HOME > 皇室 > title - 日本人特有の一体観について
2016/07/09

日本人特有の一体観について


戦後、なかったことにされてしまった日本人特有の観念に「一体観」があります。

一体観とは

「日本人は過去、現在、未来を通じ、一つの体であり生命である。日本の国土も、民も、山川、草木、鳥も獣も、魚も虫も、天地間の一切のものは神が作り給いしものであるから、生命的にも有機的(肉体的)にも一体である」

という観念であり、感覚のことです。

そして私たち日本人は私たちの生命を生み給うた神と同一である天皇を仰ぐとき、あの日本人にしかわからない感情が胸にあふれてくるのですね。


20101223.jpg


その「一体観」ですがGHQの日本弱体化政策に70年間もさらされたのに、私たちの中にはちゃんと生きています。

たとえば、

日常的な部分では、私たち日本人は半分テレパシーで会話しているので、主語がなくても会話が成立したりします。

突発的な部分では、元宮内省総務課長筧素彦氏がおっしゃったように、自分のことばかりではなく家とか国とか大きないのちのことを考えるところです。

いつか、ホームと電車の間に人が落ちたことがありましたね。そしたらその場にいた人たちがいっせいに同じことを考えて、いっせいに同じ行動を取って落ちた人を救助しました。

それから、緑色のチキンナゲットを売ったマクドナルドからサーッと潮が引くように客がいなくなったこともありました。個人主義の外資系企業はなぜ日本人が来なくなったのか理由がサッパリわからなくて社長が更迭されました。


マクドナルド1


このように私たち日本人は全員で一人のような性質がありますが、それは今現在だけの話ではなく、私たちの生命は時空をも越えて一つであり、一人です。

たとえば特攻隊員たちは「生き残った人たちを信じよう」と、そのときは生まれてくる気配もない私たちに国の未来を託して散華しました。

そして私たちは靖国神社の遊就館や特攻記念館に行って、よせばいいのに特攻隊員の遺書を読んでしまって、まるで我がことのように号泣したりします。

なぜ、自分が経験したことではないのに、あんなにつらく悲しく涙があふれてくるのでしょうか?

しかも特攻隊の遺書を読んだ日本人は、ほぼ100%の確率で泣いてしまいます。

「なぜ?」

と思いながらも、その理由がわからなかったのは、日本民族の観念である一体観をGHQによってなかったことにされたからです。

天皇陛下の玉顔を拝し、玉音を賜るときの感動も同じです。自分の中で何かが何かと共鳴しているのに、なぜだか、その理由がわからない。

血には確かにその観念が残っているのに、知識として教えられていないから「なぜ?」と思ってしまうのですね。

GHQにしてみれば欧米人のほとんどはキリスト教徒で自殺を禁止されています。戦争も生還することを前提に出征します。そんな人種に日本人は肉体をたたきつけ、文字通り血の雨を降らせた。

白人にしてみれば

「天皇とはどんな独裁者なんだ!?」

と絶叫したでしょうし、米英の後ろにいる国際金融資本にしてみれば

「いくら金をつかませたんだ!?」

と天皇をおそれたでしょう。


tokkou2.jpg

でも特攻隊をはじめ英霊は天皇のためだけに散華したのではありません。

それまで日本を守ってきた先人たちのため、自分たちの愛する人々のため、そしてこれから日本に生まれてくる私たちのために散華していったのです。

国や民族という大きないのちを守るために。

これが、個人主義、物質を得ることを至上とする唯物主義の欧米にはない日本の強さだったのです。


ところで、明日は参議院選挙投票日ですが、管理人は前回書きましたように、日本のこころを大切にする党に投票します。

一体観という観念を持つ日本人には、もともと何かを差別する意識などありません。

日本人は自分たちを含め万物は神が作り給いしものと思い、生物だけでなく機械にも魂が宿ると信じて、いつくしむ民族です。

日本人は、

武運長久、必中轟沈の祈りをこめて、これから出撃散華する特攻機の御祓いをし、


第62振武隊出陣式


特攻機も搭乗員の魂と一体となって、機体を離れた20ミリ機銃が戦艦ミズーリの40ミリ機銃を切り裂き、ガッチリ食い込んで離れようとはしませんでした。


謎-特攻機機銃


最近では、7年の旅を終えて帰ってきたハヤブサが、帰還と同時に燃えつきるのを見て涙したのが日本人です。


ハヤブサ1

自民党はそんな日本人に向かって上から目線で「反知性主義」呼ばわりし、票田にもならない在日朝鮮人をヘイトスピーチ解消法で保護するという悪政をやらかしました。

もしかしたらヘイトスピーチ解消法成立がオバマ大統領広島訪問の交換条件だった? 在日朝鮮人と密約でも交わしたのでは?などと、疑ってしまいます。


【自民党「対鮮ヘイトスピーチは恥ずべきこと」】
西田昌司議員1

戦前の日本人が断定しているようにアメリカと中国は同根ですから、自民党と共産党も同根ということです。

戦前の日本人いわく連合国は「ヤマタノオロチ」だそうです。頭は別々でも、その一つしかない胴体は国際金融資本だからです。

ヤマタノオロチ1

極左野党は日本人の一体観からハミ出たところで好き勝手なことをしていますから、当然選択肢ではありません。


騒げば騒ぐほど日本人の和からハミ出る連中↓↓↓
極左野党1


なので管理人は日本国と日本民族を守るためにも、ヘイトスピーチ解消法に唯一反対した日本のこころを大切にする党に投票します。

みなさまもぜひ、御一考くださればと思います。

日本のこころを大切にする党1

特攻隊員は犬死にしたというデマを野放しにしたのも自民党
特攻隊員の実父の手記


出典:1976(昭和51)年 現代評論社 苗村七郎 「万世特攻隊員の遺書」 遺族、関係者の便り



 特攻隊員の戦死に対する批判に思う

 特攻隊員の戦死について、かつては殉国の士として、その崇高なる精神を称えられたのであるが、敗戦後の今日、現代思想家の一部から、無益の死の如く批判されつつあることを、誠に遺憾に思うのである。ここに某評論家の著書から、関係ある事項を二つだけあげて考えてみたい。

 第一 著者いわく、戦争のために死んだものは、災難で死んだのと同様である。即ち難死である。特攻隊員の戦死は散華ではなく、難死であると。

 第二 著者は人間の行動を、公状況と私状況にわけて、私状況は公状況に優先する、という考え方である。

 第一について私の考え

 特攻隊の戦死は難死であろうか。太平洋戦争は、末期に近ずくにつれ苛烈となり、陸では日本軍がここかしこで玉砕し、海では世界に誇る巨艦が、次々に撃沈され、国家の危機刻々と迫りつつある時この頽勢を挽回するには、飛行機により、一命をかけて体当りするより途はない、と考えた若者達は、特攻隊を志願したのである。

しかして命下るや、勇躍戦地に趣き、勇戦奮闘してついに、戦場の露と消えたのである。これこそ散華であって難死ではない。と堅く信ずるものである。

 第二について私の考え

 私状況即ち、私事私益は、公状況即ち、公事公益に優先するという考えは、根本において、西洋文明の基調とする唯物主義、個人主義によるものではないか、と考えるのである。

唯物主義-それは文字通り物に重点を置き、心が軽視されている。およそ物は心の規制があって、その価値を生ずるのである。もし物のみに重点をおいて行動するとき、恐るべき弊害を生ずることは、最近の公害問題や、石油危機における産業人の行動をみても明らかである。

 反対に心が物を規制するとき偉大な効果をおさめることができる。特攻隊の行動はそのよき実例である。国のためという心の支配のもとに、肉体という物をおしげもなく捧げたのである。国のためという公状況を、自己の一命、自己の肉親などの私状況に優先したのである。

戦争には破れ、その肉体は亡くなったが、精神的生命は今も生き、今後永遠に世道人心に良い影響を及ぼすことと信ずるものである。

 どうすればこの世の中を正しく明るく豊かにすることができるか。私はこの問題に対して次のように答えたいのである。

 欧米の思想に追随することをやめて、日本は世界に誇るべき日本独特の伝統の精神がある。今は欧米思想に汚染されているが、潜在している、この日本精神を顕現し、実践するほかに道はないと思うのである。

この日本精神はわれわれの祖先が二千数百年にわたって創り上げた貴重な文化である。まず神代の時代に始まった清浄鏡のような神の心を基盤として、時の流れに従い、東洋思想の儒教が仏教の精神を吸収し、消化して誠心、和を尚(たっと)ぶ心、自分と万物は一体、即ち山川草木、日、月、星晨(せいしん:星、星座)は自分と一体、自分と他人は一体、国家社会と一体、世界の国国と一体、こうした一体観にまで発展した。

この一体観(アイデンティティ)の伝統精神こそ日本人の宝である。

 特攻隊員が国家のために一命を捧げたのも一体観に基くものである。現代人の悩みと苦しみを救うためにも、また国家及び世界の真の平和に貢献するにも、この伝統の精神を生かし、実践することが最大の任務であると信ずるものである。
               
                  (故陸軍大尉毛利理・実父九十二歳)


日本人の一体観について


出典:1941(昭和16)年 東海出版社 松井賢一 「世界変局と日本」



 日本の生命的一体観

 世界に日本民族の如く鞏(強)固なる結合を有する民族はいない。それは神を中心として、また神の生命の分派分脈として、自己を覚(さと)り、此の覚証の下に各自が生命的一体なるの所以(ゆえん)を感得実行して居るからである。

 世人は独逸(ドイツ)や伊太利(イタリア)の全体主義を見て、日本の全体精神と同一のものであったり、最も親近なるものであったりするものの如く考えて、独伊らの全体主義的政策や手段を、直訳的に日本の上に施行せんとする傾向が顕著に現れて居り、斯くすることが進歩的であり、日本的であると思料して居る者が相当にあるが、此の徒輩は、未だ独伊の全体主義の何たるかを心解せず、日本の全体精神の如何なるものであるかを充分に呑(の)み込んで居ないものと言うべきである。

(中略)

 日本の全体精神は、その淵源するところ神に発して居るのである。玆(ここ)に云(い)うまでもなく国は神の作りしもの、民は神の生み給いしもの、山や川や、草も木も、鳥も獣も、魚も虫も、天地間のありとあらゆる物は、悉(ことごと)く高皇産霊神(たかむすびのかみ)、神皇産霊神(かみむすびのかみ)のむすびの作用に依って生み出されたるものであり、神の生み給うところなるが故に、一定の限界を有する神性を保有するものである。即ち神の生命の分派分脈としてあるのである。

同一の体(神の体)同一の用(神の用)としているのであって、生命一体的に、有機的に一体たるの確信の上に基づかれたる一体(全体)精神である。

之(これ)を例えて云えば、家の如く各種の物を寄せ集めて出来上がった分解され得る全体ではなくして、一本の木の如き一体である。根も幹も、枝も、梢(こずえ)もその一体を離れては存在なすこと能(あた)わざる有機的一体である、本然的に一体たるより外(ほか)に道なき一体である。

 日本の一体精神は、その国民も、国土も、山川草木も、宇宙間一切のものが、その生命の源頭たる神の下に固く結集され、之(これ)を離れては自己の生命なき一体である。

現実に己れの生命の本宗たる神として天皇を仰ぎ、その下に一切が凝り固まり、而(そ)して是(これ)を中外に施して悖らず、是を古今に通じて謬らざる道を為(な)したる一体である。

 再言すれば日本の全体精神は、その祖宗たる神と、その祖宗たる神と同一なる神としての天皇を仰ぎ、延々として三千年践(ふ)み履(ふ)みたる我らの祖先と共に、山川、草木、国土をも含めてのあらゆる神性と共に一体たる存在であるのである。



グローバル=インターナショナル
資本主義と共産主義、民主主義と社会主義の行き着く先は「統一」


出典:1939(昭和14)年 興亜学会 児玉信夫 「世界撹乱の陰謀:猶太民族は世界を征覇するや?」



 元来、英・米・仏・蘇(ソ)のそれぞれ唱ふる共産主義・社会主義・国際主義・自由主義・民主主義・資本主義等々々……表面から見れば、それぞれまったく相異なった思想で、其(その)間何の脈絡もなく、個々の事象を取立て見ると、到底歩調を揃えて進み得ない様々な理由を、たしかに発見するのであるが、然し、これを一度(ひとた)び裏面から抉刎(抉〔ケツ〕:えぐる、ほじる。刎〔フン・ブン〕はねる、くびきる)して見ると、同一イデオロギーの許に、同一思想の流れを有(も)つ一大秘密力の多角的な動きであることを観取することが出来る。

恰(あたか)も頭こそは個々に別れて居るが、地中の胴体は一つである八頭の蛇であることを知る。


本記事のその他の資料

日本人は過去、現在、未来を通じ、一つの体であり生命である


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031054800:昭和19年4月5日 内閣情報局 「週報 第389号」(表紙裏) 



日本人はひとつの命1
 週 言

 日本人は過去、現在、未来を通じ、一つの体であり生命である。而(そ)して二千六百年の光輝ある歴史に根を張り、幹はますます太く、丈はますます高く、葉はますます茂って行くのである。

 寒さに負けず、暴風に屈せず、成長を妨ぐるものあらば、これを打ち砕き、押し倒し、さんさんたる陽光を浴びて、伸び且つ拡(ひろが)って行くのである。

 春が訪れて草木悉(ことごと)く堅き土を打砕き、根を張り、芽を発するを見るとき、我々は一つの体であり生命である日本人の成長し行く衝動力を感ずる。

 敵米英の圧迫が加わるに従って、一億生命のこの衝動力は鬱勃として漲り、その奔出する所、凡(あら)ゆる障碍を突破せざれば止(や)まない。

 而して一億生命のもつこの大いなる力は、我々一人々々の衷(うち)に躍動しているのである。



帝国陸軍
「自由の観念、個の観念は英米ユダヤの世界支配の手段である」


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C13031980900:昭和17年8月 陸軍省 「4 人間物資観の否定」



四、人間物資観の否定

 大東亜戦争が根本的には思想戦であり、世界観戦であり、世界維新戦争であるという歴史的な性格は実にこの一点にある。

 世界とは単なる個の集合体でもなければ、また個勢力の均衡体でもない。そんな唯物的な考え方は従来から英米が取り来った世界支配の手段であり、猶太(ユダヤ)をして第一次世界大戦を画策せしめ、国際連盟という架空なバビルの塔を建築せしめたのである。がしかし、日本が連盟を脱退した時、既にその観念は正体を曝露したのである。

 英米の世界搾取は単に領土のみでなく、精神の搾取の上にも実現していることを知らねばならない。搾取された精神は、自由の観念、個の観念に立つ精神に他ならぬ。然らばこの観念は何処から生れたのであらうか。

それは神(絶対)から人間を奪い、人間とは肉体なり物質なりと見なすヨーロッパ、唯物文明の所産である。人間を肉体すなわち個体となすところに個の観念、自由の観念が生れ、平等、対立、競争、強弱が生れ、かくて搾取と被搾取は永久に続いてゆくのである。

故に英米思想の徹底的否定とは英米国家の打倒と同時に、その根底をなす『人間物質観』『人間肉体観』の徹底的否定によって始めて完璧を期することができるのである。



帝国海軍
「帝国を脅威するものは外来の悪宣伝である」


出典:1933(昭和8)年-1937(昭和12)年 海軍有終会編 「海軍要覧 昭和8年版」



 第三節 帝国の存立上直面せる脅威

(一)第一に帝国を脅威するものは外国で行われる排日運動であって、支那以外では概して非合法的な手段に訴える程深刻でないが、支那の排日は他の諸国で行われるものと其の趣を異にし、彼等特有の排外心及び侮外心に基いて居るのであって、常に一番関係の深い外国に対して鋭鋒を指向するのであるから、一九二五年以降二ヶ年に亙(わた)る排英が、済南事件を転機として排日に変ったように、今日の排日は明日如何なる国家に対する排斥運動となるか予断を許さないのである。

(中略)

 率然として満洲事変や上海事変の勃発を見た列国は驚きもしたであらう、疑いもしたであらう。然(しか)し今日の事態は前述のやうな雰囲気内に徐々に醸成されつつあったのである。

面目は潰され、権益は侵され、生存迄も脅かされ、最早帝国は之(こ)れ以上我慢し切れなくなったのである。如何に平和を愛好する国民でも、帝国と同一の境遇に置かれたならば、恐らく起(た)って自衛権を行使せざるを得ないであらう。

(ニ)第二に帝国を脅威しつつあるものは外来の悪宣伝である。米人トリート教授に従えば、ポーツマス会議の際、露国代表ウイッテは日本の軍閥を攻撃し『日本を誤るものは軍閥なり、悪(にく)むべきは軍閥なり国民に非ず』との意味を強調し、大に米国の排日気勢を煽ったと云(い)うことであるが、抑(そもそ)も日露戦争に露国が敗北したのは、帝国の挙国一致に対して彼は僅(わずか)に七百万の支配階級を以て対抗したからであって、講和会議当時既にレーニン一派の革命運動に苦しみつつあった結果、露国は能動的に対日宣伝を行ったものと見える。

即ちウイッテの宣伝は、帝国の軍隊首脳部と軍隊との間、又は軍隊と国民との間を離反させようとしたものであって、其の後此の種の宣伝は、盛んに外国から侵入し来ったのであるが、帝国の事情に通じない外国人は、此の宣伝を妄信し、帝国には侵略的且つ好戦的な軍閥と云う特殊階級があって国民を圧迫して居(お)ったが、最近に至っては軍閥に対する国民の反感が高まって来て、其の凋落が近付いたと云う風な観念を有するに到ったようである。

(中略)

軍隊と国民とを離反せしめようとする宣伝に次(つい)で侵入して来たのは、資本家と労働者との間を離間しようとする宣伝であって、反帝反軍の宣伝もこれに加味されて現に帝国を悩ましつつあるのである。

日本共産党志位和夫1_300px




関連記事
スポンサーサイト