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2016/10/10

日本軍「子孫たちよ、朝鮮人の捏造にだまされるな」


日本敗戦後、朝鮮軍残務整理部がしたためた「対韓交渉参考」という書面があります。この書面には

朝鮮における取引はすべて正当なものであり、土地や樹木などの代金、補償、軍人軍属の給料も支払い済みであり、不当な徴用および朝鮮から持ち出した物は一切ない、そのことは米軍司令官も確認済みである、もし何か申し立てる者がいるならば、それは当時の整然たる会計経理の立前と日本の制度に無智なるものが下心あって捏造したものであろう

と書かれています。

朝鮮駐留中の日本軍も朝鮮人の被害者ヅラして金をせびりとる民族性を感じとり、後世のためにこの書面を残したのだと思われます。

朝鮮人と聞けば放火、サギを直感させてあらゆる軽蔑と憎悪を買っている、と朝鮮人自身が書くくらいですからね。

日本軍がわざわざ朝鮮人と交渉する際の注意事項を書き残してくれたのに、戦後日本では朝鮮人のサギの片棒をかつぐ日本人が出現するありさまで、なげかわしい限りです。


日韓通貨スワップ締結断固反対!!日本の制度に無知なるサギ師たち


韓国外相と従軍慰安婦支援団体
従軍慰安婦と韓国政府1

自称従軍慰安婦
朝鮮人従軍慰安婦1

強制徴用者の像を制作している韓国人
従軍慰安婦像強制徴用者像作者1

植村隆元朝日新聞記者
植村隆元朝日新聞記者1

あやまちの根源
河野洋平1

早々に10億円拠出したら「安倍総理の謝罪の手紙」を要求された岸田外相
岸田外相10億円1


安倍総理の謝罪の手紙が証拠ニダ!


「安倍首相が謝罪の手紙を書くことを韓国政府の公式立場にしなければならない」 韓国与党議員
2016年10月5日 

イ・ジュンギュ駐日大使が5日、日本軍「慰安婦」被害者に「謝罪の手紙など追加的な感性的処置を期待する」という韓国の要求を、「毛頭考えていない」として拒否した安倍晋三首相の発言について、明確な評価を避けた。

(中略)

 同日の国政監査では、安倍首相の「毛頭考えてない」との発言に対する糾弾が相次いだ。ムン・ヒサン議員(共に民主党)は「被害者ハルモニ(おばあさん)宛に手紙を一通送る問題について、一国の首相がそのような(毛頭のような)表現を使ってはならない。12・28合意以降、日本は次第に頑なになっており、私たちは何かに怯えているように縮こまっている。加害者と被害者が入れ替わった状況」だと指摘した。ソ・チョンウォン議員(セヌリ党)も「安倍首相のこのような発言は、韓国国民に針で胸を刺されているような痛みを与えた。非常に不適切な発言だ。(駐日)大使館側が日本政府にこのような憂慮を伝えてほしい」と述べた。ユン・サンヒョン議員(セヌリ党)は、「政府が安倍首相に謝罪の手紙を書いてもらうことを政府の(公式)立場にしなければならない」と要求した。 (後略)

東京/キル・ユンヒョン特派員(お問い合わせ japan@hani.co.kr)

ソース元URL:韓国語原文入力:2016-10-05 16:34
http://www.hani.co.kr/arti/international/japan/764254.html 訳H.J(1237字)



日本軍「1937(昭和12)年以後、朝鮮人が申し立てることは捏造である」

朝鮮軍残務整理部は「北朝鮮側の朝鮮人軍人、軍属には給与を支払えなかった」と心残りがあったようですが、北朝鮮でも日本側施設の接収運動が行われ、日本の資産はぜんぶ朝鮮人が強奪しました。

日本の昭和16年度軍需動員計画に「520万キロリットル規模の人造石油工場建設にかかる費用は38億円」とあるので、朝鮮人は働き以上の給与を日本から強奪したことになります。

朝鮮人が日本から奪った施設や個人の資産は、天文学的数字と言っても過言ではありません。

また文中に「引揚げ」という言葉がたびたび出てきますが、これは日本軍の引揚げのことです。

終戦からほぼ一カ月後の9月8日、米軍の朝鮮半島進駐が開始されました。朝鮮に上陸した米軍はすぐさま、日本軍の武装解除と送還および朝鮮総督と総監(日本の警視総監に相当する)の送還に着手しました。

そして9月14日朝鮮総督と総監に日本帰国が言い渡され、同月26日からは日本軍の送還が開始され、その後、在鮮日本人は誰も守ってくれない朝鮮半島で不当に抑留され、朝鮮人、米軍、ソ連軍に虐殺されました。

朝鮮に投資して近代化し、国力を持たせ、軍を配備して半島防衛を果たした日本に対する朝鮮人のこのお返しを日本人は決して忘れないし、許すこともありません。


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C13070005000:陸軍省朝鮮軍残務整理部 「対韓交渉参考/其3 朝鮮軍関係主要事項」

※( )内は管理人による注釈です。


 其三 朝鮮軍関係主要事項

一、日韓併合後匪賊の討伐にする韓国民の損害は韓国の治安を保持し韓国民の安寧を増進したもので補償すべきものは既ね補償済であって補償せられさるものは補償の対象とならざる所謂(いわゆる)兵匪草賊(兵匪とは敗残兵が匪賊となったもの、草賊は山賊、追いはぎ)の類である、

【兵匪草賊とは?金日成(左)や金九(右)などのテロリストのこと】
金日成金九1

二、朝鮮軍の土地建物其(その)他 凡(すべ)ての物件は正当に契約し正当に取引し其補償は完済されてをって何等(なんら)不当に徴用したものもなければ要補償物件に補償しなかった例もない  終戦后(後)米軍司令官は之(これ)を確認している

三、朝鮮軍が朝鮮総督府より現金を受領して軍目的に使用したことはない昭和十二年以后(後)右の様なことがあるやうに申立てる向があるとすればそれは無茶な横車で当時の整然たる会計経理の立前と日本の制度に無智なるものが、何が為にせんとする底意で揑造するものであろう、

四、昭和十二年以后(後)朝鮮総督府は志願兵訓練所を設置する外(ほか)壮丁の予備検査や壮丁訓練所に於て訓練したが之(これ)は総督府の本来の業務である朝鮮人の地位向上のための努力であって軍が直接担当したものでなく軍の予算より支出されたり総督府から予算を送付されたものでも無い、

五、朝鮮軍の兵器、弾薬其(その)他の軍需品は倉庫又は集積所で米軍に対し明細なる目録を添えて交付した。

イ、予算使用残は朝鮮紙幣に費途明細書を添えて共に昭和二十年、十一月九日大田に於て米軍に手交した(手渡した)

ロ、兵器弾薬は米軍から命ぜられた場所に集積して明細書を照し合せて米軍に手交した。米軍は其後之(これ)を海中に投棄した

ハ、飛行機、燃料は飛行場で米軍に手交した。米軍は要部を破壊した 燃料は自動車の運転に必要なる量だけ日本軍に再交付した

ニ、被服糧秣は倉庫に於て明細書と共に米軍将校に手交した

ホ、材料其他の軍需品は悉(ことごと)く前各号に準じて米軍に手交した

ヘ、朝鮮港湾を離れた際に軍人は武装を解除し、手廻(まわり)荷物一個宛と金一千円(日本紙幣)を携行して日本に引揚げた外(ほか)何一つ持ち帰ったものは無い

六、朝鮮に在った飛行師団は朝鮮で武装を解除し飛行機其他を米軍に渡した後海路日本に引揚げた。 物品などの空路輸送の事実はない

七、船舶部隊も船舶其他を米軍に渡して日本に引揚げたが、釜山、麗水、済州島など南方地域は米軍の進駐がおくれたところは船舶を自航して呉にある原の親部隊に帰還したものもあるが、之等(これら)も朝鮮物資を運んだ跡はない

八、朝鮮軍が昭和二十年になって飛行場を急造したり海岸要地に築城したりしたが、之等の土地、樹木の所有主に対しては正当な価格を以て買上(かいあげ)なり補償したりしたので、所有主から苦情など起った事は無い

九、朝鮮軍が民間から買上げたものの代金は完全に支払われた

十、朝鮮軍が終戦後日本人中学校や小学校に宿泊したことがある。其の宿泊は米軍の命令であって収容された訳であるのと日本人の建築を管理してをった校舎であったので米軍と交渉した結果無償とした 軍が引揚げるときは十分に清掃したのみならず所要の修繕を行って完全ならしめた

十一、従軍した朝鮮人軍人、軍属に対しては日本陸軍の規定に基いて正当な給料支払を実行した。朝鮮以外の部隊の従軍朝鮮人に対しては其の部隊の引揚上陸地の掩護局で支払を実行した

十二、三十八度線以北の部隊所属及ソ連抑留朝鮮人軍人、軍属の給料其他の支払は出来なかった

十三、北朝鮮戦斗(闘)地域での軍の行動に起因する損害は補償されてをらない

十四、仁川陸軍造兵廠、朝鮮陸軍貨物廠、朝鮮陸軍燃料廠、京城航空監督部を通して夫々(それぞれ)兵器、弾薬、糧秣、被服、薬品、蹄鉄其他の獣医材料、石油揮発油等の燃料及飛行機々体及部分品の製作と発註(注)による下請工場の躍動は朝鮮民衆に至大の利益を与えてをる 之(これ)は正に感謝さる(される)べきものの一つである




補足:朝鮮人が接収した日本の工場は人造石油工場だけでも38億円


出典:1970(昭和45)年 朝雲新聞社 防衛庁防衛研修所戦史室 「戦史叢書 陸軍軍需動員〈2〉実施編」 第七章 昭和十六年度における軍需動員
 臥薪嘗胆の場合の見通し



 今人造石油工業ヲ五二〇万竏(キロリットル)増設致シマス場合ニハ 鋼材二二五万瓲(トン)、「コバルト」一〇〇〇瓲、石炭三〇〇〇万瓲、資金三八億円、石炭労務者三八万人、最短建設期間トシテ低温乾溜工場約六ヶ月、合成、水添工場約二ヶ年ヲ要スルノデアリマスカラ 全工場完成迄ニハ三ヶ年以上ヲ要スルノデアリマス




日本軍、朝鮮総督府が引き揚げた朝鮮でなぶり殺しにされた日本人たち


出典:1953(昭和28)年 富士書苑 「秘録大東亜戦史 朝鮮篇」所収
     「三八線に変貌する北と南─朝鮮引揚史 その三─」



 南鮮日本軍の武装解除と復員

 米軍は、日本軍の武装解除と送還をみずからの手でおこなわせた。

 日本軍の輸送計画が、京城の米軍に手交されたのは九月二十二日であった。二十五日には、東京の連合軍司令部からホッジ中将あてに、

「武装解除された日本軍を、釜山から日本へ一日四千名の割で、二十七日から定期連絡船の利用できるものを使って送還する計画をたてるべし」

 との命を下している。二十六日から輸送が開始された。





出典:1953(昭和28)年 富士書苑 「秘録大東亜戦史 朝鮮篇」所収
     「掠奪と赤色(せきしょく)の劫火」



 終止符を打った日本統治

 米軍は九月八日、釜山と仁川とから上陸した。第二十四軍団の部隊は翌九日、仁川から、青いブクブクした服装で一団、一団、担架までかついで京城の旧日本軍兵舎へ入った。

(中略)

 十一日には米軍政府が設けられた。十四日には更にホッジ軍司令官の名によって阿部朝鮮総督の離職と日本側警察権の接収を発表した。総督と総監には飛行機で東京へ帰るよう要求した。
 

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