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2016/10/23

沖縄高江の機動隊員と満州国人権保障条例


沖縄県高江に派遣されている大阪府警機動隊員が「土人という差別的発言をした」と、反日マスコミの「差別はイケナイ」祭りが活発化しています。

「差別、差別」とうるさいサヨクとマスコミですが、満州国はすべての人種、民族の人権を保障する「人権保障条例」を施行したため、滅亡しました。

わが日本には在日朝鮮人(韓国人ふくむ)や共産主義者が要求する「差別のない社会」を実現したら朝鮮人や中国人に日本人が虐殺されたという事実が過去にあるのです。

満州国で差別を撤廃した結果、年に100万人の中国人が移住してきて、中国共産党満洲省委員会をいくつも組織し、満州国の中心部と日本人の土地、家、財産を奪い、最終的にはソ連軍侵攻による日本人虐殺につながりました。


【中国共産党満洲省委員会組織系統表】
中国共産党満州省委員会組織系統表【こちらでも見れます】1932(昭和7)年 国際連盟支那調査外務省準備委員会 「支那ニ於ケル共産運動」


三年居住すればどんな人種・民族にも満州国民とおなじ権利を与える 満州国人権保障条例

「〇年居住したら満州国民と同じ権利を与える」というくだりは、現在の日本政府の政策をほうふつとさせますね。

この条例は満州国建国の理念である「五族協和」いまでいう「多文化共生」「多様性」を実現するために施行されました。

「五族協和=満族、漢族、蒙古族、朝鮮族、日本民族の協和」は当時の日本軍部、日本政府の理想だったのです。バカと言おうか、お人好しと言おうか、この危機感のなさにはあきれますね。

日本民族以外の四族は赤化してソ連と結託していました。


新聞記事人権保障条例満洲1

三年以上住めば新国家の市民 人権保障条例で規定
時事新報 1932.2.25(昭和7)

(奉天電通二十四日発) 満蒙新国家は成立と同時に新国家樹立宣言、国家組織法、人権保障条例、中央官制を発布するが発布と同時に新国家の憲法起草委員を任命して憲法の起草に着手するもので憲法発布は新国家成立してから一月後となるものとみられる、人権保障条例中には一、三年以上満洲に居住したるものは国籍の如何を問わず新国家の一員としての権利を享受すとあり之によれば現在満洲居住の支那人は勿論日鮮人、白系露人外各国人も凡べて平等に新国家の一員となり得るもので新国家は各民族を包含して真に理想的平和の楽土を建設せんとするものである


満洲人権保障条例全文1

人権保障条例全文
大阪朝日新聞 1932.3.11(昭和7)

【連合長春十日発】今回発表された人権保障条例全文は左の如し

 全人民の委任により満洲国の統治を行う執政は、戦時もしくは非常事変の際を除くほか左記各項に準拠して人民の生命及び権利を保障し並に義務を定むべきことを全人民に対して誓約す

一、人民は身体の自由を侵害せらるることなし、但し法律による制限はこの限りにあらず

二、人民は財産権を侵害されず、但し公益上の必要による制限は法律による

三、人民は種族、宗教の別なく国家の平等なる保護を受く

四、人民は法律の定むるところにより公務に参与する権利を有す

五、人民は法の定むる処により官公吏に任ぜらるる権利を有し、名誉職に就任する義務を負う

六、人民は法の手続により請願の権利を有す

七、人民は法律によって定められた法廷の裁断を受くる権利を有す

八、人民は行政官署の違法処分により権利を侵害されたる場合法の定むるところに従いこれが補給を請求することを得

九、人民は法律によるにあらざれば如何なる名義たるに論なく課税、徴発、罰金を強いられることなし

十、人民は公益に反せざる限り共同組織を以てその経済的利益を保護増進することを得

十一、人民は一切の不当なる経済的圧迫より保護さる

十二、人民は国家の公費による各種施設を共用する権利を有す


【出典】
神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 外交(106-111)
神戸大学経済経営研究所 新聞記事文庫 外交(107-036)



満洲に組織されたソビエト区

ソビエト区には「解放区」「赤区」という呼称もあります。

「解放」とは階級がある資本主義から解放され共産主義国の属領になった、という意味です。

沖縄県議会が機動隊撤退を要求し、それが実現すれば高江には中国共産党が侵入して中国共産党沖縄高江委員会が組織されることもあり得ます。


ソビエト制度実施区域地図1

満洲ソビエト区1
第三 「ソヴィエト」政府及「ソヴィエト」区域

一、「ソヴィエト」政府及「ソヴィエト」区域ノ成立状況

紅軍ガ或ル地点ヲ占領スルヤ共産党は直(スグ)ニ同地ノ労働者及農民等ヲ糾合シテ工農兵代表大会又ハ「ソヴィエト」大会ヲ開催シ同大会ヲシテ更ニ「ソヴィエト」委員ヲ選出セシメ此等(コレラ)委員ヲ以テ「ソヴィエト」政府ヲ組織ス 而(ソ)シテ「ソヴィエト」政治ノ行ハルル地域ヲ「ソヴィエト」区域ト云(イ)フ

斯(カ)クノ如ク「ソヴィエト」政府ハ形式上一般民衆ニ依リテ樹立セラルル民衆的機関ナルモ事実上ハ紅軍ノ游(遊)撃ト共産党ノ策動トニ依リテ発現スルモノニテ「ソヴィエト」政府ノ存在地方ガ殆(ホト)ンド常ニ紅軍ノ活動地域ト一致スルハ蓋(ケダ)シ是(コレ)ガ為ナリ

(中略)

三、「ソヴィエト」政府ト共産党トノ関係

「ソヴィエト」政府ハ斯クノ如ク形式上ハ一般民衆ニヨリテ組織セラルル民衆自身ノ政治機関ナルモ事実ニ於テハ紅軍及共産党ノ斡旋ノ下ニ生レ出ツルモノニシテ謂(イ)ハバ共産党ノ支部トモ云フベク全ク其ノ統制下ニ立ツモノナリ

(中略)

(ロ)財政及金融問題

政府財源ノ主ナルモノハ (イ)地租 (ロ)営業税 (ハ)官業収入(山林、鉱山、茶及油等ノ経営)等ナルガ如ク又一般金融機関トシテ東固ニハ平民銀行ヲ又龍巌ニハ農工銀行ヲ設立シ居レリト云フ

【出典】1932(昭和7)年 国際連盟支那調査外務省準備委員会 「支那ニ於ケル共産運動」 第三「ソヴェイト」政府及「ソヴィエト」区域


機動隊のこのいたいけな少年が体を張って、中国による赤化から高江を守っているのです。



それに今回の件で問題視された「土人」という言葉は差別的なものではありません。

あくまでもサヨクが彼らの主観でもって彼らがいう「差別語」に認定しただけです。

【サヨクが「差別語」に認定する前の「土人」の意味】
土人(どじん):〔名詞〕

1 その土地に生まれ住む人。土着の人。土民 
2 原始的生活をなす土着の人種 
3 土で作った人形。つちにんぎょう。土偶

【出典】1953(昭和28)年 全国書房 「言林」


「土人」のほかにもカルピスの商標や童話「ちびくろサンボ」は黒人差別、ラーメンのCMの「私作る人、僕食べる人」というキャッチコピーは女性差別、「お~い!お茶」もオッサンが言うのは女性差別、とサヨクが「差別だ!」と騒ぎたてた事例はたくさんあります。


【サヨクが問題視した「私作る人」のコマーシャル】
この動画の2本目です。


昭和のころはその「差別」騒ぎのほかにも、女性差別撤廃が社会運動化してウーマンリブやら中ピ連なんかが出てきて、本当にウンザリしたものです。

でも、昭和のころの差別撤廃はまだ「日本人」の範囲にとどまっていました。

それが最近は在日朝鮮人(韓国人ふくむ)の差別撤廃にシフトしています。

しかし日本には「満州国で差別撤廃したら日本人が虐殺された」という事実があります。

サヨクが叫ぶ差別撤廃要求を受け入れるたびに、日本人の主権、生命、財産が彼らに奪われていくのです。


反日マスコミが作り出すエセ差別

本当の差別とは戦前日本人が共産主義者に味わわされた差別です。

それに引き換え、日本では機動隊員の一言をマスコミが取り上げて「差別だ!差別だ!」と騒ぐ。こういうのは「差別」とはいえません。

暴行をはじめとして報道まで、不当な差別を受けているのは機動隊員の方です。

サヨクは二言目には「沖縄は差別されている!」と言いますが、それならば沖縄防衛のためアメリカ機動部隊に突入していった特攻機は何ですか?

台湾や日本本土を空襲するために中国から飛来した米軍機は問題視しないのですか?


【1945年1月1日の敵機飛来図-成都から佐世保空襲】
China_renun_omura.jpg

日本サヨクの今日があるのは容共GHQが共産党を合法化してくれたおかげではないですか?


【府中刑務所から解放された日共徳田球一】
tokuda_kyuichi.jpg

沖縄での共産運動は沖縄県民にとって、容共連合国軍の再上陸にほかなりません。


共産主義者による日本人差別報道


機動隊員の沖縄差別は「土人」発言だけじゃない!「バカ」「シナ人」...差別意識を助長させる安倍政権
2016年10月20日 リテラ

 沖縄への信じがたい蛮行が明らかになった。政府によって強行的に米軍ヘリパッドの建設工事が進められている沖縄県の高江で、建設反対派として抗議運動を行っていた芥川賞作家・目取真俊氏に対し、機動隊員が「触るな、土人」などと発言していたのだ。

 このときの動画や音声はYouTube上にアップされているが、たしかに機動隊員が巻き舌で「触るなクソ、どこ掴んどるんじゃ、このボケ」と威嚇し、そのあと吐き捨てるように「土人が」とたしかに言っている。

 言うまでもなく「土人」は「野蛮」「未開人」という意味で使われる蔑視の言葉であり、差別用語として認識されているものだ。沖縄県警によるとこの機動隊員は大阪府警から派遣された人物で、県警は19日、発言を認めて謝罪した。菅義偉官房長官も慌てて「許すまじきこと」とコメントしている。(後略)


本記事の資料:満洲に大量移民してきた中国人と日本人虐殺

(  )内は管理人による注釈です。

日本の国策で中国人の満州移住を奨励→中国人人口が3倍になり日本人所有だった都市の中心部を乗っ取られた


出典:1988(昭和63)年 文藝春秋 「『文藝春秋』にみる昭和史」第一巻所収 「満蒙と我が特殊権益座談会」(文藝春秋 昭和6年10月号掲載)



佐藤(前代議士陸軍少将) それからまた種々な喰違いがあったと思われる点、たとえば一例を挙げて見ますと私どもはその満州の経営の最初の時期に満州におりましたが、後藤新平さんであるとか、中村是公さんであるとか、当時の満鉄の首脳、あるいはその当時の関東都督というような人々からいろいろ話されたことは、何んでももっと支那人を満州に入れんといかん、支那人を奨励して入れようじゃないかというので、私どもいろいろなところに頼み込んで支那の商売人を入れることをやった。その結果が、満州においては千万位の人口であったものが今日三千万からの人口になり、その人口が今日森君(政友会代議士森恪のこと)のいわれたように、経済上の力を持つようになって来たのはこの二十年来のことである。そうして、反対に昔何んとかして入れなければいかんといっていたが、大連の日本橋ともいうべき浪花通りにおいては昔は日本人が地所家屋を持って商売していた、その地所家屋が今日はたいてい支那人の所有に帰しておる。(後略)




年々100万人の支那人が満州に移住して日本の権益排除を開始


出典:1952(昭和27)年 中央公論社 重光葵 「昭和之動乱」上巻 満洲における日本の権益



 満洲は、人口稀薄な未開の支那の辺境であったが、日本がロシアより受けついだ権益、即ち旅大の租借地と南満鉄道との運営によって、次第に開発せられて、遂には年々百万に近い移民が支那本土から流れ込んで、その大部分は満洲に定着するようになった。

支那の領土であるから、支那人の数が増加するに従ってその政治力は強くなり、遂には外国の権益を排除して、自らこれを経営せん(しよう)とするに至る、ここにおいて日本と利害の衝突を見るわけである。

【降伏文書に調印する重光葵】
重光葵_350



満州で野ざらしになっていた日本人の惨殺死体


出典:1967(昭和37)年 錦正社 原田政盛 「我が満蒙日記」 28 ああ敗戦



 翌朝東新京駅に停車した。一時間余も停車していたであろうか?

その間、青天白日の徽章をつけた中国人が二、三人乗車して来て、私共をにらみつけるようにして 「此処(ここ)で日本人が沢山(たくさん)殺されている」 と如何にも憎々しそうに吐き捨てるように言って立ち去った。窓の外を見ていた私の隣りの兵隊が真っさをな顔をして指さすので、私も窓の外を眺めた。

 始めは、雨に打たれて何か丸太のようなものが転がっていると思ったのが、じっと見ているうちにそれが人間の屍(死)体である事が判(わか)って来た。

そんなのが三つも四つも転がっていたが、恐らく敗戦の日に暴民に襲われた日本人の惨殺屍体であっただろうと思い、今更乍(なが)ら廃残の悲哀を感じさせられたのである。



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