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2014/04/11

三・一独立万歳騒擾事件後も続いた日本人排斥


1919(大正8)年3月1日、朝鮮で「三・一独立万歳騒擾事件(韓国では「三・一独立運動」という)」が起こりました。

「三・一独立万歳騒擾事件」は韓国がいうように「美しい美しい民族主義に基づいた独立運動」などではなく、ウラジオストックにあったロシア共産党極東部委員会による工作も含んだ事件でした。


【朴槿恵大統領 「日本を1000年恨むニダ」】
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第一次世界大戦終戦直前、ウィルソン米大統領が大戦の係争地となった欧州の小国に向け「民族自決主義」(「平和原則14カ条」)を提唱しました。

すると「欧州に適用されるものはウリナラにも適用されるべき」とウリナラ中心思考した朝鮮人は、西洋列国が朝鮮に味方してくれるものと思い込んで、鮮内にとどまらず満洲の日本人居留民までも排斥し始めました。この思い込みがのちの「三・一独立万歳騒擾事件」勃発につながるのです。

朝鮮人が日本人を排斥した原因は、中華思想と資本主義国の経済侵略を排撃する共産主義思想です。

その「レイシスト」ぶりを紹介します。

日本人は朝鮮から出て行け! 大韓国人の倭奴排斥運動



出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C06031191700:大正八年五月三日 「騒密第一四四六号 騒擾事件ニ関スル民情彙報(第十四報)」



※現代語に意訳しています。

二、慶尚北道

⑴ 鮮人の反感
 昌原郡昌原邑(むら)内鮮人は老若男女を問わず日本人に反感を抱き、日本人商店に入り来って

「おまえらはいずれ近いうちに日本に引き揚げることになる。そう長くはここに居られまい」

などと言い、また北西地方においては

「朝鮮はすでに独立した。よって日本人は急いで日本に帰らなければ危険なことになるぞ」

などと脅迫する者もいる。

同郡大山面地方鮮人は日本人の雇用を拒否し、または日本人商店に対し売掛金を支払わず、もしくは田畑の耕作物を盗み、その他いろいろな方法で迫害的態度を示している。


⑵細民の生活その他に関する影響

昌原郡地方鮮人細民は従来日本人地主に対しモミの収穫をもって納付する契約のもと、麦の小作料納付を延期して生活の資にあて、またはモミの収穫を担保として春夏における生計資金を借り入れるを例とする者が多数であるが、騒擾勃発以来、日本人は将来の危険を心配して、鮮人との契約を見合せ、その他一時的な金銭の融通も手控えつつある。
その結果、鮮人は自然鮮人資産家を頼るようになって、日本人との従来の関係は中絶した。

また、日本人商人等は騒擾の危険を心配して商品の仕入れを躊躇している。騒擾以来鮮人との意志疎通ができなくなり、鮮人は自然鮮人商店より物品を購入する傾向を生じ、(日本人商店は)商業不振の傾向を呈するに至り、また市場における鮮人飲食店は騒擾の際、酒食を提供した多数の鮮人が混雑にまぎれて代金不払のまま立ち去り、そういった料理店も日本人と類似の厄に合い、加えるに市場一般が不振の状態にあるため生活困難となり、その他の小商人も大打撃をこうむり、窮乏の極みとなって、今日においては騒擾煽動者を恨みつつある。

なお目下の状態が永続するならば生活難よりくる犯罪の増加を免れないため、民心の緩和、不逞者の検挙に努めている。


三、黄海道

⑴騒擾が鮮人思想上に及ぼした影響

騒擾が鮮人思想上に及ぼした影響の反映として、今日までに現れた具体的事実を挙げれば左のとおり。

イ、従来日本人医師の診療を受けていた者および日本商人と取引関係があった者ならびに日本人商店より物品を購入していた者は漸次減少している。

ロ、鮮人各階級を通じ従来日本人と親交があった者はかなり(日本人の家などに)出入りすることを避けつつある傾向にある。

ハ、従来一部不平者の中には陰で日本人を呼ぶ時は「倭奴」という侮蔑語を使う者がいたが、近頃は平然と日本人を呼ぶときにこの侮蔑語を使い、みずからを大韓国人と称するようになった。

ニ、従来、鮮人巡査、巡査補に対して親交があった者は近来一般にこれを避けようとする風潮がある。はなはだしいものでは道で会ってもわざと挨拶すらしない。

ホ、殷栗、長洲地方においては郵便貯金をする者が減少し、かえって貯金を払い出す者が増加している。これは独立実現のあかつきには預金請求の権利が消滅するという妄想によるものである。

(中略)


四、咸鏡南道

咸興において鮮人官吏に対し「同盟辞職しろ(管理人注:官吏同士で同盟して一斉辞職すること)」という脅迫文を送り、また独立新聞なる不穏印刷物を配付し、しきりに民心を煽動する者がいるため、厳しく探索したところ、京城(管理人注:現ソウル)延禧専門学校卒業生崔淳鐸当年二十六歳および咸興所在耶蘇教経営永成中学校四年制朴永鳳当年二十三歳の行為と判明し、なおこのほか咸興面居住文房具商李秀乙当年二十五歳ほか六名の者も共謀、独立新聞という不穏印刷物を調製配布したことが判明したので逮捕し、謄写版その他の証拠品を押収した。



新大久保に閑古鳥が鳴いて、嫌韓デモ、ぜんぶ朝鮮人の先祖が日本人に対してやったことがブーメランのように返ってきただけのことです。

☞【参考記事】 韓流ブーム終焉…ゴーストタウン化する新大久保 きま速 2013年8月11日




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