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2017/02/23

朝鮮王、ロシアに鬱陵島までの利権を供与す|竹島問題


韓国の主張によると竹島は1904年以前から韓国領だったそうです。

その韓国領だった竹島を日露戦争後の1905(明治38)年に日本が強奪したのだそうです。

でもその10年前、日清戦争終戦の翌年である1896(明治29)年に朝鮮王はロシアに「豆満・鴨緑両江から鬱陵島までの森林伐採権」を与えています。

これは朝鮮王自身が「朝鮮の領土は鬱陵島まで」と認識していたからではないでしょうか?

もし1904年以前に竹島が韓国領だったならば、このとき朝鮮王はロシアに竹島も自由にしてよいと許可しているはずです。


【ロシアに20年間の森林伐採権を与えた大院君】
taiinkun1.jpg

韓国「独島は1905年に日本が強奪した」と捏造
~ごていねいに日本の教科書まで捏造


「独島は韓国の領土」19世紀の日本教科書を公開
2017年2月16日 中央日報/中央日報日本語版

嶺南(ヨンナム)大学独島(ドクト、日本名・竹島)研究所は15日、明治時代に使われた日本小学校の地理付図教科書に載っている2つの日本地図を公開した。日本が1905年、独島を自国の領土に強制編入する前まで独島を韓国の領土と記した教材を使っていたことを証明する資料だ。


大朝鮮大君主「朝鮮の領土は豆満江から鬱陵島までだ」


「露国ニ於テ韓国ヨリ豆満鴨緑両江沿岸並鬱陵島ノ森林伐採権取得一件」

露韓密約鴨緑江鬱陵島1

大朝鮮

大君主ハ西洋樹木培養法ヲ朝鮮ニ●製センガ為(タ)メ左ノ如ク特許セラル
(※●は莫の下に手)

第二条 本会社ニ於テハ幾条件ニ対シ自由ノ権ヲ得ルヲ二十年間ト定メ官林伐木及樹木培養ヲ為スハ豆満江ノ上流右辺ノ茂山及鬱陵島トシ右ノ諸処ニ適当ナル工事ヲ起シタル後該会社ハ相当ノ人員ヲ派遣シ鴨緑江朝鮮境界ニ在ル山林ヲ詳ニ検査セシメ無論何郡ヲ問ハズ樹木培養ニ適当ナル処ヲ選択シ一ニ豆満江岸山林ノ条款ニ依リ適宜ニ拡張スルノ権ヲ准許ス(後略)


つまり、当時の朝鮮の領土は、

豆満江の上流右辺の…
露韓密約豆満江1☞画像出典:Wikipedia


鴨緑江
露韓密約鴨緑江1_2☞画像出典:Wikipedia


茂山から
露韓密約茂山1☞画像出典:Wikipedia


鬱陵島までだった
露韓密約鬱陵島竹島1_2☞画像出典:Wikipedia



【出典】アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B04011182900:明治29年9月17日(1896/09/17) 外務省 「露国ニ於テ韓国ヨリ豆満鴨緑両江沿岸並鬱陵島ノ森林伐採権取得一件 分割1」(7コマ目)


本来、竹島は1952年に李承晩が武力で日本から強奪したものです。

それを韓国は隠ぺいして、「独島は1904年以前から韓国領だ」と捏造したのです。

しかし…歴史を知らないって、悲しいですねえ。

事大な朝鮮人はロシアを自国に引きこむことで日本を朝鮮から追い出そうとしたのです。

そのため、ロシアの気を引こうと自国の権益をまるまるロシアに与えたのです。

結局、朝鮮人の事大性と日本人蔑視がアダとなったわけですね。

これでも韓国が反論してくるようなら、プーチン大統領に「朝鮮王と帝政ロシアが交わした文書を見せて~」とお願いする手もありますね。


プーチン安倍1☞画像出典:Sputniknews:プーチン大統領、安倍首相との会談:共同プロジェクトの多さが露日の貿易拡大へつながる


参考資料


出典:1905(明治38)年 博文館 幣原坦 「日露間之韓国」 第一巻 第二章 撤兵第二期日より第三期日迄韓国に於ける日露の関係=露国の韓国経営着手時代=



 第一 韓国に於ける露国経営の着手

【意訳】
 そして私が伝え聞いたところによると、条約の本文は露国のものと韓文のものとに多少相違があるといい(後にこのことが一の争点となる)国際上秘密書類に属するがゆえに、素(もと)よりその詳細は知ることができなかったが、同月二十二日発行の漢城新報紙上で公となった。

条約の大意は実に左の如きものである。

一、韓国政府は露国人ブリノに朝鮮木商会社設立の権利を准許す
一、森林伐植区域は豆満江上流茂山及び鬱陵島幷(ならびに)鴨緑江の朝鮮辺界とす
一、伐植期限は二十箇年とす

(後略)




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