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2018/01/04

朝鮮の妻妾抵当と女性の地位|慰安婦の方がマシじゃんよwwwww


朝鮮、支那には借金のカタに自分の妻、妾(めかけ:愛人)、娘を担保として借用書に書きこむ習慣がありました。

そういうことをするのは主に極貧の最下層民ですから、とうぜん借金を返済するはずもなく、債権者に担保として連れて行かれた女たちはその大半が「抵当流れ」になりました。

すごいですね、女性が「抵当流れ」になる朝鮮半島。

この慣習は「妻妾抵当」または「婦女抵当」と呼ばれていました。

担保となった女たちは債権者のなぐさみ者になったのですが、中には貧しい夫を見限って債権者と情を交わす女たちも多かったそうです。

このほかにも朝鮮では儒教の教えにより離婚を恥とするため、妻が夫の家族に虐待されても実家に帰らず、とうとう虐殺されてしまったというケースや、結婚してみたら妻が実は両性具有者だったので婚姻届を出さなくてもいいと思った朝鮮人が官憲に取り調べを受けるといったケースなどがありました。

このように朝鮮には大昔から「女性の人権」どころか人権そのものがありませんでした。そんな人権後進国が年末になると、女性にまします天照大神を最高神とする日本に向って「従軍慰安婦ガー」と言いだすのです。


朝鮮婦人の外出|ウワッツラだけの朝鮮人

朝鮮では儒教の教えにより女性は家の奥に隠れるようにして暮らし、めったに外出できませんでした。この写真は"貞淑な"妻が夫に外出するあいさつをしているところです。

でも日本人ならだれでも知っているように、朝鮮人はなにもかもパクリづくしです。儒教や工業技術、茶道、海女、折り紙、手あたりしだいにパクりまくって表面だけマネをするので、中味や精神がありません。

なので自社製品が火を吹いてもなぜ火が出たのか理由も原因もわからないし、航空機が墜落しても墜落した理由がわからないし、とうぜん修理もできません。

婦女抵当朝鮮婦人の外出1

朝鮮独立運動、朝鮮共産運動も日本の思想運動のパクリです。明治維新後に始まった日本の思想運動を、日韓併合後に朝鮮人はパクリました。

そしてその中味がどうかといえば、共産主義を理解できないまま、感情だけで
「日本が憎い、日本人を殺せ!」と言っているのです。

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朝鮮総督府は日本にない事件ばかりで大変だったでしょうね。

韓国はよく「日本は韓国に対する愛はないのか?」と問いかけてきますが、朝鮮人は金があって裕福な暮らしができれば自分を金で買った野郎とも情を交わす民族です。

日本人がそういう汚らわしい恥知らずに愛情を持つはずがありません。

韓国政府&元従軍慰安婦「ホントはお金がほしいニダ」

朝鮮人がりっぱなことを言うのは形式だけ、あくまでも表面を美しく飾るためです。

夜空を見あげれば北朝鮮はユダ金から金をもらってミサイル発射し放題、そのうえ宴会までやっている。それに引き換えウリナラは経済破綻しそうでフトコロが寒いニダ…そうだ! また日本から金をふんだくってやろう。

いくら表面上「5000年独立国」を国民に刷りこんだところで、1000年以上大国に政治も経済も防衛も依存してきた属国根性は隠しきれません。

自力で国難を乗り切ろうという考えはないのです。自分らが困ったら大国が手当してくれて当然、という考えです。

従軍慰安婦が言った「日本は幼い人々を連れて行って銃を撃ったり、刀で切ったり、殴ったり、性暴行を振るったり、人を殺したりした」というのは、朝鮮人が朝鮮人や日本人に対してやったことで、それで日本から金をユスリ取ろうというのですから大したものです。



<慰安婦TF発表>裏面合意を知った慰安婦被害者のうっ憤
2017年12月29日 中央日報日本語版

朴槿恵(パク・クネ)政府の2015韓日慰安婦合意に少女像移転など「裏面合意」があったという事実が伝えられ、慰安婦被害が再び涙を流した。

27日、政府の「慰安婦TF(タスクフォース、作業部会)」発表をリアルタイムで見守っていた京畿道広州(キョンギド・クァンジュ)ナヌムの家の慰安婦被害者は発表に対する感想を述べた。李玉善(イ・オクソン)さんはSBSピディオマグとのインタビューで「合意が完全に間違っていた。政府が慰安婦被害者を金を受け取って売り飛ばしたんだ。このように分析するほかはない」として複雑な気持ちで話した。

日本政府に振り回された朴槿恵政府に対しては「そのような問題は大統領の問題だ。大統領が狂ったからそうした。大統領が狂わなかったらそのようにはできないだろう。今考えると、大統領が本当に狂っていた。父の振舞いをそのまましたから完全に間違っていた」と話した。

また、日本が韓国政府の慰安婦TF発表に対して「受け入れられない」という立場を明らかにした中で、これに対しては「今になってあの人たちが私たちを強制的に連れて行ったことがないとし、苦労させたとがない、自分で金儲けに行ったというから私たちは謝罪を必ず受けたい。幼い人々を連れて行って銃を撃ったり、刀で切ったり、殴ったり、性暴行を振るったり、人を殺したりしたから私たちは謝罪を受けなければならないということだ」として慰安婦被害が望むのは謝罪しかないということをもう一度明らかにした。

2015年12月28日韓日慰安婦合意当時、46人だった生存者は現在32人に減った。もう一人の慰安婦被害者キム・ボクドゥクさんは「慰労金は要らないから1億ウォン返せ」として返却の意思を数回明らかにしたと伝えられた。現在、キム・ボクドゥクさんは統営(トンヨン)のある療養病院に入院しており、キムさんのこのような声は「旧日本軍慰安婦被害者と共にする統営・巨済(コジェ)市民の集まり」関係者たちを通じて世界に知らされた。

市民会関係者は「被害者を傷つけた財団は当然、解散しなければならない」とし「その被害の頂点にキムさんの涙があり、もはや被害者の方々が歩んできた道が無駄にならないようにその願いを叶えて差し上げる時」と話した。



本記事の資料:1917(大正6)年5月28日付 法律新聞
「朝鮮では離婚は恥とされるため、その裏で殺人などの違法行為が横行する」「人身売買は支那の悪風」

この新聞記事には52才の男に借金のカタとして嫁いできた16才の娘が、結婚の翌年に殴打による虐待と減食、過酷な労役強制によって虐殺された事件、

両性具有者として生まれたために民籍への届け出もされず、人目につかないよう女として育てられ、↑の少女とおなじく45才の男に26才で嫁いだ朝鮮人の事件、

そして結婚して間もない妻を売り飛ばした夫が妻を売った金が手元に残らなかった腹いせに関係者全員に架空の罪を着せた告訴状を提出した事件が書かれています。

腹いせに罪を捏造する、それが朝鮮人です。

そしてこの記事に登場する加害者たちは言うのです、「すべて相手が悪い」と。

※大正時代の文章で長めなので現代語に訳しました。
※( )内は管理人による注釈です。

新聞記事婦女抵当1
朝鮮に於ける結婚並離婚と其弊風
(軍事警察雑誌―平北碧潼憲兵特務曹長和野内新蔵君)


【現代語訳】

朝鮮はわが帝国領土の一部分であるという点において他の諸地方となんらの差別を見ることはないが、その民度を異にし従来の歴史を異にすることから、社会共同生存上の風俗慣習のようなものもすこぶる奇異なるものが少なくない。本論に叙述された事実はよくかの地の風俗の一班を紹介するものだといえる。

朝鮮においては離婚は由来皆無といわれ、いわゆる美風良俗のひとつに数えられてきたが、近頃に至っては多くは形式のみにこの美点が残っているだけで、結婚ならびに離婚に関しては、その裏面においてずいぶんと忌むべき事実が多い。ことに併合後は著しくその真相が暴露されてきた。

(一)、前年楊平分遺所長在勤中、管内竜頭里市場移住鮮人男某(五十二才)は、その隣接部落より一少女(十六才)をめとった。その当時民籍は憲兵が取り扱っていたので、あまりのその夫婦の年齢の差が著しいため、すこぶるこれを奇異に思ったが、別に法的な制限もないので無論干渉もできず、ただ世間のウワサの好材料となっただけであった。しかるにここに注意すべきは、このたぐいの倫理なき結婚はその裏面にいろいろな罪悪が存在するのみならず、動もすればその結果が悲惨な終わり方をするのも稀ではない。果たせるかな、その少女は結婚の翌年一月に、突然死去の届出があった。もとよりこの死因については疑わしいものがあったので、すぐに調査に着手し、徐々にその調査が進むにつれ、その夫と夫の姉の両名が少女を虐殺した形跡が発見された。

この両人は少女が死亡した夜より、幽霊に襲われ煩悶していたとか、あるいはこの家の方角が悪いので転居しなくてはならないと言っているとか、あるいは姉は常にその少女を殴打していたため、その泣き声が戸外にもれて近隣の者は誰一人として虐待の事実を知らない者はないとか、その他いろいろな証言・証拠を得た。

よってさしあたり被害者の墓を発掘して、その死体の解剖の必要を認め、所轄地方法院の検事正に電話で申請したところ、とりあえず司法警察官がその墓を発掘して死体の状況を視認検査し、その結果虐殺と認定されたならば至急書類を送付し、しかるのち正式に死体の解剖および検事の臨検を決めるよう指令が出た。よってきゅうきょ検証を行ったところ、いかにも変死であると認めたため、ただちに被告両名を拘束し、かつ一切の書類を作成して送致した。

その結果、両角検事(現今公州地方法院検事)岩淵医学士(現今某慈恵医院長)が出張して、現場で死体解剖を行ったところ、虐殺の検証を得た。

ここまで書いてきて、この事件がいかに異常なものであるか、おわかりいただけたと思うが、われわれが得た結果と、加えて朝鮮人間における結婚問題の裏側を知ったその利益は実に甚大であると思う。そもそも事件を起した家族は姉弟の二人暮らしで、いずれも独身であった。姉(五十四才)は韓国政府当時(日清戦争で日本が朝鮮を独立させたのちの朝鮮宮廷を中心とした政府)の官妓(かんぎ:宮中専用のキーセン)にして、その観察使(かんさつし:役人の一種)の寵愛を受け、その当時の貯金数千円があったが、その観察使が罷免されると姉は宮中から放逐され、それ以来男妾を抱え、各地を放浪中、所持金を使い果たしてしまい、男妾にも見放され、とうとう山間の僻地に居を構えたが、手元に残しておいた金を市場に貸し付け、その利息と、市場内の放蕩児に歌舞を教えたその謝礼金でようやく自活していたところへ、数十年間音信不通だった実弟が突然たずねて来て同居することになった。

そんなこんなで弟はまだ独身だったため、姉はかねてから隣接部落に貸し付けていた元金十円の債権に市場利子を加えて、今や元利八十円になった案件に何度も督促をかけたが返済がなかった。なのでその代りにその債務者の当年十六才の娘を弟の嫁にすることを債務者に約束させ、元利八十円の金は日本で結納にあたる先弊銭(むかしは王八債といった)ということにして、めでたく結婚式を挙げ、入籍に至った。


【参考:朝鮮の結婚式】
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しかし少女は発育不良で身体が小さく、一見、十一、二才にしか見えなかった。夫は常にこの娘を虐待したうえ、世間には「俺はこの女と結婚したが、この女には障害があるから妻の資格はない」と言いふらした。また姉は数名の情夫を抱えていたが、弟が結婚してからというもの情夫らとの密会が自由にできなくなったためにこの娘を虐待し始め、この娘が虐待に耐えかねて実家に帰るように仕向けるため、食事を減らし、過度の労役を強制した。

そのために娘は結婚後二ヶ月足らずで心身疲労からオネショをするようになった。なので姉はこれを口実に長キセルで娘に無数の殴打を加え、その夜、突然娘は死亡したと判明した。被告らはそれぞれ処罰を受けて、事は落着した。

(二)、かつて坡州分遺所長在勤中、所在地の一鮮人で結婚して一年経つのに民籍申告に来ない者がいた。戸口調査係の告発により民籍法違反として取り調べたところ、同人は四十五才、妻は二十七才、しかも妻は初婚にして江原道より嫁いできた者だったが本籍地である江原道には民籍がなかった。そしてこの取り調べが一応終了して退席しようとした際、男が

「妻は女ではないので入籍する必要はないと信じている。なので罰を受ける理由もない」

と一言もらした。そこで係官は男を呼び止め、どういうことだとただしたところ、男が

「多衆の面前をはばかることなので、人のいない所で話す」

というので、人のいない所に連れて行って、男いわく

「妻は女ではない。男だ」

と陳述したため、即決言い渡しはひとまず中止して、公医を呼んで女を診察させたところ、

「容貌、服装は女だが両性具有である」

という結果であった。よってさしあたり民籍取扱の件に疑義が生じてしまったため、警務部長にお伺いを立てたところ、水原慈恵医院に入院させ、ふたたび性別を鑑定させることにした。そして入院二ヶ月にして、ようやく男性であると確定した。

そこで、かの夫がなぜこの男と一年間も同棲したのかというと、夫は一昨年、先妻に死別して、多くの幼児が残された。彼は男性だが幼少のころから女子としてそういう仕事に服した関係上、仕事は他の女子以上に働く。なので今日まで同棲してきた。なお彼は出生当時より両性具有だが、女は外出する機会が少ないので、彼の父母は世間をはばかるなら女子として育てるしかないという理由で女子として育てた。そして二十六才にして初めて結婚し、思いがけず事実が知られてしまい、秘密が暴露されてしまった。

聞くところによれば欧米ではこの種の人物は変装が容易なので、いろいろな犯罪を企画実行するからと刑事の注意人物に編入されるということである。

要するに以上の二例は婦女の側からいえば、朝鮮ではその慣例上、離婚は恥辱であって、これ以上の恥はないとされている。その念が脳裏から離れないために二例中の前者は殺害の危機におちいっても実家に帰らず、後者は官憲に発見されるまで結婚を秘密にしていた。

といった事情から一昨年、支那と朝鮮の国境に転勤以来、離婚にともなう民事刑事件が著しく増加した。これは対岸支那における人身売買の悪風に感染した余波だと認められるが、朝鮮の中老以上は併合以後、朝鮮に流入してきた日本の悪風潮だと憤慨している。なるほど、そう見られているらしい。ならば最近の朝鮮青年社会で朝は美人に求婚し、夕にはハイカラ乙女と握手して糟糠の妻を捨てているという事例が少なくないので、試みに最近取り扱った事件の中からひとつ、ふたつ紹介してあげよう。

(一)、鮮人一青年朝鮮一派が告訴状にサギ、脅迫、重婚、姦通などのさまざまな罪名を盛りに盛って提出してきたので、一応関係者すべてを取り調べてみた。すると当該青年が先年乙女をめとるに際し、結納金五十円を丙から借用した。当該青年は妻よりも極貧で、他にも多額の借金があったので丁の仲介でめとった妻を戌(じゅつ)に百円で売り飛ばした。しかし当該青年の手に入った百円は丙に奪い去られ、かつ自分の妻は戌と仲むつまじく暮らしているのを見て、嫉妬と怨恨耐えがたく、ついにこの暴挙に出たのである。ちなみに取り調べた関係者には当該青年が盛った犯罪行為はなかったことが判明した。このケースはもはや朝鮮青年が離婚を恥とはしない傾向にあって、その産物として生まれた犯罪ではなかろうか。ことに近ごろ結婚仲介を生業とする者も現れてきた。彼らは、俗にいう媒介人は七割の利得があるという。なお彼らの内規だとちまたでウワサされているところによれば、朝鮮女の相場は左のごとくである。

(イ)本妻に跡取り息子があるものの、妾(めかけ:愛人)はうら若く初婚の者に限り三百円以上とする。

(ロ)本妻に跡取り息子なく、いわゆる朝鮮式に、跡取り息子を得る目的で求める妾は、初婚ならば二百円、再婚者はそれ以内とする。

(ハ)中流以下の者の結婚に要する結納金は貧富のにより異なるとするも、だいたい二十円以上二百円以下にして、この結納金以外に夫は妻に対し衣食器具を贈与することを当然の事とする。

(ニ)中流以上の者または資産なきも当方面における慶州金氏の一族のように身分を尊ぶヤカラは、この結納金を収受することを恥辱とし、結納金をもらったことを口外しないことを礼としている。(後略)

【朝鮮の上流階級】
婦女抵当朝鮮上流階級1

【朝鮮の中流階級】
婦女抵当朝鮮中流階級1

【朝鮮の最下層民=在日朝鮮人】
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【出典】神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 社会事情(1-049)法律新聞 1917.5.28 (大正6)


本記事の資料:支那、朝鮮の慣習「妻妾抵当」

朝鮮、支那の妻妾抵当と日本の公娼制の相違点は、日本の公娼制はまず既婚者は公娼(慰安婦)になれないと法律で禁止されていたことです。そして娼妓稼業は楼主と公娼との労使契約であり、妓楼で客を取って娼妓稼業をし、またその身柄は所轄警察の保護下にあり、借金返済または廃業を希望した場合は自由の身になれました。

それに対し朝鮮、支那の妻妾抵当は借金の担保となった女たちは債務者の妻や妾でもオッケー、そして債権者個人のなぐさみ者になったという点です。

朝鮮の妻妾抵当は二種類あって、借入金を受け取った段階で妻や妾を担保として債権者に渡す場合と、返済不可能となった場合に引き渡す場合とがありました。

この人権に対する軽薄さ、従軍慰安婦という捏造に朝鮮人が熱狂する理由が見えてくるような気がしませんか?

日本人にとっては荒唐無稽な「従軍慰安婦」も朝鮮人や中国人には事実だと思えるのでしょう。


出典:1935(昭和10)年 宏山房 沢田順次郎 「売笑婦秘話」 第二 売笑の語源と定義及び賠償の異名に関する歴史

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 一、売笑の語源──自己提供

 売笑(ばいしょう:売春)は、普通に売淫と称(とな)へ、売色若(もし)くは売媚といひ、更に和訓(わくん:漢字に和語をあてて読むこと。日本よみ)にては、いろを鬻(ひさ)ぐ(売る)、なさけを売るなどといひ、最近にては醜業といふ名称を、一般に使用するやうになった。英語にてはプロスチチュウション(Prostitution)といひ、独逸(ドイツ)語も之(こ)れと同じであるが、たゞ発音がプロスチツーチオンを響くだけのことである。ところで此(こ)の外国語は、羅甸(ラテン)語の(Utum Pro,before,statuere to place,)から転化したもので、之れを直訳すれば、「前に置く」といふことになる。

 此の前に置(おく:原文ママ)といふことは、自己を提供する意味で、抵当(担保)と同じ意味であるが、これだけでは売笑の義にならない。けれども其(そ)の自己提供である女子は、性的に受動的のものであるから、自己提供は、やがて売笑とも、売淫ともなるのである。

 此の自己提供は、何故(なぜ)売笑のことになるかといふに、自己の身を提供して、権利者の自由に任せる代りに、其の報酬を得るからである。或(ある)ひは又、報酬を出すから、自由になれといふことにもなるが、孰(いず)ら(原文ママ)にしても商業的約束に依って、提供に対する報酬を支払ひ、而(そ)して権利者は之れに依って、性慾(欲)を満足することを得るのである。即ち報酬を取って、春を鬻(ひさ)ぐので、プロスチチュウションは、売笑のことになるのである。

 プロスチチュウションの語源は、上文の如くであるが、之れに就(つ)いて思ひ出さるるのは、朝鮮及び支那の一部に行はるる習慣である。それは金の貸借証文に、抵当物として、借用者が自己の妻なり妾なりを、書き入れることである。甚(はなは)だ奇はる(原文ママ)なる習慣で局外者から見ると、不思議に堪(た)えないが、彼(か)れ等(ら)はそれを普通として怪しまぬ。それは如何なる契約であるかといふに、素より頽敗(たいはい:頽廃:不健全な気風)した下級社会のこととて、夫婦の交情も余り親密でなく、離合の容易な土民や無頼漢のこととて、その担保にも、二種あるやうだ。即ちその一は、金と引き換へに、其の担保とした妻女を、債権者に渡すもので、他の一は、返済の出来ない場合に、其の担保として妻女を債権者に引き渡すのである。

 後者の場合では、夫婦関係を絶って、他人に譲るのであるから、債権者は之れを抵当流れとして、金の代はりに、自分の所有にするのであるし、前者に於いても、期間中は金の代はりに之れを使役することを得るのである。尤(もっと)もそれは一時的のもので、金さへ返済すれば、何時(いつ)でも引き取って来ることを得るけれども、窮迫して金を借りる程だから、返金が容易でなく、大多数は、そのまゝ抵当流れになって、債権者の所有になるといふことである。

 日本には、こんなことは無いが昔はあったらしい。例へば高利貸が、貸した金が取れないと、その抵当によい娘があれば、それを引ツ攫(さら)って行った話などの如きで、高利貸はそれを自分の所有にし、金を持って来れば娘を返してやるが、それまでは自由にするといふ悪辣なことをしたものだ。

 今日の女中や女工若(もし)くは女給(じょきゅう:カフェ・バー・キャバレーなどで、客の接待・給仕をする女。戦前は密売淫する者もいた)なども、期間を定めて働らく給金は、朝鮮又は支那の抵当と変りはない。たゞ性的関係がないから日本の売笑とはならないが、朝鮮及び支那の妻妾抵当は売笑に近いものと思ふ。何となれば提供中の婦女を扶養するものは、債権者であるから、債権者は其の受動的であるところの預り物を、自由にすることを得るのである。

 一歩を進めて言へば、此の債権者は、プロスチチュウションの嫖客(ひょうかく:花柳街〔風俗街〕に遊ぶ男の客)に相当し、担保の婦女は売笑婦と対比すべきものであるから、婦女を抵当に入れて、金を借れるのは、売笑の形式を具(そな)へたものと、見ることを得る。併(しか)し之れは勿論(もちろん)、秘密の約束で、公けではないのであるけれども、中には抵当に立たせられた妻女も、夫の不甲斐なきに愛想を尽かして、自分から見限って其の債権者に情を尽くす者もあるといふ。




【写真出典】
・1910(明治43)年 統監府編 「大日本帝国朝鮮写真帖 : 日韓併合紀念」(127コマ129コマ132コマ)

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