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2014/05/25

「天皇制批判」はあとだしジャンケン 法以前の天皇


自民党政権の復活後、日本国内の共産運動が激化してきました。日本国内の共産勢力は、ごく最近考えだされた「マルクス思想」を振りかざし、日本国民の中心である「皇室」を「階級制度の頂点だ!」と欺瞞し、「天皇制」という言葉をひねり出して天皇にあてはめ、「反天皇制!」などと叫んでいます。


【「反天皇制」デモ】
20110410反原発デモのプラカード

しかし、天皇は「法」によって存在しているのではなく、また「制度」として設けられたものでもありません。

天皇は法や制度といったものができるずっと以前から公在していました。つまり、「マルクス思想」や「法」、「制度」といったもの、はすでに公在している天皇に対して無理にあてはめようとしたり、考え出したりしたものにすぎません。

「天皇制批判」、「反天皇制」というのは、あとだしジャンケンと同じイカサマです。

もし、共産主義者や反日外国人が宣伝するように、

天皇がブルジョアの頂点であり、

階級制度の象徴であり、

国民を搾取する存在


ならば、戦前共産主義の思想侵略が日本上陸した時に、日本人も中国人や朝鮮人のように赤化して革命を起していたでしょう。

けれども、日本は共産主義に反抗しました。特高警察は「アカだーっ!!」と言って共産主義者を弾圧しました。この事実こそが共産主義者らの宣伝がデマであると証明しています。


【天皇は人が考えだしたものには影響されない存在】
なので、共産主義者は暴力を是とする。
20101223.jpg

本記事の資料】


出典:1961(昭和36)年 錦正社 法学博士里見岸雄「萬世一系の天皇」
    第一章 序説



 制とは、刀を以て割くという字で、作也、造也、転じて定められた掟の意となる。度は、ものさしの義から転じて、ハカリ定めたもの、法則の義となる。いづれにしても人為的に定めて法則としたものである。

 日本の建国は史実的には何年何月ということは無いと思われるが、日本国家が原初的形態で成立した時には、既に天皇は天皇として公の存在であった。

これを王国王(国に王たるの王)といい、得国王(国を得たる王)とは区別する。勿論(もちろん)漢字で「天皇」と表現したのは推古朝頃からであるが、スメラミコト、オホキミとしての天皇は国に王たるの王であって、制度化する以前に公在した日本国の根源である。

(中略)

 天皇は憲法によってはじめて創設された単なる制度としての存在か、或(あるい)は、天皇は憲法以前に天皇として実在されてをり、憲法制定によって法律的政治的側面に於て制度的存在となったものであるか。

日本の国家に於ては、古来の関白、乃至太政大臣、左右大臣、征夷大将軍、内閣総理大臣その他の機関は、すべて法により制定創設されることによって始めて存在し得た制度である。

然(しか)し、天皇は、法により創設されることによって始めて存在するに至った制度ではない。それは日本民族国家の歴史に於て、国民と起源を同じくする始源的実在であって、制度に先立って天皇として公在したものである。

殊に明治憲法、昭和憲法の場合の如き寸毫の異論をさしはさむ余地がなく、天皇は憲法以前に天皇であった。両憲法とも憲法に先立って存在した天皇について制度を設けたのであって、両憲法が天皇の制度を規定したことによって天皇が創設されたのではない。

明治維新前、即ち徳川幕府時代に、天皇が統治権を総攬される制度は無かった。だが、天皇は、ほかのものとしてでなく、天皇として血脉(脈)相承け皇位相継いで公在してをられた。

もちろん徳川時代には徳川時代の天皇制が成文的に又不文的に存在したが、それも、制度を設けた為(た)めに天皇が創設されたのではなく、既に皇として存在し、そして、各時代の制度の如何に拘(かかわ)らず、常に天皇として公在する天皇は法律的政治的概念としての天皇制の範疇に入るべきものではあるまい。

日本にも、天皇など無くてもいい、無い方がいい、打倒すべきだ、廃止すべきだという主張がある程度有力な思想として現れている。

それにも拘らず、古来存続し来られた天皇について憲法に天皇制を認めなければならなかった客観的、実在的関係は何んであるか。

いかなる形体にもせよ、日本国家形成の重大要素としての天皇を憲法上に認めなければならなかったのは、天皇制の問題ではなくその根源としての国体の問題であろう。








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