。



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