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2017/04/27

韓国人に危機感がない理由


北朝鮮のせいで東アジアが緊張しているにもかかわらず、韓国人に危機感がないのは千年の歴史を誇る属国根性が原因です。

韓国人の危機感のなさは、千年もの間、国の政治、経済、防衛を日本や中国に依存してきた、その依存心の強さのあらわれなのです。

また韓国に危機がせまっても、どこかの大国が助けてくれるニダ♪という安心感が、韓国人のDNAには刷りこまれているのです。


習「韓国は中国の一部だったアル」
トランプ「習主席から韓国と中国の歴史の授業を受けた」
韓国政府「そんな事実はない!」と反発しただけ

トランプ&習1【参考】トランプ氏の「韓国は中国の一部」発言に反発=韓国政府 2017年4月19日(聯合ニュース)

危機感のない韓国と日米を威嚇する北朝鮮との共通点


イギリス公使館員の手記によると日清戦争の時も朝鮮人は仁川港に碇泊した日本、アメリカ、フランス、ロシア、支那の軍艦をボーッとながめ、自分たちが朝鮮を守るという気概はカケラもなかったそうです。

そんな朝鮮人らとは正反対に清国が攻めてくるという危機感に満ちた日本軍は整然と軍備を整えていたそうです。

要するに朝鮮人は「独立」とは名ばかりで、いまだ心理的にも「独立」していないのです。

韓国経済が苦しくなると「従軍慰安婦」とか「強制連行」といった捏造を持ち出して日本にタカってくるのも、国家として経済的に自立していないからです。

朝鮮半島は地政学的に三方を日本、ロシア、中国という大国に囲まれているため、いつの世もどれかの大国に依存するしか国家を保持していく手段がありませんでした。

朝鮮人は強者と見ればすぐに降服する民族性であるため中国に事大し、白人に事大して、その威を借りて日本を蔑視し続けてきました。

これを逆から考えればいま世界を騒がせている北朝鮮も、後ろ楯になってくれる大国がなければアメリカに反抗することはできない、ということになります。

日本人が70年以上も赤化教育を施されてきたにもかかわらず、戦前と変わらず「国」のことを一番に案ずるように、民族性とはそうそう変えられるものではありません。


国家の危機にもかかわらず、のほほほほーんの韓国
千年属国根性がバレバレ


「日本が緊張煽っている」「度を超した発言」…安倍政権を批判し危機から目そらす韓国 当事者意識あるのか
2017年4月23日 産経ニュース

 北朝鮮をめぐる朝鮮半島有事に向けた日本側の懸念や危機意識に対し、韓国では「不安感や危機感をあおっている」といった批判が起きている。中には「韓国の不幸を日本は願っており、楽しんでいる」と曲解し、怒りを込めて主張する韓国メディアさえある。

隣国として、戦禍に巻き込まれる可能性がある日本が抱く当然の危機感を、当事者である韓国では「大げさ」「行き過ぎ」などと片付け理解されていない。北の脅威という現実から目をそむけ、“朝鮮半島危機”をめぐっても、やはり日本非難を繰り返している。(後略) (ソウル 名村隆寛)


本記事の資料:朝鮮総督府、朝鮮人、イギリス人、ロシア人、アメリカ人が見た戦前の朝鮮人


朝鮮総督府が見た朝鮮人
・大国に囲まれた朝鮮はいつの時代もいずれかの大国に従い、民族性から考えても純然たる独立は維持できない
・檀君から李朝まで木と竹をつないだような誤った歴史観も事大思想である


出典:1923(大正12)-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 〔朝鮮総督府〕調査資料 第20集 「朝鮮人の思想と性格」



 第二編 朝鮮人の性情
  一 一般的性情

(ヲ) 独立心

 朝鮮の独立は国民性に合致しない。
 
 朝鮮の三千年来の歴史を繙(ひもと)くに、何れの時代に於ても、何れかの大国に従うという事が一貫した事実である。

それが朝鮮人の固い思想となって来たので、純然たる独立を維持する能力を欠いていたのである。それが結局日本の当初の独立擁護という趣意に副うて併合を実行した事実であるが、之等(これら)の古来からの歴史を見ると、朝鮮は純然たる独立を維持する事は国の位置、民族性から考えても不可能であるという事が諒解出来るのである。(殖民大正十四年五月小松緑)

 第三編 朝鮮人の社会的傾向
 四 朝鮮の世相

(ル) 朝鮮人の史的観念

 普通の朝鮮人は、朝鮮は四千年以上の古い国であると云(い)うを誇りとして居る。

所謂(いわゆる)四千年の歴史と云うは、檀君の一千二百余年、新羅、高句麗、百済の三韓時代約一千年、李朝五百十余年を通算するのであって、此の木と竹を継ぎし如き誤れる観念にも、事大思想を加味して居る。(「長白山上より見たる朝鮮及朝鮮人」杉慕南)


【資料に残るいまだ純然たる独立ができない朝鮮人のらくがき】
「日本人自覚しろ 朝鮮人にいかなる悪行を行いつつあるか」。そして「朝鮮は独立に合致しない」を「合致する」に訂正。なお本書の「不良なる朝鮮人の習慣」に「ホ 落書をすること」とある。
朝鮮事大図書落書き1



朝鮮人が見た朝鮮人
・朝鮮は国家観念、民族意識のきわめて稀薄な国柄
・「日本人が攻めてくれば支那人が助けてくれる」
・李氏は天下太平の国策として支那に事大した
・朝鮮人が生まれながらにして日本人を憎むのは支那崇拝の反映
・朝鮮人は白人にも事大する


出典:1936(昭和11)年 名古屋出版社 金振九 「国癌切開」 四 民族意識強烈の由来と現在



 1、尊周主義と事大思想

 朝鮮という国は、元来国家観念とか民族意識の、極めて稀薄な国柄でありました。私の幼少時代は『ナーニ、日本人が東から攻めて来れば、大国人(支那人のこと)が、西の方から押しかけて来て、追(おい)払ってくれるんだ』と、口吟(くちずさ)みして、心も体も凡(すべ)てを挙げて支那に委(まか)せたのであります。これは無論、寺子屋の先生とか村中の長上者から、始終聞き慣れているからであります。

 一口に朝鮮といっても、二千年前の粛慎高句麗時代の如き、武を以て支那を懲(こら)し、厳然たる東方の雄を鳴らしたる時代(隋の煬帝は、乙支文徳将軍の為(た)めに、清川江─今の平安南道─にて惨敗し、唐の太宗李世民は、楊萬春のために─鳳凰城─今の満洲国安東省─に於て、敗戦と共に中矢隻眼の不具となったのです)もあり、その後、新羅、高麗の如く、文物燦然、東方文明の絶頂時代もありましたが、一旦李氏の天下となるや、固有の歴史と文化並(ならび)に宗教と芸術を、片ッ端から破壊し、駆逐したのであります。

(中略)

 そうしてその代り、支那の文明=漢学を輸入丸呑(の)みにして一意専念、尊周主義と事大思想を鼓吹して、一気に国民を愚民化してしまったのであります。李氏の天下を、千秋万代に伝うるには、一から十まで、支那を尊大し、明国に忠義を尽すのみが、最大最善の国策でありました。そして韓半島の国民を、自家永久の食物(くいもの)に、隷属せしめたのであります。(後略)

2、 日本軽視の習癖

(前略)

 兎(と)に角(かく)、朝鮮人と生るれば、生れながらにして、日本を怨(おん)敵視し、軽蔑したのであります。軽視したのは、いうまでもなく、支那崇拝の反映でありますが、ここに、寒心すべき事実は、日本を敵視はするものの、その相手の事情をば、意想外に暗いことであります。

(中略)

 ただ、アメリカ人或(あるい)はロシア人を雄大視し、尊敬崇拝(これも一種の新事大思想)すると同時に、日本人をば、軽率奸狡(奸は悪がしこい、狡はずるいの意)、短気浅慮、小面(こづら)憎いもの、小悧巧(利口)者だと誹謗し、日本の歴史と文化をも、タダ一口に、欧米学輸入の猿真似だと、皮相(ひそう:うわべ、表面)観するのであります。

しかも、識者階級に於て、これを無理に判断して、僻見(ひがみ)的に押し通そうと努める傾向があります。甚(はなは)だ危険な見方であります。(後略)

【李氏朝鮮時代の書堂(寺子屋のようなもの)】
防共日本朝鮮書堂1



イギリス人が見た朝鮮人
・日本軍がいそがしく日清戦争の準備をしているのに、朝鮮人は外国の軍艦をめずらしげにブラブラ歩いたり、アグラをかいたり、むなしく見つめていたりする


出典:1925(大正14)年 東亜経済新報社 バード・ビショップ 「三十年前の朝鮮」 日清戦争 釜山の平静仁川の緊張



 私は六月十七日に元山を汽船で立って十九日に釜山に着いた。日本軍艦が碇泊して居た。今朝肥後丸より上陸したと云(い)う日本の軍隊約二百二十人は丘にある仏寺に屯して居た。

反徒は京釜間の電信線を切断したそうである。斯(かく)の如く一見して戦争気分が濃厚に漂うて居るにも拘(かかわ)らず、在留欧米人は一向平気であるし、日本商人も不断(普段)と何等(なんら)異る所なく、日本軍仁川上陸の噂も全く関せず焉(こ)の様子であった。

然(しか)し乍(なが)ら六月二十一日に私が仁川に到着して見たら万事甚敷(はなはだしく)興奮して居た。先(ま)ず外港には六隻より成る日本艦隊の外(ほか)に亜米利加(アメリカ)の旗艦一隻、仏蘭西(フランス)軍艦及露西亜(ロシア)軍艦各一隻、支那軍艦が二隻投錨して居た。

内港の限られたる設備は全能力を挙げ、日本の運送船は軍隊、軍馬及軍需品を小蒸気船を駆(か)りて陸揚げし、米其(その)他の糧秣は兵站部に向けジャンク(朝鮮の川舟)を以て輸送し、沢山(たくさん)の苦力(クーリー。主として支那人の肉体労働者)は彼(か)れ此(こ)れの荷物を積上げて居た。海も陸も一言活躍を以て評することが出来る。

私達外来の観光客は種々雑多な険悪な風評を聞かされて肝を冷したり当惑したりしたが、結局暗中模索一も真相を掴むことは出来なかった。

 上陸するや否(いな)や私は仁川が先日に較べて著しく変化したのを見出した。市街は隊伍の重き靴音に地響(じひびき)がして居るし、馬糧の縦列は道も狭しと列を作り、日本人町の大通りは兵営と化し、銃剣は戸毎に閃き、兵卒は到る所に充満して居た。

而(しか)も朝鮮人なるかな。己が国の港が今しも外国人の陣地となりつつあるを珍(めず)らし相(そう)に、ブラブラ歩いたり、アグラをかいたり、呆然として空しく見詰めて居る。

第一部隊が上陸して僅か二時間足らざるに最早一千二百名の軍隊は幕舎を作り、藁(わら)を布き、一幕舎二十名宛の兵卒が昼食を認(したた)めて居た。

厩(うまや)も出来上り、騎兵及山砲兵が其の間に屯し、馬は一粒撰(よ)りの逸物、馬装は印度兵最新式に則りてキチンと整って居た。

二百人の兵卒と百匹の軍馬は日本領事館より京城に向け砲弾を輸送して居た。軍に規律あり、仕事に秩序あり、各人各々(おのおの)其の目的を了解し、粛然として義務に服し、厳(儼)乎(げんこ:おごそかなさま。いかめしいさま)として警戒に任じ、而も倨傲(きょごう:おごりたかぶっていること)不遜(ふそん:思い上がっていること)の振舞(ふるまい)なく、誠に見上げた日本軍であった。




ロシア人が見た朝鮮人
・朝鮮人は黄色人種中もっとも弱く、強者と見ればすぐ降服する事大主義者、無抵抗主義者である


出典:1923(大正12)-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 〔朝鮮総督府〕調査資料 第20集 「朝鮮人の思想と性格」 第一編 朝鮮人の概観 一 朝鮮人の誇り



 二 ロシア人の観た朝鮮人

(ロ) 朝鮮在外者の被同化性

 露国々籍の朝鮮人を庇護して可なる理由は、彼等が同化に富むことである。朝鮮人は黄色人種中性質最も柔弱(にゅうじゃく:よわよわしいこと。気力も体力も弱いこと)で、強者と見れば直(す)ぐ降服する事大主義者、無抵抗主義者である。彼等は又その接触する一切の者を模倣する癖がある。故に若(も)し政府が一寸(ちょっと)でも力を注げば彼等は容易に露西亜(ロシア)化して仕舞うであろう。

 ロシアに移住した朝鮮人は直ぐロシア風になる傾向が著しい。地方官憲が彼等の此(この)傾向を助長し、利用しないのは其(その)無見識もまた甚(はなはだ)しい。朝鮮人の同化傾向は露人と絶えず接触する地方に於て特に著しい。 




アメリカ人が見た朝鮮人
・朝鮮の発展は日韓併合のたまものであるが、朝鮮人は怠惰な民族であり国が滅ぶのも当然だ


出典:1923(大正12)-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 〔朝鮮総督府〕調査資料 第20集 「朝鮮人の思想と性格」 第一編 朝鮮人の概観 一 朝鮮人の誇り

【現代語訳】付きです。


 三 米国観光団の朝鮮人観

 米国クラークス会社主催観光団一行米国人農ジェイ・ビー、ボウム外(ほか)四十名は大正十三年三月二十四日午前八時京城駅着下り列車にて入城直に朝鮮ホテルに至り同日はホテル専属朝鮮人通訳三名の案内にて昌徳宮、景福宮、其(その)他著名の場所及市内を見物し翌二十五日午前八時二十五分京城駅発下り列車にて北京に向け出発したるが一行中のジェイ・ビー、ボウム外二名は左の如き感想を洩せり。

「朝鮮は常に騒然たるものありて場合に依りては余等一行の旅行にも多少の危険あるやも知れずと懸念し居たるに意想外に平穏無事なるは日本の統治宜しきを証するものなり而して朝鮮の文化が我米領比律賓に比し以上長足の進歩を賭漸次日本化し行く状態は日本の殖民政策の成功と謂うべし本国に於ては朝鮮の山には草木なしと聞き居たるが今回の観光に依り鉄道沿線の状況を見るに今や山野に相当の樹木茂り居るを認めたり之亦日韓併合の賜なるべし

 尚渡鮮に当り異様に感じたるは朝鮮人の懶惰的民族なることなり彼等は動物の如く路上に起臥するあり又市中を徒に徘徊し何等為すことなく遊びつつあるもの多し斯くては亡ぶるも当然なり。」(大正十三年三月)


【現代語訳】

 米国クラークス会社主催観光団一行米国人農ジェイ・ビー、ボウムほか四十名は大正十三年三月二十四日午前八時京城(現ソウル)駅着下り列車で京城入りし、すぐに朝鮮ホテルに至り、同日はホテル専属朝鮮人通訳三名の案内で昌徳宮、景福宮、その他著名な場所および市内を見物し、翌二十五日午前八時二十五分京城駅発下り列車で北京に向け出発したが一行中のジェイ・ビー、ボウムほか二名は左のような感想をもらした。

「朝鮮は常に騒然としていて場合によってはわれら一行の旅行にも多少の危険があるかも知れないと懸念していたが、意外にも平穏無事だったのは日本の統治がよいことを証明している。そして朝鮮の文化がわがアメリカ領フィリピンにくらべ早足で進歩をとげ、しだいに日本化していく状態は日本の植民政策の成功と言える。アメリカ本国では朝鮮の山には草木が一本もはえていないと聞いていたが、今回の観光で鉄道沿線の状況を見て今や山野にたくさんの樹木が茂っているのを見た。これもまた日韓併合の賜物である

 なお朝鮮渡航に当たり異様に感じたのは朝鮮人がなまけ者、不精者である民族であることだ。彼らは動物のように路上で寝起きし、また市中を意味もなくうろついたり、何もすることなく遊んでいる者が多い。これでは国が滅びるのも当然である。」(大正十三年三月)



【昼間から地べたで寝ている朝鮮人@日本人激写】
強制連行 朝鮮人昼寝1



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