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2016/02/23

インスタントだった中国農民兵


民間船員を予備自衛官として活用するという防衛省の構想に、全日本海員組合が反対しているそうです。

でも戦前の船員徴用令を見ると、まずハロワで募集してますね、日本は法治国家ですので。

赤い思想の人たちは日本軍が力ずくで日本人男性を徴兵、徴用したかのように宣伝しますが、そこらへんにいる男性を銃剣でおどして強制的に兵にしたのは、赤い人たちの思想的母国中国です。


【中国共産党の農民兵】
紅区というのは共産党がおさえていた地域のこと。
china_nouminhei.jpg

この中国の農民兵ですが、管理人の伯父たちは中国に出征していたので、盆暮れに親戚が集まると中国軍の残酷さが必ず話題になっていました。

中国は国民党であれ共産党であれ、そこらへんにいる農民をおどして強制連行してきて、地面に打ちこんだ杭や木に農民を鎖で縛りつけ、銃を渡して

「死にたくなかったら撃て!」

と命令して、党は逃亡していたそうです。

その残酷さは昭和30年代頃までは、少年マンガに描かれるほどでした。

そして対する日本兵ですが、丸裸に近い農民兵を殺すわけにもいかず、しかし迷えば自分が殺されるという状況におちいってかなり苦しい思いをしたそうです。

毛沢東の長征という名の逃亡にまきこまれて命を落とした赤軍の兵というのも、上のような農民兵でした。

赤い思想の人たちは自分たちの思想的母国がやらかしたことをまるで日本がやったかのように宣伝しつつ、その思想的母国に憧れているんですね。


中国軍 「兵は拉致してくるアルッ!」 拉致してきた男なので 「拉夫(らふ)」という


出典:1939(昭和14)年 大日本雄弁会講談社 松村秀逸 「日本の進路」



 歩(ふ)を作る拉夫

 募兵と言えば体裁がよいが、支那の募兵は実は拉夫(らふ)である。前述のように、蒋介石は各省に割当てて兵員の補充に大童(おおわらわ)になっているが、大会戦のある度に多大の損害を受け、もうずいぶん、募兵もしているのであるから、中々(なかなか)尋常一様の手段では集らない。徴兵官を派遣して、壮丁(そうてい:働きざかりの男)と見れば、否応(いやおう)なしに引張って来て兵隊にするのである。所謂(いわゆる)拉夫で兵を作るのである。

 勿論(もちろん)日本のように戸籍簿がある訳(わけ)ではないのだから、何省の人口が何百万ということは、はっきりわからない。只(ただ)大まかにお前の省から何万出せ、お前のところは何人出せというように各省、各県、各町村に割当て、銃剣の脅迫下に無理やりに拉致して行くのである。

こんな風にして集めた文字も碌々(ろくろく)読めない連中を一人前の兵士に仕立てる訓練が、又(また)大変である。



戦前の船員徴用令:まず、ハロワで募集


出典:1942(昭和17)年-1943(昭和18)年 商工行政社 日本経済聯盟会調査課編 「大東亜戦争威光経済関係法規集.(三)」



 船員徴用令 (昭和十五年十月二十一日 勅令第六百八十七号)
   改正、 昭和一六 ─── 勅令第一一五二号
        昭和一七 ─── 勅令第二三四号

第二条 徴用ハ特別ノ事由アル場合ノ外(ホカ)船員職業紹介所ノ職業紹介其ノ他募集ノ方法ニ依リ所要ノ人員ヲ得ラレザル場合ニ限リ之(コレ)ヲ行フモノトス



そして、問題のありそうな船員は別途面接もあったようです。共産党とつながっていたりしたら大問題ですからね。


出典:1942(昭和17)年-1943(昭和18)年 商工行政社 日本経済聯盟会調査課編 「大東亜戦争威光経済関係法規集.(三)」



 船員徴用令施行規則 (昭和十五年十月二十二日 逓信省令第五十五号)
   改正、 昭和一六 ─── 逓信省令第九三号、
        昭和一七 ─── 逓信省令第八号、第五九号

第三条 逓信大臣必要アリト認ムルトキハ海務局長ヲシテ徴用セラルベキ者ニ出頭ヲ求メシメ徴用ノ適否其ノ他ヲ判定セシムルコトヲ得



連合国の違法行為にはいっさい触れない偏向報道】
沖縄戦では県民を内地に疎開させていなかったなどと軍部や日本政府を批判するマスコミが、日本の民間船が撃沈されたのは日本が悪いという書き方しかできない。米軍が日本列島の周囲に機雷をまいたことも隠ぺい。

「予備自衛官化」構想で反発、戦時の船員の歴史とは? 神戸大博物館が展示
2016年2月21日 YAHOO! ニュース(THE PAGE)

 有事の際を想定し、フェリーなどに乗る民間船員を予備自衛官として活用する構想を防衛省が予算化したことに対し、船員で組織する労働組合「全日本海員組合」が反対声明を出すなど、波紋が広がっています。神戸大学海事博物館(神戸市東灘区)では、第二次大戦中に人や物資の輸送のため多くの船員が徴用され、命を落とした歴史を紹介する展示「大戦中の日本商船 船員の姿」を見ることができます。徴用船で殉職した船員は当時の日本人船員全体の約43%だったといい、戦時の厳しさと平和の大切さを考えさせられる企画になっています。

先の大戦で6万人超の船員が犠牲に

 全日本海員組合のサイトなどによると、先の太平洋戦争では民間の船舶や船員の大半が軍事徴用され、物資輸送や兵員の輸送などに従事していました。そして1万5518隻の民間船舶が撃沈され、6万609人の船員が命を落としました。その中には14、15歳の少年船員もいました。犠牲者は軍人の死亡比率を大きく上回っています。

 また日本近海などで偵察のため出て撃沈した漁船なども少なくないといい、殉職者はさらに多いという指摘もあります。民間船員が犠牲になったのは日本近海だけではありません。台湾やフィリピン近海をはじめ、マリアナ諸島、ニューギニアからインド洋まで幅広い海域に及びます。(後略)




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