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2018/03/01

韓国とフィリピンの共通点|朝鮮半島南北分断の原因


朝鮮半島が分断された原因は、フィリピンがアメリカの植民地になった原因と同じです。

19世紀なかば、スペインの植民地だったフィリピンは独立運動を展開していました。そこへアメリカが「独立運動を支援してあげるよ」と申し出て、フィリピンのアギナルド将軍に革命軍を組織させ、武器、弾薬を供給しました。

そしてフィリピンはアメリカ支援の下、スペインからの独立を果たしましたが、それもつかの間、1898年のパリ条約によりフィリピンの統治権がスペインからアメリカに譲渡され、フィリピンはアメリカの植民地になったのです。

アメリカに独立運動を支援してもらったことといい、独立したと思ったらアメリカの植民地になってしまったことといい、南北分断はフィリピンがアメリカの植民地になったいきさつとまったく同じなのです。


1944(昭和19)年内務省資料:
極左朝鮮人「大東亜戦争で日本を敗戦に導き米国援助の下に朝鮮の独立を果たす」

アジ歴米国指導下独立を果たす1【出典】アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020292800:1944(昭和19)年 内務省 「国民動員計画に伴ふ移入朝鮮人労務者並在住朝鮮人の要注意動向」(23コマ目)


もちろん、日本はフィリピンがアメリカの植民地になっていく様子を見ていました。なので朝鮮人が独立運動を開始したとき、その背後にいるのはアメリカだと知っていました。

同じように朝鮮人の共産主義・無政府主義者の対日テロはソ連が援助しました。なので朝鮮は南北ともにフィリピンと同じく、日本帝国主義から解放されたと思ったのもつかの間、北鮮はソ連の属領に、南鮮はアメリカの植民地になったのです。

朝鮮独立運動の裏側を知っていた日本が敵国アメリカ、ソ連と通じている朝鮮人を強制連行したり、従軍慰安婦にすると思いますか?

思いませんね。

【憎むべき裏切り者民族=ムン韓国大統領】
ムン大統領1

敵国と通じていた朝鮮人を日本が強制連行したというおバカな韓国

朝鮮半島も中国も「抗日運動で日本に反抗⇔日本に強制連行された」という矛盾に気づいてないのがスゴイところです。

日本に反抗してテロばっかりやってる民族、要するにテロリストを日本が強制連行すると思いますか?思いませんね。


慰安婦問題「『終わった』と言うな」=文大統領、竹島でも対日批判―日韓合意を否定
2018年3月1日 時事通信社

【ソウル時事】韓国の文在寅大統領は1日、日本の植民地支配に抵抗して1919年に起きた「三・一独立運動」の記念式典で演説した。

 慰安婦問題について「加害者である日本政府が『終わった』と言ってはならない。戦争当時にあった反人道的な人権犯罪行為は『終わった』という言葉で隠すことはできない」と強調し、日本政府の姿勢を批判した。(後略)



アメリカのアジア侵略構想-太平洋管制網系一般図

アメリカはハワイを中心としたアジア侵略を着々と実行していきました。

米国の太平洋管制網系一般図1【出典】1924(大正13)年 読売新聞社 国民対米会編 「対米国策論集」

アメリカのフィリピン侵略を見ていた日本

フィリピンを手に入れるための米西戦争でアジア植民地化政策に出遅れたアメリカは、フィリピンをアジア侵略の足場にして資源の宝庫である中国侵略を進めていきました。

またアメリカは北東アジアにつながるシベリアも資源の宝庫だったことから、日本を大陸から排斥するべく朝鮮人の独立思想を煽動しました。

事大な朝鮮人は利用されているとも知らずにアメリカに事大して独立運動を支援され、戦後はアメリカに占領されたのです。

ところが朝鮮人は「南北統一の費用も日本に出させる」などと公言していますね。

朝鮮半島分断は朝鮮人自身が起したことです。これから先、南北朝鮮が統一しようが、まとめて解体されようが、日本の知ったこっちゃありません。


出典:1942(昭和17)年 軍事教育研究会 大倉要 「戦争と国際問題」 大東亜戦争篇 二、アメリカ罪悪の部

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 三、フィリッピンを横取り

スペインとの戦争を利用して米国は、東亜におけるスペインの領土、フィリッピンとグアムを占領した。米国の東亜侵略の第一歩である。米国は開戦の三ヶ月前からフィリッピン攻撃の準備を進め六隻の軍艦を香港に集めてゐたのである。フィリッピンは十九世紀の中葉からスペインの支配を脱しやうとする独立運動を起してゐた。米国はこの独立運動を援助するかに見せかけて、亡命中のアギナルド将軍に革命軍を組織させ、武器弾薬を供給して、米国軍艦でフィリッピンに上陸させ、マニラに向って進撃させた。

かくてマニラを陥落し、米国はスペインと休戦条約を締結したが、アギナルド将軍には一言の挨拶(あいさつ)もなく、スペインより二千万弗(ドル)でフィリッピンを買収したのである。即ち米国はフィリッピンの独立運動を援助すると称して、比島(フィリピン)人をペテンにかけ、スペインに代ってフィリッピンを横取りしたのである。このフィリッピン領有は、時の米大統領マッキンレーでさへ、開戦当初は犯罪的侵略であると言った程である。

しかるにそれを敢へて領有するに至ったのはフィリッピンを足場として東亜侵略の毒牙を伸ばそうとする魂胆があったからにほかならない。

 四、算(かぞ)へ切れぬ東亜侵略

 英国が阿片(アヘン)戦争によって、支那と南京条約を締結、支那を侵略しはじめたのを見た米国は、一八四四年支那に迫って南京条約と同様の条約を結んだ。いはゆる望厦条約がこれである。米国がカリフォルニアをメキシコから奪って太平洋岸に進出したのは一八四八年であるが、これによって米国の太平洋征服慾(欲)は本格化し、まづ支那との貿易において英国を圧倒しやうと試みた。

しかし当時の蒸気船では太平洋横断は困難で、その寄港地として米国が目を附けたのが日本である。かくて嘉永六年六月、ペルリは軍艦四隻を率ひて浦賀沖に来航した。これによって一気に通商条約を締結する計画であった。翌七年には七隻の軍艦を率ひて神奈川沖に現はれ、遂に宿望を達して下田、函館の二港を開かせ、薪水、食糧、石炭等を供給させる条約を締結した。

【黒船来航】
黒船来航1

開国の恩人として恩をきせる米国も、仮面を剥げば侵略の第一人者である。其の後小笠原領有計画もあった。フィリッピンを横取りした米国は、更に悪辣な手段でハワイをも併合した(ジャワの女王はアメリカに退位させられた)

ハワイ、フィリッピンと飛石伝ひに支那大陸に迫った米国は、早くも支那大陸の門を開きにかゝった。米国務長官ジョン・ヘイが列国に対して発した有名な「門戸解放」「機会均等」宣言が即ちこれである。

 五、日本圧迫の非道

 日本の国力の進展に伴ひ、邦人の海外進出が盛んとなり、殊に米国のハワイ併合によって同島在住邦人が米大陸へ廻(回)航する者が増加するに至ったが、米国は非道にも日本排斥運動を起し、大正十三年日本が大震災によって痛手を蒙った隙に乗じて、日本移民排斥法案を成立せしめ、全国民の腸(はらわた)を煮え返らせたことは我々の終生忘れ得ぬところである。

第一次世界大戦によって米国の東亜圧迫は一時減少したが、パリ講和会議となるに及んで日本に対する圧迫は益々露骨となって来た。

即ち山東において、ドイツの有する一切の権利は日本が譲り受けて、これを支那に返還し、その中(うち)二、三の経済的権益を日本が取得することに既に支那との間に協定が成立し、英仏の両国もこれを認めてゐた。それにも拘(かかわ)らず米国は山東におけるドイツの権益を日本が引継ぐことに反対したのである。

ドイツ兵捕虜久留米収容所1

 六、今こそ野望撃滅の秋

第一次世界大戦の結果、米国は東亜及び太平洋に対する野望を猛然と猛り始めた。

それには第一に日本が邪魔であるといふので、ワシントン会議では五・五・三の海軍力を日本に押しつけた。支那に対しては、米英に依存すれば日本恐るゝに足らずの観念を植付け、侮日・排日の抗日事件を続出せしめたのである。

それが満洲事変となり、支那事変となった。支那事変の進展に、如何に米国が敵性を露呈したかは周知の通りである。いまや米国が東亜に対して懐(いだ)いた野望を粉砕する秋は遂に来た。


【アメリカは植民地フィリピンの手前にある日本の南洋統治領がジャマだった】
アメリカは日本を仮想敵国としたオレンジ戦争計画を1904(明治37)年に策定、日露戦争、第一次世界大戦で日本が戦勝すると1924(大正13)年9月に最終決定した。海を制する者は世界を制するからである。
南洋統治領_フィリピン


韓国とフィリピンのその他の共通点
・キリスト教徒が多い=宣教師は侵略の先兵だった
・反日ゲリラがいた=アメリカがマルクス思想(共産主義)を広めた

フィリピンの全人口の90%以上がキリスト教徒であり、そのうちの約83%がローマカトリック教徒だそうです。カトリックということは宣教師がフィリピンにキリスト教を広めたということです。

なぜならルターの宗教改革(1517年)によって腐敗したカトリックから信者がプロテスタントに流出したため、カトリック教会は信者を求めて世界に乗り出していったからです(スペイン艦隊がフィリピンに到達したのは1521年)。

同じように韓国にも多くの宣教師が入りこんで、朝鮮独立を煽動しました。

またアメリカは海と陸から日本を排斥するため、マルクス思想(共産主義)もアジアで広めました。

朝鮮人が「反日=反日本帝国主義」という共産党のスローガンを叫んでいるのは、日本が朝鮮を弾圧したからではなく、アメリカおよびソ連に赤化されたからです。


出典:1924(大正13)年 読売新聞社 国民対米会編 「対米国策論集」 同胞の覚醒を促す 有髪僧 田中舎身氏 

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 第三 米国と侵略の歴史

 そこで米国は口に博愛平和を唱へ乍(なが)ら侵略を行って来たが、彼には又モンロー主義なるものがある。モンローと云(い)ふ大統領がモンロー主義を唱へたのは、合衆国の未だ充分に統一の付かぬ時であるから、外からやられては溜らぬと云ふので伏線を張ったそれが所謂(いわゆる)モンロー主義である、爰(これ)を以て他国は指一本差させない、其(その)代りに外国に対しても指を差さないと云ふのである。

成程(なるほど)うまい事をやったものである。其間に到頭(とうとう)合衆国をすっかり統一して仕舞った。統一がついてからモンロー主義を捨て、加州(カリフォルニア州)を取るとか、布哇(ジャワ)を取るとか、比律賓(フィリピン)を取るとか種々侵略主義を実行し、亜米利加(アメリカ)の歴史は苛酷なる侵略の歴史を以て終始してる、然(しか)るに斯(か)く如き罪悪の歴史を重ねたる米国を何故に崇拝しなければならぬか。拙老は不思議で堪(たま)らぬ。(拍手起る)

 斯(こ)う云ふ事は学校では教へないから今日の若い連中は知らない。そこで最初彼等(かれら)の何(ど)う云ふ策に掛(かか)ったかと云ふと、宣教師だ。布哇に於ても千二百八十年の春頃ボストンの宣教師の一隊が布哇の土人を教へにやって来た。それと同時に亜米利加人のみならず所謂文明国の人間が夥しく入込んで来た。

【朝鮮総督府:宣教師に煽動された朝鮮人が日本人警察官を虐殺した】
アジ歴朝鮮人による日本人警官殺害1【出典】1932(昭和7)年 朝鮮総督府 「朝鮮統治と基督教」(14、15コマ目)

其結果何う云ふ事になったかと云ふと、布哇の土人の人口が驚へて(原文ママ)減少して来た。是(これ)は歴史に於て明かな事実である。千七百七十八年キャプテン、クックが布哇を発見した当時は、土人の数四十万と称せられて居(お)った。それが千八百五十年に於て八万二千二百三十八人に減じ、千八百九十年には三万三千三百三十六人に減じた。僅か数十年の間に三十七万七千六百七十四人減じたのは不思議千万である。

斯(か)の如き事実は聞くだにも戦慄せるを得ない宣教師は此(この)事実を見ながら黙して居って何を以て人道を説き博愛を教えんとするか現に布哇に於ける大富豪の大部分は其当時に於ける宣教師の皆子孫であると云ふに至っては実に驚かざるを得ないではないか。(拍手起る)平和平等、博愛人道と云ふ事を常に主張するならば、何故に此の米国人の圧迫に対して教沙を垂れざるや諸君は何(ど)う考へられるか。(拍手起る)千八百九十三年には米国人が時の女王をして退位を余儀なくせしめたと云ふ事は、是(これ)も歴史に明かな事である。

天皇陛下とネタニヤフ1

 第四 三千年の文化と日本国民の覚悟

最早(もは)や我が日本は華府(ワシントン)会議に因って致命傷を受けて居る。全対抗力失はせられて仕舞ったのである。即ち米国に手を捥(も)が足を捥がれたのである。さうして一方では『デモクラシー(民主主義)』だマルクスだ、クロポトキンだと色々の悪思想を注入して思想界を混乱させたのは、是(これ)は皆米国の宣伝である。

やれ文化々々と文化が初めて来た様に思ってからに、日本三千年の文化を忘れて仕舞って薄っぺらな思想の受売りをして好がって居るのが大学の教授とか博士とか云ふ者なのだ。



アメリカ帝国主義は領土をアメリカ化する


出典:1924(大正13)年 読売新聞社 国民対米会編 「対米国策論集」 大島高精氏 「米国の帝国主義と其(その)太平洋政策」

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 第四、米国の帝国主義と其併合政策
 
 先(ま)づ第一に注意を願いたいのは亜米利加(アメリカ)の思想に由(よ)る帝国主義の解釈は、領土をより多く米化すると云ふ点であります、同時にウィルソンを初め、ハーデイグにしても或(あるい)は現在のクーリッヂにして、何(いず)れも非併合主義を高調して居るけれども、其事実を告白させると、彼は領土に対する懸念の最も強烈なる国民であると云ふ事を承知して置かないと、甚(はなは)だ亜米利加を買ひかぶる事になる。




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