HOME > 皇室 > title - 2018年の日本革命の可能性
2016/10/18

2018年の日本革命の可能性


日本政府が今上陛下の退位を2018年と想定しているそうです。

なぜ2018年なのかと考えてみたら、2018年と2019年は多くの世界的共産運動からキリのいい年だと判明しました。

一般に「革命は数十年から百年ごとに起きる」と言われているので、2018年に日本革命が起きるかも知れません。

それに「生前退位」の報道ですが、日本は戦前から天皇の法的責任のかかってくるような行動や発言および意思決定は認められていません。

その理由は立憲君主制にあって、専制君主の出現を防止するためです。


2018年、2019年はキリのいい年、共産主義者はこういうの好きだよね


・アメリカ建国(1789年)から230年目
・フランス革命(1789年)から230年目
・フランス二月革命(1848年)から170年目
・トルコ革命(セリム二世殺害)(1808年)から210年目
・トルコ革命(アプツルハミッド王廃位)(1909年)から110年目
・イタリア(フェルデナンド二世暗殺未遂)(1858年)から160年目
・ドイツ革命(1918~1919年)から100年目
・明治維新(1868年)から150年目
・伊藤博文公暗殺(1909年)から110年目
・第一次世界大戦終戦(1918年)から100年目
・五四運動(中国で起きた大規模排日運動)(1919年)から100年目
・三・一独立万歳騒擾事件(朝鮮)(1919年)から100年目
・北朝鮮、韓国建国(1948年)から70年目
・中華人民共和国建国(1949年)から70年目
・民主党政権誕生(2009)年から10年目
・ユダヤ祖国復興運動(シオン運動)開始(1818年)から200年目
 ↑世界最高位の天皇抹殺は200年目の特大イベント?



大東亜戦争にしても戦争開始は昭和天皇の命令ではなく、むしろ昭和天皇は戦争に反対だったのです。

けれども帝国憲法が天皇の政治的発言を認めていなかったので、昭和天皇は明治天皇の御製を二度よみ上げられ、戦争反対の御意思を示されたそうです。

でも軍部は昭和天皇のお気持を踏みにじって開戦に至りました。

戦後、日本国憲法施行によって、天皇の政治的発言および御意思の表明はますます厳しく制限されることになりました。

なので報道のように今上陛下が「いついつまでで譲位したい」とか「2018年まではやろう」などと仰せになることはありません。

反日マスコミは「天皇のご発言」ということにすれば、日本人がまるで朝鮮人のように

「おかわいそうな陛下~!」

と地面をたたいて泣き叫んで「生前退位」に賛成するとでも思っているのでしょうか?

むしろ日本人の多くは戦後70年以上も皇室関連のニュースをぞんざいに扱い、皇族の敬称を省き、皇室バッシングで皇后陛下を失声症にしたうえ、「政教分離」とか「天皇の戦争責任」などと言いつのってきたマスコミが「生前退位」には好意的なのを思いっきりアヤシイと思っています。


北朝鮮人民金正日死去1


世界共産運動から見た2018、2019年は何年目一覧

国 名王 族(処遇)
革命首謀者/
関係者
2018
2019
アメリカ
独立宣言
1776ジョージ・ワシン
トン
トーマス・ジェファー
ソン
ラップエット
242243
〃 建国1789229230
フランス
革命
1789ルイ十六世
マリー・アントワ
ネット他
ダントン
ロベスピエール
ウォルテール
モンテスキュー
コンドルセー
ヘルウェチノース
ダレムベルト
デイデロー
229230
〃 
二月革命
1848クレミエ170171
トルコ革命1808セリム二世
(殺害)
210211
1809ムスタファ四世
(殺害)
アプヅルアヂツ
(廃位)
209210
1876ムラッド五世
(追放)
青年トルコ党142143
1909アプツルハミッド王(廃位)カテッソ109110
イタリア1831ヨセフ一世
(爆殺未遂)
カール・アルベルト王
(未遂)
マッチュ187188
1858フェルデナンド二世
(未遂)
160161
ポルトガル1907王、皇太子
(殺害)
労働大臣リマ111112
1910マヌエル王
(追放)
108109
ロシアパウル一世
(殺害)
1825アレクサンドル一世193194
1881アレクサンドル二世イエッセ・ヘルフ
マン
(ユダヤ人:女)
137138
〃 革命1917ニコライ二世
(追放後殺害)
101102
1911ストリピン首相


トウレポフ衛戍
司令官


スチーチャーギン
内相
デミトリ・モーテル
(ユダヤ人)

ウエラ・サスリッチ
(女性ユダヤ人)

ポゴレロフ
(ユダヤ人)
107108
スウェーデン1792グスタフ三世
(殺害)
ヂエール・マンランド
大公
226227
ドイツ革命1918

1919
皇帝
ウィルヘルム二世
(亡命)
クルト・アイスネル
他10名
100
(99)
101
(100)
ブラジルペドロ二世
(退位)
テオドロ・ダフオンセカ
オーストリア1914皇太子
フランツ・フェル
デナンド(暗殺)
ガブリロ・プリンチップ
(ユダヤ人)

爆弾交付者:
タンコシツ少佐
(国民軍指揮者)

拳銃交付者:
チガトウウイチ
104105
1922カール一世
(配流後崩御)
9697
●近代のできごと
ユダヤ祖国
復興運動
開始
1818モルデカイ・マヌ
エル・ノア
(米国ユダヤ人)
200201
明治維新1868150151
伊藤博文公
暗殺
1909安重根109110
日韓併合1910108109
第一次
世界大戦
終戦
1918
100101
五四運動
(中国)
191999100
三・一独立
万歳騒擾
事件(朝鮮)
191999100
シナ事変19378182
北朝鮮・
韓国建国
19487071
中華人民
共和国建国
19496970
民主党政権
誕生
2009910
日本2016反日マスコミが
報道の形を借りて
今上陛下に「生前
退位」を迫る


首謀者:
中国共産党
在日極左外国人
アメリカ合衆国
日本政府
23
日本革命?201801
【出典】1931(昭和6)年 顕国会 「皇輝遍照赤魔の正体を見よ」マッソン秘密結社員と世界の革命
1941(昭和16)年 内外書房 四王天延孝 「ユダヤ思想及運動」 第四章 シオン運動(シオニスム)


政府は天皇の「退位」を想定


生前退位、18年めど政府想定 有識者会議が初会合
2016年10月17日 朝日新聞デジタル

 生前退位の意向をにじませた天皇陛下のお気持ち表明をめぐり、政府が設けた「天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議」の初会合が17日、首相官邸で開かれた。会議はテーマを生前退位に絞らず、公務の負担軽減のあり方など幅広く設定して専門家からヒアリングを行う。年明けにも論点整理を公表し、来春にも報告書を取りまとめる。

 天皇陛下は現在82歳で、今年8月8日に「戦後70年という大きな節目を過ぎ、2年後には平成30年(2018年)を迎えます」との言葉で始まるお気持ちを表明した。このため、政府は18年をめどとする天皇の退位を想定。皇室典範の改正よりも課題は絞られるとされる特例法の制定を軸に、来年の通常国会で法制化し、退位を実現させる道筋を描いている。(後略)




本記事の資料:天皇の意思表明を禁じた憲法

沖縄返還交渉のとき、中華民国政府が不意に「尖閣諸島は日本領土である」と発表したことがありました。

そのとき、昭和天皇は総務長官山中貞則氏に「蘇鉄は沖縄にはあるが、台湾にはない」と仰せになったそうです。

昭和天皇は植物学者の観点に見せて、暗に

『尖閣諸島にもソテツが自生している。それは大昔から沖縄本島と尖閣諸島との間に人的交流があったからだよ』

と尖閣諸島が日本領土であることを示され、総務長官もその意味を理解することができました。

しかし今上陛下の「生前退位」は、陛下のご発言を悪用した革命工作のように思えてなりません。


【摂政時代からご苦労が耐えなかった昭和天皇】
shouwatennou1.jpg



出典:1986(昭和61)年 日本教文社 小堀桂一郎 「今上天皇論」
     第二部 建国の思想と今上天皇 五 今上天皇のお人柄 

※( )内は管理人による注釈です。



 明治二十二年から昭和二十一年まで、五十七年間に亙(わた)って日本の国家基本法でありました大日本帝国憲法には、その第一章第四條に以下の様な有名な規定がありました。

 天皇ハ國ノ元首ニシテ統治権ヲ総攬シ此(コ)ノ憲法ノ條規ニ依リ之(コレ)ヲ行フ

 この規定を以て、維新後の新生日本は確に天皇親政の外観を呈してはいましたが、同時に〈此ノ憲法ノ條規ニ依リ之ヲ行フ〉という條文の拘束力は甚(はなは)だ強いものでありました。

もちろんそれはこの字句そのものに法的な権威があったというよりもその後の憲法の解釈と運用の過程で、殊に元老と呼ばれる天皇に近い有力な老臣達の意向で次第にその拘束力が強まって行ったと見るべきでありますが。

加えてその前の第三條には、

 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス

というこれまた有名な規定がありますが、これは実は何処(どこ)の立憲君主国の憲法にも共通に出てくる、例えばデンマークとかオランダの憲法にも記されている、一種の定型句の如きものであって、実際には、天皇(君主)はその行為に関して法律上如何なる責任も負わない、という甚だ即物的な意味のものであります。

 従って以上二つの條文の含意を裏から見れば、天皇には法的責任のかかってくる様な行動や意思決定を認めることはできない。天皇は国政の責任の圏外に置く、という意味になります。

そこで現実に、天皇は輔弼(ほひつ:明治憲法の観念で、天皇の行為や決定に関し進言し、その結果について全責任を負うこと)の任にあたる大臣達が決定した政策に対してはただ御裁可をお与えになるだけであり、それに対して心中御異議がおありになっても、拒否権の発動はおろか、修正意見を表明することすらもおできにならなかったのです。

それでは天皇が御自身の意向を政治に反映はせる方途は全く閉ざされていたのかというと、必(かならず)しもそうではない。

天皇は国政に関する御意見を直接表明なさることはないが、その代りに御製のお歌や詔勅の字句の中にお心をひそませてそれとなくお示しになる。

 その典型的な事例は、昭和十六年九月六日の有名な御前会議の席上で生じました。

これは「帝国国策遂行要領」という名の議案で、事実上日米開戦を決定した運命的な会議だったのですが、内閣、参謀総長、軍令部総長等、政府と統帥部の意見がいづれも開戦に決定しているのを見て陛下は驚かれました。

陛下は何とかして戦争を避けたいというお考えでしたが、輔弼の任にあたる大臣達が一致して下した決定を、天皇があからさまに拒否したり覆したりすることはできません。

そこで天皇は、

 よもの海みなはらからと思ふ世になど波風のたちさわぐらむ

 という明治大帝の御製を二度までも高くよみ上げられ、これが現在の自分の心境である、と仰せになった。

責任内閣制の下での天皇の抵抗は実際ここまでが限度であります。

 このとき、大臣も軍部の指導者(両総長)達も、要するに天皇のこの御意思を無視し、黙殺しました。

天皇の御意向は、命令ではなく、暗示という形をとって一同に投げかけられただけなのですから、臣下の方でも「承る」という姿勢でその場を切り抜ければ済むことだったのです。

当時陸軍大臣だった、あの評判の悪い東條英機大将(当時中将)だけが、たいへんだ、陛下が開戦をお許しにならない、とて大いに動揺した由で、その場面の緊迫した空気は小島襄氏の『天皇』の「開戦前夜」の章に見事な筆致で描かれています。

しかし、一旦決定された国策がもとへもどる由もなく、御存じの通り、この時の聖慮に深刻な衝撃を受けた東條大将その人が、三箇月後には内閣首班として日米開戦を下命することになるのです。

 この様に天皇の御意思を踏み躙(にじ)って開始された大東亜戦争でありましたが、この戦争の敗北が決定的となった時、元来国政の責任圏外に置かれていたはずの天皇が、戦争の終結に就ては、敢然と自己の責任を負担され、政府に対してポツダム宣言の受諾を御下命になったのです。

帝国憲法に依れば元来不可能なはずの、天皇直接の御下命、所謂(いわゆる)「聖断」がどうしてできたのか、という次第に就ては長くなりますから省略しますが、一言にして言えば、それは時の内閣総理鈴木貫太郎氏の苦心惨憺の国政運用の賜(たまもの)であります。

それだけに、天皇が命令を下されるという異例の状況を作り出したことは、英断ではあるが、同時に大臣と輔弼の任の放棄である、という厳しい見方も又成立つわけであります。

(中略)

 天皇が国政上の何らかの方針決定に関して責任をとることができない仕組になっている責任内閣制の思想は、現在の新憲法の下では更にその傾向を強めています。

現憲法には、その第四條に、

 天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する機能を有しない。

との明文の規定があって、極力天皇の御存在を国政の圏外に排除しようとしているのです。

 それでは今や天皇は国政に関しての発言権を全く封ぜられ、自らの御意思を表明することすらできない人形、単なるお飾り的存在になってしまったのでしょうか。

この点に就て是非御紹介しておきたい一つの挿話があります。

 石原慎太郎氏は、昭和四十五年、沖縄返還交渉が進行していた当時に生じた、天皇に関する次の様な逸話を伝えています。


石原慎太郎1


沖縄返還をめざしての外交交渉が進んでいる途上で、中華民国政府が不意に尖閣諸島は中国の領土であると発表いたしまして、これが日本側の憂慮のたねとなったことがあります。この事件に就ては御記憶の方も多いかと思います。

その時、時の第三次佐藤内閣の沖縄返還問題担当大臣たる総務長官山中貞則氏が宮中に参内して天皇に交渉経過を御報告申上げるということがありました。

陛下は総務長官の報告に対して格別の御感想も洩らされなかったが、ただ、

「尖閣諸島には蘇鉄(ソテツ)が生えているか」

との質問を発せられた。これはたぶん大臣にとっては意外な御下問だったのでしょう。

山中氏はもちろんその様な調査の報告は受けておりませんでしたから、正直に、それはまだ確めておりません、とお答えした。すると陛下は、

「蘇鉄は沖縄にはあるが、台湾にはない」

と独り言の様に呟かれて、それ以上の御質問はなかったといいます。


 以下、私の忖度をも混えてこの問答の意味を御説明いたしますが、山中氏はたしかに訝(いぶか)しく思ったことでしょう。

大臣としては国の面目をかけての外交交渉の経過を御報告申上げているのに、陛下は蘇鉄という大して魅力もない植物のことをお尋ねになる、やはり陛下は生物学者であらせられる、長閑(のどか)なお立場である──と。

しかし御前を退出して暫(しばら)く後に、どのくらい経過しての時点であるかは存じませんが、山中氏は陛下の御下問の含む重大な意味に気がついた由であります。

 事実として、蘇鉄は台湾にはない。沖縄にはいくらでも自生している。尖閣諸島にも生えている。それは沖縄本島と尖閣諸島との間に往古(おうこ:おおむかし)から人の往来があり、交渉が存在したという歴史的・文化的背景を証拠立てる重要な事実である──。

しかしこの説明を天皇が自ら口にされることはできないのです。もしそれをすれば、日本の天皇が自ら尖閣諸島は日本の領土であるという意見を表明したことになります。それはつまり天皇が国政に容喙(ようかい:横合いから口を出すこと)されたことを意味し、憲法違反ということになります。

天皇としては蘇鉄に託して、一見長閑な生物学者の関心を装いつつ御自身のお考えを大臣に暗示するより以上のことはできません。

 天皇のお言葉には往々にしてこの様な謎がひそむものであります。これは今上天皇が皇太子であらせられたころから、立憲君主制というこの厳しい制度の枠の中で、自分の責任の範囲を逸脱することなしに、どの様にして御自分の意思を大臣達に伝達するかということに就て修業されて来た、偉大なる帝王学の活用であります。

 この逸話を踏まえて、昭和六十年の歌会始の勅題に寄せられた陛下の御製を味わってみましょう。

それは御存知の通り、

 遠つおやのしろしめしたる大和路の歴史をしのびけふも旅ゆく

というお歌であります。

昭和の聖代も後半になると、たぶん二十年の秋頃から、と細かく区切ってよいでしょう。異様な瘴気(しょうき:熱病を起こさせる山川の悪気。ここでは科学的共産主義者がこねる屁理屈のことを指す)がこの国を汚し始めます。

一口に云(い)って、広汎な卑俗化の風潮(戦後日本国内に持ちこまれたアメリカ製の映画、ストリップなどの風俗、パチンコなどの娯楽のこと)が人心を制覇する時代となるのであります。

全ての神聖なるものを冒涜し、高貴なるものを貶しめ、清浄なるものを穢すことに快感を覚える、言葉の元来の意味での犬儒(けんじゅ:犬儒学派。キニク学派の別称。キニクはギリシア語で「犬のような」の意の kynikos に基づいた語で、犬のような乞食生活をしたことからの称)の時代と云ってよいかもしれません。



重光葵
「帝国憲法が天皇の意思表明を禁じたのは専制君主の出現を防止するためだった」

その結果、天皇は政治から隔離され、現在とおなじように天皇と国民の間にある日本政府や軍部によって、政治が左右されていました。

現在の場合、反日マスコミまで加わって、天皇と国民は分断されています。

昭和天皇は主権者でありながら、大臣や軍部が決定した事項に追認の御裁可を下されるだけのお立場になられ、軍部の暴走を取り締まることは不可能でした。


出典:1952(昭和57)年 中央公論社 重光葵 「昭和之動乱」上巻
     天皇の神格化と憲法 

※( )内は管理人による注釈です。


 天皇即位前、唯(ただ)一人の御指南役として生き残った元老は西園寺公であった。

西園寺公は、仏蘭西(フランス)革命の思想を多分に体得した自由主義の思想家であった。

西園寺公の指南申し上げた天皇学なるものは、天皇はすべて責任の地位にあるものの意見に従って行動すべきであるということであった。

一切の政務は内閣大臣の輔弼によって、また統帥事項については陸海両総長(参謀総長及び軍令部総長)の輔翼(ほよく:たすけること。輔佐)にしたがって行動せらるべしと云(い)うにあった。これは、専制君主の出現を防止せんとした憲法の趣旨に合致したものであることは勿論(もちろん)であって、天皇は、もっとも忠実にその通りに行動せられた。

即ち親(みずか)らその意思を積極的に命令されることはなかった。これがもっとも立派な専制君主の態度であった。

然(しか)し、天皇はこれがために実際政治よりまったく離隔されて、その地位は神格化されてしまい、何もかも輔弼もしくは輔翼責任者の進言によって、国事が決定せられることになった。

これは英国流の政治の運用であったが、不幸にして日本の政治は、英国流のデモクラシーの如くには進歩していなかった。

政治は国民には直結せず、主権者と国民との中間勢力によって左右せられていた。軍部を取締るために主権者は軍部に命令せずして、軍部の進言を待って行動するという矛盾に逢着するわけで、これがために軍部の取締りは不可能となった。

【長州は革命の夢を見る?】
安倍総理アメリカ議会演説1


共産党が日本革命を起したい理由

革命の目的はユダヤ系統の王を戴く全世界ユダヤ帝国の建設なので、そのためには非ユダヤ人の君主国を破壊しなければならないそうです。

特に日本の天皇の地位は世界第一位なので、世界の王になりたい者にとってジャマなのですね。

日本は世界最古の国、かたや敵はといえば「神の選民」なのに祝福されず国を持たない。それじゃ「マズイ」と思うでしょう。


出典:1931(昭和6)年 顕国会 「皇輝遍照赤魔の正体を見よ」

※( )内は管理人による注釈です。


 猶太(ユダヤ)革命の目的と其の手段

 猶太革命の目的は、シヲン(猶太)系統の帝王を戴く全世界猶太帝国の建設にある。

 猶太人は国家として最も理想的で且つ最も強力なものは、専政政治(原文ママ)による君主国であるとして居る。即ち彼等の目的とする将来の国家は、ダビデ王統の専政君主を戴く全世界帝国である。

 此の目的を達するには、彼等は先(ま)ず其の最も強力なる敵であり障碍(しょうがい)物である非猶太人の君主国を破壊しなければならない。

故に彼等は威圧、買収、欺瞞、煽動、誘惑等有(あ)らゆる手段を以て、非猶太人の国家を混乱に陥れ、革命を起させて君主制治を叩き潰し、一(ひ)とまず彼等の自由になる共和国となし、次に恐怖政治を布き、全世界の人間が厭応(いやおう)なしに彼等猶太人の足下に跪(ひざま)づき、進んで世界統治の権力を捧げなければならないように仕向けるのである。


【チャールズ皇太子の次に野望が実現するイギリス王室】
ダイアナ妃の曾祖母ニューヨークから来た富豪の娘。
イギリスウィリアム王子1

【今上陛下を「生前退位」させるのは女性天皇実現のためでしょうか?】
愛子さま1



関連記事
スポンサーサイト