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2017/10/13

マスコミの不景気捏造と共産革命


民主党政権時代8000円前後だった株価が21000円台まで回復しました。それにもかかわらず日本のマスコミが「経済が回復したという実感がない」と報道し続ける理由は、革命には民衆の不安や不満、不平が必要不可欠だからです。

革命を起せる条件は敗戦、食料難、物資不足という、大衆の不安を煽動できる材料がそろうことです。

有名なフランス革命、ロシア革命、ドイツ革命すべて、共産主義者らがまだ決していない敗戦や食糧難、物資不足を民衆に宣伝して起こした革命でした。

なので、日本のマスコミは景気が回復して株価が上昇しても「日本経済は不安だ!」という報道を続けるのです。

ということは、マスコミをふくむ反日勢力は将来の日本革命を企図している、ということですね。


【終戦の日の皇居前広場】
共産党が勝利して、昭和天皇を案じ泣きくずれる人々。
終戦の日の皇居前広場

でもなぜ、経済不安だけで革命が起せないのかというと、敗戦で愛国心をぐらつかせ、民族的自尊心を破壊する必要があるからです。

われわれ日本人は戦前日本の教育レベルでも共産主義は悪魔の思想だと見抜いて、コミンテルンやアメリカ共産党が企図した世界赤化と戦いました。

ところが戦後日本人は敗戦で腑抜けになってしまい、マスコミや日教組が語る「大東亜戦争は日本の侵略戦争」というデマを真実だと思いこんで見る間に左傾していきました。

希望の党が失速したいま、今度の衆院選で自民党が勝利したなら、マスコミは戦争煽動を始めるでのではないかと思います、戦前のように。脅威なら北朝鮮がいくらでも提供するでしょう。

しかし、戦争だけは絶対に回避しなければなりません。なぜなら戦争は敗戦革命に直結しているからです。

反対に極左野党が政権を取ったら、移民受け入れ、半島有事による難民流入、中国による土地購入など日本解体が一気に進むでしょう。


日本にもあった革命の危機-これも敗戦と食糧難で大衆を煽動した革命運動だった

終戦翌年の食糧メーデー。皇居前広場に押しかけた群衆。

19460501_mayday.jpg

革命歌を歌いながら皇居になだれこむ日本共産党員と在日朝鮮人。
日共は「天皇の台所にはうなるほど米がある!天皇の台所を見せろ!オレを誰だと思っている!?日本共産党だぞっ!」と守衛をどなりつけ、宮中になだれこんだ。

S210501食糧メーデー


自民党「アベノミクスの実績を知って!」

こういう広報も大切ですが、手っとり早くマスコミにテロ等準備罪を適用したらどうでしょうか?



人民戦線派NHKの「株高は懐疑的」報道

NHKのニュースの方が「どこまで本物か?」と思いますね。


“20年ぶり株高” どこまで本物?
2017年10月11日 NHK NEWS WEB

ニュース画像
ビジネス
特集 “20年ぶり株高” どこまで本物?
10月11日 21時45分
株価が、大きな節目を超えました。日経平均株価が終値で実に20年ぶりの水準にまで上昇したのです。“半年先の景気を映す”とも言われる株価。一方で、今の株高は、景気や企業業績のよしあしとは直接関係のない要因も大きく影響しています。今の株価、どこまで本物なのでしょうか。(経済部記者 櫻井亮)(後略)




陸軍省「日本国内の人民戦線派は不景気を捏造し意識的に日本を敗戦と革命に導く」

戦前日本の共産運動はコミンテルンの指令で極左野党が共闘し人民戦線を組織して、反ファッショ運動、反戦運動を展開していました。

人民戦線とは「抗日」「打倒日本帝国主義」といったひとつの闘争目標の下に、思想がちがう団体が共闘して組織される団体のことです。

一方、合法的手段では今回出現したお湯をかけて3分のような希望の党のように政党を組織して、左傾野党で共闘していました。

その形態は現代日本の共産運動そのままです。

しかし戦前はコミンテルンの日本のサヨク分子への指令は、アメリカ共産党が発行した印刷物を通じてもたらされていました。

なのでわが国に米軍基地を誘致したのは、いま沖縄で反基地運動をやっている連中です。戦前彼らは「連合軍は友軍だ!」とさけんでいたのですから。

その彼らがアメリカの思想転向を機に、いまは不必要に非知性的なバカ騒ぎをして、戦後日本に一日でも平和をもたらさないようにしています。

それはそうと、戦前日本と現代日本の共産運動がそっくりそのままというのは不思議ですね。まるで100年、200年スパンで世界統一を企図している勢力に指示されているようかのですね。お金ももらってたりしてね。


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C11110870500:1937(昭和12)年 陸軍省 「第2章 思想戦の強化」(1コマ目~)

※管理人注:( )内は管理人による注釈です。


 第二章 思想戦の強化

 国内における人民戦線派は、日本の経済的地盤の薄弱を捏造して、意識的に、日本を敗戦主義に導かんとする。また他方、日本の東亜新秩序建設なる世界史的転換の聖戦の意義を抹殺せんとする反戦的傾向は、或(あるい)は労働団体の中に、或は一般思想の中に、左翼的人民戦線的分子を潜入し、組織せんとするのであった。

【労働団体】
枝野寝ろ1

【一般思想】
国難プラカード1

岸井成格1

 所謂(いわゆる)「労農党」評論家グループ、日本無産党、日本労働組合、全国評議会等のメンバーの最近の行動は、明かにコミンテルン的な目標を有し、国内治安を紊(みだ)すものと見るべきである。

 こゝに十二月十五日、払暁を期して、一斉に人民戦線派は検挙された。山川均、猪俣津南雄、荒畑寒村(以上三名は日本共産党員)、大森義太郎(マルクス経済学者)、向坂逸郎(マルクス経済学者)、高津正道(社会運動家)、中西伊之助(労働運動家)、社大党(社会大衆党)代議士黒田壽男、日本無産党代議士加藤勘十(かとうかんじゅう)等を始め、東京のみで百八名、全国にて三百七十名の多数に達した。

 直ちに取調べがなされ、その結果、何(いず)れも治安維持法違反被疑の確証を得たので、政府は日本無産党並(ならびに)全評に対して我国の安寧秩序を紊るものとして断乎結社禁止処分に附するに決し、二十二日内務大臣(内務省は現在の警視庁にあたる)の命令をもって、両団体に対し解散を命じた。

 日本無産党、全評の結社禁止に関し、内務省当局は、労働派の積極的活動を暴露して、次の如く表示した。

「昭和十年夏コミンテルンが七年振りで第七回世界大会を開催して愈々(いよいよ)世界赤化の工作に積極的攻撃的に乗出す事となり、その大衆動員のため、従来の運動方針を大変換し、労農派のそれに近似せる方針を採るに至ったため、爾来これに勢を得て此(こ)の労農派の活動は頓(とみ)に活発となって来た。即ち右大会においては、

一、ファシズム反対、帝国主義戦争反対に主力を注ぐこと

一、従来排斥し来た社会民主主義団体とも提携して広汎なる反ファッショ人民戦線運動を展開すること

一、従来の画一的な国際主義を排して各国の特殊事情に応じたる運動方法を採ること

一、極力合法運動を利用し、若(もし)くは擬装すること

等の方針を決定し従来の運動方針を大変更し爾来我国左翼分子に対しては、アメリカ共産党日本人部発行の邦字印刷物を多数送附して右新方針の指示煽動に努めた。

【アメリカの犬「アメリカを火の海に!」】
北朝鮮人民よ、金一味はアメリカンビーフをたらふく食ってるぞ。
金正恩2

これが方法としては最近における政治、経済の動向をすべて「ファシズムの台頭」「支配階級の戦争政策」の結果であると曲解宣伝し、これが闘争のためには社会大衆党を中心として既成政党の進歩分子とも提携し、広汎なる反ファッショ人民戦線を樹立して闘争すべきことを指示して来た。


【日刊ゲンダイ「安倍はヒトラー」】
安倍ヒトラー日刊ゲンダイ1【出典】http://www.asyura2.com/16/senkyo206/msg/317.html

【反ファッショ人民戦線】
国会前反安保デモ1

しかるに当時、労農一派の分子を中心としてカンパニヤ組織として結成せられて居(お)った労農無産協議会は昭和十一年五月頃から社会大衆党に合同して反ファッショ統一戦線の樹立を計るべき意図の下にこれが合同に関する策動をなし、社会大衆党がこれに肯ぜざるの状況を看取するや、昭和十一年七月三日遂にコミンテルンと同様なる「反ファッショ人民戦線の推進力となる」目的を明かにて新(あらた)に労農無産協議会を組織し(昭和十二年四月に至り、これを日本無産党と改称)その人民戦線なるスローガンの魅力と圧力を以て社会大衆党との合同を実現すべく種々画策し、同年九月三日正式にその合同を提議したのであるが、社会大衆党はこれを拒絶せるため、爾来社会大衆党幹部のファッショ化を攻撃し、我が国において最も忠実に、反ファッショ闘争をなすものは労農無産協議会なることを強調して以てコミンテルンに新方針実践に忠実なる態度を示した。


【マスコミ「旧民進党を全員受け入れない小池百合子はナショナリスト!」】
小池百合子1

又本年七月支那事変勃発するや、コミンテルンはアメリカ共産党発行の印刷物を通じて、我が国左翼分子に対して、平和外交の樹立、出征兵士の遺家族救援、出征兵士の解雇反対及賃金全額支給の運動、出征農民家族の小作料減免、出征兵士のある家族の借金支払延期及税金免除、戦争のための物価騰貴等の問題を取り上げて、運動すべきことを指示し来るや、日本無産党はまたこれと同様なるスローガン項目を提げて運動をなすに至った。


【戦前の親米反ファッショ人民戦線が戦後は沖縄で反基地活動】
サヨクは第二次世界大戦で沖縄を苦しめ、戦後も苦しめ続ける。「平和」という美しい仮面をかぶって。沖縄反基地朝鮮人1

最近に至り日本無産党は、全く労農派の主義主張に基き国体変革の意を有することの確証が挙(あが)り、又その中心運動目標である反ファッショ人民戦線の樹立は、コミンテルンの新方針同様全く共産主義革命へ、大衆を動員する手段であることが明瞭となったのである。


【日共「反ファッショ人民戦線はじめました」】
共産党野党共闘1【出典】みんなの政治取り戻す 市民連合と3野党が共同街宣 東京・渋谷 しんぶん赤旗2017年10月10日 

革命の条件は敗戦・食糧窮乏・物資不足|過去の革命を見てみよう


フランス革命:
「パンがなければお菓子を食べればいいじゃないの」
革命の本当の理由はアメリカ南北戦争援助につぎこんだ20億リーブル

この20億リーブルはどこへ行ったのでしょうね?


出典:1993(平成5)年 新人物往来社 「別冊歴史読本 総集編 世界の王室と国王女王」所収 安達正勝 「マリー・アントワネット 高慢の代償」



 遊び好きの「赤字夫人」

 フランス革命が起こった直接のきっかけは財政の破綻だった。マリー・アントワネットは確かに国費を濫費し、このことは世間にもよく知られていたので、彼女は《赤字夫人》とあだ名されることにもなるが、彼女のせいでフランスの財政が破綻したとは考えられない。王国財政の記録がはっきりしている一七八八年の場合でみると、宮廷及び王族のための支出は全体の六パーセントにすぎない。たとえこの半分をマリー・アントワネット一人で使ったとしても、この程度の出費で国家財政がひっくり返ることはない。それよりも、アメリカ独立戦争の援助に注ぎ込んだ二〇億リーブルの方が財政破綻のはるかに大きな原因だ。二〇億リーブルは一七八八年の王国財政支出の三倍強に相当する。

(中略)

 革命に挑んだ王者の"血筋"

 七月十四日(一七八九年)の夜、すでに寝ていたルイ十六世にバスチーユ陥落の知らせを伝えに来たのはリアンクール公爵という人物だった。ルイが「なんだ、暴動か」と問い返したのに対し、リアンクールは「いいえ、陛下、革命でございます」と答えた。「革命」と言われても、ルイにはぴんとこなかっただろう。

 この年の十月には、武装した八千人のパリの女性たちがパンを求めてヴェルサイユに行進し、この事件によって国王一家は強制的にパリに移された。




フランス王族を斬首したのはユダヤ人サムソン


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C03010395100:1926(大正15)年 陸軍省|北満洲特務機関 「猶太研究配布の件」(167コマ目)
第三章 世界に於ける猶太人 



 第五節 猶太人と世界革命 附 過激派

五、仏国革命に於て一旦『ルイ』十六世の死刑宣告に賛成の投票をなしたる三百八十七人中には流石(さすが)に国王が断頭台の露と消ゆるを気の毒に感じ刑場は水を打ちたる如くなりしが其(その)間平然として断頭の任務を果したるは猶太人『サムソン』なり、実見者『サンテール』の談によれば『サムソン』の勇気は全く其宗教より来りしものならん(「ラ、レヴオリユーション」第二八六頁)




参考:革命によりフランスの富はユダヤ人の所有となった


出典:1939(昭和14)年 興亜学会 児玉信夫 「世界攪乱の陰謀:猶太民族は世界を征覇するや?」 



 三 仏国内に於ける猶太勢力

かくて革命後には二十万の佛蘭西(フランス)在住猶太人が獲得した富は、全佛蘭西国民四千万人の所有する富の二倍以上となり、彼等は政治に経済に次第に勢力を占め、純佛蘭西人は次第々々に圧迫と奸計によって蓄財は捲(まき)上げられ、遂に手も足も出ない半身不随患者にさせられて仕舞った。


【オランド大統領「フランスはユダヤ人の祖国だ!」】
フランス人「えぇっ?」
オランドフランス猶太祖国1

【神風特攻隊をテロリスト扱いするフランスの新聞】
フランスカミカゼ1

【戦前日本:フランス比較】
ベトナムよ、これがフランス人だ!ユダヤ化して頽廃したフランスのレビュー「大浮かれ」。
パリ大浮かれレビュー【写真出典】1987(昭和62)年 講談社 「20世紀全記録クロニック」


日本の芸妓。
日本芸者1



ロシア革命:革命により富を奪われ飢餓地獄に突き落とされ人肉食で飢えをしのいだ人民たち


出典:1929(昭和4)年 文海堂書店 内藤三次 「帰趨:一名『国民読本』」 一六、形勢急転直下



 然(しか)のみならず、戦敗の余禍は全国に波及し、宛然(えんぜん:そのまま。さながら)日露戦争当時のそれの如く、農村貧民の疲労困憊(こんぱい:疲れはてること)甚(はなは)だしく、労働者は食料の欠乏に苦しめられ、「パン」よ食よと隨所に絶叫し、民心漸やく戦争を呪ふの風となり、遂に皇室を呪ひ、政府を攻撃し、今や戦争の勝敗すら眼中を去って人心愈々(いよいよ)険悪騒然たり。

 一九一七年三月初旬、遂に露都一帯は、革命動乱の一大修羅場と化し、各会社工場、学校、農民、挙(こぞ)って同盟罷業(労働者が同盟して仕事をボイコットすること)、暴動示威運動を起し、「パン」よ、「パン」よと市中を練り歩き、飢餓は餓死となり、暴動は官憲軍隊と衝突して、流血の惨事を演じ、官憲の抑圧は射撃となり、民衆激昂して之(こ)れに挑戦し、軍隊又暴動に参加して、此処(ここ)に露都「モスコー(モスクワ)」は一大戦場と化するに至れり。


【「武装する自由」により武装したロシア労農階級】
この武器はどこで手に入れたのでしょうね?
Russia.jpg【写真出典】1987(昭和62)年 講談社 「20世紀全記録クロニック」



【ソビエト革命時代にはよくあった人肉食】
ソ連時代のロシアでは親が連行されたり、貧困が原因で捨てられた子供たちがコインロッカーに住み、冬場、飲んだくれが行き倒れれば当局は「寒いから死亡時刻は不明」とざっと検死して死体はそのまま、地図に載っていないウランゲリ島という北方の島では政治犯を集めてナチス顔負けの人体実験が行われていました。ナチスの悪行は共産党がやったことをそのまま転嫁したのではないかと思うほどです。





ドイツ革命:ユダヤ人に宣伝機関を乗っ取られ、第一次世界大戦の敗戦と食糧窮乏宣伝により革命が加速


出典:1918(大正7)年 外務省臨時調査部〔編〕 「独逸革命事情摘要」 第一 原因



 一、遠因

甲、革命ノ中心トナレル社会党ハ戦前既ニ百十五名ノ議員ヲ帝国議会ニ出シ第一ノ多数党トシテ勢力アリシコト及開戦後社会党ハ分裂シタレトモ其(ソノ)勢力益々(マスマス)加ハリ少数派ハ人員僅少ナリシト雖(イエドモ)錚々(ソウソウ)タル分子ヲ含ミ此等(コレラ)社会党ノ政府攻撃ハ他ノ交戦国ニ見サル程熱烈ナリシコト

乙、戦局ノ長引クニ従ヒ戦勝ノ希望薄弱トナリ食糧ノ窮乏物資ノ不足等生活ノ困難ニ伴ヒ当局者ニ対スル国民ノ不平熾(サカン)ナルニ至リ特ニ露国革命以来国民ノ講和ヲ望ム声高ク漸次民主的思想国内ニ蔓延シタルコト

丙、以上ノ結果トシテ軍閥官僚ノ権勢漸次衰ヘ政党の勢力漸ク盛(サカン)トナリ政党員ヲ政府当局ニ任用スル傾向ヲ生シ遂ニ最近社会党員マテ大臣トナルニ至リタルコト


【連行されるドイツ共産党カール・リープクネヒトとローザ・ルクセンブルク】
ナチスが迫害したのはユダヤ人共産主義者。
共産党リープクネヒトローザルクセンブルク

宣伝戦リープクネヒトローザ
【写真出典】1987(昭和62)年 講談社 「20世紀全記録クロニック」



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