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2016/07/26

朝鮮人は一攫千金を夢見て日本に来た@東京


日韓併合時代、朝鮮人労働者は強制連行や強制徴用ではなく、一攫千金を夢見て、自らの自由意志で日本に渡航して来ました。

昭和初期、朝鮮人があまりにも無制限に日本渡航をくわだてるので、全国の都市でいっせいに朝鮮人労働者調査が実施されました。

日本渡航の理由や渡航時期、朝鮮での職業などを調べあげて、朝鮮人の日本渡航を阻止しようとしたのです。

1928(昭和3)年5月、日本の首都東京で調査を実施した結果、在京朝鮮人の日本渡航理由第一位は「朝鮮での生活難」でした。第二位は「労働のため」、第三位は「金もうけ」です。

日本渡航理由順位は既婚者、独身者も同じです。在日朝鮮人自身も「朝鮮より日本の方が賃金が高くて生活が楽だから」と答えています。


【表の九 渡航理由の調査(世帯員400名)】
年齢階級別勉 学生活難労 働金もうけ
25歳以下466319
26歳以上30歳以下1248181694
31歳以上35歳以下10763818142
36歳以上40歳以下143142785
41歳以上45歳以下-284739
46歳以上50歳以下21238
51歳以上55歳以下-8--8
56歳以上60歳以下-3115
292138375400
百分比(%)7.2553.2520.7518.75100.0


【渡航理由の調査(独身者1,600名)】
年齢階級別生活難労働金もうけ
習業
(修業)
勉学不明
15歳以下2----13
16歳以上20歳以下37121810381116
21歳以上25歳以下176546326977423
26歳以上30歳以下260597953514452
31歳以上35歳以下2034231876297
36歳以上40歳以下1312522136188
41歳以上45歳以下53114--371
46歳以上50歳以下2518--135
51歳以上55歳以下911---11
56歳以上60歳以下4-----4
90020522650180391,600
百分比(%)56.2512.8114.123.1311.252.44100.00


一攫千金を夢見て日本に渡航してきた朝鮮人↓↓↓

出典:1929(昭和4)年 東京府学務部社会課 「在京朝鮮人労働者の現状」

※上掲の表の出典もおなじ。


 之等(これら)の数字を目撃する時、吾々(われわれ)は彼等の渡航に対する凡(あら)ゆる非難と、攻撃が一蹴されねばならない感慨に打たれるものである。

即ち、云(い)う処の彼等の漫然、無定見に一攫千金の夢を見乍(なが)ら渡航するのも、底を洗って見れば斯様(かよう)に真剣な生存に対する努力の現われであることを知るのである。

【在京親日在日朝鮮人団体一心会】
朝鮮人団体一心会1


「日本の方が生活が楽ニダヨ」↓↓↓

出典:1929(昭和4)年 東京府学務部社会課 「在京朝鮮人労働者の現状」 4 郷里の生活と内地の生活との比較



 内地に在住する多くの朝鮮人労働者は、朝鮮より内地の方が生活のため遥(はる)かに楽だと云(い)っている。

その楽であるとか、苦であるとかと云う言葉の根拠は、元より同一範疇に属するものではないが、しかし彼等が祖先代々住み馴れている故郷の懐しさを忘れて一言に内地が良い、内地が楽だといい捨てて仕舞うのは、むしろ不思議を感ずるほどであるけれども、彼等が云う処の楽と、苦は便利不便の伴う意味のことではなくて、専(もっぱ)ら経済的に生活が潤沢であるという意味に過ぎない。

即ち、パンを得るために骨折りが少ないという意味に過ぎないのである。

 働きさえすれば想うままの生存費が与えられ、また働くことと、生活をするには郷里より、内地の方が遥か良いというのである。

言語、風俗、食物との相違から少々の不便は感じても、生きることに於ては絶対に楽である。

これが彼等の云う処の内地生活に対する楽であり、住み良いという感想なのである。

 本調査に於て調べた処に依って之(これ)を観てもこれは事実であり、即ち表の三七世帯員の場合に於ては全数の七四.五〇%が郷里の生活より内地の方が楽であると云い、更に、表の三八独身者に就(つい)て之を見ると六二.四四%が矢張(やは)りそれである。

その理由として聞いた処を参考までに二、三を挙げて見れば、

 内地は朝鮮より労働賃銀が高いから

 内地は法律が朝鮮より酷(ひど)くないから

 内地は仕事が多いから

 仕事の暇(ひま)に勉強が出来るから

と云ったものであり、その苦なる方面は主として

 内地の料理は口に合わないから

 物価が高いから

 人間が薄情であるから

と云ったようなものである。

【親日在日朝鮮人団体大同会】
朝鮮人団体大同協会1

※管理人注:表三七、三八は省略しました。


より良い生活を求めて日本に渡航してきた朝鮮の最下層民
「日本渡航阻止は差別ニダ」↓↓↓

出典:1929(昭和4)年 東京府学務部社会課 「在京朝鮮人労働者の現状」 序言



 日韓併合後吾々(われわれ)は国民的任務として、誠心誠意朝鮮の同胞と共存共栄の実を納むべく最善の努力を払って来た。

けれども、産業上の問題や、経済上の関係が歴史的に、更に区域内に相異し、又人情風俗をも異にするところから、併合二十星霜(年)を経たる今日に至るまで、未だその生活状態が同一レベルに達することが出来なかった。之(これ)は吾々の等しく遺憾に感ずるところではあるが、また止(や)むを得ない事柄である。

 斯様(かよう)に両者の経済的生活標準が同一ならざる以上、朝鮮に於ける無産労働者が、漸次内地(日本)の労働市場に向って渡航を企てるようになるのは、自然の趨勢であり、従ってその間に種々困難なる社会問題が醸成せられるのも亦(また)已(や)むを得ない。

現在吾々は各方面に於て該問題のために数多き悩みを感じているのである。

 しかし経済生活に於て、より高き階梯(かいてい:昇降する階段。はしご)へ進まんとするのは人間欲望の自然であり、より有利なる条件の下に労働に従事せむとするのは何人も望む所である。

之(これ)は恰(あたか)も水の低きに着くのと同じ理法であろう。けれども、朝鮮人労働者が斯く無制限に内地へ渡航を企て、その結果内地に於ける労働市場を撹乱するのみならず、一般社会にまで問題を波及することは社会共同生活の理想からしても、また社会平和保持の上からしても、決して等閑に附すべき事柄ではない。

即ち、朝鮮人労働者は、労働賃銀が内地人(日本人)労働者に比し低廉なるため、労力需要者の歓迎する処となり、之(これ)がため内地人労働者の失業率を高め、且つ、無制限に渡航を企てたる結果に依り、彼等(かれら)自らの中に於ても労働問題が発生するであろうと予想せられ、現在已(すで)にこの傾向が事実として現れているのである。

 斯(かか)る問題を事前に防止し、一方その激化を防がんがため、現在当局は可成(かなり)渡航者を制限し、朝鮮本土内に職業を斡旋しつつある状態であるが、この対策は一面国内旅行の自由を拘束するが如くに思われ、彼等の不平と、不満を誘致せずにはおかないようである。

即ち、内地渡航を企てる朝鮮人労働者の大部分は、赤貧の無産(労働者)階級に属する人々で、飢えと、寒さとを目前に控えている。

而(そ)して、彼等が住み馴(な)れた郷里を離れ、無(な)けなしの金を払って釜山港の埠頭に集中する理由たるや、より良き生活と、住みよき地を希望し、憧憬する人々の群(むれ)であることが明(あきら)かである。

然るに、国内旅行の自由を拘束され、その目的を阻止されたる場合、彼等はこの差別待遇を潔しとせず、民族的感情の激発を、誘致せずには居られないように見受けられるのである。
 


朝鮮人に気をつかった東京府 朝鮮人失業者保護事業も実施

戦後、朝鮮人は「日本に強制連行された」だの「従軍慰安婦にされた」だのと騒いで謝罪と賠償を要求し続けていますが、事実はまったくの正反対でした。

東京府は在日朝鮮人労働者調査にあたって、事前に彼らにとって最も都合のよい時期を考慮した上、


調査対象の性質上、調査員は被調査者が反感を起さないよう注意を要し、

かつ言語、作法、習慣等を諒解し、

丁重な態度をもって接する



こととし、さらに調査員には親日在日朝鮮人団体員を任命して警察署長まで同伴させるという気の使いようでした。

それもそのはず、そのころから在日朝鮮人は共産運動に没頭していて、在日朝鮮人保護について日本政府に反省を求めるほどのさばっていたからです。

朝鮮人に気を使った東京府↓↓↓

出典:1929(昭和4)年 東京府学務部社会課 「在京朝鮮人労働者の現状」 4 調査の時期と手続



 前述の如く朝鮮人労働者は、その移動甚(はなは)だしく、且つ冬期に於ては失業率多きが故に、調査時期の如何に依り、調査内容の確実性に直接影響する処が多きは云うまでもない。

仍(よっ)て、本調査に於ては、調査の時期に付(つい)ては特に注意を払い、種々の事状を考慮した結果五月を最も適当なる調査時期として選択したる次第である。

併(そ)して、本調査に於て収入、支出、失業の如きは諸項目共五月中一杯に付て調査し、渡航年限、在京期間及び世帯票に於ける家族状況の如きは、五月三十一日を現在として調査したるものである。

 尚(な)お、本調査は、調査対象の性質上、その施行に付て、調査員は被調査者に反感を起さしめざるよう(起さないよう)注意を要し、且つ言語、作法、習慣等を諒解し、可成(かなり)鄭重なる態度を以て接し、懇談的に対問する必要があるが故に、吾々(われわれ)はこの点に留意し、集団的のもの若(もし)くは同一屋内に共同生活を営んで居るものに対しては、之(これ)が監督の任に当れる者を主任として調査を委嘱し、分散的生活者に対しては、其(そ)の地区的情勢に応じ警察官の如き被調査者の信頼を受くるに足るべき人々を選定して之(これ)を委嘱したのである。

今当時の直接調査のために多大の労苦を煩わした団体と、人名を挙げれば左の如くである。

相愛会 鄭寅華氏
野方汗愛寮 尾形栄造氏
東昌会 趙東一氏
共和園 金璣權氏
在日本朝鮮労働一心会 金潤秀氏
力行社 姜昌基氏
一善労働会 崔金煥氏
府下各簡易宿泊所長諸氏

 及び、警視庁内鮮係長、府下各警察署長の諸氏である。



在日朝鮮人は朝鮮の白丁解放運動と連絡を取り合い、日本国内では水平社、共産主義団体労働総同盟と共闘、日本政府に朝鮮人保護について反省を求めるなど軽視できない状態になった↓↓↓

新聞記事水平運動と朝鮮人2
無権者の共同戦線 (上・中・下) 全国農民大会と水平社大会雑感
関口泰
東京朝日新聞 1924.3.8-1924.3.11(大正13)

労働総同盟が海員組合と手を握り、農民組合と手をつらねて、労働者の協同戦線が拡がったのみではない、全国農民組合大会と、水平社全国大会とは、互に友誼団体として祝辞と激励の辞が取りかわされた。のみならず、南鮮労農組合同盟は労働総同盟に加わらんとし、水平運動は朝鮮の衡平運動と連絡を取らんとしている。

労働者と農民と朝鮮人と水平社とが共に其(その)解放運動への足並を揃えて進まんとすることは、我国社会運動上決して軽視出来ない事実であるのみならず、植民地統治の政策は此の方面からよりのみ動かされるに至るであろう。水平社大会では朝鮮人の間に差別待遇を与えられている白丁の解放運動たる衡平運動との関係ばかりではない内地在留鮮人の保護問題に迄論議を及ぼし、政府へ反省を促すべき決議を通過している。




そして日本政府は「五族協和」とか「朝鮮同胞を愛せよ」という甘っちょろいスローガンのもと、日本に渡航してきて失業した朝鮮人を救済するために保護事業まで実施していました。

とにかく朝鮮人は身一つで日本に来れば、住む場所は日本人の借家を不法占拠すればいいし、それができなくても宿泊所や食事、衣類、薬や病院、果ては朝鮮に帰る費用まで日本が面倒をみてくれたのです。

それらの財源はもちろん日本人の税金や篤志家の寄付であり、その当時の大不況で食いつめた日本人に対し日本政府が何をしたかといえば、片道の船賃と支度金五十円だけ支給してアメリカ大陸への移民でした。

しかも朝鮮人の日本渡航の原因は、日清戦争後独立した大韓帝国が清国と「韓清通商条約」を締結して、ふたたび中国人が朝鮮半島に大量流入し朝鮮人の土地と仕事を奪ったことです。

日清戦争以来、日本差別と自らの私利私欲や虚栄心を満たすため「来るな」と言っていた日本に密航までしてやって来て、差別を叫んで日本を利用し、裏切り続け、日本人を虐殺してきた朝鮮人が、戦後になったら「日本に武力で侵略された」「強制連行された」「強制徴用された」「従軍慰安婦にされた」ですからね。

日韓併合から100年目、日本からカネをせしめようとすっかり被害者になりきって世界の同情を買おうとする朝鮮人に日本人がブチ切れたのは当然のことです。



出典:1929(昭和4)年 東京府学務部社会課 「在京朝鮮人労働者の現状」 調査を了(おえ)るに際して



 けれども吾々(われわれ)の観たる、吾々の信ずる彼等に対する根本的対策は、内地の各地に於て彼等の保護救済的事業を盛(さかん)に起すと同時に、朝鮮内に於ては彼等の渡航を無くする事である。

無くすることは、彼等を人為的に、法律的に制限し、阻止し、取締ることを意味するものではなく、自然的に彼等が農村に執着し、生活上の不安と、脅威を感ずることなく、その本業にいそしむよう誘導することである。

斯(か)の方法をおいて、他に当面の対策方法はないと信ずるものである。



日本の害にしかならない韓国「従軍慰安婦像の次は強制徴用者像ニダ」

いまだに「反日」という共産主義のスローガンを叫んでいる民族を、反共日本が強制徴用する理由がない。

戦争で日本人が飢餓に陥っていたときに港湾労働者を希望して砂糖や米などを荷抜きして、私腹を肥やしたのが朝鮮人。

大東亜戦争が共産党の侵略戦争だったことから、いまだに日本に寄生して侵略のチャンスをうかがっているのが朝鮮人。


日本に“強制徴用者像”が置かれる?ソウルの慰安婦像を作った韓国人夫妻が意欲=韓国ネット「真の芸術家だ」「韓国に設置すれば?」
2016年7月25日 Record China

2016年7月24日、韓国・聯合ニュースによると、在韓日本大使館前の慰安婦を象徴する少女像を制作したキム・ソギョンさんとキム・ウンソンさん夫妻が、「日本に強制徴用者を象徴する像を建てることが目標」と明らかにした。


従軍慰安婦像強制徴用者像作者1


キムさん夫妻は22日から24日まで、ソウルの市庁前広場で展覧会「戦争のない世界のためのAEV」を開催。展覧会には砲弾や薬きょうなどで作られた作品が展示された。キムさん夫妻は「戦争の象徴に『生命』を吹き込みたかった」と述べた。また、今後の計画について、「強制徴用者を象徴する像を制作する」と明らかにした。像は、満足に食事もできず、炭鉱や工場に連れて行かれて奴隷のように働かされたせいでやせ細った青年が、まぶしい太陽に手をかざす姿をイメージするという。

キムさん夫妻はこの「強制徴用者像」を日本に設置することを目標に掲げ、「日本植民地時代に強制徴用された人たちの魂を癒し、二度と他の国から侵略されてはならないというメッセージを韓国国民に伝えたい。また、日本が戦争犯罪を反省するきっかけになることを願う」と述べた。

これについて、韓国のネットユーザーは以下のようなコメントを寄せている。

「彼らに拍手を送る」
「国会議員らは何をしている?」

「キムさん夫妻の言う通り。北朝鮮も韓国侵略を反省するべき」
「勇敢な真の芸術家だ。尊敬する」
「執着してはいけないが、忘れてもいけないわが国の歴史。彼らの活動がうまくいくことを願っている」

「韓国は政府がするべきことを一般人や外国人がしている」
「他の国から反発を受けそうなことを、わざわざする必要があるだろうか?」

「なぜ日本の神経を逆なでしようとする?」
「韓国に設置すればいいのでは?」(翻訳・編集/堂本)



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