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2016/07/28

朝鮮人は一攫千金を夢見て日本に来た@大阪


1932(昭和7)年、大阪府において在日朝鮮人の日本渡来理由を調査したところ、

第1位 農業不振
第2位 生活難
第3位 金もうけ

であることが判明しました。この結果は在東京朝鮮人の日本渡来理由とおなじで、「生活難」と「金もうけ」は不動の地位を獲得しています。

在日朝鮮人のルーツは強制連行や強制徴用ではなく、一攫千金を夢見て彼らの自由意志で日本に渡来したのです。

当時、在阪朝鮮人世帯は11,835世帯、居住人口は50,896名でした。

それらの世帯主11,835名に対し調査を実施したところ、


第1位:農業不振と回答した朝鮮人数…6,587名
第2位:生活難と回答した朝鮮人数…2,037名
第3位:金もうけと解答した朝鮮人数…1,745名



という結果でした。

その他の渡来理由で多かったものは「家族に呼び寄せられて」「家族を頼って」「就職のため」「手に職をつけたい」という生活に直結した理由が多く、「キリスト教伝導のため」「布教のため」という理由もありました。

あと「家族に面会」「日本見物」というのもあって、戦前朝鮮人は強制連行どころか気軽に日本に渡航してきたことがうかがえます。


朝鮮人に不法占拠された戦前大阪猪飼野 1928(昭和3)年
大阪朝鮮人町戦前1【出典】1927(昭和2)-1935(昭和10)年 大阪市社会部労働課編 [大阪市]社会部報告  第85号 「本市に於ける朝鮮人の生活概況」二 密集地域の状況



出典:1934(昭和9)年 大阪府学務部社会課〔編〕 「在阪朝鮮人の生活状態」



 第二項 内地渡来の理由

 何の理由で朝鮮を離れて内地に渡来してきたか、その渡来理由を調査したものは本項であるが、あるものは原因動機等を示し、あるものは目的を示し、あるものは理由を示す等区々になっているが、これ等(ら)を今その儘(まま)列記すれば農業不振の為(た)めと云(い)うを筆頭に、生活の途を拓く為、各種職業を見習う為、或(あるい)は家庭的関係に依る為等大約九十項目に分れたるが其(その)うち最も多きは農業の不振が原因であり、其の数六、五八七人即ち全世帯主の五割六分を占めている。

次いで生活難の為め及び金儲(もうけ)の目的を以ってというのであり、この両者で三割二分を占めて居る。

その他の者は表現の語こそ夫々(それぞれ)異っているが其の内容は大部分内地に職を求め或は業を拓いて更生せん(更生しよう)とする目的を持つ者と見られるのである。

渡 来 理 由世 帯 数
農業不振のため6,587
生活難のため2,037
金もうけ1,745
求職241
商業不振のため228
不況のため162
労働148
生活向上140
修学115
商業経営88
呼び寄せられて27
失業のため17
親戚に呼び寄せられて15
自動車運転手志望12
事業失敗のため12
子を頼って12
解雇されたため10
家族と同居9
家族を頼って9
夫に呼び寄せられて9
商業継続8
退職のため8
商業拡張7
商業見習い7
商品仕入れ5
売薬行商5
洋服裁縫見習い5
子女教育5
内地(日本)見物5
知人を頼って5
薬種商開業4
技術向上4
苦学4
職工志望3
染工志望3
技術見習い3
理髪見習い3
貸金回収3
夫と同棲3
工業経営2
自転車商開業2
料理業開業2
製靴業開業2
会社員志望2
教員志望2
メリヤス職工志望2
職見習い2
キリスト教伝導2
転勤のため2
派遣されて2
工業不振のため2
長男に面会2
兄弟の行方捜索2
子供の行方捜索2
親戚を頼って2
防水具製造業開業1
自動車業開業1
下宿業開業1
綿布商開業1
酒商開業1
農産物行商1
松の精販売1
社会事業家志望1
巡査志望1
僧侶志望1
船員志望1
ゴム職工志望1
印刷職見習い1
ミシン裁縫職見習い1
法律研究1
布教1
学校閉鎖のため1
主家閉店のため1
破船のため1
小作地を取り上げられたため1
夫に死別したため1
妻死亡のため1
親戚死亡のため1
兄に面会1
孫に面会1
結婚1
夫を頼って1
病気治療1
入院1
子息の看護1
弟の病気見舞い1
内地憧憬1
好職があったため1
渡航人募集に応じて1
不詳56
11,835


大阪警察署各管内に居住する在日朝鮮人人口・世帯数
(1932(昭和7)年12月末時点)
地   域世 帯 数人   口
玉造2911,052
九条
新町
川口
81331
市岡5352,190
朝日橋7553,466
築港3051,314
泉尾9264,789
高津150622
天王寺60268
212783
難波3271,267
芦原3491,429
天満3441,443
曽根崎2591,192
福島5762,510
網島2851,277
今宮9113,941
阿倍野98441
住吉2421,025
鶴橋1,4535,870
中本1,5486,457
平野179743
今福4572,203
中津1,0114,251
十三橋4812,032
11,83550,896




大阪府が調査を実施した理由は東京府と同じで、おびただしく日本に流入してくる朝鮮人労働者が数々の社会問題を引き起こしたことでした。

まず住宅問題をはじめ、彼らの賃金が安いことから日本人労働者の失業問題、朝鮮人労働者の渡来をおもしろく思わない日本人労働者との融和問題などです。

そして大正時代から昭和初期にかけて発生した数度の恐慌のために、在日朝鮮人自身が失業するという新たな失業問題が加わっていました。


出典:1934(昭和9)年 大阪府学務部社会課〔編〕 「在阪朝鮮人の生活状態」 第一章 在阪朝鮮人生活状態調査に就て



 第一節 調査の目的

 大阪府管内に在住する朝鮮人は近来夥しく増加して他府県に其の比を見ない。

而(しか)も其の後年々増加して之(これ)が為種々の社会問題を惹起し、住宅問題を始め労働問題、融和問題等は年と共に益々其の重要性を高め、殊に朝鮮人労働者は労働賃銀の低廉等の関係から内地人(日本人)労働者の失業率を高め更に近時に於ては彼等(かれら)自らの中に失業問題を発生し朝鮮人の保護救済は其の要が益々切なるものとなった。

而(そ)して其の問題の解決は極めて微妙な問題であって、先(ま)ず彼等(かれら)の生活状態、生計状態を知るは勿論(もちろん)、彼等の渡来に関する事情、渡来当時の状態等をも熟知して彼等に対する内地人の理解を深め以て之が対策を講ぜなければならん。

本調査は彼等の生活の真相を如実に知る基本的資料を得るために実施したのであって、内鮮融和並(ならび)に朝鮮人保護の参考に資するを得ば幸甚である。



そして大阪府も東京府におなじく、調査を実施する7ヶ月間、通訳者として朝鮮人を臨時採用しました。

もちろん、調査にかかる費用、そして臨時採用した朝鮮人に支払われる給料は日本人が納めた税金でした。


出典:1934(昭和9)年 大阪府学務部社会課〔編〕 「在阪朝鮮人の生活状態」 第一章 在阪朝鮮人生活状態調査に就て



 第五節 調査員

 大阪府に於て施行の昭和七年度少額給料生活者失業応急事業の一として本調査を行ったのであって、五十名の臨時雇員をして之(これ)に当らしめた(当らせた)。

而(そ)して通訳者として大阪市内居住の朝鮮人知識階級失業者二十名を実地調査の七ヶ月臨時採用して之に従事せしめた(従事させた)。
 


こうした調査の目的

朝鮮人労働者の実態を日本人に周知させて内鮮融和をはかり、朝鮮人保護に役立てること

でした。

このようにして戦前から日本政府および自治体は、日本人にガマンを強いて朝鮮人を保護してきたのです。

当時は「内鮮融和=日本人と朝鮮人の融和」が国策でしたが、戦後はちがいます。

それなのに現在の大阪市は独自に「ヘイトスピーチ(憎悪表現)抑止条例」というのを設けて、戦前のように日本人にガマンを強要しているそうですね。

そして驚いたことに市長が「被害者には補償が行われるべきだ」と発言したそうです。

市長の給料は、大半が日本人である大阪市民が納付した税金ではないですか?

ヘイトスピーチの被害者に支払う補償も大阪市民が納めた税金でしょう?

なぜ、勝手に日本に来て、GHQの帰鮮命令にも従わず、または戦後密航してきた異民族を手厚く扱うのでしょうか?


審査中の「ヘイトスピーチ」13件 結論出るのは数カ月後 吉村・大阪市長
2016年7月26日 産経WEST

 大阪市の吉村洋文市長は26日、市内で開かれた関西地区マスコミ倫理懇談会と「メディアと法」研究会の合同会議で、市ヘイトスピーチ(憎悪表現)抑止条例について講演し、審査中の表現13件が認定されるか結論が出るのに「数カ月かかる」との見通しを示した。

吉村氏は、法学者ら有識者5人による審査会の結論を尊重する考えで、「(審査会が憎悪表現と)答申すれば、基本的に従い、認定する」と述べた。被害者には「具体的な補償が行われるべきだ」との見解を語った。

 講演では、憎悪表現の一掃を目指す同条例の制定に至る経緯などを説明。具体的な認定事例を積み重ねていく中で、「市内から憎悪表現がなくなっていくはずだ」と期待感を示した。

 一方で、デモや集会の事前規制については、憲法21条が定める表現の自由は民主主義の根幹だとして慎重な立場を重ねて表明した。



「北へ帰すな」在日韓国人大会@大阪 1959(昭和34)年2月25日
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北朝鮮帰還者専用列車(北帰行)と見送りの人々@九州
1959(昭和34)年12月9日
北朝鮮帰還者専用列車19591209

韓国からの大量密航者@大村収容所 1960(昭和35)年4月7日
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北朝鮮側収容棟@大村収容所 1959(昭和34)年8月12日
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密航韓国人の送還@大村収容所 1960(昭和35)年3月28日
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