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2014/05/31

日本軍慰安所のモデルは中国人経営売春宿


韓国が捏造した「日本軍の慰安所」は、朝鮮人女性が強制連行され、あるいはダマされて連行され、強制連行の途中で日本兵に強姦され、慰安所に監禁されて逃亡を謀れば拷問され、というのがハズせないポイントになっていますが、実際にそういうひどい目にあったのは、誘拐されて中国人経営売春宿に売り飛ばされた日本人女性たちでした。

明治時代、満洲の中国人売春宿に売られて行った日本人女性が逃亡を謀ったのち、連れ戻されて裸にされ、陰部に薪(まき)を差し込まれ、尻には切り落とした牛の尾を突き刺されて人目にさらされるというむごい殺され方をしました。

元従軍慰安婦らも、本当は中国人経営売春宿に売られ、中国人にされたことを「日本軍がやった」と証言しているのではないでしょうか?

【中国の売春婦「姑娘(ころう)」】
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【中国では売春宿を「書庽(館)(しょかん)」という】
中国では売春を「密犬売」といった。アジアの売春宿が全部、日本軍の慰安所だったわけではない。
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写真出典:1932(昭和7)年 岡村書店 鹿山鶯村著 「明け行く満蒙の透視」 381ページ 桃源書館 

【従軍慰安婦不都合な真実】
李守山「警官に紡績工場で働くとだまされ、日本軍の慰安所に連れて行かれた。脱走を試みたが連れ戻され、日本軍に拷問された」



誘拐されて、中国人経営売春宿に売られた日本人女性たち



明治時代、村岡伊平治という人物がいました。村岡氏はアジアを放浪しながら日本人の前科者を更生させたり、中国人に誘拐された日本人女性を救出したりといったことをしていました。

1887(明治20)年、村岡氏は陸軍士官のお供として、満洲に商業視察に出掛けます。満洲には売られて行った日本人女性があちこちにいて、村岡氏はその女性たちの境遇を記録に残しています。

その記録に、溝帮子という所で、むごい殺され方をした日本人女性のことが書かれています。 長崎出身の女性だったそうです。


出典:1960(昭和35)年 南方社 河合 譲著 「村岡伊平治自伝」 第一編 南支時代 第五章 上海 三 満洲視察 



北票 ここにも日本人の女が七、八人おる。産物は阿片(アヘン)と大豆、商店もかなりある。上原閣下は専門のほうに熱中され、拙者は商業に熱中で、暇さいあれば外出。

市場で一人の女に出会う。その女は「ここに五年おりますが、日本へ手紙を出すことができず、お金を送ることもできず、連れだしてください。前の旦那が死んだのでお金は私のものになりましたが、帰ろうと思っても帰えられず、とうとうまた旦那を持ちました。それがお役人様だと思っていると、土匪(管理人注:山賊のようなもの)の頭ですからいやで、いやで、いやで」と話しておった。

周家屯 日本の女十人以上、いずれも旦那は七割以上が土匪、長いのは七年もおるが、たいがい一、二年であるという。

義州 この地にも女四、五人おる。一人の女がホテルへまいり、一人につき五百円ずつあげますから、わたしたちを連れだしてくださいと頼まれた。

この辺におる者は武士のお子さんが多いようです。旦那は役人ですが、手下はみな土匪だそうである。いちばん可哀そうなのは、子供を連れてきて二万円とか五万円とかをゆすり取ることで、その金を分けるのがいやでたまりませんと話しておった。

溝帮子 この地も大原野を控え、すべてがよろしい。当地には日本人女十一人おる。先日一人の女がむごい目におうたことをはなした。それは長崎の女で、逃げたのを連れ帰って裸にし、陰部に薪を差しこみ、尻には生々しい牛の尻尾(しっぽ)を突き差し、町の四つ角に数日さらして残酷な殺しかたをしたということである。

どの女も千や二千の金を持っておるから、金はいくらでもさしあげますから、どうか連れ出してくださいと泣きつかれた

(中略)

黒山 当地にも女は七、八人おる由を聞く。いずれにおる奴も連れ出してやりたい思い、それが頭に残り不憫がると、上原閣下はお笑いになり、「君はよっぽど人に不憫をかける性だなあ」といわれた。

彰武 ここにも商店は相当にあり、広い原野を控え、実に愉快なところだ。ここにも女四、五人おり、いずれも監禁されておる。

(中略)

郭家店 日本人の女四人のうち一人がわれわれのところにまいり、日本へ帰れる方法を教えてくれと、泣いていった。六年前に支那人に連れられて八百円で売られ、子供一人おる。昨年その主人が死亡いたしたので、帰ろうとしても、どちらを指していけばよいのかわかりません。もっとも乗物なしで、ドンキ馬か、チョウツウよりほかにはないですといった。



【「はだしのゲン」で日本軍がやったとされていること】
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誘拐され、中国人に処女膜を破られ、売り飛ばされた日本人女性たち



翌明治21年、村岡氏は今度は厦門(アモイ)で、中国人に誘拐された日本人女性500人を救出しました。中国人は美形を好むので、日本人の手下を使って官吏、豪農、士族、商家の娘ばかりを誘拐させたり、「外国で働けば高い給料がもらえる」とだまして、中国に連れて来ていたのです。少女たちの年齢は14歳から19歳でした。

少女たちは中国人に強姦されたあと、二年から三年もの間、厦門の奥地に監禁され、外国人に売り飛ばされていました。この事実は、元従軍慰安婦らの証言や吉田清治の著作に出てくる描写に酷似しています。

中国人は日本人女性を売り飛ばした金をバクチの元手にしていました。


出典:同上 第一編 南支時代 第六章 厦門 



 そのころ、日本や上海より入船ごとに日本娘が三人五人十人と連れてこられ、そのつど支那人旅館に日本の女が出入りするので、調べてみると、これらはみな誘拐者の仕業で、売られる金の半分は船乗りに取られるという。これは以前からのしきたりだという。

その娘らは奥地に連れて行かれて売り飛ばされ、賭博の資本金となるというけしからん話。その娘たちは支那人に監禁されておるのである。

(中略)

 拙者にはふんだに家内がおるからといって、お多福を説いて暮しておると、ある日二人の女が支那人の服装でまいる。別室でその女の事情を聞くと、奥地に監禁されておる女を助けてくれと手を合わせてたのみ、前の主人山口氏はわたしらの事情を知っておられるとのこと、その事情を聞くと、誘拐者が二十人連れてきてたが、この二人は運賃三百円の抵当として支那人にあずけられ、その支那人が二人を奥地へ連れて行って一人一千円で売ったという。それより八カ月、監禁されていたがようようのことで、二十円でサンパン(管理人注:三板、舢板:中国などの沿岸や河川で用いる小舟)をやとって逃げ出してきたという。

(中略)

 ところで、奥地から逃げてきたこの二人の女は一人は十九、一人は十八で、従姉妹(いとこ)どうしである。どちらも美人である。

村岡 おまいらはお金はあるか。運賃ぐらいはあるであろう。

女 一銭もありません。

村岡 なにを目的できたのか。

女 日本で、外国にいくと阿媽(あま。東洋英語Amahで、外人に雇われる女中)でも一カ月百円もとれるとのことで、きてみますと、女郎に売られることをしりました。いまとなってはしかたありません。

村岡 拙宅は男ばかり十五、六人おるので、やつらが乱暴でもするとおまいらはたちまち病気になる。一人なれば拙者の宅に一、二カ月置いて、どこえ(ママ)でも送ってあげたいが……。

女 一人がどこかへいって働いて、お金を送りますから、そうしたら残りの一人もそこへいくようにさせてくださいませ。

(中略)

 その後、いよいよ宿願の奥地の娘たちの救出を実行に移すことにし、英国領事館に頼み、書記生を借り、これに支那の警官三名、つごう五名で奥地に出発した。

 第一回は三十名を救いだしたが、拙宅に帰り、女の父の職業を聞いて驚いた。官吏、御農家、士族、御商家のお嬢さんばかりで、その理由を申しあげますと、支那人は器量を好むので、みな揃いも揃った美人ばかり。年は十九歳を筆頭に十四歳まで、これを水揚金(管理人注:みずあげきん:花柳界で処女の接客婦が初めて男に接すること)三百円以上千五、六百円で売飛ばされたことがわかった。これは前述の山田松太郎の仕業であった。

(中略)

 右の者は、日本人と接近した者はほとんどなし。みな支那人に小女マク(処女膜)を破られたもので、これがほんとうの犠牲者であります。これらの女を拙宅に連れ帰ったときは、どれでも、これでも、みな抱きつきたくなるほどであった。美人揃いで、拙宅は花の山のようであった。かれらの話を聞くと、いかなる人も涙の出ぬ人はなし。

 第二回目の救いだしは、第一回と同様に五名でまいり、十三名を救いだした。



現在も、日本に謝罪と賠償を求めているのは、真偽定かでない韓国の元従軍慰安婦らであって、身を挺して日本兵の慰安のため最前線に赴いた日本人慰安婦は一人も救済されていません。

最近になって「従軍慰安婦問題」を叫びだした中国は、韓国と同じく加害者でありながら被害者を装っています。中国人に誘拐され、売春婦として売り飛ばされ、むごい殺され方をした日本人女性たちこそ、自分の意志に反して売られて行ったのです。

そしてその哀れな日本人女性たちは、歴史から消され、日本人の記憶からも消し去られて、異国の地で眠っているのでしょう。

アジア女性基金などを立ち上げて、「従軍慰安婦」というヨタ話に日本人の血税を「償い金」という名で注ぎ込んだ日本政府は、本当にバカです。

こういう政府や政治家がどんなに「女性の人権」を叫んでも、日本人女性は信用しないでしょう。




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