HOME > 皇室 > title - ドイツ革命に見る「生前退位」
2016/08/10

ドイツ革命に見る「生前退位」


8月8日、天皇陛下には今後の天皇のあり方について、全国民に親しくお言葉を賜わせられました。

そのお言葉の中には「譲位したい」とか「退位する」といった言葉は一つもなかったのに、マスコミは「天皇退位を決意」というデマを世界中に宣伝しています。

マスコミが事実とはカケ離れたデマを世界に宣伝するのを見ていると、彼らはドイツ革命と同じ手順で日本革命を画策しているのではないかと思えてしまいます。

なぜなら共産主義革命は計画的に、100年を一単位として起されるからです。

1918年に起きたドイツ革命では、通常の革命とはちがって、

皇帝ウィルヘルム二世は革命前に退位を迫られ、皇位継承者は継承権を放棄させられ、国民には皇帝退位だけが報じられました。

そうしてドイツ革命は一気に成し遂げられたのです。

「生前退位」は退位であって「譲位」ではありません。


皇帝とドイツ国民をだまして共和国宣言をするシャイデマン(ユダヤ社民党)
いかにも共産主義者らしいやり方↓↓↓
シャイデマン2

「生前退位」などという造語を勝手に「譲位」と変換して納得するのは非常に危険です。

マスコミの「天皇陛下かわいそう」宣伝に煽動されるのも非常に危険です。

ドイツ革命と日本革命の共通点は革命を起すのが、国に寄生して国民になりすましている外国人だという点です。

ドイツ革命のように、今上陛下が退位なさったあと皇太子殿下や秋篠宮殿下が拘束され、皇位継承権を放棄させられ、反日マスコミが世界に

「日本革命成就!!!」

と世界に向けて報道したならば、それで皇統は終るのです。

そのとき、共産主義者どもは言うでしょう、

天皇の「生前退位」に同意したのは日本人だ

と。

日共も好意的な「生前退位」ますますアヤシイ


毛沢東「土地は人民のものになる!」←ウソだった
mou_takutou.jpg


ユダヤアメリカ:日本人はナニワ節で煽動しろ↓↓↓
オバマ@ヒロシマ1

「象徴天皇制」で初めて即位した天皇である今上陛下のお言葉と異常なマスコミ

天皇陛下の「生前退位」には好意的なマスコミですが、今上陛下が皇太子だったころは事あるごとに

「皇太子は天皇にくらべて人気がない、国民に不人気だ」

とさんざんコキおろしていたのです。

ほかにも「美智子妃殿下は平民出身だから天皇皇后にイビられている」とかね。

それがこの変わりっぷりですからね。

こーんな皇室に優しいマスコミ初めて見たわ、ってレベルですからね。


【アットホームな今上天皇(皇太子時代)】
皇室東宮御一家

それだけでなく、ふだんの皇室関連の報道と照らし合わせても、今回の親天皇な報道は異常すぎて違和感を感じるのです。

マスコミは日本人の優しさにツケこんで、天皇を退位させようとしているのが見え見えだと思いませんか?

今上陛下はアメリカに押しつけられた「象徴天皇制」において、初めて即位した天皇というお立場にあるので「象徴天皇制」をどう形づくっていくか、ということを使命だとお考えになっているかも知れない。

ならばマスコミはそういった視点で天皇陛下のお気持ちを報道すべきだと思うのですね。

もしかしたら、天皇陛下は象徴天皇制の今後のあり方についてお言葉を述べられたのに、マスコミはそれを日本革命のために悪用しているのかも知れない。

日本のマスコミは共産主義者らしい「思いやり」という美名をもって天皇陛下に「退位」を強要している、その報道は異常です。

まさに「宣伝は共産党の命」そのもの。

日本のマスコミは仕事として外患誘致という犯罪を犯すのですね。

マスコミはたびたび

「天皇陛下は完璧主義だから御公務をキチンとこなせなくなったことを悩んでおられるのでは?」

と言いますが、天皇の任務はこの日本を子孫に伝えることです。

それに宮中祭祀は天皇から皇太子へ口伝で伝えられるものもあります。

なので、"完璧主義な"今上陛下が途中で皇位を投げ出すということは考えにくいのです。


朝日新聞ですら天皇に同情的で気味が悪い↓↓↓

天皇陛下82歳、休日ほぼない日常 「執務」昨年1千件 
2016年7月21日 朝日新聞

天皇陛下が周囲に「生前退位」の意向を示した背景には多忙を極める日常がある。82歳の今も公務や宮中祭祀(さいし)が続き、完全な休日はほとんどない。宮内庁も負担軽減を検討してきたが進んでいない。これだけ公務が多いわけは。なぜ減らせないのか。現状を探った。(後略)



さらに朝日新聞は「生前退位」という言葉が昔からあったように捏造。
従軍慰安婦とおなじ構図↓↓↓

「生前退位」とは何か 歴史や法制度をひもとくと
2016年7月15日 朝日新聞

天皇陛下が意向を示した「生前退位」。実現すれば江戸時代以来、約200年ぶりとなる。陛下は数年前から繰り返し周囲に思いを伝えてきたとされるが、どのような背景があるのか。今後の課題や展望は。歴史や法制度をひもとき、考えてみた。(後略)


本記事の資料

外国人参政権でユダヤ人に乗っ取られたドイツ、ついに革命へ
ユダヤ社民党「皇帝および王は退位を決意した」とデマを流布
【現代語訳】


出典:1919(大正8)年 外務省臨時調査部〔編〕 「革命後ノ独逸政情 大正8年3月15日調」



 二、皇帝退位

 前述のごとく「キール」暴動以来ドイツ国内の気運は刻々と険悪になっていき、各地の騒乱の報がしきりに伝えられ、十一月七日には「ミュンヘン」の革命となった。

首都ベルリンにおいてもいつ革命勃発を見るやも知れぬ危険状態となり、国民は恐れおののき心安まることはなかった。

新聞紙は「本日もまだベルリンは無事である」という記事を「キール」事件以来数日間続けていたが「ミュンヘン」革命の翌々日である十一月九日、ついにベルリンに革命が勃発した。

 ベルリンの革命はこれをバイエルンの革命に比べるとその趣を異にして、バイエルンでは騒乱がまず勃発して共和国宣言し数日後に国王の退位宣言
があったものが、ベルリンにおいてはまず皇帝の退位宣言があり、しばらくして騒乱が起った。

 一九一八年十一月九日朝、ドイツ皇帝の退位宣言が発表された。その宣言文は次のようなものであった。

 皇帝および王は退位を決意した。帝国宰相は皇帝の退位、皇太子のドイツ帝位およびプロシア王位の継承権放棄ならびに摂政の任命に関連する諸問題の決定を見るまでその職に留まること。

 皇帝は議員「エーベルト」を宰相に任命することおよび憲法(管理人注:ワイマール憲法)を制定すべきドイツ国民議会開催のため、すみやかに一般選挙を行うべく一法律案を提出することを摂政に提案する意向を有する。

 そしてこの国民会議はドイツ国民およびドイツ国に加入を希望すべき人民の将来の国体を決定的に確定すべきものであること。

  一九一八年十一月九日 ベルリン   
                          宰相 「バーデン公マックス」



ドイツ革命の裏側
ユダヤ人社会共産主義者が皇太子の帝位継承も勝手に放棄
【現代語訳】


出典:1923(大正12)年 大阪毎日新聞社〔ほか〕 ウイルヘルム・ホーヘンツオルレルン 「前独帝自叙伝」 第十五章 退位前後 



 八、宰相から飛電
 
 私は宰相に「私の退位に関する決断はこの際熟慮の上でなされなければならないから追って知らせる」旨伝えたが、それから少し経ってから驚くべき「すでに遅い」との返答が折返しやって来た。

宰相は自ら発議して既に私の退位を決定 ─── まだ其(その)時は私は実に退位していなかったのだ ─── したのであった。

それと共に彼は皇太子にも諮らないで皇太子の帝位継承抛棄を宣するに至ったのである。

宰相マックス公は政府を社会民主党に譲り、エーベルトを宰相とするべく召喚したのであった、これらの事実は無線電信によって同時に発表せられたから全軍隊はこれを知るに至ったのである。

【ウィルヘルム二世】
ウィルヘルム二世1
【写真出典】Wikipedia


 九、万事休す!!

 先マックス公は新政府を樹立すると共に皇帝の前でこれを擁護すると厳粛に誓ったにもかかわらず、彼は私の詔勅の発表を差控えたが、発表すれば、あるいは与論を険悪にさせずに済んだかも知れなかったのだ。

次いで彼は皇帝と政府との協同を妨げ、検閲の名を借りて皇帝を冒涜し、退位問題における王党の支持を失敗に終らせた。そして皇帝に自発的に退位を勧告しながら最後に無線電信で退位を発表して、マックス公が私の上に位する様な事をした。

 これに続いてシャイデマンが一芝居を打ったのである。すなわちシャイデマンはマックス公を翻弄し、マックス公の各閣僚に五里霧中の思いをさせ、マックス公駆逐策を講じて、ついにエーベルトを召喚し「ドイツの指導者達はもはや民衆の上に立っていない」と宣告させたのである。

かくてマックス公はシャイデマンにあやつられて皇帝と皇族と独逸帝国とを犠牲に供し自ら独逸帝国転覆者の汚名を着るに至った(後略)。



戦前外務省
「ドイツ社会民主党はユダヤ系ドイツ人を多くふくむ」


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B02031525200:「1.一般/4 昭和13年4月2日から昭和13年12月19日」



ドイツ社会民主党代表者も二十六日閣員を辞するに至れり もっとも同党は他のドイツ党とは異なりその領袖に猶太系ドイツ人を含む

ドイツ社会民主党猶太人1

掌隷院民主党1

1%の富裕層の工作員社民党-ユダヤ社民党の友党
福島みずほ1


革命の法則:革命は100年スパンでやってくる
フランス革命1787~1799年→ロシア革命1917年→ドイツ革命1918年→日本革命2016~2017年?


出典:1930(昭和5)年 青甲社 太宰衛門 「革命記録:附・日本帝国革命論」



 七、日本革命論(三)

 我々は以上の歴史や記録によって、革命の原因と、その経路とを見た。そしてその結果また読者諸君も左の革命法則を発見されたろうと思う。

(一)革命は容易に起り得ないこと。

(二)革命には長年月-長いもので百年あるいは二百年-の訓練を要すること。

(三)革命は偶然の大事変に遭遇しなければその多くは成功しにくいこと。

 すなわちこれである。また読者諸君は

(一)革命の原因は長年月-百年あるいは二百年の間に自然的に作られること。

(二)しかもその勃発するや非常に急激性を帯び、勢いは勢いを作ってついに収拾することができなくなること。

(三)もし万一、暴徒に不当な武力弾圧などが加われば、ついに惨虐性を帯びてくること。

以上について、うなずかれることだろうと思う。



加瀬英明氏
「皇太子の不人気はジャーナリズムで話題となってきた」
「皇太子は象徴天皇制をひらくという重大な責任を負っている」


出典:1985(昭和60)年 日本教文社 加瀬英明 「神秘なる天皇」 陛下は明治の理想像

※東宮御一家写真出典も同じ


 皇太子というと、あまり人気がない。これまでもしばしば皇太子の不人気がジャーナリズムで話題になってきた。率直にいって、私は同じ世代の者や、私より若い者で、皇太子を賞(ほ)める者に一人も会ったことがない。困ったことである。

 皇太子は、将来、象徴天皇制をひらくという重大な責任を負っている。今上天皇については何といっても軍服を着て、将星を従え、白馬に跨がっているというイメージを消すことができない。

皇太子は象徴天皇制のもとで、はじめて即位する天皇となる。そこで新憲法の象徴天皇制は、皇太子が天皇となる時に、はじめて実現されるか、あるいは試されることになるだろう。

おそらく今後、自由社会が続くかぎりは、憲法が改定されることがあっても、天皇の地位には変更を加えないだろうから、皇太子が天皇となった時に、新しい象徴天皇制の伝統をつくらねばならない。

【御料馬白雪と昭和天皇】
御料馬白雪1


売国奴自民党、ヘイト法で日本国民を拘束し次は天皇の「生前退位」に向け法改正


「生前退位」賛成80%上回る 陛下のお気持ちに国民の大半が「配慮必要」
2016年8月9日 夕刊フジ

 天皇陛下は8日午後、象徴の在り方や公務についてのお考えをビデオメッセージで表明し、82歳の高齢による体力の衰えを憂慮され、「生前退位」実現への強い思いを示された。政府は今後、特別立法や皇室典範改正など、あらゆる選択肢を検討していく。こうしたなか、報道各社の世論調査で、国民の受け止め方が明らかになった。

 産経新聞とFNN(フジニュースネットワーク)が6、7両日に実施した合同世論調査によると、「生前退位が可能になるよう憲法を改正してもよい」とする回答が84・7%で、「改正してもいいとは思わない」の11%を大きく上回った。

 また、生前退位について政府がどのように対応すべきかを聞いたところ、「生前退位が可能になるように制度改正を急ぐべきだ」と答えた人が70・7%を占めた。「慎重に対応すべきだ」は27%だった。

 朝日新聞も6、7両日に世論調査を実施し、9日朝刊に掲載した。

 「生前退位」をできるようにすることへの賛否を聞いたところ、「賛成」が84%で、「反対」が5%だった。

 国事行為を代行する「摂政」を置くことについても、「認めてよい」が73%で、「そうは思わない」が15%だった。

 国民の大半が、高齢の陛下に対する配慮が必要だと感じている。政府は丁寧かつ迅速に議論を進め、安定的な皇位継承の観点も含めた方策を見つけ出すべきだ。

【民族主義を許さないアメリカとベッタリの自民党】
安倍総理アメリカ議会演説1


関連記事
スポンサーサイト