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2014/04/09

朝鮮人の日本人虐殺 琿春事件


1920(大正9)年10月2日、満洲の琿春で馬賊と不逞鮮人が日本人居留民を襲撃し、惨殺する、という事件が起きました。

この日本人虐殺は、三・一独立万歳騒擾事件(韓国では「三・一独立運動」という)の流れで起こされ、中華思想と共産主義思想によって無辜(むこ)の日本人が虐殺されたものです。

ウィキペディアの「間島事件」の項では、『日本軍の工作』というように記述されていますが、使用された資料が新しく、日本軍のしわざであると後付けで創作されたもののように思えます。

たとえ後付けで資料を創作しようとも、当時コミンテルンが「間島でパルチザン(遊撃隊)闘争が勃発している」と自爆しているのですから、これ以上の証拠はないでしょう。


出典:1933(昭和8)年 朝鮮総督府警務局 「高等警察報.第1号」 31ページ (二)一九三〇年九月プロフィンテルン第五回大会後同年九月十八日プロフインテルン執行局に於て採択したる決議(九月テーゼ) 朝鮮の革命的労働組合運動の任務



(二)恐慌の結果日本の帝国主義に対する民族解放闘争も激化している、特にプロレタリアートの階級闘争が激化している。元山に於けるストライキ、大衆に依るそれの支持学生ストライキ及び大衆示威運動の高潮だが特に労働者及び農民のメーデーのデモ、小作争議件数の増加、間島に於て常に勃発しているパルチザン闘争及び無数の労働者ストライキはプロレタリアートの新たなる大衆行動の増大を告げる前哨戦に過ぎなかった。


【共産党遊撃区の例:昭和14年北支那方面:日本軍作成】
赤い部分が共産党の勢力が及んでいた地域。満洲は日本が「満洲は元々中国人の土地だから」と移民を許可した挙げ句、年に100万人の中国人(共産党含む)が流入し、その結果満洲は赤化され、日本人は弾圧され、ソ連の南下が容易となった。
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【在満共産党組織系統および領導系統ならびに交通関係図:昭和12年:司法省刑事局作成】
赤の三重丸は第三インターナショナル(コミンテルン=国際共産党)、赤の◎は在満共産党領導中心機関、赤い〇は在満共産党下級機関、青い〇は共産匪賊の根拠地(アジト)、黒い〇に斜線は交通機構。
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韓国の反日デモ キジと同じ殺され方をした日本人たち


1920(大正9)年10月2日、琿春を襲撃した馬賊と不逞鮮人は、最初日本帝国領事館に殺到して領事館を焼き払いました。そして領事館に避難していた日本人居留民を惨殺しました。

【韓国の反日デモ キジを殺しハンマーを振り下ろす】
併合時代に日本人を殺したのと同じ方法で、キジを殺す韓国人。

日本人女性を銃床で乱打、首を絞めたのち財産を掠奪して惨殺

領事館書記生高松作治方の雇い女柳川ツネ子は、領事館内署長官舎西方レンガ塀を越え逃れ出ようとしたが、外を包囲していた賊によって射撃され、塀の外に墜落した。

賊は銃床をもって女を乱打し、白布で首を絞め、財物を奪ったのち惨殺した。

子供2名を抱えて逃げようとした夫婦を射殺、遺体の頭を銃床で乱打して打ち砕き惨殺

同避難民雑貨商原田亀次の妻は子女二名を抱き、前記レンガ塀から逃げようとしたが、賊徒はこれを捕まえ、まず夫妻を射殺し銃台で乱打、頭部を破砕したのち、銃剣で腹や背を刺し、白布で首を絞め死に至らしめた。

脳や血の塊および毛髪が今なおレンガ塀に固着し、惨状を極めている。残された子供らは両親の死骸に縋(すが)り、長女(6才)は足部に貫通銃創を受けていたが、泣くこともせず、人生の悲惨言語に絶する。

【白布とは朝鮮人男性が常に頭に巻いている布のこと】


次男を背負い長男を抱いて逃げる母親を射撃して母子ともに惨殺

領事館巡査部長志波嘉六の妻タキ子は、次男正治を負い長男正を抱いてレンガ塀を越え逃げようとしたところ、賊はこれを射撃、次男正治は(銃弾の)胸部貫通にて即死、また妻タキ子の肩部を貫き、長男正の右足を傷つけ、親子が塀の上から墜落すると賊が来て金品を強奪した。

猛火をくぐって領事館正門へ逃れようとした巡査家族を射撃

源城巡査の妻シズエ、長女ツヤ、次女満代、次男龍弘、大橋巡査の妻シツ、長男陽明、次男達磨、安部医師の妻房子、長女カズ子、次女、次男、山田カヲノ11名は猛火の中をくぐり領事館正門より逃げようとしたが、賊徒はこれに向け射撃し、安部医師妻房子は左手に貫通銃創を受けつつ畑中に遁走した。賊4名があとから追いかけ、房子を捕らえ所持金二千円、金の指輪を強奪し、なお暴行をなさんとしたため房子は両手を合わせ、賊に憐れを乞い助かることができた。

その他、惨殺および負傷者

【死者】

・領事館警察署長 佐谷武(54歳)
馬賊射撃に依り重傷を負い退避できず。ほどなく猛火に包まれ焼死。

・領事館巡査 愈昌禹(26歳)(鮮人)
裏門より北方一町の畑地に倒れ、左耳より右耳部に(銃弾の)貫通を受け、腹部を銃剣で突き刺されていた。

・木材商 野中右一(51歳)
裏門から出た後、畑の中に倒れる。胸部貫通、頭部乱打、背部に銃剣の刺突を受け所持金約三千円を奪われた。

・木材商 若林高麿(34歳) 
裏門から出た後、畑の中に倒れる、胸部に貫通銃創を受け、前頭部に二ヶ所の銃剣刺突の跡あり。

・指物職 安田誠松(37歳) 
裏門から出た後、畑の中にて貫通銃創、即死。

・朝鮮総督府道警部 渋谷昌策(35歳) 同三女 操子(1歳) 
西門の外である琿春川岸レンガ焼跡土穴の中に避難したが、賊が来て入口より射撃し、腹部貫通銃創を受け絶命。操子は頭部の大半をなまくら刀で打ち切られ惨死。

・芸工 安藤義好(30歳) 
領事館正門レンガ塀側にて頭部に賊の弾を受け即死。


【負傷者】

・警部 渋谷昌作の妻

・名古屋数之助(26歳)

・門広謙吉(38歳)

・大江静男(19歳)

・今川悦吾(40歳)


【拉致された者】

・雑貨商 彦坂田喜二

【出典】アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C06031231600:「琿春を襲撃せし馬賊の不逞鮮人の惨虐行為に関する件  発 朝鮮軍参謀長」


なぜ、日本から出て行けと言われているのか分からない人たち

【「レイシズムをやめて、仲良くしよう」「国籍関係なく、幸せに生きる権利がある」~大阪で700人が行進】

kyousei_siyou.jpgソース元:http://uni.2ch.net/test/read.cgi/newsplus/1374138506/1-20


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