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2015/11/30

外国人参政権は日本革命のために利用すると自爆


明石市が外国人参政権もどきの住民投票条例案を議会に提出するそうです。

外国人参政権にメリットはなく、デメリットしかありません。

なぜなら、終戦の翌年、1946(昭和21)年に在日朝鮮人聯盟が

・参政権は民主主義革命(日本革命)のために必要

・われわれは世界民主主義と平和のため、われわれの生活問題を解決するために天皇制打倒、人民共和国政府樹立をめざす

と宣言しているからです。

明石市は外国人による日本解体の足場になるのでしょうか?

皇室に万一のことが起きたら責任を取れるのでしょうか?


戦後阪神教育事件1阪神教育事件(wikipedia)

暴力で獲得してきた特権の数々


1946(昭和21)年2月、朝聯幹部の金斗鎔が「前衛」創刊号に寄稿した「日本における朝鮮人問題」という檄文の中で、「参政権は民主主義革命に利用する」と宣言しています。

その檄文中、金斗鎔は、ほかにも

・1945(昭和20)年12月27日、東京日比谷の広場で大衆闘争を行い、朝鮮人民共和国支持を表明し、人民共和国万歳を唱えて、日本の大臣たちをイスにすわらせ、数時間をかけて朝鮮人の全要求を飲ませた

・大阪でも人民大会を開催し、人民大会を開催するたびに県当局に朝鮮人の要求を飲ませている

と語っており、それら暴力によって権利を獲得したことを「華々しい勝利の記録」と言い、なおかつ

・食糧加配・徴用労働者に対する賃銀及び手当の問題
・死傷者に対する弔慰金の問題
・朝鮮人の生命財産に対する保証或(あるい)は賠償の問題
・震災当時に於ける被害責任追求の問題
・反動機関である興生会(親日朝鮮人団体)の解散およびその財産接収問題
・朝鮮総督府およびその他の建物接収問題

などなどは民族的、特殊的な利益擁護のための闘争であって、闘争しやすく、勝利をかち得ることも比較的容易である

と言っています。

この金斗鎔という人物は戦前からの日本在留朝鮮人で、1928(昭和3)年から共産運動を続けてきた人物です。

【資料画像】

共産運動2

出典:1973(昭和48)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「朝鮮人の共産主義運動」所収
 1930(昭和5)年 司法省刑事局 「思想研究資料」 第六章 内鮮合体運動期 


当初、金斗鎔は在日本朝鮮労働総聯盟(労総。在日朝鮮人のみの団体)という極左組織の幹部でした。

労総は朝鮮内の民族主義者と共闘することによって、日本国内の革命的組合闘争や民族解放闘争を煽動しました。

本来、民族主義は「民族という垣根を作って民族だけで発展していこう」という思想なので、無差別平等インターナショナルな思想の共産主義とは正反対の思想になのですが、なんでもまじぇまじぇの朝鮮民族なので、民族主義者との共闘もケンチャナヨなのですね。

今でも「民族、民族」と言いながら共産運動やってますし。


そののち、金斗鎔はソ連のコミンテルンの指令によって労総を解消(解散)し、
1930(昭和5)年から1931(昭和6)年にかけて日本労働組合全国協議会(全協。極左過激派。在日朝鮮人のみの団体)に合流しました。 

全協合流後も金斗鎔は労総解体の前提として労総中央指導部だった中央常任委員会を解体して、それを「全協朝鮮人委員会」と改称して運営したり、代表幹部として全協民族別・産業別労働組合を組織して天皇制打倒、反日本帝国主義闘争、朝鮮民族解放共産運動を煽動しました。

ですから、今回、明石市常設住民投票条例に含める"戦前から国内に居住している朝鮮半島出身者ら「特別永住者」"とは、100年近く共産運動をやってきたスジガネ入り極左と考えるべきでしょうね。

もし、明石市で外国人参加型の住民投票条例が施行されたなら、日本敗戦後の朝鮮のように、日本人は外国人に家を奪われ、土地を奪われ、財産を奪われ、仕事を奪われ、学校や工場、商店も奪われ、乞食になってどこでのたれ死のうがまわない、といった状態になるかも知れません。

そもそも戦前の極左朝鮮人は「朝鮮独立宣言」の中で

「われわれはわれわれの生存の敵である強盗日本と妥協する者(内政独立論者、自治論者、参政権論者)も強盗政治下に寄生する主義の者(文化運動者)もすべてわれわれの敵であると宣言する。」

と宣言しています。それが戦後になったら、日本人と同等の参政権を要求するようになったのですから、何をたくらんでいるかくらいわかるでしょう。

コミンテルンはかつて、「合法的手段と非合法的手段を合わせて使え」と朝鮮人を指導していますし、戦後日本の共産革命運動を指示したのは朝鮮共産党だそうですから。


【自民党から禁止通達が出てるのに?】

住民投票条例を常設
2015年11月28日 読売新聞

◇明石市、議会提案へ
◇18歳以上 定住外国人も対象

 明石市は、住民投票のルールをあらかじめ定めておく「常設型」の住民投票条例案を12月1日開会の議会に提出する。投票資格を18歳以上の市民とし、県内では初めて定住外国人も対象に含めた。請求に必要な署名数は、投票資格者の6分の1以上。可決されれば、来年4月から施行される。(望月弘行)

 地方自治法では、住民投票条例の制定を有権者の50分の1の署名があれば請求できるが、議会の議決が必要。「常設型」の条例が成立すれば、議決を経ずに投票を行うことができる。

 市によると、県内では昨年4月に篠山市が同条例を施行したが、外国人は対象外。明石市では、戦前から国内に居住している朝鮮半島出身者ら「特別永住者」や「国内に3年超・市内に3か月以上暮らす在留資格者」らも含めた。市内の定住外国人は少なくとも約1800人で、投票資格者全体の約0・007%という。(以下省略)
 


本記事の資料


(  )内は管理人による注釈です。

1946(昭和21)年 在日朝鮮人聯盟
「参政権は民主主義革命(日本革命)のために利用する」
「われわれは世界民主主義平和政策支持のために、われわれ自身の生活を根本的に解決するために、天皇制打倒人民共和国政府樹立をなさねばならない」


出典:1972(昭和47)年 レボルト社 世界革命研究会 「世界革命運動情報 第20号 資料 在日朝鮮人共産主義運動」 



金斗鎔 「日本における朝鮮人問題」   『前衛』 創刊号 一九四六年二月

   (一) 
 
 日本における朝鮮人問題は一つの民族問題である。それは朝鮮内に於ける朝鮮民族の政治的行動と結びつき、他方に於ては日本内に於ける革命状態と結びついている。

 過去朝鮮民族が日本帝国主義の支配下におかれていた時代には、それは反帝国主義的闘争、民族解放闘争の問題であった。しかし現在に於ては、それは朝鮮の完全な独立、人民共和国建設、の問題となっている。

 もとよりこの人民共和国を、民族統一戦線の当面の目標としてこれを指示したのは朝鮮共産党である。そして現在朝鮮四大党といわれる、朝鮮共産党・人民党・韓国民主党・国民党の中(うち)、朝鮮人民共和国を支持しているのは、共産党の他に、人民党があり、他の二つの政党はこれに反対している。そして金九等の大韓民国臨時政府を支持している。

かくて終戦以後朝鮮に於けるそれぞれの階級層を反映して続出した無数の大小色とりどりの政党の中から、もっとも大衆の前面に押し出されてきている四大政党はここに至ってそれぞれの階級的色彩を明らかにし、朝鮮プロレタリアの唯一の党である朝鮮共産党と、急進的小ブルジョア党である人民党は、人民共和国の建設を支持しており、他の二つの政党、即ち代表的ブルジョア的国民党は、大韓臨時政府を積極的に支持しこれを前面に押し出すことによって、朝鮮に於ける政治的な動向は、人民共和国、大韓臨時政府をめぐって二つの陣営にはっきりと分れてきた。

従って各々の先頭に立っている二つの政党、即ち朝鮮共産党と韓民党とは鋭く相対立し、すでに各地に於て多少の摩擦を生じてきている。

(中略)

 しかしそれにもかかわらず朝聯は現在に至るまでこれらの反共的策動と闘いながら、日本に於ける唯一の朝鮮人大衆団体として朝鮮人の利益に対する忠実な擁護者として勇敢に闘って来ている。

この短い四ヶ月の間に於て全国各地の朝鮮人民の中から、就中(なかんずく)集団的に労働を強制され、酷使され、虐待されてきた集団的徴用労働者・炭鉱労働者・鉱山労働者の間から帰国問題と結びついた自然発生的な闘争が激発し、それらの闘争は至るところに於て華々しい勝利の記録を残している、

朝聯もその間これらの闘争を通じて実質的な、民主主義的な団体として内外に対する信用をかち得、輸送計画その他の実施者としての地位を公然と日本政府より与えられるに至っている。


戦後長田区役所襲撃事件1長田区役所襲撃事件(wikipedia)


特に最近に於ては、その大衆闘争も大胆に前進し、政府機関に対する徹底的攻撃乃至(ないし)闘争の形をとってきている。かかる現象は全国各地に於ける朝鮮人の大衆闘争に於て一様に見られる現象であるが、特に昨年の十二月二十七日東京に於て行われた大衆闘争に於ては、その闘争に参加した関東地方の各県の大衆は日比谷の広場に於て始めて朝鮮人民共和国支持を表明して、人民共和国万歳を唱えたばかりでなく、交渉に入った代表たちも内務省の内に於て、逃げまどう各大臣をつかまえて、これを椅子に坐らせ強硬な要求条件を提出して数時間談判の上ついに全要求条件を全部承諾させたのである。

大阪に於ても、人民共和国支持の人民大会が開かれ、その他各地に於てもこのような人民大会が催されて、その都度要求条件を掲げて県当局と断固たる闘争を行っている。

われわれは三、四ヶ月前に於ける朝鮮人民の一般的な気分と現在のそれと比較してその間に著しい相違のあることを発見すると同時に、その闘争に於ても著しく左翼化し、戦闘化している事実を明らかに認めざるをえない。

(中略)

   (三)

 しかしながら、われわれは現在それらの闘争を単に華々しい勝利の闘争のみとしてこれを結論し、これに満足することは許されない。

われわれはそれらの闘争の全成果を正しく検討し、その限界性を明らかにし、その闘争の今後なさるべき方向を明らかにしつつ、それが置かれている現在の条件を正しく見極めると同時に、われわれの活動が正しくなされたか否かを検討しなければならない。

 一体朝鮮人によってなされた運動の内容は何であるか。それは帰国問題を始めとし、食糧加配・徴用労働者に対する賃銀及び手当の問題・死傷者に対する弔慰金の問題・朝鮮人の生命財産に対する保証或(あるい)は賠償の問題・震災当時に於ける被害責任追求の問題・反動機関たる興生会解散及びその財産接収問題・朝鮮総督府及びその他の建物接収問題等々、一口に言えばこれらはすべて民族的な、特殊的な利益擁護のための闘争であって、その限りに於ては闘争しやすく、また勝利をかち得ることも比較的容易な問題なのである。

(中略)

 例えば朝鮮人に対する待遇の問題もその一例である。或は従来提出された大衆的要求条件に対する彼等(かれら)の承諾の態度もそのよき例である。

彼等は何もかも聞き入れるかのごとき態度を示している。またわれわれの側もそのように考えている。われわれの闘争の結果、彼等を譲歩せしめたのは事実であるが、しかし同時にわれわれは、彼等はこれらの譲歩によって、朝鮮人の闘争が単に民族的な闘争としてその限界内に止(とどま)ることを心ひそかに望んでいると同時に、他方朝鮮人の闘争が、その要求条件を聞き入れないために、日本人の闘争と合流することを防止するための手段である、ということをハッキリと認識しておかねばならない。

だから常磐や、足尾や日本鋼管におけるストライキの場合に於けるごとく朝鮮人の闘争が、積極的に発展して、それが日本人にも影響してくるようになると、彼等は何でもかでも朝鮮人の要求を聞き入れて、慌てふためいてこれを他へ移すとか、或は朝鮮人の要求通り、国へ帰してしまうのである。

常磐の労働者は、新潟へ移され、そこからまた最近湯本町に戻されている。これ等は明かに分裂政策のもっともよき現われである。また各地に於て発生した暴行事件の裏には必ずや日本の軍国主義的警察がこれを操っているか、或はこれに対して無関心な態度を取っている事実もそのよき一例である。

過去に於ては、少くとも終戦直後に於ては、彼等は朝鮮人民を日本国内に定着させようとして、選挙権さえも与えると発表した。

 しかるに朝鮮人がこれを民主主義革命のために利用せんとする態度を表明するや否や、彼等は早速これを取り消してしまったのも、そのよき一例である。しかも現在に於てわれわれの生活は何等外国人としての優遇をも受けていずまた与えられてもいない。事実はかえって日本人並か、それ以下である。完全に否定されているところもある。

 かかる分裂政策がわれわれの民族統一戦線の内部にも伸びている事実をも明らかに認識しなければならない。朝聯設立の当初からこの陣営内に於て行われた民族反逆者、或は戦争犯罪人である彼等の手先どもは朝聯の民主主義化を妨害し、その運動を撹乱するために働いてきた一切の分裂政策はさりながら、われわれすべてが朝鮮の完全なる独立の保障、世界民主主義平和政策支持のためにも、或はわれわれ自身の生活を根本的に解決する立場からも当然なさなければならないところの、天皇制打倒人民共和国政府樹立乃至(ないし)人民解放闘争に対しても反対し、それは朝鮮人自身の問題ではないと称して闘争を拒否している一切の民族的偏見乃至政治的無定見に対して、当面もっとも闘争の鋒先(ほこさき)を向けねばならないのである。

かかる偏見が如何に帝国主義に迎合するものであり、われわれ人民にとっては如何に有害であるかということを暴露しなければならない。

 もとよりかかる民族的偏見に対する闘争はわれわれにとっても、また日本人側からも双方から行わるべき性質のものであることは今更言うまでもない。

〔資料画像〕
金斗鎔。
共産運動

「外国人参政権は日本革命のために利用する」。
共産運動3


革命は祖国でやれ。



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