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2018/02/01

慰安婦(公娼)専用だった娼妓病院リスト


戦前日本には慰安婦(公娼)専用だった娼妓病院がありました。

その数は全国で約140軒ほどあり、花柳病予防法により、公娼が経済的に治療費を負担できない場合は地方公共団体と公娼が就業している妓楼(ぎろう)の楼主が負担するよう定められていました。

花柳病(かりゅうびょう)とは性病のことです。

また公娼は娼妓取締規則で定期的な健康診断受診が義務づけられており、性病感染が判明したらすぐに娼妓病院に入院しなければなりませんでした。

娼妓(しょうぎ)も慰安婦も公娼のことです。


戦前の娼妓病院、娼妓検査所@京都府

↓↓↓京都府立八坂病院↓↓↓
京都府立八坂病院1

↓↓↓京都伏見娼妓検査所↓↓↓
京都伏見娼妓検査所1【画像出典】1915(大正4)年 京都府編 「京都府誌.下」第十三編 衛生 第四章 精神病及各種病院 第三節 娼妓病院


 娼妓取締規則
   明治三十三年十月二日
   内務省令第四十四号
   改正大正元年第一七号

第十条 警察官署ノ指定シタル医師又ハ病院ニ於テ疾病ニ罹リ稼業ニ堪ヘザル者又ハ伝染性疾患アル者ト診断シタル娼妓ハ治癒ノ上健康診断ヲ受クルニ非ザレバ稼業ニ就クコトヲ得ズ

【出典】1930(昭和5)-1942(昭和17)年 帝国地方行政学会 内閣官房記録課編 「現行法令集覧.昭和17年2月現在 第3巻」


ですから韓国の自称従軍慰安婦の証言のような、

「日本兵に性病をうつされた」
「日本軍の上官に性病をうつしたといわれ拷問された」
「特攻隊員に梅毒をうつされた」
「性病に感染したから朝鮮に帰った」
「慰安所はつらくて殺鼠剤を飲んで自殺を図ったが葬られる前に生き返った」


というようなことは絶対にありません。自称従軍慰安婦の証言はすべて虚偽です。


韓国のウソツキ自称従軍慰安婦←死んだら地獄行き

従軍慰安婦イヨンス右端の黄色いシャツ1

↓慰安婦は性病に感染したらすぐに入院治療でした@岐阜県入院患者数↓
娼妓病院入院患者数@岐阜1【出典】1940(昭和15)-1944(昭和19)年 岐阜県内政部統計課編 「岐阜県統計書.第49回 第4巻 警察之部」


自称従軍慰安婦は「日本軍に強制連行されて外地に行った」と言いますが、日本軍占領地の日本人には日本国内の法(規則)が適用されました。

なので、日本軍が戦争そっちのけで朝鮮人女性虐待に血道をあげるはずがありません。虐待などしようものなら軍法会議で処罰されます。


【中国に到着して日本国内と同じように梅毒検査に向かう女性たち】
は朝鮮人と思われる女性。
shintai_kensa_ianhu2_yajirushi.jpg【画像出典】1993(平成5)年 石風社 麻生徹男 「上海より上海へ-兵站病院の産婦人科医」


戦前全国娼妓病院リスト

つい、自分ちの近所にあったかも、と探してしまいそうです。

※●は判読不明文字です。
庁 府 県所 在 地病 院 名
北海道札幌市庁立 札幌治療院
小樽市〃  手宮治療院
〃  入舟治療院
函館市〃  函館治療院
旭川市〃  旭川治療院
釧路市〃  釧路治療院
網走町〃  網走治療院
室蘭市〃  室蘭治療院
留萌町〃  留萌治療院
帯広市〃  帯広治療院
根室町〃  根室治療院
 警視庁
(東京府)
浅草区千束町二ノ四七七警視庁 吉原病院
深川区洲崎二ノ一六 洲崎病院
品川区北品川二ノ二五 品川病院
四谷区新宿二ノ五五 新宿病院
板橋区板橋町五ノ七五三 板橋病院
八王子市田町三一 八王子病院
北多摩村府中町五七四一 府中病院
京 都東山区東大路松原下ル
 京都娼妓検査所
    八坂病院
(旧京都検黴院)
伏見区伏見西●町 伏見娼妓検査所
天田郡庵我村福知山娼妓検査所
加佐郡舞鶴町 舞鶴娼妓検査所
〃   新舞鶴町新舞鶴娼妓検査所
与謝郡宮津町 宮津娼妓検査所
大 阪住吉区住吉町府立 難波病院
神奈川横浜市      真金町病院
横須賀市      横須賀病院
高座郡藤沢町        藤沢病院
三浦郡三崎町        三崎病院
兵庫神戸市菰田町二丁目県立 福原病院
姫路市外高岡町
〃 福原病院
〃 ●路分院
長 崎長崎市小岳町県立 小岳病院
佐世保市小佐世保〃 小佐世保病院
東彼杵郡大村町〃 大村武部病院
南高来郡島原町〃 湊町病院
下県郡厳原町〃 厳原病院
新 潟新潟市四ツ谷町新潟治療院
長岡市文治町長岡治療院
高田市築町高田治療院
佐渡郡両津町●両津治療院
千 葉千葉市登戸県立 袖ヶ浦病院
東葛飾郡松戸町松戸診療所
茨 城筑波郡筑波町筑波県立治療院
猿島郡古河町古河県立治療院
栃 木宇都宮市河原町県立 宇都宮診療院
安蘇郡佐野町〃 佐野診療院
那須郡大田原町〃 大田原町診療院
奈 良奈良市●町県立 奈良病院
生駒郡郡山町〃 奈良病院郡山分院
三 重四日市市末永県立 泗水病院
津市●山町〃 洞津病院
宇治山田市岩渕町〃 南勢病院
北牟婁郡尾鷲町〃 紀北病院
愛 知名古屋市西区日比津町中村病院
〃     南区錦町稲永病院
岡崎市中町東病院
豊橋市東田町東田病院
静 岡沼津市県立 沼津病院
静岡市〃 川辺病院
浜松市〃 鴨江病院
山 梨甲府市穴切町県立 相川病院  
北都留郡上野原町〃 相川病院分院
滋 賀大津町馬場六〇一松本病院
岐 阜岐阜市千蔵町金津病院
大垣市藤江町旭治療院
土岐郡多治見町西ヶ原治療院
大野郡大名田町花岡治療院
長 野長野市上千歳町長野治療院
上田市丸堀町上田治療院
松本市東町松本治療院
下伊那郡飯田町飯田治療院
宮 城仙台市小田原娼妓病院
福 島福島市県立 福島治療院
岩 手盛岡市八幡病院
青 森青森市大野字長島町青森治療院
弘前市北横町宇野田弘前治療院
八戸市小中野町八戸治療院
山 形山形市山形治療院
米沢市米沢治療院
鶴岡市鶴岡治療院
秋 田秋田市常磐病院
能代港町新●病院
福 井三国町滝谷病院
大野町大野病院
武生町尾花病院
敦賀町常磐病院
小浜町香取病院
福井市栄病院
石 川鹿島郡七尾町字富岡町七尾娼妓治療所
金沢市
輪島娼妓治療所
(旧殿町病院)
鹿島郡七尾町三島病院
鳳至郡輪島町  
輪島娼妓治療所
(旧輪島病院)
珠洲郡飯田町飯田娼妓治療所
富 山富山市清水町清水病院
鳥 取鳥取市瓦町県立 鳥取保健病院
米子市灘町二丁目〃 米子保健病院
島 根松江市伊勢宮町和田見病院
那賀郡浜田町原井川下病院
能義郡安来町安来娼妓健康診断所
八束郡美保関町美保関娼妓健康診断所
邇摩郡温泉津町温泉津娼妓健康診断所
隠岐島西郷町西郷娼妓健康診断所
岡 山岡山市西中島町県立 中島病院
広 島広島市船入町    広島診療院
呉市京町呉診療院
尾道市久保町尾道診療院
山 口柳井町片野病院
徳山町大ノ森病院
防府町開地病院
山口市相良病院
宇部市宇部病院
萩市萩病院
下関市下関病院
和歌山東牟婁郡新宮市県立 浮島病院
徳 島徳島市富田浦町堀南徳島愛生病院
香 川高松市北ノ新地八重垣病院
丸亀市西平山町新堀病院
愛 媛温泉郡道後湯之町県立 保健病院
高 知 高知市石井玉木病院
宿毛町宿毛病院
福 岡福岡市大字春吉県立 桜町病院
若松市連歌町〃 連歌町病院
小倉市字船町〃 船町病院
久留米市原古賀町〃 原古賀病院
門司市大字門司〃 馬場病院
八幡市大字●光〃 白川病院
大牟田市大字大牟田〃 新地病院
三潴郡大川町〃 若津病院
直方市大字山部〃 山部病院
佐 賀佐賀市水ヶ江町裏小路県立 治病院
佐賀郡東川副村諸富津〃 諸富病院
杵島郡武雄町蓬莱町〃 武雄病院
小城郡芦刈村住ノ江〃 芦刈病院
西松浦郡伊万里町御舟屋〃 伊万里分院
唐津市字満島〃 満島分院
東松浦郡佐志村字佐志〃 佐志分院
〃     呼子町殿ノ浦〃 呼子分院
熊 本八代郡八代町紺屋町  二本木病院八木支院
宇土郡三角町〃三角支院
熊本市二本木町二七一県立 二本木病院
天草郡牛深町〃 牛深支院
宮 崎宮崎市県立 東病院
鹿児島鹿児島市塩屋町二八八県立 洲嵜病院
沖 縄那覇市若狭町一丁目三七二県立 若狭病院

【資料出典】

アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020145500:1934(昭和9)年1月 内務省警保局 「娼妓及貸座敷に関する諸調」(7コマ目~)

1931(昭和6)年 石川県警察部 「石川県衛生状態一班」

1928(昭和3)-1931(昭和6)年 島根県編 「島根県統計書.昭和2年 第4編



「女性の人権」を食いモノにする卑劣な反日勢力

いま「韓国の元慰安婦に謝罪と賠償を!」と叫んでいる反日勢力は、戦前「女性の人権」を名目に廃娼運動を展開していました。

廃娼運動とは「公娼制を廃止せよ!」という運動で、その目的は女性の人権擁護でも人類愛でもなく、日本人を性病で絶滅させる、いわゆる「性病戦」でした。

そして終戦後、ついに共産G.H.Qが「女性の人権と解放」を理由に日本の公娼制を廃止しました。

その共産勢力が今度は「従軍慰安婦強制連行」という「日本軍の戦争犯罪」を捏造して、またも「女性の人権」の名目で世界中に日本悪宣伝を展開しているのです。

この従軍慰安婦問題で明らかなように、サヨク(共産主義者)にとっての「人権」とは赤化目標国を転覆させ、革命を起すためのツールにすぎません。

最近日本の梅毒感染率が急伸しているとのことですが、中国の梅毒は長い間西洋列国に植民地支配されたため、インターナショナル化して猛悪なのだそうです。

現在日本政府が熱心に誘引している中国人観光客の旅行の目玉は風俗店に行くことだそうです。その結果、風俗業界で働く女性たちが、その梅毒に感染してしまう。

もしいまも日本に公娼制があったなら、その猛悪な梅毒をうつされた女性たちは国と居住する都道府県と勤務先所在地の所轄警察署に保護されて、治療費も無料で人知れず療養できるのです。

でも共産主義者も日本政府も、「観光立国ニッポン」の犠牲者たちを救済することはありません。なぜなら、その女性たちを救うことは公娼制復活につながるからです。

「女性の人権」を私利私欲でもてあそんでいるのは、特アと共産主義者たちです。


売春婦像も通名を変えるニダ!!

3000年間、大国の属国として生きてきた半島民族には守るべきものなど、ひとつもありません。

日本人は大昔から「命は一代、名は末代」「命惜しむな、名をこそ惜しめ」といって家名を大切にしてきましたが、朝鮮人にはそんな概念はありません。


韓国市民団体「少女像、『日本軍性的奴隷制被害少女像』などに名前を変えよう」
2018年1月31日 YAHOO!ニュース(中央日報)

ソウルの日本大使館前など全国74カ所に建てた「平和の少女像」を他の名前に変えようという主張が提起された。

釜山(プサン)我が民族助け合い運動は30日「平和の少女像の名前を日本軍拉致被害少女像や日本軍性的奴隷制被害少女像に変えよう」と提案した。

この団体は「少女像は日帝強占期当時、日本によって行われた旧日本軍による性的奴隷制の蛮行を告発し、被害当事者の痛みを記憶しようとの趣旨で建てられた」として「旧日本軍に拉致されて性的奴隷として蹂りんされ、殺され、けがするなど、やっと生き残った被害者の造形物を作っていかに『平和の少女』と呼べるか」と「平和の少女像」の名前に異議を提起した。

また、「少女像造形物の名前を『日本軍拉致被害少女像』『日本軍性的奴隷制被害少女像』に変えることをもう一度強力に促す」として「メディアもこれ以上少女像を『平和の少女像』と表記してはならない」と主張した。

釜山(プサン)我が民族助け合い運動のイ・インス事務総長はハンギョレ新聞とのインタビューで「日本政府が旧日本軍の性的奴隷自体を否定し続け、真正性ある謝罪をせずにいるのに平和の少女像の名前には告発精神がないため、怒りも、日本政府に謝罪を促す意味も表れない」と話した。


娼妓病院の詳細はこちら

1908(明治48)年 医学博士栗本庸勝氏:
・梅毒亡国論、性病は兵力を損す
・娼妓病院設立の目的は性病の拡散防止である
・日本で梅毒検査を始めたのはイギリス人のDr.ニュートンとイギリス公使バークス

幕末、日本に襲来した黒船は上陸するや武器で日本人を威嚇して、すぐに女狩りを始めました。

ドイツ軍などは「女を抱かせろ!」と要求して遊廓を破壊するほど、その欲求は強いものでした。

薩英戦争の原因となった生麦事件の背景も、武士が白人の女狩りに怒ったからだという説があります。

だから白人は知っているんですよ、日本には公娼がいたことを。


出典:1911(明治44)年 南江堂 栗本庸勝 「売春ノ害毒及其予防」

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 娼妓病院治療統計の価値に就(つい)て

諸君私の爰(ここ)に題を掲げてお話しすることが極めて活気のない………詰(つま)らないことの様に御聴取になると信じて居りますが私は此(こ)の機会を利用して是非諸君の尊聴を煩(わずらわ)したい、そして又其(その)必要なる点を成るべく多くの方々に知らせたいと云(い)ふ希望を持って居た所へ幸に幹事の方から御依頼もありましたので旁々(かたがた)幸と存じて御話しする訳(わけ)であるから暫(しば)らく御清聴を願ひたいのである。

扨(さて)諸君も知らるゝ通り黴(梅)毒亡国論或(あるい)は又花柳病(かりゅうびょう:性病)兵力を損すなどゝと云ふことは疾(とっ)くに先輩の人々から唱導せられて居り今日に至りては滔々(とうとう)たる天下悉(ことごと)く花柳病の害毒を知らぬ者はあるまいと思はれる程になったのは頗(すこぶ)る喜ばしいことであるが扨(さ)て一寸(ちょっと)一口に言ふと昔(むか)しは黴毒をは最も恐るべきものゝ様に思って居た為に此(この)演題の主たる病院のことをも単に黴毒を駆るものだといふので何方(どちら)でも駆黴院と云ふて居りました、実はその方がよいのではありまするが夫(そ)れでは本統でない今日になりましては単に黴毒のみでなく一般の花柳病並に娼妓の凡(すべ)ての伝染性の病気に対しても之(これ)を入院せしめるのであるから娼妓院と云ふのが至当であります。

一体娼妓と云ふものが必要であるかと云ふのは少しく問題外ではありますけれども併(しか)し関係があるから一応は述べて置かねばならぬのであるが此(この)問題は道徳でも理屈もで解釈するにとかく六ヶ敷(むつかしい)、所謂(いわゆる)生理的欲望また動物性欲望とでも云ひましょうが一の性欲を充たす為(た)めには是非なければならぬもので若(も)し此(この)娼妓なるものがなければ必ず私娼即ち密売婦が横行するのである、之(これ)は古今東西何れのの国何れの時と雖(いえど)も此(この)現象を見ざるはなしと云ふて可なりであります

(中略)

若(も)し此如(これにしかば、もし)密売淫婦が跋扈(ばっこ)するとすれば、其(その)結果の恐るべきことは申すまでもないことである、然(しか)らば則(すなわ)ち之(これ)を防ぐには公娼を置いて之を無毒の状態にして置くと云ふのが、極めて必要条件である、玆(ここ)に於てか所謂検黴(けんばい:梅毒検査)即ち健康診断をすると云ふことになるのであります。

娼妓を検査すると云ふことは我国では英国人「ドクトル」ニュートン先生が元祖で、丁度(ちょうど)慶応の末年、横浜で之を創(はじ)めたのであります、当時彼(か)の英国の赤隊が沢山(たくさん)横浜に居りましたので、其健康を保護する上から、其当時の英国公使バークス閣下などが、熱心に唱導せられて、其結果愈(いよいよ)ニュートン先生が担当して之を実行することになり、只今(ただいま)芝に居られる松山棟庵君や横浜の宮島義信君などが其助手のやうな風でやられました。即ち検査をしてから有毒の者を入院治療する為に病院を開きましたので、夫(そ)れから神戸にも出来長崎にも出来て、先(ま)づ当時の開港場丈(だけ)には、検黴と治療とが行はれるやうになったのであります。


【黒船で日本に乗りつけてきたのは英米仏独露の5ヶ国】
戦後のドラマや映画ではアメリカだけ、よくてアメリカ、イギリスのみが日本に来たように捏造されている。
幕末開港らしゃめん五ヶ国兵1

【外国人と娼妓との間に生まれた混血児の図@幕末横浜】
yokohama_konketuji00001.jpg

【画像出典】
1931(昭和6)-1933(昭和8)年 横浜市編 「横浜市史稿.風俗編」
1931(昭和6)年 赤炉閣書房 中里機庵 「幕末開港綿羊娘情史」


1939(昭和14)年 山川均(日本共産党の創設者)が組織した社会大衆党:
・1937(昭和12)年~1938(昭和13)年の日本人公娼の総数は167万8040人である
・今回の花柳病予防法改正に賛成する

公娼が167万8040人もいたなら、朝鮮人強制連行なんか必要ないですね?

共産主義者は自分らが過去にどういう活動をやったのか、まったく憶えていないようです。

共産主義とは「自由」の名のもとに人間を獣化する思想ですが、共産主義者はいち早く獣化して、動物のように「今」しか生きていないのでしょうね。

3歩歩いたらすべてを忘れてしまう鳥みたいに。


出典:1939(昭和14)年 社会大衆党出版部 社会大衆党編 「第七十四興亜議会活動報告;予算及重要立法解説 附・浅沼代議士の追加予算案賛成演説」

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 8 花柳病予防法改正

 花柳病予防法は昭和二年に出来た法律であるが実際に適用されたのは昨昭和十三年四月二十日からである。法律の中心は第二条であって、政府は花柳病を予防するために公共団体若(もし)くは市に診療所を設置せしめて、業態者(芸妓・酌婦・女給)等を診察せしめるといふのである。今回の改正は、芸妓・酌婦・女給等の外(ほか)でも「伝染ノ虞(オソレ)アル花柳病ニ罹レル者」を此の診療所に於て診療し得ることとし、以て花柳病予防の効果を挙げんとしたものである。因(ちな)みに昭和十二年四月一日乃至昭和十三年三月末日(一年間)に於ける業態者総数二百六十七万八千四十人のうち花柳病患者左の如し。


1-1人 数(人)罹病率(%)
黴(梅)毒10,8940.41
淋   病51,8701.94
軟性下疳14,8640.55
剥   脱6,1400.22


【日本共産党の志位さん】
「韓国人慰安婦被害者の尊厳回復を!」共産党はウソつきwww
共産党志位1


戦前総理大臣&内務大臣:
「公娼はお金ないなら治療費タダでいいよ」

文書に「朕」とあるのでまた朝鮮人が「天皇の戦争責任」などと騒ぎそうなので言っておきますが、この勅令も「総理大臣、内務大臣の副署」です。

副署とは戦前日本は「輔弼(ほひつ)大権主義」にもとづいて政治家や役人が政策を考え、天皇はそれを追認しただけなので政策の責任は輔弼(天皇を補助する人)にありますよ、というサインです。

去年、女性の貧困調査で風俗に通った元事務次官がいましたが、本当の貧困女性救済とは身を売らざるを得なかった女性たちの事情をくんだ大日本帝国の、娼妓専用病院設立、治療費無料といった配慮をいうのではないでしょうか?

こんな配慮をする大日本帝国が朝鮮人女性を20万人とか200万人とか強制連行して虐待するでしょうか?


出典:1930(昭和5)-1942(昭和17)年 帝国地方行政学界 内閣官房記録課編 「現行法令集覧.昭和17年2月現在」 第九集 警察 衛生 第三章 衛生 第十二款 花柳病予防

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 花柳病予防法施行令
   昭和三年六月二十三日
   勅令第百二十一号

花柳病予防法施行令ヲ裁可シ玆(ここ)ニ之ヲ公布セシム(総理、内務大臣副署

 花柳病予防法施行令

第一条 花柳病予防法第二条第一項ノ規定ニ依リ設置スル診療所ニ於ケル診療ノ費用ハ当該診療所ヲ設置スル公共団体ノ負担トシ同法第四条ノ規定ニ依ル代用診療所ニ於ケル診療ノ費用ハ厚生大臣ノ指定スル公共団体ノ負担トス

第二条 診療ノ費用ヲ負担スル公共団体ハ前条ノ規定ニ拘(かかわ)ラズ花柳病予防法第二条第一項ノ規定ニ依ル被診療者ニ付(つい)テハ其ノ雇主、抱主若(もしく)ハ之ニ準ズベキ者又ハ雇主、抱主若ハ之ニ準ズベキ者ナキ場合ニ於テハ本人ヨリ診療ノ費用ノ全部又ハ一部を徴収スルコトヲ得
前項ノ公共団体ハ前条ノ規定ニ拘ラズ花柳病予防法第二条第二項ノ規定ニ依ル被診療者ニ付テハ本人ヨリ費用ノ全部ヲ徴収ス但シ同法第二条第一項ノ規定ニ依リ設置スル診療所ノ診療ニ関シテハ被診療者診療ノ資ニ乏シキトキハ其ノ他地方長官ニ於テ予防上特ニ必要アリト認ムルトキハ其ノ全部又ハ一部ヲ徴収セザルコトヲ得(後略)



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