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2017/11/12

経済乗っ取りでもうける|連合国の戦争ビジネス


戦争とは本当によくできたもうけ話で、終戦後には敗戦国の経済乗っ取り、敗戦国の通貨暴落でも金もうけが可能です。

たとえば第一次世界大戦で敗戦したドイツは、1320億金マルクという天文学的な賠償金を課されました。その結果、通貨マルクはどんどん暴落して、ついに終戦から5年後には1ドル=4兆2000億マルク(マジで)まで暴落してデノミを余儀なくされました。

国際金融資本はこの通貨暴落でも外貨との差益を利用して、手がたく巨利を得ました。

そしてドイツは復興資金をアメリカの貸付に頼ったのですが借金はしょせん借金でドイツの資本になろうはずがなく、中国が米欧の借款で米欧の武器を買わされたように、ドイツもアメリカの貸付金でアメリカ製品を輸入するハメにおちいりました。

さらにドイツの大企業は米欧の国際金融資本に乗っ取られたのですが、国際金融資本はナチスドイツを支援していたそうです。ナチスが戦争を起せばまた金もうけができますからね。


1923(大正12)年11月:マルクの札束で遊ぶ子どもたち

同年10月に入ってから、ドイツの超インフレは一段と激しさを増し、第一次世界大戦前にくらべ通貨量は2940億倍、卸売物価は1兆2600億倍に達した(マジで)。

物価は一時間ごとに上昇し、切手は訂正印のないまま、役人が時価を手書きするありさまだった。この異常事態を収拾するため、10月1日レンテン銀行が設立され、過渡的手段としてレンテンマルクを発行した。1レンテンマルクは1兆旧マルクと交換することができた。

19231115ドイツレンテンマルク

毎日新聞社論説委員:国際金融資本はドイツ経済を乗っ取り、ナチスドイツを支援した

第一次世界大戦終結直前、ドイツ革命が起きましたが、そんなことはものともせず国際金融資本およびアメリカは対独投資を増やしました。

ドイツの共産党員はユダヤ人、国際金融資本もユダヤ人ですから不思議な話ではありません。戦争そして革命は地球上のごく一部の人間が世界経済を支配するための手段でしかないのです。

彼らにとって戦争とは、劣等な有色人種の血、キリストをハリツケにしたと言ってユダヤ人を差別弾圧してきたキリスト教徒の血を財宝に変える、すばらしい錬金術なのです。

もうアホらしくて、戦争しようなんて思いませんね。でもこちらが戦争したくないと思っても、金もうけをしたい連中は戦争をしかけてくるのですが。どっかの共和国なんかを隠れみのにして。


出典:1953(昭和28)年 富士書苑 「秘録大東亜戦史 開戦篇」所収 毎日新聞社論説委員 秋定鶴三 「軍縮時代」 世界恐慌の大嵐

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 日本の満洲占領が極東に重大な利害関係をもつ諸大国によって阻止されなかったかといえば、そのもっとも根本的な事情は、第一に資本主義諸国とソヴィエトとの対立、第二に極東における英仏と米国の対立にあった。


【極東における英仏米の対立】
アジア植民地図


満洲占領にたいし、国際連盟は単に弱気な抗議を発し、リットン調査団を派遣しただけであった。その後いくつかの連盟加盟国が日本制裁を提案、さらにアメリカ国務長官スチムソンは、日本によっておかされた九カ国条約を発動させるためイギリス政府に、協力を要請したが、イギリス外相サイモンは連盟加盟国の提案もアメリカの提案もともに拒否した。コーデル・ハルはその回想録のなかで、アメリカが日本の支那侵略を阻止しようとする一切の努力はイギリスによって妨害されたとハッキリ書いている。イギリスは、その競争者であるアメリカが極東で不利な立場に陥ることをねらっていたのである。

 その一方では、英米ともに、日本の鋒(ほこ)先(さ)きがソヴィエトにむかうものであることを考え、その実現を期待していたのだ。

「日本陸軍の作戦は実にロシアをめざしている。──それは現在ただちにというわけではないが、将来のある時期において、である。日本はボルシェヴィズム(共産党過激派)をおそれ、アジアからボルシェヴィズムを駆逐してしまわなければならぬ、と考えている」

 と、当時の駐日アメリカ大使グルーは、満洲事変にさいして書き残している。(グルー「嵐の時代」下巻)

 ドイツの場合も同様である。第一次大戦後ドイツの復興にたいして、ドーズ案や、ヤング案によって、アメリカを主とする国際資本がドイツの石油、電気、自動車、飛行機等の諸工業に大量に投下された。一九二四年以後の五年間に合計四十億ドルの資金が投入された。

 一九三〇年においてアメリカの海外長期投下資本は合計百六十一億ドル、ヨーロッパに四十九億ドル、うち十四億はドイツにあった。

 ドイツ産業にたいしてアメリカ資本は直接支配をすすめていた。ドイツの大化学工業イー・ゲ(I・G)染料とスタンダード石油(ロック・フェラー)が提携していたのをはじめ、ドイツの大電気工業アルゲマイネ・エレクトリツィテートの株式三分ノ一を、ゼネラル・エレクトリック(モルガン)が獲得、ドイツ最大の自動車会社オーペル(オペル)の支配権をゼネラル・モーターズ(デュポン)が三千万ドルで買収、またドイツ商船業はまったくアメリカの手に移っていた。

 そしてドイツ再武装の推進力となっていたのはかれらであったのである。一九三〇年フランスがヴェルサイユ条約の期限より六年も早くライン地方より撤兵し、その直後から三二年にかけてフランスから、仏・独・波(ポーランド)の対ソ軍事同盟案がくりかえし提案され、一方三一年にはアメリカ大統領フーヴァーの提案でドイツの賠償金支払いが一年延期され、さらに翌三二年にはローザンヌ会議で賠償は事実上廃止された。

 ナチスにたいしてもイギリスの石油王(ロイヤル・ダッチシェル)のサー・ヘンリー・デタディングが資金を与えていたのをはじめ、各国の資本家がひそかに援助をしていた。

【コレはなんだったのか?】
ナチスベッド1



1934(昭和9)年 時事新報:
ナチスドイツと国際軍需工業家たちはウィンウィンの関係

ヒトラーが政権をにぎるための軍資金の一部は国際金融資本の出資だったそうです。その後ナチス政府が樹立されると、ヒトラーは彼らの好意に報いようと軍需工業にいろいろと目をかけてやったようです。

巨額の賠償金にあえいでいたドイツが再軍備できて、おしゃれな軍服まで準備できた理由は国際金融資本だったわけですね。


新聞記事ドイツ軍需工業家1
世界軍需工業の内幕『マーチャント・オブ・デス』
時事新報 1934.6.20-1934.6.29 (昭和9)

ヒトラー政府の背後に躍る軍需工業家

独逸はヴェルサイユ条約によつて、武器の輸出入は禁止されている。然るに、独逸に関する案内記によると、一九三一年、価格百六十二万四千二百五十弗(ドル)の旋条銃と百四万二千二百五十弗の薬莢と百五十七万六千七百五十弗の火薬を輸出している。

これらは、無論、遊猟用として輸出されたことになつている。然しそれは、表向きのことであつて厳密に解釈すれば、相当多額の軍需用として輸出されていたのである。

なお、一九二七年、独逸の主なる武器取引国は、支那、日本、仏蘭西(フランス)、西班牙(スペイン)、白耳義(ベルギー)の諸国である。かつて、外交製作協会が、聯盟の統計を分析した際、一九三〇年世界のうちで、独逸から武器を買つた国は、二十二ケ国ある。そうして、その当時、これらの国が独逸より輸入した武器の総額を七百五十四万千五百四十四弗(ドル)と報告しているにも拘(かかわ)らず、独逸は、その倍額の武器を輸出したことを認めている。そこで、輸出入の数字を比較してみると、そこには大きな謎がある。

この大きな謎について種々詮議だてされてはいるが、確な筋からの話にれば、ハンブルグは、有名な自由港であるために、この港から世界へ輸出する武器弾薬をピアノや薬品や金物類のごとく装わせて密輸出していると言われている。

独逸に於ける最大の軍需品製造工場は、何んと言つてもクルツプだ。昔は、一時七万人もの従業員をエツセンの工場で使つていたが世界大戦後、聯合国に、その大部分の機械や設備を取りあげられてしまつたから、現在では、昔のごとき勢力は持つていない。

ところが、大戦直後、一時、和蘭(オランダ)へかくまつていた機械を、最近ぽつぽつと国内へ持運び、可なりいろんな軍需品を製造しつつあると言われている。

またクルツプはスエーデンの火薬会社ノーベルと関係を持つたボフオルス兵器会社を支配している クルツプの外には、ミユンヘンに、バイエリツシユレートレンウエルケがある。この会社の株は、かつて、ヒトラーの懐刀と称せられたゲーリンクが、航空相となつたとき、四千万マルクの補助金を会社へ与えたために、急に、暴騰した。

現在、この会社は航空機のモーターを盛んに製造している。これは、もちろん商業用という名目であるが、一朝有事の際には軍用機に立派に採用されるものである。この会社は、名前は独逸の会社であるが、その一部の株は、伊太利(イタリア)のフイアツト会社の所有に属している。

デユツセルドルフのラインメタルは独逸における最大の一つであつて、その株の一部は、クルツプに依り、他の一部は、独逸国家の所有に帰している、そうして瑞西(スイス)及びオーストリアの軍需工場とも、密接なる関係を持つているのだ。

ヒトラーが、独逸の政権を握つて以来、これらの会社は、俄(にわか)に、活気を呈してきた。それは、ヒトラーが、政権を握るために要した莫大な軍資金の一部が、これらの軍需品製造会社の懐中から出ている関係上ナチス政府の出現と同時に、ヒトラーは彼等の好意に酬いるために軍需工業に一脈の活気を与えた。

【出典】神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 工業(07-163)(画像は5ファイル目)


ユダヤジョーク、だと?


ホロコースト生存者とVRでリアルに対話
2017年11月11日 Newsweek

<ホロコーストの体験者が目の前にいるように聴衆と対話できる、画期的な展示で歴史の風化を防ぐ>

まるでハリー・ポッターの映画に出てくる「動く肖像画」のようだ――スクリーンに映るホロコースト(ユダヤ人大虐殺)の生存者ピンチャス・ガターは、生身の人間さながらにもじもじしたり、まばたきしたり、靴の先で床をたたいたりする。

カナダのトロントで暮らすガターはここニューヨークのユダヤ遺産博物館とは遠く離れた場所にいるが、来館者は彼とリアルに対話しているような錯覚に陥る。スクリーンの前にある台に近づき、マウスをクリックしてマイクに向かって話せば、彼に質問することもできる。

ガターは時に考え込み、適切な言葉を探しながら、手ぶり身ぶりを交えて質問に答えてくれる。質問の内容は戦争体験でなくてもいい。宗教観や好きなスポーツ、お気に入りのユダヤジョークまで教えてくれる。

1939年9月1日、ナチスドイツ軍がポーランドに侵攻し、第二次大戦の幕が切って落とされた。ガターはその日まで幸福な子供時代を送っていたという。程なく父親が連行され、一家の苦難の日々が始まった。「これからは何もかも今までとは違うぞと、子供心に覚悟した」と、彼は話す。(後略)



大東亜戦争終戦後、日本でも財閥解体

日本の財閥ごときが「背徳的」なら国際金融資本はどうなるんですかね?

日本財閥解体

マルク暴落でもうけた国際金融資本

管理人は経済にはまったく明るくないのですが、国際金融資本は外貨と暴落マルクとの差益を利用して巨利を得た、そして得た利益は外国に持ち出したそうです。


出典:1925(大正14)年 日本評論社 東京朝日新聞経済部編 「国際資本戦」 五、資本家の活躍

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 ロンドン会議においてこのドーズ案が採用せられた結果、仏国首相エリオは経済界の状態に鑑み、最大限一年の期間を限ってルールの撤兵を約束した。又仏白(フランス-ベルギー)の連合軍は、ドルトムンド外(ほか)数市から直(すぐ)に撤兵することを公表した。之(これ)で賠償問題が根本的に解決したとは云(い)えないけれども、当分の間欧洲復興の支障は除かれたことは事実である。ドイツは一定の安心を与へられて各国と共同して産業の復興にいそしむことが出来、経済財政の自主権を回復して予算の均衡通貨の安定を実現し、財政経済を整理して国家並(ならび)に国民の経済力を回復することが出来るであらう。

 以上四回に亙(わた)ってドイツ経済界混乱の実状を略記した。そして経済界混乱がドイツ大資本家、工業家に活動の余地を与へ彼等(かれら)をしてドイツが国家として窮乏の中にあるに拘(かかわ)らず、益富ましむ可(べ)き舞台を与へたかを述べた。さらば如何にしてスチンネスを始め大資本家が「経済界の混乱」の舞台を利用して巨利を博したか。其(そ)の一般に用ひられた方法はマルクの暴落に乗じたことである。即ち資本家は外国より貨物を輸入し其(その)代金を支払ふ場合に、マルク相場が一層低落するだらうと予想した際には、彼等は代金支払の必要が無いのに拘らず、其の支払に充(あ)つべき外国為替を買入れて支払期まで保存する。かくすればマルクの暴落に依る新たな損失を免れるばかりで無く、却(かえっ)てマルクの暴落で物価は騰貴するから其の差額を利することが出来た。また貨物を輸出する場合には直(ただち)に其の代金を取寄せず之(こ)れを輸出先又は第三国の銀行に預金して置く。マルクが更に暴落した際に取寄せれば其の為替上の利益は多大なものであって反(かえ)って商売上の利益よりはるかに大きく、まうけることが出来た。

 之は外国貿易の場合であるがドイツ国内取引の上においても彼等は巧(たくみ)にマルクの暴落を利用した。即ち彼等は銀行から信用借乃至(ないし)担保に依(よっ)て二週間乃至三四箇月に亙って借金する。其の間にマルクが暴落するから返済の際には借入れた金額の半分あるひは十分の一位で済ますことが出来た。ある時スチンネスはドイツ帝国銀行より一億マルクを借入れたことがあった。それを三箇月に僅々(きんきん:わずか、ほんの)六磅(ポンド)で返済したやうな実例さへあった。労働者の賃銀はまた雇入(やといいれ)当時の何分の一かで済まされる。原料を買入れてもまた何分の一かで済ませることが出来た。マルクの暴落しない当時借入れた借金は暴落したマルクを支払って綺麗(きれい)にしてしまった。

 かくしてまうけた金はマルク暴落の危険を避けるため一面には戦後の重税や私有財産没収の恐れから外国貨幣に換へたりまた財産を海外に持出した。



アメリカに復興資金を借金して、アメリカの経済植民地となった敗戦ドイツ


出典:1940(昭和15)年 明善社 服部文四郎 「国際金融論」 第三節 世界的不景気と米国の対外貸付

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 世界戦前に於ける国際資本の動きと財界との関係は以上述ぶるが如くであるが、今やこの国際資本はその動きが極めて遅緩(ちかん:のろいこと)となり、時には甚(はなは)だしく停滞し、又借りに、その動きありと云(い)ふも、それが一種特別なる状態におかるるに至った、之(こ)れ現代に於ける国際資本移動の特色で、即ち、世界戦後一時は米国の資本が大いに国際間に活動し、之れが為に世界大戦争の創痍(そうい:きず)を癒し、戦後世界的景気の回復に資する所極めて大なるものがあったのである。彼(か)の独逸(ドイツ)が世界大戦争に敗れ、その夥(おびただ)しき富と人とを失ひ、殆(ほと)んど再び立つこと能(あた)はずと思惟せられしに、俄(にわ)かに勃然として立ち、時に世界人をして驚かしめ独逸人は堅忍不抜、根強しと感歎せしめしも、之れ実に初めは米国資本の力であったのである。

(中略)

 米国は盛んに外国に其の資本を貸し付けた。之れを借り入れたる国は、縦令(たとい)それが借り入れたる資本なるにもせよ、之れを以て物資を買ひ入るるのである。而(そ)して国際間に資本の移動あれば、既に述ぶるが如く、それは殆んど総(す)べての場合貨幣で表現せられたる金額を以て行はるるも単に貨幣を以て貸借せらるるのではない。又一国が外国より資本を借り入るるも外国の貨幣を以て之れを自国に輸入するも何等(なんら)その用をなさず、又之れを金貨或(あるい)は金塊として輸入するも、唯々(ただただ)徒(いたず)らに金を蓄積するのみにては、通貨の膨張を促し、物価を騰貴せしむるのみで、その必要なる資本財は、之れを獲得することが出来ない。ここに於てその借り入れたる資本は物資として、言ひ換へれば、資本として之を利用しなければならないのである。それが為には、その借り入れたる外資を以て、各種の物資を購入することとなるのである。之(こ)れ資本を貸し付けたる国は、之れによりて自国の輸出を奨励し、其の生産品の販路を外国に拡張せんとするを目的とし、同時に之れを借り入れたる国は之によりて、物資を買ひ入るるが故にここに購買力が発生するのである。




【写真出典】
・1987(昭和62)年 講談社 「20世紀全記録クロニック」

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