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2014/04/20

韓国の旅客船沈没事故と大海軍の遺産


韓国で転覆事故を起こした旅客船は、日本製の船を韓国で改造した結果、起きたようです。

日本の造船技術は、戦前の帝国海軍と密接な関係にあります。戦時中の物資不足の中、海軍は死に物狂いで造船技術を磨きました。

【ありし日の帝国海軍】
在りし日の大日本帝国海軍

さらに、戦争後半では艦船の急造を余儀なくされ、帝国海軍は「艦型の軽量化」(商船化)を計りました。そうして生みだされたのが、日本の安価で、納期が速く、頑丈で、外観も美しい艦船だったのです。

いくら倭奴よりも優れている「大韓国人」といえども、日本が設計して建造した船をイジッたらダメだったのです。日本が必要だとしたものをとっぱらい、不要なものを足したのですから、前代未聞の船舶横転事故が起きるのも当然です。


【韓国での改造が発覚】
上が日本で「フェリーなみのうえ」として就航していた時の姿。韓国に売却された後、客室が増築されて、高さが増しているのがわかる。
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【参考記事】転覆船かつては日本で運航 韓国で巨大化、800トン増加…船体不安定に? 産経新聞 2014年4月17日

【参考記事】「韓国人「日本と韓国、船舶技術はどちらが上ですか?」〔海外の反応 お隣速報〕
(強制連行されて強制徴用されて…とか日本非難するくせに、海軍の息がかかった日本の船を買い、造船技術は日本より上と思っているバ韓国)

戦勝国が日本を排斥する理由


日本の造船技術の高さは、終戦直後、日本に上陸したイギリスの委員が「将来の平和を保障する」ために「日本の艦船建造を長期間制限して侵略の芽を摘んでおくべきだ!」と強く主張するほどでした。

しかし、イギリスの「将来の平和を保障する」という美辞は建前で、本音は二度と日本に紡績市場や造船市場を奪われたくなかったのです。

イギリスは、戦前日本に紡績と造船という二つの市場を奪われたため、戦勝に乗じて日本の技術を枯死させようとしたのです。

ソ連(ユダヤ共産党)の世界侵略に日独伊が反抗しなかったなら、イギリスでも革命が起きて、王族が処刑されていたのに、まったくイイ気なものです。

日本の造船技術は、このようにして白人がつぶそうとしたほどのものでした。戦時中に日本は全面的電気熔接方式を完成させ、トン数の小さい軍艦に強い武装を施すことに成功しました。

電気熔接というのは、鋼製のハンダを2000度以上に熱してできた鋼液を二枚の鉄板の間に流し込んで熔接する方法です。当時の米英艦は鋲(びょう)打ちで鉄板をつなぎ合わせる方法が主流でしたし、アメリカの船などは戦後になっても電気熔接で建造した大油槽船が碇泊中に熔接部から折れて沈没する程度のシロモノでした。

電気熔接は軍艦のように大衝撃に耐える高級品ほど難しいものでした。帝国海軍の技術官は熔接に使うハンダの鋼質の研究に、多年、多数をもって臨み、専心、没頭して、熔接方式とともに、一流の域にまで高めました。

そうして戦艦大和も武蔵も、その巨体の構造を安心してこの技術に託したのです。


【旗艦武蔵(右)と大和(左)の2ショット】
大和は呉海軍工廠で建造され、武蔵は長崎の三菱造船で建造された。写真は米軍のソロモン、ニューギニアにおける反攻再開により、トラック島に進出して支援に任じたところ。
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【艤装工事中の「大和」】
艤装工事中の大和

【全力運転中の「大和」】
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戦後日本の造船所で帝国海軍の息のかかっていないものはありませんでした。

昭和元年から二十年の敗戦までの期間に、日本は、1108隻の軍艦を造りましたが、そのうち770隻は民間の造船所で造られました。トン数にしてみると、総量180万トンの59%にあたる105万6000トンを民間で建造しています。

海軍艦政本部(戦時中、造兵廠や工廠、民間の造船所、兵器工場などを統括した部署)は、必要があれば監督官とともに指導官、経験職工などの指導員を民間に送りこんで、造船技術を定着させていきました。

そのほかにも技術者を育てるために検定を設けて、上の等級ほど艦の重要部分の熔接を任せるといった褒賞(名誉)を与えました。

そうして帝国海軍は、造船に付随するレーダー、燃料、ボイラー、エンジン、シャフト、プロペラ、レンズ、高圧ガス、電池、電蓄機、ビニル、ナイロンなどにかかわる技術も育てたのです。

帝国海軍は預かり物を国民に返した


戦争を振り返れば、日本は貧乏国でありながら世界の富者と張り合いました。海軍はとぼしい資源をもって、米英に負けないものを造りました。

日本は「技術」で勝つほかなかった。そのために身分不相応の大研究所を興し、世界一流の実験施設を備え、国民の工業知識を結集して「技術」を作りあげたのです。

帝国海軍に惚れこんだ新聞記者伊藤正徳氏は、その手記の中で「帝国海軍は税金という預かり物を技術という形に変えて国民に返した」と語っています。


出典:1988(昭和63)年 文藝春秋 「『文藝春秋』にみる昭和史」
 第二巻所収 伊藤正徳「大海軍の遺産」(「文藝春秋」昭和32年5月号掲載)



 海軍は、国民に寄託された防衛を果さなかった。そこで帽子を脱いで、預かり物を別な形において国民に返した。威張れる義理はないが、それが無駄使いに終らず、不経済が経済と変り、もって今日の平和産業に貢献することになったのは幸せであった。



今の日本はどうでしょうか?

「日本は外国を侵略した悪い国」という共産主義的歴史観のもと、戦前からソ連の手先だった韓国や中国は日本の技術や商品をパクリまくっています。情報、機密もダダ漏れ状態です。

安易に日本の技術を盗む韓国は、基礎がまるきり理解できていないので、自国の船が沈没しても手も足も出せません。ただ、大勢で現場を見守りながら、「こんな事故が起きたのは日本製の船のせいだ」と言うだけです。

中国は、事故を起した新幹線を埋めてしまいます。中国、韓国には、日本とちがって「技術」に対する愛情がありません。

先の民主党政権では蓮舫議員が「2番じゃダメなんですか?」と我らの先祖の遺産を踏みにじり、技術者が中国や韓国に流れました。

現在の自民党政権はアメリカにいわれるまま、TPPや同盟の名を借りて、先人の遺産をアメリカに売り渡そうとし、日本の技術者を育てるどころか外国人労働者を雇用すると言い、我ら日本人の税金を外国人に生活保護や奨学金として支給して、我々の子孫に残らないようムダ使いを続けています。

私たちのご先祖さまの遺産は中韓によって「ゴミ」にされ、日本の政治家は戦勝国がやろうとしていたことを果そうとしているかのようです。

日本国民が期待を寄せるのは、政党の宣伝(プロパガンダ)ではありません。政治という目に見えるものに期待するのです。


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