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2016/02/26

東拓は日韓合同会社でした


韓国の新聞が「日帝収奪の記録映像を発掘」と報じ、記事の中で東洋拓殖株式会社(東拓)を「日帝の代表的な収奪機構だった」とヘイトスピーチしています。

ハンギョレ新聞は、東拓が日韓両国の株主で組織された合同会社だったことを知らないのでしょうか?

東拓設立は1908(明治41)年ですから、日韓併合前の大韓帝国政府(李朝)時代のことです。


【東洋拓殖株式会社 朝鮮支店】
東拓朝鮮支社1【出典】1918(大正7)年 東洋拓殖株式会社編 「東拓十年史」


出典:1918(大正7)年 旭泉史論発行所 高見健一 「旭泉史論.第1集(明治対外小史)」



 朝鮮の統治

 東洋拓殖株会社は、明治四十一年の創立に係り、日韓両国政府の制定せる同会社法に拠り、両国の株主を以て組織せられ、資本金一千万円を有し、其の事業の目的は主として朝鮮の拓植(原文ママ)を図るに在り、本社を京城(現ソウル)に、支所を国内枢要の地に置き、爾来孜々(しし:せっせと)として土地の経営開発に従事せり。



東拓はこののち増資して、満洲から台湾、南洋諸島にいたる広大な土地を開発しました。

東洋拓殖株式会社法を見ると、東拓の株式を所有することができるのは日本人と韓国人に限る、と規定されています。

東拓のどこが、「日帝の代表的な収奪機構だった」んですかね?

朝鮮人もいい思いしてるじゃないですか? またアレですか? 「そいつは親日派だったニダ!」とか。


東洋拓殖株式会社法ヲ定ム


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A01200036900:明治41年3月31日 海軍大臣伯爵西郷従道 「東洋拓殖株式会社法ヲ定ム」 6コマ目



東拓法1

東洋拓殖株式会社法

 第一章 総則

第一条 東洋拓殖株式会社ハ韓国ニ於テ拓殖事業ヲ営ムコトヲ目的トスル株式会社トシ其ノ本店を韓国ニ置ク

第二条 東洋拓殖株式会社ノ資本ハ一千万円トス 但シ政府ノ認可ヲ受ケ之(コレ)ヲ増加スルコトヲ得

第三条 東洋拓殖株式会社ノ株式ハ総(スベ)テ記名式トシ日韓両国人ニ限リ之(コレ)ヲ所有スルコトヲ得



東洋拓殖株式会社法の第一条では、本店を韓国に置くとされていますが、本店は1917(大正6)年10月に東京に移転しました。

1917年といえばロシア革命が起った年で、その翌々年の1919(大正8)年にはロシア革命の影響を受けた三・一独立万歳騒擾事件(朝鮮では三・一独立万歳記念日)が起きていますから、日本人的には 移転しててよかったね という感じですね。

でもですね、こう書くと、

日帝は日韓併合後、ウリから東拓を奪ったニダ! 賠償しろニダ!!

とか言いそうなので追加しておきますが、1940(昭和15)年になっても東拓の関連会社だった西鮮合同電気株式会社の常務取締役と取締役の中に朝鮮人がいるんですよね。


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B06050320300:昭和15年2月22日 拓務大臣 || 東洋拓殖株式会社総裁 佐々木駒之助 5コマ目



 西鮮合同電気株式会社役員

 常務取締役 金正悎

東拓西鮮合同電気役員1

 取締役 崔増漢

東拓西鮮合同電気役員2


それなら戦争勃発後、日帝は東拓をウリから奪ったにちがいないニダ!!

と言いそうなので追加しておきますが、1943(昭和18)年になっても東拓関連会社だった朝鮮都市経営株式会社の監査役は朝鮮人です。一字判読不明ですが。

これのどこが 「東拓は日帝の代表的な収奪機構だった」 ですか?

専務取締役も 「青木」さん、で通名っぽいのに? 


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B06050213300:昭和18年1月26日 東洋拓殖株式会社理事 副島勝 | 朝鮮都市経営株式会社専務取締役 青木大三郎 5コマ目



 朝鮮都市経営株式会社

 監査役 韓翼● 

東拓朝鮮都市経営1


で、

問題の自称反共国韓国の対日ヘイトスピーチ新聞ですが、この記事に使用されている日帝収奪、原料供給地という言葉は、コミンテルン(国際共産党)が朝鮮人に教えた言葉です。


「日帝収奪」の記録映像を発掘
2016年2月26日 ハンギョレ

朝鮮半島「原料供給地化」過程を記録 
1934年作記録映画『北鮮の羊を語る』など 
ロシアで2編・ドイツで5編を新たに発掘

 日帝強制占領期間の朝鮮の社会像を記録した貴重な映像がロシアとドイツで新たに発掘され、一般に公開される。 当時の朝鮮人の生活を垣間見ることのできる資料で、日帝の経済収奪政策の現場を記録したものもある。

 韓国映像資料院は25日午前、ソウルプレスセンターで「日帝強制占領期間の記録映像公開マスコミ試写会」を開き、未公開記録映像7編を公開した。 これは1920~30年代の朝鮮半島での生活像と日帝の経済政策を確認できる資料で、ロシアとドイツでそれぞれ2編、5編が発掘された。

(中略)

 2010年にロシア映像資料院で発掘された日帝の記録映画『北鮮の羊を語る』(1934年)は22分の記録映画で、羊の群れがオーストラリアから朝鮮に輸入される過程が詳細に記録されている。 日帝は当時繊維輸出で英国と競争していたが、朝鮮を日本の原料供給地にするため「南綿北羊」政策を実施した。 朝鮮の安い労働力を“活用”し、南側では綿花を栽培し、北側では羊を育てるようにした。

映画は1934年にオーストラリアから船便で輸入された羊の群れが「北鮮3港」の一つである咸鏡北道の雄基(ウンギ)で荷役された後、鉄道で慶源(キョンウォン)郡の東拓牧場に運ばれ飼育されたことが記録されている。東洋拓殖株式会社(東拓)は、日帝の代表的な収奪機構だったが、東拓の傘下に牧場まであったのだ。(後略)



↓ コミンテルンの朝鮮問題決議文です。赤い文字のところだけ拾い読みしてみてください。丸パクリですから。


出典:1933(昭和8)年 朝鮮総督府警務局 「高等警察報.第1号」 朝鮮共産党の基礎をなす二つの重要テーゼ



コミンテルン執行委員会政治書記局の朝鮮に於ける革命闘士たる農民及労働者に対する決議(十二月テーゼ)
 
 朝鮮問題決議

 朝鮮の経済生活戦線は総(すべ)て日本の資本下に在り、英・米資本は微々たる鉱業に関係するのみにして、特に注意する程度にも至らず、此の外国資本の介入を除きては、日本の資本は重要な経済的全地位の支配権を有して居り、交通(鉄道、船舶)・鉱業・貿易・銀行・信託・貨幣制度(機械・セメント・皮革・燐寸(マッチ)・砂糖)企業、醸造・製紙・製油等は凡(すべ)て日本人の掌中に在る、又日本帝国主義は農業に対しても同様確乎たる支配力を有し、灌漑拓殖民所有権・治山・漁業・煙草耕作等は、日本移民用として莫大なる土地を占領した、日本帝国主義の支配下に在る日本帝国主義下に於ける朝鮮の任務は、原料の生産及日本工産品の消費にして、就中(なかんずく)重要任務は、日本に対する産米の供給に在る。朝鮮人は産米を日本に供給するに拘らず、一層悪い食料を食すべく余儀なくされて居る。朝鮮の鉱産品は大戦中は非常に利用されたけれども、鉱業は大戦後の恐慌を免るヽに止まる程度の萎微不振の現状である。

 簡易なる原始的工業すら、其の発達牛歩の如く遅々たり、況(いわ)んや機械を設備せる近代的大工業に於ておや、一方農産物の移輸出は急速に増加すると共に工産品の移輸入亦(また)増加しつヽあり。

 耕地面積の拡張・灌漑設備・灌漑予定地拡張・治山・農事改良等すら、朝鮮人生活状態を改善し得なかった、何故(なぜ)ならば此等(これら)凡ての事業は日本帝国主義の野望を満すために遂行せられたればなり、朝鮮はコミンテルン第六回大会のテーゼに示されたる意味の典型的植民地にして、日本帝国主義に対する原料供給地に過ぎない、併し此の点に就(つい)て朝鮮の重要さが増大するのである。




出典:1933(昭和8)年 朝鮮総督府警務局 「高等警察報.第1号」 朝鮮共産党の基礎をなす二つの重要テーゼ



一九三〇年九月プロフインテルン第五回大会後同年九月十八日プロフインテルン執行局に於て採択したる決議(九月テーゼ)

 朝鮮の革命的労働組合運動の任務

(一)世界経済恐慌は、日本の従ってまた朝鮮(日本帝国主義のこの最大の植民地)の経済体系に特に鋭く影響した、日本の資本は恐慌の負担を朝鮮に転嫁しようと努めて居る。帝国主義者地主及高利貸の側からの農民の搾取に依(よっ)て惹(ひ)き起された朝鮮の農業の慢性的農業恐慌は凶作租税負担及び物価暴落によって異常に激化せしめられた。恐慌の渦中に巻き込まれた日本の帝国主義によって、朝鮮に対する攻撃は激化せしめられて居り、日本の帝国主義に依ってこの国は販売市場及び原料産地として搾取されている。恐慌によって朝鮮の労働者階級の状態は悪化せしめられている。恐慌は農民の土地喪失と窮乏化及び都市の中間層の零落を促進せしめている、



この丸パクリの事実が何を意味するかというと、日本が大東亜戦争で共産党の侵略と戦っていた時に朝鮮人は共産党(ソ連、中共)とツルんでいたということです。

朝鮮総督府も

朝鮮人が白人が書いた植民地政策の著書論文を読みかじっている

と記録しています。


出典:1923(大正12)-1935(昭和10)年 朝鮮総督府 「調査資料 第23集 朝鮮の犯罪と環境」 社会知識 国語解得者の増加 



各道を平均して国語解得者の鮮人数は千人に付(つき)僅(わずか)に五一・一人に過ぎないのであるから、その普及を計ることは極めて肝要なることと信ずる。

然(しか)るに近時往々にして、外国人の書いた植民政策の著書論文を読み噛(かじ)りて、その植民政策の真髄を諒解せざる所の学究者流中、朝鮮に於ける国語普及の努力を非難する声を洩(もら)すものあるは甚(はなは)だ遺憾の至りである。

彼等(かれら)の多くは日韓併合の真精神を理解せず、内地と朝鮮の関係を、恰(あたか)も諸外国のその植民地に於(お)ける地位と同様なるが如く誤解し、殊に内鮮間(管理人注:内地=日本本土と朝鮮)の歴史的、地理的、民族的の交渉や、緊密なる経済関係を度外視せる結果か、若(もし)くは徒(いたず)らに新附の同胞に媚(こ)びんとして、斯(か)かる無責任の議論を為(な)すのであらう。



日本敗戦後、朝鮮人は、日本人には 「ウリから言葉を奪ったニダ!」 と対日ヘイトスピーチするくせに、日本が戦争に負けたと知ったとたん教わってもいないロシア語で

「ウラー(ばんざい)! ウラー(ばんざい)!」

と叫びつつ赤旗をフリフリ平壌駅やソウル駅にソ連軍を出迎えに行き戦勝国民を自称して日本と朝鮮で日本人を襲撃し、虐殺し、財産を奪いました。この罪はいまだに問われていません。

朝鮮人は日本統治時代はその恩恵に浴し、裏で大国と手を結び、戦後は日本人にあるだけの暴虐をはたらいたのです。これほど日本人をバカにした話はありません。

日本人は戦争の勝敗はおろか、戦況すら知りませんでした。でも、朝鮮人や中国人、共産主義者は戦況をよく知っていました。だから、赤旗を準備することができた。

このたび日本の極左野党が統一戦線を組む運びとなりました。彼らの動向を注意深く観察しましょう。




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