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2014/04/25

アメリカ大統領のために、たき火をした朝鮮人


本日、アメリカのオバマ大統領が日本を離れ、韓国を訪問しました。

1919(大正8)年の「三・一独立万歳騒擾事件(韓国では「三・一独立運動」)」の時、朝鮮中に

『ウイルソン米大統領が来鮮して、ウリナラを独立させてくれるニダ!!』

というデマが流れました。ウイルソン大統領というのは、「民族自決主義」をヨーロッパの小国に提唱して「三・一独立万歳騒擾事件」を勃発させた人物です。

すると朝鮮人は、アメリカが助けに来てくれるものと信じて、アメリカの威を借り、日本人の弾圧、排斥を再開しました。

その半面で朝鮮人は

『アメリカ大統領が朝鮮を知らなかったら困るニダ』

と言って、毎日、北漢山に登って頂上で目印のたき火をしていたそうです。

京城(現ソウル)在住朝鮮人らは、毎日、首を長くして山の向うを眺め、アメリカ大統領が乗った飛行機が来るのを今か今かと待ちつつ、歓迎会の準備にいそしんでいたそうです。

もし本当にウイルソン大統領が来鮮したなら、日本人を弾圧・排斥しておきながら、自分らが被害者になりすまして、捏造した「日本の弾圧」を訴えるつもりだったのでしょう。これが、現在の「告げ口外交」の正体、白人に依存するウリナラ民族主義です。

【北漢山と漢江】
ご苦労なことで。
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朝鮮人のアメリカ好きは言語に絶する


「三・一独立万歳騒擾事件」が起きた大正8年3月下旬、京城の朝鮮人間では「アメリカのウィルソン大統領が来鮮するニダ」という評判で持ちきりでした。


出典:1937(昭和12)年 「朝鮮行政」編集総局編 帝国地方行政学会 「朝鮮統治秘話」 二、総督総監の任命より赴任まで 



 その晩は京城の巴城館に泊りました。その時京城に居る二高出身の同窓連中が、歓迎会を催して呉(く)れました、本町通の蒲焼屋で夕食の御馳走になったのですが、市中の形勢が頗(すこぶ)る不穏であって、数日来頻々として日本人街に放火が行われたという話があり、食事をして居る中にも、半鐘が鳴って皆が騒ぎ出すというような風で、人心が実に戦々競々として、極度の不安に陥っているようでありました。

(中略)

京城がこの様な状態では、問題が余程重大化して居るに違いないというような予感を抱かざるを得なかったのでありました。その時自分が頗る滑稽(こっけい)に思ったことは、朝鮮の民衆がアメリカのウイルソンが独立を助けに来るという評判を立てていることでありました。

ウイルソンは近く飛行機に乗って、北漢山の上に飛んで来る、しかしどれが北漢山であるかが判らないと困るだろうからというので、近頃は山の上に登って目じるしとしての火を焚(た)いて居る者が多い。

 それから又京城附近の朝鮮人が、毎日首を長くして、北漢山の上を見て居るというようなことをきいたことでありました。

【京城の日本人街】
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出典:同上 64ページ 民心安定と救療施設



 当時朝鮮の不穏は、盛んに宣伝されて居った。実際又その通りであって、これを例示すれば第一京城城内に於ては、概ね戸を閉じて店を開かなかった。これは朝鮮の慣習上、政治に対する反抗の意志表示である。監獄内に万歳を叫ぶ囚徒があった。

一、内鮮人(管理人注:日本人と朝鮮人)往来殆ど絶えて、従来親密であった人も音信しない。且つ又内地人(日本人)に対し、侮辱の態度を執る朝鮮人が非常に多くなった。

一、地方に於ては内地人の立退(たちのき)を請求する鮮人もあり、又迫害圧迫の行動を執るものが甚(はなは)だ多かった。

一、上海の仮政府を信じ、これが成功を希望する者が少くない。

一、民族自決とか、朝鮮独立とか、朝鮮自治とかいうことが盛んに唱えられた。

一、米国に信頼する念が非常に盛んで、キリスト教就中(なかんずく)米国の長老派の会堂に出入(でいり)する者が、著しく増加した。種々なる風説が其処(そこ)を中心として出た。

 これを要するに全鮮を通じて米国を尊崇し、米人を信頼すること言語に絶し、到底今日の常識で律することを得ないものがある。

殊に民族自決論は大統領ウイルソンの提唱に係(かかわ)るが故に、必ず米国の力を以(もっ)てこれを実施するものと信じ、又米国は民族の解放を以て天職とするが故に、独立運動には十二分の好意を表する者なりと宣伝し、甚しきは之(これ)がためにウイルソンの来鮮する事を信じて、歓迎の準備をする者すらあった。

 

日本人にしてみれば、アジアを分割して植民地にしようとしているアメリカに何を期待してんだ? というところだったでしょう。

朝鮮人がウイルソン大統領の来鮮を心待ちにした話は、別の文献にも出てきます。上と同じ帝国地方行政学会の書籍ですが、この資料にも現在韓国が、

日本に弾圧され、搾取され、虐殺されたニダ!!

と宣伝するのとは正反対の、ふってぶてしい朝鮮人の態度が記録されているので紹介します。韓国では日本の官憲が朝鮮人を虐待したとか強制連行したとか教育しているようですが、実際は日本の官憲などナメきってました。なぜなら、ウリのバックボーンはアメリカニダ!と思いこんでいたからです。


出典:1925(大正14)年 帝国地方行政学会 千葉了著 「朝鮮独立運動秘話」 四 南大門駅頭の爆弾



 朝鮮全土に蔓延したる独立騒擾も、約半歳(年)に渉(わた)る当局必死の鎮撫に依り、殆(ほと)んど静平に帰したけれども、静平に帰し難きは民心である。独立騒擾の勃発するや、米国は必ず之(これ)を援助すべしと信じ、甚(はなはだ)しきは大統領ウイルソン飛行機に乗って来援すべしと為(な)し日夜北漢山に屯(たむ)ろして遥(はるか)に北方の天空を翅望せるものすらあった。

(中略)

 私が京城に着いて、停車場から官舎、官舎から総督官邸に至る間、民心の険悪さに驚かされた。私の自動車には制服の警視が同乗して居るに拘(かかわ)らず、白衣の鮮人等は大道の真中に蹲踞(そんきょ:うずくまること。しゃがむこと)して喃々(のうのう:人に呼びかける語)し、自動車を避け様ともせず、警視が大喝すると始めて渋々立上って道端に避けると云(い)う有様であった。

   

結局、ウイルソン大統領来鮮はデマだったので、ウイルソン大統領が朝鮮に来ることはありませんでした。

しかしこの後、朝鮮人は共産運動に没頭し、中国、ソ連の手先になって、日本を裏切ります。大国の手先になって日本を威嚇する、それが昔からの朝鮮半島のやり方であり、それが朝鮮人の「民族主義」なのです。

【クネさん、北漢山の頂上でたき火しました?】
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