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2016/04/18

南北分断に日本の責任はない


韓国の柳亨錫(リュ・ヒョンソク)というおじいさんが「朝鮮半島が分断されたのは日本のせいだ!」と言っています。

それはちがいます。朝鮮半島を分断したのは「朝鮮の英雄」と呼ばれる人々です。

「朝鮮の英雄」らは日本軍の基地や飛行場の情報を連合軍に売って、私腹を肥やしていました。

しかも「朝鮮の英雄」らは本来その思想が共産主義ならばソ連・中国、民族主義ならば米英に加担すべきところを、連合国ならどこでもいいと言わんばかりに日本の情報を売りまくりました。

そして巨額の報酬を受け取った。


【金元鳳(共産系)】
金元鳳

金九(本名金亀)(民族系)】
kinku_20150917080826c82.jpg

【李承晩(民族系)】
李承晩1


その結果、"連合国と戦わずにその属領"となった朝鮮は北はソ連に、南はアメリカにと分断される結果になったのです。

アメリカは満州や中国への覇権を狙い、ソ連は帝政ロシア時代から続行している南下政策アジア赤化をめざしていたのですから、そこへ無抵抗ですり寄って行けば「朝鮮はわが国のものになった」と思われて当然です。

「朝鮮の英雄」らは日本を連合国に売ったつもりが、朝鮮半島を売ったわけです。

革命後間もないソ連を支援していたのは、アメリカとイギリスの国際金融資本でした。

朝鮮半島分断も朝鮮戦争も、国際金融資本が朝鮮に投下した「資本」を回収したにすぎません。

「朝鮮の英雄」らがソ連や中共から受け取った金は、もともとアメリカとイギリスの金だったのです。

国際金融資本は日本とちがって、投下した資本は利息も付けて必ず回収します。

南北分断に日本の責任はありません。その責任は「朝鮮の英雄」にあります。

なので、南北統一の費用は朝鮮人自身が負担すべきです。

もし、朝鮮人が台湾人のように一丸となって日本とともに白人の経済・思想侵略と戦っていたならば、どうなっていたでしょう?

たとえ日本が敗けたとしても朝鮮半島全体がアメリカの属領になって、北朝鮮という地上の地獄が出現することはなかったでしょう。


【国難は私腹を肥やすチャンス】
いろんなサギが横行したセウォル号沈没事故。日韓併合も金もうけのチャンスだった。セウォル号1


【日本人を地獄に突き落とした朝鮮人の裏切り】
ソ連軍の朝鮮進駐を拍手で迎える朝鮮人。
Sovetkorean.jpg

米軍の進駐を拍手で迎える朝鮮人。
kingstation_1945_10.png

【熊本地震に関して】



【なに言ってんだ?共産運動に狂ってソ連軍進駐を待ちわびたことは忘れたのか?】

【韓国】 「韓半島分断は日本の責任が大きい。降伏を遅らせソ連軍の参戦を招いた」~「三八線」著者、柳亨錫氏[04/04]
2016年4月4日 朝鮮日報(韓国語)

(前略:これまで戦後を扱った大著、「6・25参戦少年志願兵」「洛東江」「三八線」を書いてきたリュ・ ヒョンソク(柳亨錫, 82)氏の紹介と「三八線」を書いた経緯)

-38度線決定過程で日本の責任が大きいといいましたが。

「朝鮮総督府の官吏だった森田芳夫は《朝鮮終戦の記録》で“日本がポツダム宣言受諾を最終的 に決めた御前会議は8月9日夜だったが、もしそれが広島に原爆が投下された8月6日だったら、ソ連は参戦の機会を失い、朝鮮の38度線分割の悲劇はなかっただろう”と書いた。彼はまた“9日 夜の御前会議で軍部強硬論が勝ったならば、ソ連は南部サハリン・北海道・奥羽まで進出することによって日本は米・ソで分断されるところだった。実に8月9日夜の天皇の聖断は日本をこの運命から脱し、朝鮮が日本の代わりに二つに分かれる結果になった”と記録した。この場合、韓半島は全部ソ連軍の占領下に入る。これは森田の意見ではなく事実だ。私たちが様々な面で運がなかっ たというほかはない。」
(中略:日本が降伏する機会は何度もあった)

(中略)

-ソ連軍が韓半島ではなく日本本土に進撃する方法はなかったのか。

「ソ連が対日宣戦布告をして日本を攻撃するならば、当然、日本本土を攻撃するべきだった。ところがソ連軍は韓半島の北端、咸鏡北道(ハムギョンブクド)に侵攻した。もちろん国境が接していて地上軍が進撃するのに便利だったし、最もたやすい方法だったからと判断される。しかし、戦争相手は日本だ。当然日本本土に進撃するべきであった。近距離にあるサハリンを経て日本の北海道に進撃するのはそれほど困難ではなかった。韓半島に進撃するより負担は多少大きいが、日本本土を攻撃することとその植民地、韓半島を攻撃することとは実利面で雲泥の差がある。日本を共産化できたし、それはアジアを握ったことと同等の実利が伴う。米国をアジアから押し出すことより大きい利益があるだろうか?結局、韓国の意地悪な運命だ。」

-その結果、日本は天皇制維持はもちろん、戦犯の天皇の安全は確かに担保受けたようだ。

「結局、日本軍部の強硬な態度で原子爆弾一つさらに殴られ中立条約を結んでいたソ連の攻撃まで受けたので手をあげたまぬけな日本は自分も滅びて韓国も滅びるようにしたのだ。日本が最小限、広島に原爆が落ちた時に降参をしていたらソ連軍は対日参戦の機会はなかったし38度線は生じなかった。韓民族の運命だ。」(中略:米軍が日本を過大評価しソ連の参戦を求めた)

-無条件降伏で崩壊した日本は本来6・25戦争(朝鮮戦争)を通して経済が復興したことは良く知られた事実だ。

「韓半島で戦争が起きた隙に日本は経済復興の機会をつかんだ。韓国戦に参戦した国連軍の軍需調達を日本が引き受けることによって日本が今日、世界経済第三の大国に発展する契機を準備した。韓国を植民地にしてあらゆる人的・物的収奪で韓国を絞り取って自分たちのお腹を満たした日本が、のろま降参で韓半島を南北に分け、その‘おかげ’で敗戦の灰から経済を復興させたので結果的に降参を遅らせたことが災い転じて福となす結果になった。韓半島分断のおかげを正確に見たものだ。結局私たちには‘死ね’で、日本には‘生きろ’といった怪奇な歴史の運命に違いない。」
(後略)

文|イ・サンフン朝鮮pub記者

ソース:朝鮮日報(韓国語) "日本が二日だけはやく降参しても韓半島は分断されなかった"(部分訳)
http://pub.chosun.com/client/news/viw.asp?cate=C02&nCateM=M1001&nNewsNumb=20160419884&nidx=19885

「朝鮮の英雄」らの売国ぶり

(  )、〔  〕内は管理人による註釈です。

朝鮮人の多くはもらった宣伝費で私腹を肥やす


出典:1923(大正12)年-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 [朝鮮総督府]調査資料 第20集 「朝鮮人の思想と性格」



 (チ) 真剣味のない事

 ロシアの赤化は、東洋方面に向って、漸次主義の宣伝を企て、朝鮮の如き圧迫されて居る民族には入り易いと云(い)うので努力して見ましたけれど、朝鮮人の多くは貰った宣伝費で私腹を肥したりして真剣に宣伝するものが少いの労農政府(ソビエト政府)も今日では殆(ほとん)ど鮮人を相手にしないようになって居(お)ります。

朝鮮人は陰謀に巧みである、言葉も巧みである、計画も巧みであります。けれども実力が乏しい。且つ真剣味が足りないで直(す)ぐ党派争いが起り、名誉心のことで争いが起りまして、決して纏(まとま)った仕事の出来ないのが現在の朝鮮人の実情であります、即ち本当の真剣味が乏しいのであります。

私共多くの朝鮮人に接し交わりを重ねましたが、朝鮮人に最も欠けて居(い)るのは此(この)真剣味であります。(同民一四号)


権力と金のために分裂と統一をくり返す民族性
現在は政党交付金で私腹を肥やす↓


菅直人肖像

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極左野党統一戦線1



元祖偏差値28 上海仮政府国務総理 李東輝
レーニンに朝鮮赤化資金30万円をせびるも、無知を理由にクレムリンからツマミ出される

アメリカ派と思われている李承晩の上海仮政府もクレムリンに朝鮮赤化工作費をせびりに行っていました。大正12年6月9日付の大阪毎日新聞が報道しています。


出典:1923(大正12)年-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 [朝鮮総督府]調査資料 第20集 「朝鮮人の思想と性格」



 (レ) 鮮人の雄弁 レーニンの李東輝評

 嘗(か)つて上海仮政府国務総理李東輝が露都のクレムリン宮にレーニンを訪(おとな)い(おとずれて)朝鮮赤化に要する資金三十万円を請求した際レーニンは輝に向って、
朝鮮に於ける満鉄の経営哩(マイル)数及(および)其(その)敷設予定線如何(いかん:どうであるか)、
鮮人の生産能力は全鮮の何パーセントか、
学校教育の普及状態、銀行数及び内鮮(日本国内と朝鮮内)経営銀行の公称総資本金額

を質問した、

処(ところ)が輝は之(これ)に対し一として満足な答えが出来なかった、

そこでレーニン幾分怒気を帯びて曰(いわ)く、朝鮮人はどうも口先は達者だが内容がない、やれ朝鮮をどうしなければならないの、斯(こ)うしなければいけないのと雄弁に言うが科学的に朝鮮を論じ得る人は未(いま)だ嘗つて私は一人も出逢った事はない、朝鮮の内情も知らない者に何の赤化が出来るか、君達の言う事は総(すべ)て私には囈語(うわごと)としか聞いない(原文ママ)、もっと勉強しなければいけない。

 と三十万円の代りに大変なお目玉を頂戴さしたと、当時通訳を務めた李某が語った。(大阪毎日大正十二年六月九日)




・ロシア領から琿春(満洲)を経て朝鮮に侵入した極左鮮人に多額の資金
・学校長朴時鐘は独立軍を募集して多額の武器購入費をゲット
・某朝鮮婦人は拳銃と弾薬を買いたいと日本人に依頼して断られる
・仮政府委員中曹煜、申采浩、呂運弘は資金をもらいに広東へ


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C06031188900:陸軍省 「大正8年4月24日 騒密第747号 独立運動に関する件(国外第46報)



大正八年四月廿四日 騒密第七四七号

 独立運動に関する件(国外第四十六号)

図們江方面
 支那領(間島電報)

一、不逞鮮人具春先、金秉洽、姜伯奎、高平等ハ、四月十九日露領方面ヨリ琿春ニ向ヘリ 琿春ニ国民議会ヲ置クコトニ関シ不逞鮮人有力者李東輝ハ露領ヨリ来リ協議スベシト

又曩(サキ)ニ東京ニ於ケル金秉徳ハ留学生ト共ニ浦潮(ウラジオ:ウラジオストック)ニ渡リ更ニ四月十九日単身間島和龍県三開社正東学校ニ帰還シタルガ再ビ浦潮ニ赴ク筈(ハズ)ナリト

二、琿春地方ニ於ケル朝鮮侵入の隊員ハ既ニ一千五百名ニ達シ多数ノ資金ヲ得タルモノノ如ク露領及(オヨビ)東寧県方面ヨリノ出動者ヲ俟(マ)チ四月三十日頃三々伍々美占、慶源、龍洞、下汝坪ニ侵入シ穏城及鐘城ニ集合シ別ノ一隊ハ茂山方面ニ侵入シ羅南ニ出テ各方面一斉(イッセイ)ニ運動ヲ起シ日本官憲ニ対シ韓国ノ独立ヲ要求スベシト侵入者ハ一名約五十円ヲ携へ武器ハ一切携帯セズ正義人道ヲ守リ運動ヲ継続スル計画ナリト 尚黄丙吉及間島ヨリ赴ケル金東漢、劉礼均等ハ琿春支那軍隊ニ宿泊シ其ノ間ニ於テ営長及知事等ト本運動実行ニ関シ打合(ウチアワセ)ヲ為(ナ)シタルモノノ如シト

三、最近樺甸県頭道河子南一学校長朴時鐘ハ独立軍募集ニ着手シ既ニ五十名ヲ募集シ且(カツ)武器購入費数万吊(ぜにさし:穴あき銭千文または百文をひもに通してつるしたものを一吊という)を得タリ

四、関東憲兵隊長情報、 三月二十日頃露国過激派ト関係アル鮮人某長春ニ来リ主ナル朝鮮人ト密会シ今回ノ独立運動ニ関シ長春ニ於ケル挙事計画ヲ密議シタルモ長春ニハ鮮人少数ニシテ武器ヲ有セズ且(カツ)官憲ノ取締厳重ナルヲ以テ堅実ナル基礎ヲ作ルニ至ル迄中止スルコトニ決シタリト

三月下旬某鮮婦人ハ邦人某ニ対シ拳銃及弾薬ノ購入方ヲ依頼セルヨリ邦人ハ相当官憲ノ許可ヲ要スル旨告ゲタルニ官憲ノ許可ヲ得ル程ニアラズト密売ノ意味ヲ濁シタルニ依リ邦人は之(コレ)ヲ拒絶セリト

目下鮮内地(朝鮮と日本国内)及(オヨビ)浦潮方面ハ官憲ノ取締厳重ナルヲ以テ更ニ支那国内ニ於テ事ヲ挙(ア)グルノ計画ヲ為(ナ)スニ至レルモノノ如シト

其ノ他

一、上海領事ノ発電ニ依レバ上海ニ於ケル主ナル鮮人中中曹煜、申采浩、呂運弘ノ三名ハ仮政府ノ委員トシテ独立運動ニ関スル軍政府ノ援助ヲ求ムル為(タメ)広東ニ向ヘリ

ニ、広東総領事ノ電報ニ依レバ曩(サキ)ニ独立運動ノ為広東ニ赴キタル鄭安立(四月二十一日国外第四十三報参照)ニ関シ総領事ヨリ同地支那警察官署ニ対シ取締方交渉セシ所三日内ニ同地ヲ退去セシムベキ旨回答シ来レリト

三、参謀本部ヨリ左ノ要旨ノ電報アリ

(一)在上海ノ重(主)ナル朝鮮人ト常ニ来往シ在(ア)ル一印度人「シャリストリー」ノ内話トシテ報ズル所ニ依レバ朝鮮独立運動主脳者ハ近々上海ニテ仮政府ヲ設立セントスルノ陰謀ヲ有シ内密ニ其ノ運動ヲ進行中ニテ其ノ設立後ハ平和会議其ノ他各国ニ通告シテ其ノ承認ヲ求ムベク運動ヲ起シ之(コレ)ト同時ニ予(アラカジ)メ西比利亜(シベリア)「ニコライエフスク」附近ノ某地点ニテ目下憲法草案起草中ナル由(ヨシ) 又本年夏頃ヲ期シ露国人、蒙古人、支那人、朝鮮人等ヨリ成ル約二千ノ兵ヲ以テ外部ヨリ朝鮮ヲ突カントスル計画ヲ有スルガ如シト

(ニ)四月十八日国外第三十五報ニテ既報セシ「フィラデルフィヤ」ニ於ケル朝鮮人会議ハ去ル十六日開会シ参会者約八十名ニシテ(在朝鮮宣教師ト関係アル米国宣教師ノ後援アリト)独立宣言書ヲ朗読シ且(カツ)巴里(パリ)ニ於ケル連合与国代表者ニ対シ独立請願書ヲ発セル由ナリ 尚同団体ハ米国赤十字社ニ対シテモ、日本官憲ノ惨虐ヲ訴ヘ救護ヲ求メタリト、米国基督(キリスト)教連合同盟会ノ「ドクトルギューリック」ガ在紐育(ニューヨーク)日本総領事ニ語ル所ニ依レバ最近朝鮮ヨリ同地ニ帰レル加奈陀(カナダ)(プレスビテリアン)伝道教会書記(アムストロング)ハ朝鮮騒擾ニ対スル日本ノ鎮圧方針ハ最(モットモ)苛酷ヲ極メ人道及(オヨビ)文明ノ立場ヨリ殆(ホトン)ド黙視シ難キモノアルガ故ニ一切ノ事実ヲ新聞ニ発表シ大ニ米国ノ与論ヲ喚起セザルベカラズ(シナクテハナラナイ)ト主張シアル由ナリ




蒋介石(本音は反共でもソ支不可侵条約締結によりソ連の手下)が朝鮮民族革命党(共産系)と韓国国民党(民族系)に資金を与える


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C11110754800:陸軍省 昭和15年9月 「附録・其の1 朝鮮人台湾人及支那人策動の事例」


 
第一、日本軍ノ後方ヲ撹乱シ軍事行動ヲ妨害センガ為朝鮮人及台湾人中共産主義者若(モシ)クハ民族運動ニ関係セルモノニ資金ヲ与ヘ之(コレ)ヲ内地(日本国内)ニ潜入セシメン(サセヨウ)トシタル事例

(1)南京政府ハ事変勃発スルヤ朝鮮民族革命党、金元鳳、韓国国民党金九其ノ他不逞鮮人ニ対シ多額ノ資金ヲ与ヘ抗日義勇軍ヲ編成セシメ(サセ)支那軍ノ別働隊トシテ支那各地ニ遊動セシメ軍情偵知ト「テロ」工作ニ依ル日本軍ノ後方撹乱ニ任ゼシメタリ(任ジタ) 此等(コレラ)抗日不逞鮮人二名ヲ天津ニ於テ検挙セリ

(中略)

第二、信ズベキ情報ニ依レバ中国共産党竝(ナラビ)ニ蒋政府ハ朝鮮革命党及日本共産党ト連絡 経済上ノ援助ヲ与ヘ日本国内ノ革命運動ヲ画策シアルモノノ如ク左ノ如ク鮮人共産主義者若(モシ)クハ民族主義者ニシテ事変ヲ革命ノ好機トシ反戦反軍治安撹乱策動ヲ為(ナ)ス者少カラズ




・イギリス艦隊(帝国主義国)に日本の情報を売った朝鮮民族革命党(共産系)
・金九の軍艦出雲爆沈計画-話がデカくなれば実入りも多くてウハウハ


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020256900:内務省 昭和14年7月 「内鮮警察参考資料」



〔59コマ目〕

更に南支方面に於ては日英間の関頃(原文ママ)逼迫に伴い英国極東艦隊に於ては帝国の情報蒐集其の他に不逞朝鮮人の利用を企図し、朝鮮民族革命党に対し積極的援助を与ヘ多額の資金を支給し之等(これら)分子の各地との連絡に関しても英国の外交伝書使を利用せしめつつありと。

(中略)

〔61コマ目〕

「別記」 抗日不逞行動の概要

5、昭和十二年十月頃金九派韓国国民党尖鋭分子十名は藍衣社(蒋介石の秘密結社)上海支社と連絡し、日本軍の陣容、編成、資力等を調査し、之(これ)を支那側に報告し支那空軍の活動を容易ならしめたり(容易にした)。

(中略)

9、金元鳳は毎月国民政府より一千五百元宛の援助を受け、昭和十二年秋星子軍官学校に尖鋭分子八十名を入所せしめ昭和十三年春之(これ)を漢口に移し引続き訓練を施したる上前線に参加せしめたり(させた)。

(中略)

12、昭和十三年末金九及安恭根は無政府主義者柳基石一味を利用して軍艦出雲の爆沈其の他不穏抗日テロ陰謀を計画し、安恭根の二男安楽生をして右不逞工作遂行に要する資金四千元を柳基石に手交せしめたり(手渡した)。(安楽生は昭和十三年九月検挙す)

【戦艦陸奥 ナゾの爆沈】
戦艦陸奥1

【写真出典】1930(昭和5)年 海軍協会編 「軍艦写真帖」



・満洲在住不逞鮮人は「統一」を名目に団体を組織しまくる
・そのうち「新民府」がウラジオ朝鮮共産党と提携、めでたくコミンテルンからの援助をゲット


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020256900:内務省 昭和14年7月 「内鮮警察参考資料」



〔62コマ目〕

(一)事変前の状況

 在満不逞鮮人は日韓合併に不満を有する政治的亡命者に其の端を発し、之等(これら)は各種の不逞団体を組織し、伊藤公を哈爾賓(ハルビン)駅頭に於て狙撃したる安重根一味も亦(また)之等分子なり。

(中略)

大正十三年冬南満に統一団体なる「正義府」を設立し、又北満に於ても同年夏頃民族独立共和主義を標榜し「新政府」(原文ママ)を組織し一応戦線の統一に成功したるやの感ありしも新民府は幾許(いくばく)もなくして浦塩(うらじお:ウラジオストック)鮮人共産党と提携し、コミンテルンの援助と指導を受くるに至り、極端に共産主義化せり。




満洲の共産匪賊だった金日成も中国共産党とソ連の手先だった


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020256900:内務省 昭和14年7月 「内鮮警察参考資料」



〔63コマ目〕

 (二)事変後の状況

前記の如く在満不逞朝鮮人団体は当局の弾圧と派閥抗争とにより支那事変前に於て其の大部分潰滅し朝鮮人独自の主義運動団体は殆(ほと)んど認められざる(認められなくなった)に至りしも、之等(これら)不逞朝鮮人は其の後中国共産党又は蘇聯(ソ連)の手先となり反満抗日に狂暴を猛(たけし)うし、特に朝鮮人金日成を師長とする東北(満洲のこと)抗日連軍第二軍第六師は咸鏡南道対岸満洲国長白県を遊撃区域とし、武装匪(ひ。匪賊〔ひぞく〕)を指揮して殺人、傷害、放火、拉去(拉致)、掠奪及鮮内襲撃等飽くなき遊撃行動を反覆しつつありたり。 


【複数いた金日成-右から三番目のおっさん↓】

色浅黒く小太り、1937(昭和12)年時点の司法省の資料には「三〇歳」とある。だとしたら終戦時は38歳である。金日成ビフォーアフター


金日成

【出典】・アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C13010013700:陸軍省 「第12巻・第4篇/第9章 匪賊及住民(3)」
・1973(昭和48)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「思想情勢視察報告集(其の四)満洲に於ける共産主義運動」



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