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2016/02/12

天皇主権の時から建国記念日に反対していた共産党


2月11日は建国記念日ということで、左翼の反対集会も開かれていました。

左翼が建国記念日に反対する理由は、インターナショナルな彼らにとって 「民族のことは民族で決めて、民族のよりよい発展を遂げよう」 という民族主義は、彼らの理想である国境がない世界に垣根を作るようなものだからです。

なので、国という垣根もあってはならないので日本の建国記念日を排撃するのです。


【旧ソ連がめざした赤色帝国主義】
世界赤化政策によって国境、民族という壁を取り除き、世界を共産ソ連の属領にしようとした。日独伊はこの政策に反抗した。akairo_teikoku_shugi.jpg

そして共産党は戦前も、戦前は建国記念日に建国祭を行っていたのですが、建国祭反対デモをやっていました。

日本共産党Q&Aコーナーを見ると、

「建国記念日に反対するのは憲法の主権在民という原則に反するから」 

と答えていますが、戦前の天皇主権の時から共産党は日本の建国記念に反対していたのです。

1932(昭和7)年2月10日、東京帝国大学で左翼学生による建国祭反対デモが行われ、24名が拘束されました。


【共産党のギマン】

「建国記念の日」に反対するのは?

〈問い〉 二月十一日は「建国記念の日」ということになっていますが、日本共産党はこれに反対しています。なぜですか。(愛知・一読者)

「紀元節」は、初代天皇とされる神武(じんむ)天皇が、「辛酉(かのととり)年春正月」の一日に即位したという『日本書紀』の記述にもとづき、一八七三年、明治政府が太陽暦に換算して二月十一日と定めました。神武天皇が即位してから日本の歴史が始まり、その子孫による統治は永遠に変わらないものだとする天皇中心の非科学的な歴史観です。

 (中略)

 戦後「紀元節」は憲法の主権在民の原則に反するものとして廃止されました。ところが、自民党政府は一九六七年から「建国記念の日」として復活させました。これは、その後の元号法制化、「日の丸」「君が代」の教育現場への押しつけなど、教育の反動化、憲法改悪の動きとむすびついたものです。

 このように二月十一日の「建国記念の日」は、憲法の主権在民の原則に反するものであり、これを祝う民間の式典を政府が後援することや首相、閣僚、衆参両院代表の出席はやめるべきです。(絹)

〔1999・2・11(木)〕

サイトURL:http://www.jcp.or.jp/faq_box/001/990211_faq.html

〔共産党用語〕
・非科学的…科学的共産主義(共産主義は科学的であるべきという考え)から見て、天皇制は前時代的な "オクレタ" ブルジョア時代の呪わしい遺物という意味。でも日共は中共がブルジョア時代の呪うべき春節や中秋節を祝っても批判しない。

・反動…共産主義者の頭の中では日本は共産党との戦争で敗戦したので日本は赤化された、ということになっているらしく、終戦記念日を「8.15革命」などと言ったりする。なので建国記念日は、共産党治下の日本における反動だという意味。



当時は日本国内も外もアカだらけだったので、その共産勢力を排撃するには戦争しか手段がなかったでしょう。

いまでも尖閣諸島の近所を中国がチョロチョロするだけで、日本再軍備の声が高まっているのですから。


【皇紀2600年(昭和15)年10月11日 東京湾特別観艦式】
大編隊で航過する帝国海軍の九七式飛行艇群。眼下には長門、金剛、山城クラスの戦艦と空母赤城、飛龍、蒼龍などが整然と停泊している。
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むかし東大、いまは偏差値28


1932(昭和7)年2月10日、東京帝国大学(現在の東京大学)で建国祭反対デモが行われ、24名の学生が拘束されました。

デモを行ったのは東京帝大の反帝同盟(反帝国主義同盟)の学生たちで、デモを指令したのは共産青年同盟でした。

左翼学生たちは同年2月5日から11日の建国祭当日までを「反ファシズム闘争週間」とし、建国祭打倒を謀りました。

同時に愛国学生団体である「愛国学生連盟をたたき出せ!」と叫んでいるのは、この84年間、左翼が成長していないということですね。


戦前の建国祭反対デモ

(  )内は管理人による注釈です。


出典:1933(昭和8)年 東京帝国大学学生課 「昭和7年中に於ける本学内の学生思想運動の概況」



2 建国祭反対デモ (二月十日)

 雪晴れの朝午前十時五分、折柄(おりがら)授業交替による第一号会館前の混雑を利用して、法学部事務室窓を背にして一団の学生中より、一学生は「東大自治学生会」と墨書せる赤旗を立て、同館二階及(および)屋上から四種類のビラを撒布し、不穏なる演説を始む。尚(な)お三階教室窓より


建国祭を粉砕しろ


吾等(われら)の学消(学生消費組合)及正式代表者会議を守れ


帝国主義戦争をとめろ


授業料を八十円に下げろ


愛国学生聯(連)盟を叩き潰せ


と大書した紙旗五旒(りゅう:旗などを数える語)を下げ、続いて数名の学生不穏演説を続け、最後に万歳を唱えて約十五分間にて解散せむとした。

折柄連日の空気に注意を怠らなかった所轄本富士署は時を移さず動員し来たり、将(まさ)に解散せむとする瞬間を一斉検束に着手し、附近に居合わせた被疑者を併(あわ)せて二十四名の学生が検束せられた(された)。

 このデモは満洲問題が緊張し、反ソビエート、日米両国間の紛糾につれて、学の内外に亘(わた)りファッシズム運動が旺盛になり、愛国学生聯盟其(その)他が跳梁し出したからファッシズム運動なるものの正体を大衆に説明する必要があるとして、共産青年同盟東大細胞(共産主義運動などで宣伝・煽動・啓蒙を行う基本単位の小団体。共産党は人を「細胞」と呼びまた自称する)で、二月五日から二月十一日建国祭当日までを 「反ファッシズム闘争週間 」とし、「赤門戦士」 の記事をもこのカンパニヤ(大衆に訴えてある目的を達しようとすること)に集中した。

 一月二十日のデモ以後二月初(はじめ)にかけて優秀なメンバーが続々と検挙されたので、デモは到底行えぬものとあきらめていたが、

(一)二月一日、中部地区(学外)責任者(日大生)から 「建国祭に学内デモを決行せよ」 との指令が反帝同盟東大班全学キャップ(文学部社会学科昭和五年入学成城高校出身某)へ下り、

(二)二月二日図書館雑誌室に反帝部代会議を開いて概略の原稿を決定し

(三)二月六日、同部代会議にて

 (1) 流し込みビラ七百枚を部代に渡し、

 (2) デモは出来るか出来ないか見透(とお)しがつかないが兎に角(とにかく)十日午前十時アーケード前に参集することを指令したとの(反帝)部代の報告あり、

 (3) 文学部班よりアジテーターを立てること、

 (4) 法学部班より旗を出すこと

 (5) 理・工学部班が一号館屋上よりビラを撒くこと、

(四)二月七日、団体協議会を開催、

 (1) 司会者 自学

 (2) アジテーターの順序
     イ、反帝 戦争問題に就て
     ロ、自学 建国祭の意義とファッシズム
     ハ、自学 代表会議に対する弾圧問題
     ニ、自学 就職、授業料値下問題

 (3) 動員

 等が決議せられ、この報告が共青(共産青年同盟)細胞に入ったので、細胞は更にその組織部から各学部の情勢を徴する事にし、

(五)二月八日、共産青年同盟細胞会議は終(つい)に二月十日午前十時デモ決行を決定し、その主張を自学として左翼学生の動員を指令した。

 そのスローガンとしては

   愛国学生聯盟を叩き潰せ

   建国祭打倒

   官憲の学内侵入反対

   学消を公認しろ

   帝国主義戦争反対

   満洲侵略反対

   ソビエートロシアを守れ

   授業料を八十円にしろ

国防の本義共産党ポスター2_350
   学内ファッシストを叩き出せ

   代表者会議を公認しろ

 等であった。

 当日のアジ(アジテーション:煽動)は大体予定通りに行われ

 (1) 司会者 (医学部医学科昭和五年入学弘前高校出身某)

 (2) 反帝同盟代表 (文学部社会学科昭和五年入学成城高校出身某)

 (3) 自学代表 (文学部社会学科昭和六年入学大阪高校出身某)

 (4) 自学代表 (文学部社会学科昭和六年入学東京高校出身某)

まで三、四分間宛不穏演説をしたのであるが、警察官の姿が見えたので今一人アジテーターを省略して、司会者がアーケード内へ逃げ込み乍(なが)ら閉会を宣した。

 一般学生に自学を恐れさせない様にする目的を以て当日撒かれた自学生のビラは次の様な穏かな文句が使ってある。



 学生大会を開催します。

 一、 本日正十時

 一、 一号館前

 奮って御参集の上、諸君の不平不満を

 ぶちまけて下さい。


          東大自治学生会


 

この外(ほか)、スローガンを列記した赤ビラ(反帝同盟東大班)

  ■建国祭を葬れ!   (東大読書会)

当日僅か三時間を経たばかりの午後一時教室内へ

  ■官犬の暴圧に対し抗議にたて!

と題した半紙半截(はんせつ:半分に切ったもの)の自学署名のビラが撒かれた。

 十二日には

  ■全東大生に檄(げき)す  (東大自治学生会)

  ■全東大の学生諸君!  (東大自治学生会)

のビラが撒かれ、前記スローガンと共に学生課攻撃の文句が列(つら)ねられた。 

 続いて

  ■日本共産党に投票しろ  (日本共産党東京市委員会)

  ■観劇入場券発行 (註、築地小劇場)  (正式代表者会議事業部)

  ■労働者農民の大衆的推薦に対する挨拶  (市ヶ谷刑務所にて、佐野学外二名)

  ■失業と肉弾を強要する議会を倒せ!  (反帝同盟東大班)

のビラが現れ、二月十八日始めて 「共産党東大細胞」署名の半紙両面刷のビラが現れた。即ち

  二月十九日! 失業反対の革命的闘争の日だ総選挙を前にして我々の要求を叫べ!
  (国際共産党日本支部日本共産党東大細胞)



【1943(昭和18)年 東大四千学徒壮行会】
共産党の野望のために殺された日本の若き頭脳たち。共産党の煽動に乗った愚かな左翼学生が殺したも同然である。
東大学徒1【出典】アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031089400:1943(昭和18)年11月24日 内閣情報局 「写真週報 299号」


【民主主義国日本のド真ん中で民主主義を叫ぶ偏差値28】
建国記念日2           



ものごとには表裏がある
外務省調査部 「コミンテルンは労働運動を猛烈な世界赤化運動に
発達させた」


出典:1935(昭和10)年 外務省調査部第三課 「世界思想研究調書 第1集 (欧米ニ於ケル反共運動ノ思想的観測)



 世界赤化政策

(一)右ロシアノ大革命ト単独講和敢行トハ一九一八年十一月世界平和克復(原文ママ)ノ一大原因トナレルモノナルガ抑々(ソモソモ)マルキシズム(共産主義)ノ本質ハ世界性ニ在リテマルクスノ説ク所ニ依レバ共産主義社会(索取(搾取:原文ママ)ナキ勤労者ノ楽土)ノ建設ノ為ニハ万国労働者ノ結束ニヨリテコクサイテキニ社会主義革命ヲ遂行セザルベカラズ(シナクテハナラナイ)、故ニマルクス学説ヲ政治的ニ実行セムトスルレーニン、トロツキー一派ヴォルシェビキ(過激派)ハ其ノ母体タル第二国際労働組合ヲ超越シテ世界赤化ヲ目標トスル第三国際(コムインテルン)を結成シ右第三国際ヲシテ猛然タル世界赤化運動ニ発達セシメタリ。 








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