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2014/03/28

中国人強制連行と 勅令で中国人労働者の渡航を禁止した日本


最近、中国共産党の朝鮮化が止まりません。

今度は、中国共産党が「日本軍は中国人を強制連行したアル!」と言いだしました。

「強制連行」中国人37人が提訴 三菱マテリアルなど2社に賠償請求
2014.2.26 12:51 [産経新聞]
【北京=矢板明夫】戦時中に日本へ「強制連行」されたとして、三菱マテリアル(旧三菱鉱業)と日本コークス工業(旧三井鉱山)の2社を相手に損害賠償を求めている中国人元労働者や遺族は26日、北京市第1中級人民法院(地裁)に訴状を提出した。

訴状が正式に受理された場合、日本の戦時「強制連行」をめぐる中国国内で初の訴訟となる。同時に、外交レベルで「解決済み」とされてきた戦争賠償の請求問題を「民間賠償」として蒸し返す形となり、日中関係への影響は確実だ。
(以下省略)



【中国共産党 習近平国家首席】
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まちがえました。こっちです。

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1899(明治32)年 勅令第352号で支那人・朝鮮人労働者の渡日を禁止

今から115年前、日本は

外国人労働者を無制限に我国内に入国させるのは、必然的に各種の社会問題を惹起するに至るべく、国策上これを阻止する必要あり

と、勅令で外国人労働者の日本入国を禁止しました。

勅令(ちょくれい)
もと帝国議会の協賛を経ず、天皇の大権により発せられた命令で、皇室・統帥事務を除いた一般の国務に関して法規を定めたもの。

【出典】1949(昭和24)年 全国書房 新村出編 「言林」


天皇大権により発せられた命令を、日本軍がおろそかにするはずがありません。

なぜなら、戦前の陸軍は長州が、海軍は薩摩が私物化しており、入隊者も長州、薩摩の縁故者が多かったため、国民は軍を快く思っていなかった。なので軍は、皇室の権威を利用して国民を納得させる必要があったからです。戦時中の過剰な皇室崇拝もそのためです。

そのような状況にあって、軍が勅令を無視して、支那人を大勢強制連行してくるなどあり得ません。


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A03020415700:「御署名原本・明治三十二年・勅令第三百五十二号・条約若ハ慣行ニ依リ居住ノ自由ヲ有セサル外国人ノ居住及営業等ニ関スル件制定明治二十七年勅令第百三十七号(帝国内居住清国臣民ニ関スル件)廃止」



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【内容書き起こし】
勅令第三百五十二号
第一条 外国人は條約若(もしく)は慣行に依り居住の自由を有せざる者と雖(いえども)従前の居留地及(および)雑居地以外に於(おい)て居住、移転、営業其(そ)の他の行為を為(な)すことを得但(ただし)労働者は特に行政官庁の許可を受くるに非(あら)ざれば従前の居留地及雑居地以外に於て居住し又は其の業務を行うことを得ず (管理人注:外国人労働者が官庁に許可申請に来ても許可しません、の意)

労働者の種類及本令施行に関する細則は内務大臣之(これ)を定む

第二条 前条第一項但書(ただしがき)に違背したる者は百円(管理人注:当時の物価=手紙3銭、理髪10銭)以下の罰金に処す

第三条 本令は明治三十二年八月四日より施行す

第四条 明治二十七年勅令第百三十七号は本令施行の日より廃止す



勅令の文面では、支那人・朝鮮人労働者の日本渡航を取り締まったという実体が分かりにくいので、補足資料を添付します。

【国立国会図書館】

出典:1933(昭和8)年 南満洲鉄道株式会社経済調査会 「朝鮮人労働者一般事情」 36ページ 第四章 朝鮮人の内地渡航



 外国人労働者を無制限に我国内に入国せしむることは必然的に各種の社会問題を惹起するに至るべく国策上之(これ)を阻止する必要ありとし、明治三十二年に早くも勅令により之が入国を阻止するに至った、其の勅令と云うのは

明治三十二年七月二十八日勅令第三五二号

第一条 外国人は條約若(もしく)は慣行に依り居住の自由を有せざる者と雖(いえども)従前の居留地及(および)雑居地以外に於(おい)て居住、移転、営業其(そ)の他の行為を為(な)すことを得但(ただし)労働者は特に行政官庁の許可を受くるに非(あら)ざれば従前の居留地及雑居地以外に於て居住し又は其の業務を行うことを得ず 

 この勅令に於ける外国人労働者とは要するに支那人と朝鮮人とを指称して居(お)ったことは云う迄もない

 其の後明治四十三年八月二十九日、日韓併合の結果右勅令に示された外国人労働者の中から朝鮮人は当然省かれることになった、つまり朝鮮人労働者は自由に内地(管理人注:日本国内のこと)に渡り就労することが出来るようになった。



【内務省警保局の資料】

出典:1973(昭和48)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「朝鮮人の共産主義運動」所収 昭和十五年一月 思想研究資料特集第七十一号 第一章 内地在留朝鮮人の一般的概況



 日韓併合以前に於ては明治三十二年勅令第三五二号の規定に依(よ)り朝鮮人労働者の内地渡来は事実上阻止されて居たが、日韓併合と共に朝鮮人労働者の内地渡来は自由となり、大正二年末僅(わずか)に三六三五人に過ぎなかった在留朝鮮人は爾来漸次増加して大正七年末には二二四一一人に達した。



1917(大正6)年、ロシア革命が起こり、第一次世界大戦が3年目となった年、この勅令第三五二号を「支那人労働制限解除の件」という閣議提出をもって見直す動きがあったようですが、その後、朝鮮、支那で共産運動が激しくなったためか、見直されたという資料はないようです。

その「支那人労働者制限解除の件」に、支那人労働者の日本渡航を禁止した理由が書かれています。


・賃金の安い外国人労働者の入国を許可すれば、多数の労働者が渡航して来て、日本人労働者が失業し、おそるべき社会問題を惹起する

・支那と日本では国情が異なるため、風俗衛生の普及、公安保持上も不便である

・支那人のアヘンを吸う習慣が我国民に感染するようなことがあれば、後悔してもしきれない

・支那下層民を欧米人と同等に扱ってはならない


昔の日本人、特に政治家は立派だったですね。このことを外国人労働者受け入れを推進している政治家の方々に教えてあげるといいですね。

それから、「日本軍は支那人を強制連行したアル!」というウソを世界中で吹聴している中国共産党にも、ブーメランで返してあげるといいでしょう。

日本は、デメリットしかない支那下層民など必要としていませんでした。


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B12081467100:1917(大正6)年 「40.支那人労働制限解除の件 大正六年七月」 4コマ目



支那人は粗衣粗食に慣れ能(よ)く低廉なる工賃に甘(あまん)ずるを以て斯(かく)種労働に従事することを許すに於ては自然多数の渡来者を生じ我国労働者をして生業の途を失わしむるの惨状を招き為に無産浮浪の徒を増加し将来恐るべき社会問題を惹起するの虞(おそれ)あり

 殊に彼我(管理人注:支那と日本の意)著しく国情を異にするを以て風俗の取締衛生の普及及(および)公安の保持上頗(すこぶ)る不便を来(きた)すのみならず万一阿片(アヘン)吸喫の汚俗をして我(わが)国民に感染せしむるに於ては噬臍(管理人注:ぜいせい:悔いること。後悔しても及ばないこと)の感を為(な)すも既に及ばず

 要するに支那下層民は欧米人と同一に我国に雑居を許し得べきものに非(あら)ず(管理人注:支那下層民は我国に居住を許可している欧米人と同じように扱ってはならない、の意)
 


【支那(清国)のアヘン窟】
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