HOME > 皇室 > title - 女性宮家と朝鮮の男系養子制度
2017/06/02

女性宮家と朝鮮の男系養子制度


朝鮮の男系養子制度は中国のものを丸パクリしたものですが、中国のものよりも悪化して、朝鮮では孫も男系の血族から養子として迎える風習があったそうです。

今もあるかも知れませんが。

そうなれば、秋篠宮悠仁親王殿下が廃孫されてしまうかも知れません。

朝鮮人は日韓併合で日本に救われたにもかかわらず、三・一独立運動の前年からソ連に赤化されて日本の皇室を憎んでいることを忘れないで下さい。


女性宮家悠仁親王殿下1

戦前、東京大阪で朝鮮人が通名を使って日本人になりすまし、借家を乗っ取るという事件が多発しました。

そのため昭和の始めには大阪の猪飼野(いかいの)は町ごと朝鮮人に乗っ取られてしまいました。


大阪朝鮮人町戦前1

朝鮮人にしてみれば借家も宮家も同じです。彼らにとって「乗っ取り」は「利益」なのです。

女性宮家が創設されてしまうということは、政権与党が自民党であれ、共産党に乗っ取られたことを意味するのです。

もし女性宮家創設後、朝鮮の血を引くなりすまし日本人が女性皇族と結婚し、その子が即位した場合、その天皇の名は朝鮮の族譜の末端に記入されます。

そして儒教の国朝鮮では長幼の序が重んじられますから、その天皇は目上の朝鮮人の言いなりになります。

まずこの天皇はみずから退位や譲位を言いだすことはありません。


【朝鮮の族譜】
女性宮家1_2【出典】1927(昭和2)年 司法省調査課 「報告書周 10」  第三節 内地に於ける朝鮮人の種族


明治大帝のやしゃご竹田恒泰氏のツイート
「女性宮家創設を推進しているのは蓮舫と白眞勲です」

蓮舫氏、白眞勲氏ともに男系の血統を尊ぶ国の出身です。男系の血統を存続させる大切さを知っている彼らだからこそ皇統を補強する旧宮家復活に反対するのです。


一方、レンホー氏はかのK氏を皇族にねじこみたいもよう

ガッチガチの男系血統主義の国の人なのに「女性宮家創設」を推進する、陰湿な共産主義者です。


そして反女性宮家創設の先兵は「香りの妖精」になったりしていて頼りない……




プロトタイプ中国よりもキ〇ガイじみている朝鮮の男系養子制度まとめ

朝鮮も中国の男系養子制度を丸パクリしただけあって、ガッチガチの男系血統主義の国です。

朝鮮人は男系血統を守ることに厳格なため、いとこ同士の結婚を認めている日本人の結婚を「ケモノに近い野蛮人の結婚」と言って忌み嫌っていたそうです。

そして朝鮮では

・直系女性の分家を認めず、
・同じ男系血統の中からは妾すら選ばず、
・女性は男性の家に入るのが原則なので「婿養子」という観念すらなかった

そうです。

朝鮮の男系養子制度の中でもっとも恐ろしいのは、

・孫も養子として同じ男系血統の中から迎える
・「死後養子」といって夫の死後妻が夫の血統の中から養子を迎える

慣習があることです。こうなると日本人が入りこむ余地はまったくありません。


・男系の男子なきときは、同血族から男系の養子を迎え、たとえ直系の女子あるも、これを嫁に出し、他家より嫁を迎える

・族譜がちがう、姓が異なる赤の他人は養子にしないという鉄則により、血族関係なきものは養子としなかった

養子だけでなく孫も血族中からむかえる場合もあった

朝鮮では女は分家できない

・朝鮮では死後養子が認められている。死後養子とは子のない夫婦の夫が死亡したあとで妻が男系男子の血族を養子にする朝鮮の風習

朝鮮の姓は男系の血族を表示するものであり、それは家ではなく人に付いたものである

創氏改名で氏の設定と同時に内地式に改名したものも多い。例:金山.香川等(戸籍簿には朝鮮の姓を明記してある)

・朝鮮では男系男子を絶やさぬため蓄妾の風習があり、本妻と妾が本宅に同居する場合もある

・朝鮮では子は親に絶対服従する

・朝鮮では忠(天皇への忠誠)よりも孝(両親への孝行)が重視される

・朝鮮では一家の家計は夫が管理する

・朝鮮では妾にする女ですら男系血統からは選ばない

・本貫(ほんがん)とは祖先が住んでいた土地と姓を記したもの

・朝鮮では本貫で男系血統が同じであることを確認する

朝鮮人は日本人の近親結婚を軽蔑している

朝鮮の婚姻は女が男の家に入るを原則とするため、朝鮮には婿養子、入夫等の習慣がない

・朝鮮では女系は他人であって一家ではない



韓国ドラマに見る朝鮮の男系養子制度

日韓併合後、日本は朝鮮民事令を改正して異姓(赤の他人)から養子をむかえることと婿養子の制度を導入しました。

しかし、韓国現代ドラマを見ていると現在の韓国は慣習や法を日韓併合前にもどしてしまっています。

韓国時代劇「インス大妃」

インス大妃は二人姉妹だったが姉は処女貢献で中国へ行き、インス大妃は李王室に嫁ぐ。




韓国現代ドラマ「ソル薬局の息子たち」

ソル家の長男、次男、三男はそれぞれ男兄弟のいない女性と結婚し、妻の実家に同居する。そして朝鮮総督府資料「最近朝鮮事情要覧.大正11年」にあるように「婚姻は女が男の家に入るを本則とし、例外として男が女の家に同居することあり」、妻はあくまでもソル家の嫁であり、ソル兄弟は婿養子ではない。



日本人は「女性宮家」創設を絶対に認めてはいけません。

「女性宮家」というサヨクの皇統断絶工作を許してしまったら、米ソ共産党から
皇室を守るために散華していった英霊に顔向けできません。

中国と朝鮮半島は

「女性の分家を認めず」
「家督を相続する男子なきときは男系男子から養子を迎える」

のです!!


中国、北朝鮮、韓国は自国の男系血統は守りつつ、日本の女性宮家創設と皇統断絶をもくろんでいるのです。


【中国で玉砕した東圏堡部隊が残した遺書】
「テンノウヘイカバンザイ」 二山上等兵
20150523_banzai_2017060210390284e.jpg

いま話題沸騰中の山口敬之氏の記事から:
女性宮家は羽毛田宮内庁長官が野田元首相に要請したものだった!!
今上陛下が仰せ出されたことではない「勅語捏造」の可能性大

「勅語捏造」は明治維新のときに薩長が使った手です。


「天皇譲位」が「生前退位」に替わった理由 皇室の苛立ち映す
2017年2月21日 NEWS ポストセブン

 国会に舞台を移した天皇の譲位論争の裏に、何やら不穏に蠢く影がある。安倍政権の最深部にアクセスできる元TBSワシントン支局長・山口敬之氏による深層ドキュメントをお届けする。

 * * *
 この問題で最初に使われた言葉は「譲位」ではなく「生前退位」だった。この耳慣れない言葉に、この問題を巡る官邸と宮内庁、皇族との長年にわたる交渉と軋轢が見え隠れしている。

陛下が譲位のご意向を最初に示されたのは、2010年7月22日のことだといわれている。 2016年10月13日の日経新聞は、当時の羽毛田信吾宮内庁長官、川島裕侍従長などが同席する中、陛下が「元気に務めを果たせなくなる前に譲位したい」と述べたと伝えている。

(中略)

 同年10月5日には羽毛田宮内庁長官が官邸を訪れた。この面会では羽毛田は表向き「女性宮家の創設」を要請した事になっている。しかし女性宮家は将来の皇族の減少に備えるものであり、譲位には直接はリンクしない。


本記事の資料

朝鮮の家督相続について:明けても暮れても男系、男系、男系

青文字が朝鮮の風習について書かれている部分です。また(  )内は管理人による注釈です。


出典:1943(昭和18)年 朝陽社 掘貞次良 「内鮮風習理解の書」 家庭



一、内地(日本国内)では夫婦は一心一体であり、外見は主人たる男子が威厳を以(も)って臨み、妻は貞淑服従を美徳とするので、言語等もしたがって夫婦間に差異があり、妻を呼ぶ時も(愛情を籠〔こ〕めて)其(そ)の名前を呼び捨てにして呼ぶ風がある。

 朝鮮でも夫婦はもとより一体なる観念なりしも、その後儒教の男尊女卑の思想に支配され、男は天、女は地の差別的地位に置かれ、加えて男は外に女は内のいわゆる五倫生活の一たる男女有別(だんじょゆうべつ:男女の別)の生活をなし来りたるのであるが、更に漸次変り、今では凡(およ)そ一般に夫婦の地位は、礼儀上対等であって、したがって言葉も夫婦は対等の言葉を用い、妻を呼ぶ時は子供の名前を通じ〇〇のお母さんと呼ぶを通例としているようである。

一、家督相続は

 内地では、戸主たる父が死亡するか、又老齢に達し隠居する場合、長男がこれを継ぎ、次男以下は別家(べっけ)、分家して夫々(それぞれ)独立し、長男結婚せずして死亡したるときは、次男継承し、また男子なく、女子ある時は他より婿(むこ)を迎えて後継者とするも

 朝鮮では大家族制で、原則として家長は死ぬ迄(まで)家長としての絶対権を握り、家督相続は祭祀者たる地位を継承すると同時に決定する。継承するものは男系の長男であって、男系の長男なき時、長孫これを継承し、長系の男子孫が未婚のまま死亡するときは、次系の男子孫これを継ぎ、次系の男子孫なきとき、同族中より養子(男)を迎えた。

尚(なお)中流以上の家庭では、家族は長男、次男三男夫婦、孫、曾孫と多数の家族が同居しているを普通とするも、中流以下では分家、別家するものが多い。(昭和十四年十一月朝鮮民事令の改正に依り異姓養子と婿養子制度が認められたるにより今後漸次内地風にとならむ〔なるであろう〕)

一、内地でも血族結婚は勿論(もちろん)避けられ、場合によりて親族結婚が行われることもあるが

 朝鮮では同本(本貫〔ほんがん〕=血統を同(おなじ)うする)同姓、不婚の鉄則によって、同本、同姓のものとの結婚は絶対にしないのである。これが適確(原文ママ)を期するためにも古くより民間に一門一族の歴史を編纂したる族譜の設備がある。

一、内地では男系の男子なく或(あるい)は女のみの場合は、他から養子乃至(ないし)婿養子を迎えて継承者とするも

 朝鮮では女が男の家に入るを原則として居たため、婿養子とか入夫等の習慣がなかった。男系の男子なきときは、同血族から男系の養子を迎え、たとえ直系の女子あるも、これを出嫁(しゅっか)せしめて、他家より嫁を迎え、家継者に娶(めあわ)したのであるが、朝鮮民事令の改正に依り、異姓養子と婿養子制度が認められたる故、今後漸次内地風にならむ。

一、内地では養子は何処(どこ)から迎えても自由なるも

 朝鮮では異本、異姓、不養の鉄則(族譜がちがう、姓が異なる赤の他人は養子にしないという鉄則)により、血族(本貫)関係なきものは養子としなかった。(朝鮮民事令改正に依り異姓養子が認められたるにより、家女〔かじょ〕なき場合又更に同本、同姓中適当なるものなき場合は、異本、異姓中より養子を迎えることが出来ることとなった。之亦〔これまた〕漸次内地風にならむ)

一、内地では養子は直継者(二代)とするために迎えられるも

 朝鮮では大家族制なるため、三代即ち養孫を迎える場合があった。

一、尚朝鮮では、従来養子(男)が養親の家に入りたる後、離縁となりたる場合、妻子は夫と共に家を去るのであったが、朝鮮民事令の改正で、婿養子が認められ、婿養子は妻の家に入ることとなった。従って婿養子離縁となるも、家女と子たる直系卑属は家に留(とどま)ることとなり、内地同様の制度となった。

一、然(しか)し未だ異っている点を挙げれば内地人(日本人)は女でも分家することが出来るが、半島人は出来ない。又内地人は男三十歳、女二十五歳に達して居ると、父母の同意がない場合も婚姻が出来る場合があるが、半島人は四十歳になっても、五十歳になっても、父母の同意がなければ婚姻は出来ない。尚内地人には死後養子がないが、半島人には死後養子が認められている等。

一、朝鮮では昭和十四年朝鮮民事令の改正迄は、内地の如く家を表彰する氏の称号がなく(法律上実際に認められていたが)男系の血族を表示する姓の称号であった。これは家に附いたものでなく、人に附いたものであり、したがって死ぬ迄姓を変えなかったが、本令施行後半島同胞は一斉に氏を創設した。

一、前項の如く創氏したるが、それ迄の金、李、朴等の所謂(いわゆる)朝鮮式の姓も、内地同様に内地式に金山、香川等と夫(そ)れ夫(ぞ)れ創氏したのであるが、稀には従来の姓を其の儘(まま)氏とせるものもある。尚氏の設定と同時に内地式に改名したものも多い(但し創氏により姓が消滅したのでなく、戸籍簿に明記されてある。)

一、したがって朝鮮では本令改正前迄は、女子は結婚後入籍するも姓を変えなかったため、家族内に数姓(二姓以上)が存するのが普通であったが、改正により内地同様夫と氏を同じくすることとなり家族の氏が同じくなった。

一、内地では妾(めかけ)を置く場合の観念は、色情の場合のみにして、その数至って少い

朝鮮では妾を持つもの意外に多いが、然(しか)し妾の観念は色情のほかに於て異る点がある。その異る点は、朝鮮では本妻に男子なきとき、男系の家継者を得て、祖先の祭祀を絶やさぬため、妾(処女と婚する場合もある)を置く場合であり、ときに一家に本妻、妾と同棲する場合もある。したがってこの場合女は妾となることを左程(さほど)恥じない風もあったようである。

一、内地では家長が六十歳以上になり、子が一人前に長ずれば、家督を譲り隠居する風もあるが

 朝鮮では前項の如くなるため、事実上隠居する風少し。尚この場合「伝家(チョンカ)」と称して、家事は息子に任しても、名儀(原文ママ)丈(だけ)は戸主が保っている。

一、内地では忠を第一とし、孝を第二に考えるが(根本的には忠孝一体の観念である。)

 朝鮮では併合前迄、忠の観念が一般に普遍化せられず、孝の徳が最も重く勧奨されて居た。それはかつて「忠臣求於孝子之門(忠臣は孝子之門〔こうしのもん〕に於て求む)と云(い)う訓話もありし程なりしも、儒教感化偏重せしため、一般に孝道のみに偏するに至ったのであろう。したがって父母に対しては、絶対服従の観念が幼少の頃から深く強く刻まれている。(現在では著しく変り、忠の観念が強く昂揚されて来たことは勿論である)

一、内地でも親に対する観念は、勿論孝道を尽す可(べ)きこととされているはいう迄もないが

 朝鮮では親の観念は絶対的のものとせられ、親子間の礼儀も亦(また)厳格に尊重されて居る。過誤の場合は恰言和色諫(いげんわしょくしていさめ)を乞うほか(父母有過三諫而不聴号:ふぼにあやまちありてみたびいさめてきかずんば号泣してこれにしたがうの訓話もありし程なり)如何なることがあるにしろ、その命には、絶対服従であり而(しか)も子は心身を賭して、孝養しなければならないとの観念を持っているので、かりそめにも親との意見衝突等は絶対にない。

一、内地では親に対する孝道は生前に重きを置かれるが

 朝鮮では生前の孝道も元よりであるが、親の死後即ち供養にも仲々(なかなか)重きを置かれる風がある。これは祖先と子孫の繁栄とが、結ばれている観念からである。したがって墓地の適否、供養の正否等は、子孫の繁栄を左右するものとされている。

(中略)

一、内地では一家の家計は主婦に委(ゆだ)ぬるも

 朝鮮では戸主が経理して、その都度主婦に交付する風がある。




朝鮮総督府中枢院調査課:
朝鮮の風習「死後養子」とは、夫の死後血族から養子をもらうこと


出典:1936(昭和11)年 朝鮮総督府中枢院調査課編 「李朝の財産相続法」 第六章 子女なき夫妻の相続(其の二) 特に死後養子に付(つい)て 第一 兄亡弟及と立後との抵触



 死後養子は立後に付て、両家父同命立之、父没則母告官とあるを根拠とする。然(しか)るに祭祀の承継に付ては兄亡弟及の原則がある。若嫡長子無後則衆子、祀を奉ずるのである。此(こ)の法は古くから行われた。

(中略)

呂希寧には長男孟温、次男仲温、三男世温があった。長男は無後にして死んだが妻がある。次男亦(また)死んだが長子文望がある。時期は明(あきらか)ではないが希寧も死亡している。今又希寧の妻が死んだ。文望は次男の長子なるが故に、喪主たらんとしたが、亡長男孟温の妻は、亡夫の末弟世温の子義男を以て喪主たらしめんとしたのである。

仍(よっ)て文望は喪服をぬいで、試(ためし)に赴かんことを請うたが、左相の言に依り許されなかった。以法則文望と云(い)うのは兄亡弟及の法である。以一家之政則義男と云うのは死後養子に選定する余地なきかを疑ったのである。




司法省調査課:
・朝鮮では妾にする女ですら男系血統からは選ばない
・朝鮮では養子縁組する男子を男系血族から選ぶ
・本貫(ほんがん)とは祖先が住んでいた土地と姓を記したもの
・朝鮮では本貫で男系血統が同じであることを確認する
・朝鮮人は日本人の近親結婚を軽蔑している


出典:1927(昭和2)年 司法省調査課 「報告書周 10」  第三節 内地に於ける朝鮮人の種族

※画像の出典も同じ。


 而(そ)して又如何に遠き分派にても同姓にて同一の男系血統間に於ては婚姻を為(な)さず妾の場合に於ても同様である、養子縁組には男系の血族間に於てのみ之(これ)を為し自己と同列(兄弟、従兄弟〔いとこ〕の者の子)を養子とする。

 然(しか)し同姓であるとも男系の血統を同じくせざる(同じではない)者あるより之を明(あきらか)にする為(た)め本(本貫〔ほんがん〕又は郷貫、貫とも云う)を定め本と姓とによりて男系血統を表わす、即ち慶州の金氏、全州の李氏、金海の金氏と言うが如し。

 「本」は多くはその姓祖の住地より取りたるものである。

 朝鮮にては如何に遠くとも同本同姓の結婚のみならず正式にあらざる右様の者間の結合をも獣類に近しとして忌み内地(日本)の近親結婚を見て胡人(こじん:大陸では匈奴などの野蛮な民族を胡人と呼んだ)の風俗なりとし侮蔑すと

【参考:朝鮮両班の本貫】
女性宮家本貫1



朝鮮総督府:
・朝鮮の婚姻は女が男の家に入るを原則とする
・朝鮮には婿養子、入夫等の習慣はない


出典:1912(明治45)-1922(大正11)年 朝鮮総督府編 「最近朝鮮事情要覧 大正11年」 第二章 風俗習慣



 婚姻は女が男の家に入るを本則とし、例外として男が女の家に同居することあり、之(これ)を招婿又は贅婿と称す。而(そ)して朝鮮には婿養子、入夫等の習なし。近親間及男系の血族間に於ける通婚を避くることは厳格に行われ、男系の血族は幾世を経るも断じて婚姻を為(な)さず。男系の血族なると否とは姓及本(本貫)に拠(よ)りて之を別つ。

即ち人の姓は父の姓に因(よ)りて定まり、身分及戸籍に移動あるも変更せず、故に父子は常に同姓にして男系の血族は皆同姓なり、然(しか)れども男系の血族にあらずして同姓の者あるを以て別に本を称す、本は族祖の出でたる地名にして血族に非(あら)ざる同姓は大抵本を異にするより、本及姓の同じき者は皆男系の血族なり。而(そ)して本及姓は之を戸籍に登録し、初対面の挨拶(あいさつ)にも互(たがい)に之を問うを常とす。




朝鮮では女系は他人であって一家ではない


出典:1925(大正14)年 東洋協会 山根倬三 「亜東指要:支那満洲朝鮮案内」



 養子

 朝鮮にては家名と祭祀とを重んずるが為(た)め養子は甚(はなは)だ多し、両班(貴族)にては養子を為(な)すに厳格なる順序ありて必ず侄行に取る、侄行に内外あり、男系に属するは内侄行にして一家なり、女系に属するは外侄行にして異姓なり、養子は必ず一家中の侄行に於てせざるべからず(しなくてはならない)、




【写真出典】
・1968(昭和43)年 朝雲新聞社 防衛庁防衛研修所戦史室 「戦史叢書 北支の治安戦〈1〉」


関連記事
スポンサーサイト