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2016/08/20

日本国憲法のバグ


バイデン米副大統領が「日本国憲法は我々が書いた」と発言してからというもの、日本の共産主義者らがあわてています。

彼らはどうしても、わが国を異常な無防備国家とする日本国憲法を守りたいようですが、

日本国憲法には日本国憲法自体が定めている「国会」で確定されていないというバグ

があります。

占領軍に手渡された日本国憲法案を審議、修正、可決、公布、施行したのは戦前の第九十帝国議会です。この事実はどんな詭弁や捏造をもってしても変えることはできません。

日本国憲法は我ら日本国民のあずかり知らぬところで勝手に制定された憲法であり、憲法が定めた承認を憲法自体が受けていない、民主主義を謳いながら民主的でない憲法だということです。


国会と帝国議会のちがい

戦前は婦人参政権もなく、民政党内閣が倒れたら政友会内閣が組閣されるという具合に二大政党が交代で政権を担っていました。さらに貴族院あり枢密院ありという状態で、選挙はあったものの国政は軍部とごく一部の権力者によってなされていました。

そして帝国議会は帝国憲法によって召集されるものだったので、日本国憲法が規定している「日本国民によって正当に選挙された国会」とはまったく別物でした。

また、戦前の法学博士里見岸雄氏は英文における国会と帝国議会のちがいについて言及しています。


ここに『国会』とは英文の方には National Diet とあり、帝国憲法の帝国議会 Inperial Diet と異ることに注意を要する。しかも、国会とは日本国憲法の用語であって、日本国憲法を『確定』したものは国会ではなく第九十帝国議会であり、これは何人も異議を挿入し得るところではない。

日本国憲法はその憲法を確定したものを、前文の劈頭に於て、かくの如く、錯覚誤記している。

【出典】1962(昭和37)年 錦正社 里見岸雄 「日本国の憲法」 第四篇 日本国憲法 第二節 事実と虚偽 第一、制定権の虚偽


【茂木先生「政権をかわりばんこでやれば?」←戦前の日本政界だったw】
茂木健一郎1【参考記事】<政権交代は政治家にとって学びのサイクル>政権を「6年毎にかわりばんこ」や「くじ引き」で決めることも一案 - 茂木健一郎  



しかし…

我ら日本民族は何かにつけ異常なほど細かいのに、なぜ先人たちはこういうバグを放っておいたのでしょうね?

日本国憲法が日本民族を殲滅するため、日本の国運を傾けるために書かれた憲法だからでしょうか?

もしかしたら大東亜戦争で共産党との死闘を繰り広げた先人たちは故意に、共産党製新憲法のバグを放っておいてくれたのかも知れませんね。

【日本国憲法前文のバグ…事実は"国会"で確定されていない】

日本国憲法    (昭和二一・一一・三)

  施行 昭和二二・五・三 
日本国憲法

 日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。

【出典】1999(平成11)年 有斐閣 「小六法 平成12年版」



【揺るぎない事実…日本国憲法を審議、可決したのは帝国議会】

帝国議会において修正を加えた帝国憲法改正案諮詢の命を恪(つつし)み本月二十九日を以て審議を尽し之(これ)を可決せり

乃(すなわ)ち謹(つつしみ)て上奏し更に
聖明の採択を仰ぐ

  昭和二十一年十月二十九日 枢密院議長臣 清水 澄

日本国憲法可決1【出典】国立公文書館:レファレンスコード:A13110628200:昭和21年10月29日 内閣 「帝国憲法ヲ改正スル(日本国憲法)」



我ら日本民族を生殺しにする日本国憲法、とくに憲法9条は真珠湾攻撃の前にアメリカで素案ができていました。

なので、占領軍が新憲法の日本案を拒否するキッカケになったといわれる毎日新聞のスクープもアメリカ側と結託しての宣伝工作だったのかも知れません。

なにはともあれ、この事実がアリの一穴となって憲法改正の流れができればいいなー、と思います。


【1946(昭和21)年2月1日付毎日新聞のスクープ】

松本委員会の憲法改正作業は厳重な秘密のうちに進められていたが、2月1日、『毎日新聞』第1面に突如「憲法問題調査委員会試案」なるスクープ記事が掲載された。これは正確には、松本委員会の内部では比較的リベラルな、いわゆる「宮沢甲案」にほぼ相当するものであった。しかし、毎日新聞が「あまりに保守的、現状維持的」としたのをはじめ、他の各紙も、政府・松本委員会の姿勢には批判的であった。この『毎日新聞』によるスクープ記事は、GHQが日本政府による自主的な憲法改正作業に見切りをつけ、独自の草案作成に踏み切るターニング・ポイントとなった。

日本国憲法毎日新聞3【出典】国立国会図書館:日本国憲法の誕生:3-8 毎日新聞記事「憲法問題調査委員会試案」 1946年2月1日



よう言うた!日本大使館!!「現行憲法は帝国議会で審議され…」


米副大統領の憲法発言に日本大使館がコメント
2016年8月17日 NHK NEWS WEB

アメリカのバイデン副大統領が「日本の憲法はわれわれが書いた」と発言したことをめぐって、ワシントンの日本大使館は「現行憲法は帝国議会で十分に審議され、有効に議決されたものだが、占領軍の強い影響のもと制定されたものだと考えている」というコメントを出しました。

アメリカのバイデン副大統領は15日、大統領選挙で共和党のトランプ候補が先に、日本などの核兵器保有を容認する考えを示したことについて、「核保有国にはなれないという日本の憲法は、われわれが書いたものだということを理解していないのか」と述べ、批判しました。日本の憲法についてアメリカ政府の高官が公に「われわれが書いた」と発言するのは異例です。

これについて、ワシントンの日本大使館は16日、NHKの取材に対してコメントを出し、「大統領選挙における発言の逐一に見解を述べるのは適切でなく、差し控えたい」と述べました。ただ、「現行憲法は帝国議会で最終的には十分に審議され、有効に議決されたものだが、占領軍当局の強い影響のもと制定されたものだと考えている」と説明しました。

日本政府は「憲法9条は、一切の核兵器の保有や使用をおよそ禁止しているわけではない」とする一方、非核三原則やNPT=核拡散防止条約などにより、「一切の核兵器を保有し得ない」としています。


本記事の資料

法学博士里見岸雄氏
「日本国憲法はマ司令部に強要され、帝国議会が審議、可決したものである」


出典:1962(昭和37)年 錦正社 里見岸雄 「日本国の憲法」
    第四篇 日本国憲法 第二節 事実と虚偽



 第一、制定権の虚偽

 日本国憲法は『日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し……この憲法を確定する』とある。

然(しか)し、これは虚偽であって、断じて真実とはいわれない。日本国民自身が確定したように見せかけているだけで、原案がマ(マッカーサー)司令部の手で起草され、そしてそれが日本政府に手交され、受諾を強制され、成文化の過程で多くの干渉を受け、帝国議会(国会ではない)に於ける審議は、マ司令部の政府に指令した重大な制限の下に行われ、マ司令部がこの憲法の原案を作成しこれを日本に強要した事実は絶対に秘匿するよう命ぜられ、一定限度に於ての修正権は認められはしたが終極的には修正は司令部の承認を要したのであって、何等(なんら)、日本国民の自由なる意思による確定ではない。

マーク・ゲインすら「ニッポン日記」上巻に『悪いのは ─── 根本的に悪いのは ─── この憲法が日本の国民大衆の中から自然に発生したものではないということだ。それは日本政府につかませた外国製憲法』だという。

【註】マーク・ゲインは「日本日記」上巻一一五頁(ページ)に『欺瞞の内在する憲法は断じて永続し得るものではない。更に甚(はなはだ)しいのは、新憲法が汚れた手によって日本国民に渡されたということだ』と述べている。



補足:重光葵氏「戦前日本の二大政党制は英米流を取り入れたものである」

西園寺公について重光葵は「天皇即位前、唯一人の御指南役として生き残った元老は西園寺公であった。西園寺公は、仏蘭西(フランス)革命の思想を多分に体得した自由主義の思想家であった」と記しています。


出典:1952(昭和27)年 中央公論社 重光葵 「昭和之動乱」上巻
    第四編 日支事変(近衛第一次内閣) 近衛公



 

 元老西園寺公は、立憲自由の主義を了解した人であって、藩閥政治(管理人注:明治維新後から続いていた薩長藩閥外様政治のこと。薩摩閥=海軍と長州閥=陸軍は政治においても常に対立し、争い、汚職に明け暮れ、昭和天皇を悩ませた)は民主的の政党政治に移行せしむべきであり、政党政治は英米流の、二党交代の制度に誘導すべきであるとして、これがため、藩閥元老の凋落後は、政友民政の両党の華やかな時代を現出したのであった。


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