HOME > 皇室 > title - 教育勅語とは日本繁栄ノウハウまとめ
2017/03/13

教育勅語とは日本繁栄ノウハウまとめ


「教育勅語とは明治天皇が書いた危険思想であり、日本を戦争に向かわせる!」と、反日マスコミは毎日報道しています。

しかし、マスコミのこの報道はフェイクニュースです。

まず「教育勅語」とは、明治天皇が明治天皇ご自身のお考えを下されたものではなく、歴代天皇が受け継いできた皇祖の遺訓をまとめたものだということです。

「教育勅語」の最後に、そのことが書かれています。


「斯(カ)ノ道ハ実ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶(トモ)ニ遵守スヘキ所之(コレ)ヲ古今ニ通シテ謬(アヤマ)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖(モト)ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々(ケンケン)服膺(フクヨウ)シテ咸(ミナ)其(ソノ)徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾(コイネガ)フ」

【現代語訳】前述の道が今日偶然に生じたものでなく、歴代の天皇の遺し給える訓戒であるということを明らかにし、この訓戒は、時の古今を問わず、洋の内外を通じて行われる天下の大道である。そして、天皇みずから臣民と共にこの御遺訓を謹んで心にとどめ常に行うことを誓う。


教育勅語1
【出典】1918(大正7)年 科外教育叢書刊行会 前島義教 「十大詔勅謹解」 八 教育勅語(明治二十三年十月三十日)


そしてもう一点は「教育勅語」とは「危険思想」などではなく、わが国繁栄のノウハウ集であるということです。

その証拠はわが皇室が三千余年の間「教育勅語」に記された皇祖の遺訓にそって日本国を経営し、われら日本人もこの皇祖の遺訓を守ることによって繁栄を続けてきたことです。

さらにその長い歴史の間、皇統は連綿として続き、わが日本には建国の態様がそのまま残っています。

もし反日マスコミが報道するように「教育勅語」が危険思想ならば、日本は三千余年前から戦争を続け、国民は天皇に弾圧されて、とっくに滅亡していたでしょう。

GHQが、そして共産主義者が「教育勅語」を抹殺したい理由は、日本人からこの優れた道徳を奪って、わが国を内部から崩壊させたいからです。


日教組が日本人から道徳をうばった結果、日本人はモンスター化した




「教育勅語」の教え「忠君愛国」とは

日本は天皇が開いた国なので、外国侵略をくりかえしてきたイギリス連邦などとはちがって忠君と愛国が一致する。サヨクが捏造するアイヌ差別、沖縄差別は日本の歴史をゆがめる意図がある。

直接の忠君・君主を尊敬し、その命を奉じてたがわぬこと
直接の愛国・国家の歴史風土を尊重する
・国家の意志である国憲国法をまもる
・文化の発展をはかる
・外敵の侵害を防ぐ
真の忠君愛国の美徳とは
よき国民となること
・日本にあっては、よき日本人となる
・すべての道徳を心にとどめて行動する
・目上の人の教えや意向に沿って行動する
・忠君愛国とはすべての徳目を総括するものである



塚本幼稚園の園児たちが神武天皇から今上陛下まで御名をスラスラ
暗誦するわけじゃなし

赤いおじちゃん、おばちゃんどもはコワイねぇ
塚本幼稚園園児1

 
日本を崩壊させたい極悪反日マスコミ


教育勅語のどこが悪いというのか 毎日新聞よ、無知と偏見の他者攻撃はみっともない
2017年3月13日 産経ニュース

 明治天皇が人が生きていく上で心掛けるべき徳目を簡潔に示した教育勅語が、メディアに「悪者」にされている。

 「教育勅語の精神は親孝行、友達を大切にする、夫婦仲良くする、高い倫理観で世界中から尊敬される道義国家を目指すことだ」

 稲田朋美防衛相は8日、参院予算委員会でこう述べた。その通り、教育勅語の口語文訳は次のようである。

 「私は教育の根本もまた、道義立国の達成にあると信じます。国民の皆さんは、子は親に孝養を尽くし、兄弟・姉妹は互いに力を合わせて助け合い、夫婦は仲むつまじく解け合い…」

 これのどこが悪いのかさっぱり理解できないが、毎日新聞は翌9日付朝刊で次のように批判的に報じた。

 「稲田氏に対し、資質を問う声が上がる可能性がある」

 まさか毎日新聞は、親不孝や友人への不義理、夫婦のいさかいや国家的な不道徳を推奨しているわけではあるまい。

 とはいえ、毎日新聞は3日付の社説でも学校法人「森友学園」が運営する幼稚園が教育勅語を園児に暗唱させていることを問題視し、こう書いている。

 「明治憲法下の教育理念である教育勅語は忠君と国家への奉仕を求めていた。1948年、『基本的人権を損ない、国際信義に対して疑いを残す』などと衆参両院で排除と失効確認が決議された。公式決議の意味は重く、教育現場での暗唱はふさわしくないはずだ」

 わざわざ連合国軍総司令部(GHQ)の占領下で、その意向に従わざるを得なかった時代の決議を持ち出して、教育勅語を否定しようとしている。




本記事の資料:わが国の繁栄は皇室の御経営によって成れるものである


出典:1931(昭和6)年 国体擁護会編 「護国 昭和6年版」



 〇勅語の精神

「教育に関する勅語」は、もと教育社会に賜れるものであるが、其(そ)の内容は、ただ教育社会のみならず汎(ひろ)く我が国民の守るべき道徳の大綱を示し給えるものである。この「教育に関する勅語」は実に我が国民道徳の大本(おおもと)である。

 故(ゆえ)に我が国民道徳を論ずる者は、「教育に関する勅語」を中心として考えなければならぬ。依って左に其の趣旨を略述す。

「朕惟(オモ)フニ我カ皇祖皇宗国ヲ肇ムルコト宏遠ニ徳ヲ樹(タ)ツルコト深厚ナリ我カ臣民克(ヨ)ク忠ニ克ク孝ニ億兆心ヲ一ニシテ世々厥(ソ)ノ美ヲ済セルハ此(コ)レ我カ国体ノ精華ニシテ教育ノ淵源亦(マタ)実ニ此(コレ)ニ存ス」

 我が国体が他国に比類のない美点を有することを明かに給もうたものと思われる。この御辞を最も平易に云(い)えば、天皇陛下が御身親(おんみずか)ら 「朕が思うに、我が先祖及び代々の天皇が、日本国をお開き遊ばされたお志(こころざし)は誠に広大なもので、千万年の後後(のちのち)まで遠くお考え遊ばされ、我が国を建つるに大切なものは忠孝の二つにまさるものなしと思召(おぼしめ)されて、さては忠と孝との二つの徳を、臣民の心の底にしかと留めさせ給いたること、恰(あた)かも、樹を植うるに、深く根を埋めて厚く培(つちか)うが如く、堅固になされたのであるから、我が臣民はよく此の忠孝の道を守り、日本国民皆心を一つにして世々忠孝の美徳をあらわして来たのである。これは我が国柄の最も立派な所以(ゆえん)で、教育の大本とする所も畢竟(ひっきょう:つまるところ。つまり)此の忠孝の二つを教うるにある。」 と宣(の)べるものである。

 抑々(そもそも)、忠孝の大道は、開闢(かいびゃく:天地の開けはじめ。世界のはじめ)の始めから、千万年の後までも移り変らぬもので、これあるが故に国も開け、世も治まり、人々其の所を得て今日に至れるものである。天皇陛下が勅語の始めに於(おい)て、特に、忠孝の二つを訓誡(戒)し給いし御聖旨(ごせいし)もここにあることと思われる。

「爾(ナンジ)臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦相(アイ)和シ朋友相信ジ恭倹(キョウケン:人ニ対シテウヤウヤシク、自分ノ行イハ慎ミ深イコト)己レを持シ博愛衆ニ及ホシ学ヲ修メ業ヲ習ヒ以(モッ)テ智能ヲ啓発シ徳器(トッキ:人徳ト器量。徳ト才能)ヲ成就シ進(ススン)テ公益ヲ広メ世務(セイム:世ノ中ノツトメ。当世ノ事務)ヲ開キ常ニ国憲ヲ重(オモン)シ国法ニ遵(シタガ)ヒ一旦緩急アレハ義勇公ニ奉シ以テ天壤無窮ノ皇運ヲ扶翼スヘシ是(コレ)ノ如キハ独(ヒト)リ朕カ忠良ナル臣民タルノミナラス又(マタ)以テ爾祖先ノ遺風ヲ顕彰スルニ足ラン」

 天皇陛下が吾人(ごじん:われわれ)日本臣民の守るべき道徳の大綱を示し給えるものである。父母に孝行を尽さなければならぬ。兄弟姉妹は仲よくしなければならぬ。夫婦はよく和合して互(たがい)に親しみ愛するがよい。朋友は互に信実を以て交ることが肝要である。人は驕(おご)り高ぶらず万事控目にして倹約を旨とせよ。己れの身に縁近き人々を愛するのみならず、縁遠き人をも愛し、更に進んでは、禽獣(鳥とけもの)虫魚に至るまで生あるものには、情をかけるがよい。無学で智恵が開けず、人の道もわからないようでは、人と生れたかいもないから、幼少の時から学問を励み、人として大切な徳を守ることを忘れてはならぬ。一身の修まれる後は、進んで世の為(た)め人の為めになる公益の事業を為(な)して、国家社会を益々(ますます)進歩発展せしめることを心がけなければならぬ。兵役に服すること、租税を納むることは、云(い)うまでもない。如何(いか)に些細な事でも、法律で規定せられて居る事は、必ず違背してはならぬ。また国家の事変に臨んだ場合には、身命を抛(なげう)っても国家の為めに尽さなければならぬと。我等(われら)の践(ふ)み行うべき道を細々(こまごま)と教え給えるものである。

「斯(カ)ノ道ハ実ニ我カ皇祖皇宗ノ遺訓ニシテ子孫臣民ノ倶(トモ)ニ遵守スヘキ所之(コレ)ヲ古今ニ通シテ謬(アヤマ)ラス之ヲ中外ニ施シテ悖(モト)ラス朕爾臣民ト倶ニ拳々(ケンケン:ウヤウヤシクツツシムサマ)服膺(フクヨウ:心ニトドメテ忘レナイコト。胸ニトメテ常ニ行ウコト)シテ咸(ミナ)其(ソノ)徳ヲ一ニセンコトヲ庶幾(コイネガ)フ」

 前述の道が今日偶然に生じたものでなく、歴代の天皇の遺し給える訓誡であるということを明かにし、此の訓誡は、時の古今を問わず、洋の内外を通じて行われる天下の大道なることを仰せられたのである。而(そ)して、天皇陛下には御身親ら臣民と共にこの御遺訓を服膺せんことを誓わせ給うたのである。優渥(ゆうあく:ねんごろに手厚いこと。恩沢をあまねく受けること)な御聖旨が文字の上に滲(にじ)み出て居る。

 〇類なき我が忠君愛国の一致

 忠君愛国の一致は、我が国民道徳の特色とも称すべきものである。我が国に於ては、忠君と愛国とが常に相結合して離れない。君に忠なればやがて国土を愛することとなり、国家の為(ため)に尽せば、即ち君に対して忠義となる。我が国はもと皇室の御経営によって成れるものであって、諸外国の如く、多くの人民が集って、其の中から統治者を選挙したものでない。

また権力ある者が、他の国を滅ぼして、其の領土を奪い取り、自ら主権者となったものでもない。


エリザベス女王2

或(あ)る家族が己の一族を率いて他郷に移住し、荒蕪(こうぶ:土地があれはてて雑草が生い茂っていること)の地を拓(ひら)いて新しい国を樹(た)てたように、天祖が自ら此の国土を開いて、国の基を定め給えるものであって、世々の天皇は何(いず)れも天祖の意志をついで、臣民を赤子のように愛撫し、国事の為に心を尽し給うたのである。

我が国が今日の如く盛大な国家となったのは、皇室の御経営がよろしきを得たからである。故に我が国に於ては、国家と皇室との存在が別々に離れて居ないのであるから忠君愛国の相(あい)一致する所以はここに存するのである。

諸外国の中には、往々忠君と愛国とが衝突して、国を愛する為に君主を放伐し、或(あるい)は君主の為に、国家の休戚(きゅうせき:((「休」は嘉、「戚」は憂の意)喜びと悲しみ。よいこととわるいこと)を犠牲に供するが如き例もあった。かかる国国(くにぐに)と我が国とを比較すれば、其の国がらの相違することは自ら明かになるのであろう。

 世界の国々の中には、我が国の如く、主権者の経営によって起れる国もあるが、永い年代を経る間に、或は外敵の為に侵略を受け、或は内乱の為に統治者の交替となり、いつしか忠君と愛国とが一致しないようになったものが多い。


taiinkun1.jpg

パククネ弾劾デモ1

我が国の如く、建国三千余年の間、皇統が連綿として続き、建国の態様の変らぬものは殆(ほとん)ど全世界に類例を見ないのである。かくの如き歴史上から考えても、我が国家が皇室と放れ難い関係を有して居ることは明かである。我が国の如く、皇室を中心として永い年代の間継続的に発展して来た国に於て、始めて忠君と愛国とが一致するものであるから、忠君愛国の一致は、世界に存在しない我が国民道徳の特色の一であると云うことが出来る。

 然(しか)らば如何なることをなせば君に忠となるか、また国を愛することとなるか。君主を尊敬し、其の命を奉じて違(たが)わざるは直接の忠である。国家の歴史風土を尊重し、国家の意志たる国憲国法をまもり、文化の発展をはかり、外敵の侵害を防ぐは、直接の愛国である。

 されど、忠君愛国は、これのみで十分とは云い難い。真に忠君愛国の美徳を完(まっと)うするには、よき国民とならなければならない。即ち、日本にあっては、よき日本人とならなければならぬ。

 よき国民とは、総(すべ)ての道徳を其の身に体する者を云う。即ち、人として践(ふ)み行うべき道徳を尽(ことごと)くあやまらず守る者にして、真に君に忠なる国民と云い、国を愛する国民とも云い得る。されば、忠君愛国は総ての徳目を総括するものであると云ってよい。




関連記事
スポンサーサイト