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2016/06/23

通名で借家サギ朝鮮人に対する判決@戦前


戦前、在日朝鮮人は通名を使って日本人になりすまし、借家サギを働いていました。

借家サギは短期間でガッポリ稼げる犯罪で、早くて三日後には現在の価値に直すと百万円という大金を日本人家主から巻きあげることが可能でした。

1926(大正15)年10月、大阪区裁判所はたった半年の間に五人の日本人家主から現在の金額にして200万円以上もの大金をカツアゲした任君鶴、趙仁国という在日朝鮮人に、たった「懲役一年」という判決を下しました(貨幣価値換算は現在の銀座土地公示価格36,364,000円/坪をもとにしました)。


借家サギとは日本人名を名乗って日本人になりすまし、借家を借りたあとで自分は朝鮮人だと明かして、家主が「出て行ってくれ」と要求すると「金を出さねば出て行かぬ」と恐喝する犯罪です。

当時、朝鮮人は「日本人」だったので、一年服役すれば出所後も日本にい続けることができたのです。

戦前から日本政府は朝鮮人には激アマだったのです。


朝鮮人の妄想歴史観はコレなんでしょうが↓↓↓
従軍慰安婦劇1


真実はコレです↓↓↓
自分らの意志で日本に渡航してきて、犯罪に走ったり、共産デモに参加して示威やったり、警官と大乱闘になったり…、報じているのは関東大震災が発生した大正12年の大阪朝日新聞↓↓↓

大阪メーデー鮮人600名2

その数四千名園内は寸地を余さず、菜ッ葉服で埋まり「八時間制即時実施」「労農ロシア承認」以下メー・デーの標語を大書した白旗林立、朝鮮人労働者六百名の一団は殊に異彩を放った。
大阪メーデー鮮人600名1
【出典】神戸大学新聞記事文庫:大阪朝日新聞 1923.5.2(大正12)


戦後も帰国せず@1954年↓↓↓
バラック漂泊する人々1954


借家サギの被害にあっても朝鮮人が要求する金額を準備したり、裁判所に訴えることのできた家主はまだよい方でした。

なにしろ借家を乗っ取った朝鮮人がふっかける金額は、銀座の土地一坪が6000円の時代に、400円、500円という大金だったからです。

日本人家主も要求される金額をおとなしく払ったわけではありませんが、それでも100円から180円という大金を朝鮮人にカツアゲされたのです。

なのでそれができないビンボー家主は泣く泣く借家を朝鮮人に乗っ取られ、朝鮮人の不潔さと乱暴ぶりを嫌う日本人がその一帯からいなくなると、その一帯も朝鮮人に乗っ取られていきました。

さらに戦争のドサクサも重なって、現在の土地不法占拠地域が形成されていきました。

【大阪市浪速西校校庭内のバラック住宅-1954年8月】
バラック浪速西高校1954

【東京上野駅付近-1954年10月】
バラック上野駅1954

戦前日本政府は朝鮮人の日本渡航阻止政策をとりましたが、日ごとに朝鮮人の数は増していき、

【移入朝鮮人数(大阪府特高課調 大阪府管内)】
年末現在
1912/
大正元年
2462248
1916/
〃 5年
74913762
1917/
〃 6年
2,0302052,235
1919/
〃 8年
3,5384213,959
1921/
〃 10年
6,1681,2537,421
1923/
〃 12年
19,5494,08623,635
1925/
〃 14年
25,7956,06531,860
1926/
昭和元年
26,9948,23535,229
1927/
〃 2年
31,2599,70140,960
1928/
〃 3年
40,18715,02255,209
1929/
〃 4年6月
47,30517,43764,742


日本に渡航してきた朝鮮人は群居して、日本の土地を不法占拠していきました。

【朝鮮人密集状況大阪の土地(昭和4年末)】
戸数自由職職工日雇労働者無職
東成区鴨野215841927062651041,267
〃 大今里町583/342108427358307481,140
〃 中浜町4273740217215566795
〃 東小橋町152/15766619376144601,199
〃 猪飼野町923/9255412625818442610
港区小林町船町仮小屋11916169187451823
西成区北開中開南開182110494226154984
その他十三 一ヶ所6781,0051,8881,2219955,109
1,3282,8974,4212,6891,92011,927



日本国民は朝鮮人に家や土地を乗っ取られ、財産を強奪されても、日本政府の「内鮮融和」「内鮮同化」というオソロシイ国策のために、ガマンを強いられました。

昨日、こういうニュースがありましたが、

「税金を使って在日朝鮮人用の市営住宅を建てるよ?」↓↓↓

京都・ウトロ、住宅解体着手 住民「つらいが前進」
2016年6月22日 YAHOO! ニュース(京都新聞)

在日韓国・朝鮮人が多く暮らす宇治市伊勢田町のウトロ地区の一部で22日、宇治市が市営住宅建設のため住宅の解体工事に着手した。地区には、太平洋戦争中に国策で進められた京都飛行場建設に従事した韓国・朝鮮人の子孫ら約150人が住む。豪雨のたびに浸水被害に遭うなど厳しい環境での暮らしを余儀なくされてきたが、地域再生の取り組みが始まった。
 
 国土交通省や京都府、宇治市が2013年度に策定した基本構想の一環。20年度までに市営住宅2棟61戸を完成させて住民が移り住み、同時に雨水貯留施設や上下水道、排水路を整備する。16年度は、約2カ月間かけて市営住宅1棟分の敷地約3千平方メートルで解体工事を進め、年内に1棟目の建設着手を目指す。

(中略)

 ウトロ地区を巡っては、土地を所有する民間会社が明け渡しを求めて提訴し、2000年には最高裁が住民に立ち退きを命じた。不法占拠状態となっていたが、住民の窮状を知った韓国政府が07年に土地購入のため30億ウォンの支出を決定。韓国の財団などが地区の約3割を購入したことを受け、住環境改善に向けた基本構想や事業計画がまとめられた。



こういった日本政府や自治体の朝鮮人にアマイ体質は、戦前からまったく変わっていないのです。


大阪市社会部労働課「在日朝鮮人に貸家を建設してあげた。内鮮融和だ」 日本人の破産については言及なし(昭和2年-昭和10年)

【要約】
 "木津川飛行場建設現場で就労していた朝鮮人が、市有地やその他の空き地を不法占拠してバラックを建てていた。それが内鮮協和会(在日朝鮮人を保護する団体)が建設する貸家に入居してもらうことで、この問題は解決した。

この意味において内鮮融和の実を大いに強調されるべきだが、住宅難に苦しむ在日朝鮮人の中には借家サギなどの詐欺的罪悪をするものも相当に多いようである"。


出典:1927(昭和2)年-1935(昭和10)年 大阪市社会部労働課編 「〔大阪市〕社会部報告 第121号 本市に於ける社会病」 一三 朝鮮人労働 渡来朝鮮人労働者-モヒ中毒者

※上掲二表の出典も同じ。


所謂(いわゆる)バラック建築 ─── その多くは市有地その他の空地を私用(不法占拠)して建てている ─── は最近漸く跡を絶つに至った。昭和元年末本市社会部の調査によれば土木建築業者が工事の都合上一時的に建築したるものを除き八ヶ所七五戸その居住人員三八五名を算し絶えず紛議の種となっていた。

その中(うち)最近まで問題となっていたものは港区小林町及び船町に於ける所謂木津川飛行場のそれであったが、内鮮協和会の貸家建設によってこの鮮人立退(たちのき)問題も漸く解決をみるに至った。

 住宅難は決して彼らに特有のものではないが、彼らの住宅難は主として相対的のものであり、しかも多分に民族的にも胚胎している。

この意味に於いていわゆる内鮮融和の実が大いに強調されるべきではあるが、他面に於いて彼らの多くが家賃を滞納すること、衛生に無関心で家屋を汚すこと、従って附近の居住者が嫌忌すること、特に一戸に多人数が群居することによってより不潔と家屋の損朽を強めること等に就いて多くの家主から忌避されている。

ゆえに彼らの中にも日本人と詐称して家屋を借り受け、のちに至ってそれがために紛議を生ずることも少なくないが、ことに悪性なものになると彼らの無知と道理に暗いことに乗じ、かつ家主が朝鮮人を忌避する心理を利用して、その間あるいは手数料、立ちのき料等を詐取または強要するといった諸種の詐欺的罪悪をするものも相当に多いようである。



現在日本もヘイトスピーチ解消法成立で、戦前日本に似てきたと思います。

戦前日本の「内鮮融和」、「内鮮同化」という国策が「対鮮ヘイトスピーチは恥ずべきこと」という国策に取って代わろうとしているように思えます。

このヘイトスピーチ解消法は、戦前の治安維持法とは正反対に日本の保守派・民族派を逮捕、処罰できる法に変貌する危険性を秘めています。


【BKD自民党】
西田昌司議員1

TPPというアメリカを中心とする経済統一政策、また覇権国家中国の目標である赤色帝国主義建設、そのどちらにとっても皇室や国体にこだわる民族主義的な日本人はジャマな存在です。


赤色帝国主義=世界を共産党一党独裁下に置くという共産主義究極の目標↓
akairo_teikoku_shugi.jpg


世界を統一するためには「民族」というバリケードを作る人種、民族を排除しなければなりません。

なので白人は、白人に刃向かう有色人種の民族主義者を「テロリスト」または「カミカゼ」と呼ぶようになりました。


アメリカホルダー司法長官「山本五十六はテロリスト」
アメリカホルダー司法長官1

フランス「カミカゼ=テロリスト」
フランスカミカゼ1

安倍総理アメリカ議会演説1

戦前から日本の保守派は、日本政府は朝鮮人を煽動するアメリカに媚びているのではないかと懐疑的だったようです。

驚いたことに戦前日本政府は今よりももっと腐っていて、天皇の命を狙っていた朝鮮人テロリスト朴烈に恩赦を与えるよう、天皇に働きかけたというのです。

そしてその理由が、朝鮮人を煽動するアメリカに媚びるためであった、と。

朝鮮人を弾圧すればアメリカがきびしいことを日本に言ってくるし、アメリカに刃向かえば朝鮮人が日本国内で暴動を起こすということですね。

テロ三法と矛盾するヘイトスピーチ解消法成立にアメリカがダンマリなのもおかしなことですし、「日本は侵略国家」史観を国民に刷り込んで中国、朝鮮に謝罪と賠償、ODAを貢ぎつづけたのも自民党です。


出典:1926(大正15)年 安河内政次郎述 「大正維新に直面して」 六、逆徒、幸徳、難波、朴文



 想うに現内閣諸公は一般民心の変調と時勢の変化とに迎合して人気取り政策の陋策(ろうさく。いやしい策)のために、即ち新聞紙其他外面に現われたる論調と朝鮮人を煽動する米人等に媚びんが為(た)めに、優掟(諚)(ゆうじょう。特別の詔)降下を奏請したであろうことは想像に難くない、(中略)

借問(しゃもん。しばし問うこと)す、天皇輔弼(ほひつ。天子が政治を行うのを助けること)の重臣は、悪化せる言論機関と不逞鮮人とを味方として、真の日本精神と一般鮮人とに対して敢て挑戦せんとするのか。



アメリカにとってもアメリカの世界統一政策に特攻隊まで編成して全力で反抗した日本人より、戦うことなくソッコーで下僕になった事大朝鮮人の方が扱いやすいに決まっています。

アメリカが「日本国民」を日本人から朝鮮人に入れ替えたいと望んでも、ふしぎではないでしょう。

戦前からアメリカは「日本民族を地球上から抹殺しろ!」と公然と叫び、とうとう沖縄に上陸してきたのですから。

折しも参院選が公示されたので、管理人はヘイトスピーチ解消法成立に反対した
日本のこころを大切にする党を応援したいと思います。

戦前日本のように国策の下、日本政府に弾圧されたくありませんからね。

日本のこころを大切にする党1


本記事の資料:
借家サギの手口…通名で日本人になりすまし家を借りる→朝鮮下宿を始めるので借家やカマドを改装したいと家主に通告、家主が立ちのきを求めると「朝鮮人を2、30人連れてきて借家をメチャメチャにしてやる!イヤなら金出せ」【現代語訳】


出典:1933(昭和8)年3月 司法省調査課 「報告書集 2」



 いまこの朝鮮人の借家に関する恐喝事件を判決について見よう。

   判決(一)
    ミシン職兼下宿業
     任君鶴
    明治三十四年二月十日生


右の者に対する恐喝被害事件に付き大正十五年七月三日大阪区裁判所が言い渡した有罪の判決に対し被告人より適法である控訴の申立があり、当裁判所は検事安井栄三関与審判を経て判決を下した。

   主 文

 被告人任君鶴を懲役一年に処す
 当審における未決勾留日数中六十日を右本刑に算入する


   理 由

被告人任君鶴は日本人を装って家屋を借り受け、これに移転したのち、家主等を恐喝して立ちのき料名義の下に金を出させることを企て、犯意を継続し

第一、原審被告人趙仁国と共謀の上

一、被告人任君鶴は小山正一と称して大正十四年十二月三十日大阪市住吉区粉浜町四百八十六番地藤田寅吉よりその付近にある同人所有の借家のうちの一戸を借り受け、翌日趙仁国等と共にこの借家に移転し、大正十五年一月八日趙仁国は右藤田寅吉方を訪れ同人に対し、

「朝鮮人五十名くらいを下宿させるので階段を取り替えてくれ、また三畳敷きの板の間に一斗焚き(一斗は米十升)の釜を設置する必要があるゆえ、板の間をはずすことを許可してくれ」

と告げた。

虎吉は同月九日頃谷口勝次郎を右借家に行かせ、任君鶴に対し立ちのきを求めた。するとこれに対し趙仁国は

「朝鮮人五十名を下宿させれば庭木は三日のうちにメチャメチャになって、一ヶ月も経たないうちに家もメチャメチャになるだろう。敷金百二十円の四倍の金をくれるなら立ちのいてやる」

と告げた。

そしてその旨を藤田寅吉に知らせさせ、

『任君鶴を立ちのかせないと多数の朝鮮人が借家に下宿して、借家は破壊され、多大の損害をこうむるにちがいない』

という危惧の念を抱かせた。

よって、任君鶴はその日のうちに右勝次郎の手を経て寅吉より立ちのき料名義の下に金百八十円を受け取り

二、任君鶴は豊川鶴吉と称して大正十五年一月十日同区浜口町二百五十四番地大畑孝次郎より同所在の同人所有借家のうちの一戸を借り受け、翌日頃趙仁国とともにこの家に移転し、その日の夜、飲酒して騒いだため、任君鶴が借りた家の両隣に居住する右孝次郎の借家人らが

「朝鮮人が酒を飲んで騒いだ」

と孝次郎に知らせたことにより、孝次郎の妻キノは同月十二日右借家に行って立ちのきを求めたが、趙仁国は豊川鶴吉の兄と自称

「金五百円の立ちのき料を出せ、そうしないなら立ちのかないし、明日から朝鮮人三十人位を連れて来て下宿させればこの家はメチャメチャになるがそれでもいいか?」

と告げ、また任君鶴は同日右孝次郎方に行って同人および妻キノに対し語気荒く

「金はいらない。家はそのまま借りて明日から朝鮮人十八名を下宿させることにしたから、かまどを大きくしてくれ」

と告げて、孝次郎をして

『多数の朝鮮人が借家に下宿して家を破壊され多大の損害をこうむるにちがいない』

という危惧の念を起させ、よって任君鶴は翌十三日前記借家において右キノを経て孝次郎より立ちのき料名義の下に金百円を受け取り、

三、任君鶴は小山正一と称して大正十五年四月二十五日頃大阪市西淀川区大和田町桜木市之助より同町にある同人の弟房吉所有の借家のうちの一戸を借り受け、翌日趙仁国とともにこの家に移転し、同日趙仁国は右市之助方に行って同人に対し

「かまどをもっと大きなものに改造してもよいか?あの家なら四、五十名くらいは入れるから下宿屋を始めようと思う」

と告げ、さらに同年五月一日任君鶴および趙仁国は連れ立って市之助方に行き、同人に対して

「下宿屋というほどのものではないが二十人来るか、三十人来るかはわからない。さしあたり兄のもとに預けてある労働者二十五名を引き取らなければならないから、立ちのけと言うなら家賃六ヶ月分と敷金の三倍をよこせ」

と告げて、同人に

『多数の朝鮮人が右家屋に下宿し、家屋の損失もはなはだしく多大の損害をこうむるにちがいない』

という危惧の念を抱かせ、よって任君鶴は同月二日右市之助方において同人より立ちのき料名義の下に金百六十円を受け取り、

第二、単独にて

一、豊川鶴吉と称して大正十五年一月中旬大阪市住吉区浜口町所在脇野林兵衛所有の借家のうち一戸を借り受け、即日この家に移転し、同所においてその管理人石川鉞(まさかり)に対し

「朝鮮人二、三十名を下宿させることにしたから、かまどを大きくしてくれ」

と告げ、この旨を林兵衛に知らせるように言って、同月十八日同所において林兵衛が立ちのきを求めるや

「敷金八十五円の三倍出せ。そうでなければ立ちのかない」

と告げ、よって同人に

『多数の朝鮮人が下宿して家屋は破壊され多大の損害をこうむるにちがいない』

という危惧の念を抱かせ、よって同月十九日同所において林兵衛より立ちのき料名義の下に金百円を受け取り

二、豊川鶴吉と称して大正十五年四月上旬、兵庫県西宮町産所町所在の鈴木勘右衛門の母所有の借家のうち一戸を借り受け、翌々日頃この家に移転した後、四、五日を経て右勘右衛門の母方に行って、同人に対し

「朝鮮人二十五人くらいを下宿させることになったので、かまどを大きくしてくれ」

と告げ、これを知った勘右衛門が右母方において被告人に

「その申し出をひるがえさなければ家は貸せない」

と交渉するや同人に対して

「どうしても(朝鮮人を)二十五人くらい下宿させる」

と告げ、また同人がその交渉をした頃、矢野嘉三郎に右同様のことを被告人に交渉させたところ、被告人は嘉三郎に対し

「金四百円を出さないと立ちのかない」

と言い、これを勘兵衛(原文ママ)に伝えろ言って、同人をして

『朝鮮人が多数借家に住んで騒げば隣人にも迷惑をかけ、母にも心配させてしまう』

と危惧させ、よって同月十四日右勘兵衛(原文ママ)の母方において矢野嘉三郎の手を経て、立ちのき料名義の下に勘兵衛(原文ママ)金百円を受け取った

取り調べたところ、被告人任君鶴が判示(はんじ。判決の中で見解を示すこと)のような方法により家主より立ちのき料名義の下に金を出させようと企図したことは検事の同人に対する聴取書の中で

「自分は日本人のふりをして家を借り、そのあと朝鮮人を連れて来て騒ぎ、付近の人に嫌がられるようにすれば家主が出て行ってくれと言うにちがいない、そうすれば立ちのき料をもらうことが出来ると思い、住む考えはなく立ちのき料をもらうために家を借り受けた」

という旨の供述が記載されているためこれを認め、判示共謀の点は検事の原審相被告人趙仁国に対する聴取書中、その旨の供述記載により

被告人任君鶴が藤田寅吉、大畑孝次郎、桜木市之助、脇野林兵衛、鈴木勘右衛門の母よりそれぞれ判示があったように、小山正一または豊川鶴吉と称して判示各日時判示のように、各家屋を借り受けてこれに移転し、判示各日時場所において立ちのき料名義の下に同人等よりそれぞれ判示のように金を受け取ったことは、被告人の当公廷におけるその旨の供述により

右各金員の供与が被告人任君鶴および趙仁国が判示の人々に対し、それぞれ判示のような言動をなしたるため藤田寅吉、大畑孝次郎、桜木市之助、脇野林兵衛、鈴木勘衛(原文ママ)等が各判示のように畏怖したことによるものであることは検事の同人等に対する各聴取書中、各関係部分に付き、それぞれ判示同旨の供述記載ならびに公廷における証人脇野林兵衛の同人関係部分に付き同趣示(原文ママ)の供述により、各これを認め犯意継続の点は被告人が短期間内に同種の犯行を反覆した事蹟により明白である

よって判示犯罪事実を認定する

法律に照らすに被告人の判示所為(しょい。しわざ、ふるまい、原因となって起きたこと)は刑法第二百四十九条第一項第五十五条に該当することをもって、所定刑期範囲内において主文の刑を量定し、同法第二十一条にのっとり当審における未決勾留日数中六十日を本刑に算入すべきものとする

よって主文の如く判決す

本件控訴は理由なし

 大正十五年十月十四日(後略)




【写真出典】
・1995(平成7)年 毎日新聞社 「毎日ムック 戦後50年」




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