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2015/11/16

朝鮮人のヤミ行為は戦前からあった


朝鮮人がヤミ市で私腹を肥やしたのは戦後からではなく、戦前からです。

長崎の軍艦島が世界遺産に登録される時、韓国が「同胞が強制連行されて死んだ所ニダ!」という反日宣伝をやりましたが、朝鮮人出稼ぎ労働者は好んで港湾がある都市に住み着きました。

たとえば長崎、佐賀、福岡、山口、広島、名古屋、横浜などです。

そして、港湾(荷役)労働の職に殺到しました。港湾労働が朝鮮人に大人気だった理由は、港に着いた荷物をくすねて(荷抜き)ヤミで売りさばき(ヤミ売り)、私腹を肥やしていたからです。

戦時中、日本人がイモのツルや野草を食べて飢えをしのいでいた時、朝鮮人は日本の窮状を利用して、荷抜きした米や砂糖を売りさばき、一銭でも多く利益を得ることに夢中になっていました。


【戦時中の日本人…物資交換施設(昭和19年)】
戦時中 物資不足1

【戦時農園で働くやせた子どもたち(昭和19年)】
この子どもたちは年をとっても甘い物に飢え続けるようになった。
戦時中 物資不足 戦時農園1

【野草を食べる会(昭和19年)】
「決戦食糧はここにもあります。工夫すれば、とてもおいしくいただけます」。
戦時中 野草を食べる会1

食べられる野草はどしどし採集されてゆきます。
戦時中 野草を食べる会2

【厚生省衛生局…節米と栄養を兼ねた混食料理のおすすめ(昭和15年)】
終戦5年前、すでに食糧が窮乏しつつある。

厚生省 「キレイに精米せずにヌカも食え」

米の節約は、今の事情から致し方のないことです。しかし白米を七分搗(づ)きにかえるだけですから、不平などいうには当りません。それどころか七分搗きにすれば、搗き減りも少なくなり、食糧充実にも寄与しますし、栄養的にも経済的にも白米をしのぐことにもなるのです。

戦時中 混食料理3

厚生省 「米には豆をまぜて炊け」

次に豆類の混炊もはなはだ望ましい。昔から豆は米、麦、粟(アワ)、稗(ヒエ)とともに五穀といわれ、主な食品としているほどです。

戦時中 混食料理2

標準混食献立(第二回)←肉類がまったくない、タマゴもない

ご汁(じる)…大豆、味噌、芋類(代用食品:ごぼう、切り干し大根)、削節(代用食品:小魚類)
野菜揚…大豆、人参(代用食品:種々の野菜)、ごぼう、さやえんどう(代用食品:さやいんげん)、削節、油、大根
 大豆は一晩水に浸してすりつぶし、メリケン粉と削節を入れ、大豆の浸し汁で溶いて衣にします。野菜は全部細かに切り、衣でかきあげとし、大根おろしをそえます。
おでん…がんもどき(代用食品:ちくわ、油揚)、里芋(代用食品:芋類)、こんにゃく(代用食品:大根)、削節、醤油(しょうゆ)

戦時中 混食料理1


山口県下関港で巨額荷抜き、牛、豚を殺して肉を売る
京都・名古屋をネジロに近畿、中部、関東でフトンをヤミ売り、200万円稼いだ朝鮮人



1944(昭和19)年5月、下関港で、朝鮮人労働者270名による巨額荷抜きが発覚しました。

被害にあった物資は米600俵、砂糖300俵などで、このほかにも朝鮮人労働者は戦時下の食肉逼迫に目をつけ、畜牛や豚を盗んで殺し、その肉をヤミ売りしてもうけたりしていました。

その前年の12月から昭和19年2月にかけては、京都府・名古屋市在住の朝鮮人フトンヤミ取引団約100名(うち日本人13名)が検挙されています。

朝鮮人がフトンのヤミ売りで稼いだカネは、当時の金額で200万円という途方もない金額でした。

おなじ物資の運搬作業でも、赤かった朝鮮人労働者は軍事物資の運搬には出動せず、食料品や生活必需品の運搬には出動するといったありさまだったので、荷役労務の適正配置は困難な状況に追いこまれました。

日本人には「賃金差別」だの「朝鮮人には低劣な仕事しか与えられない」だのと叫んで、労働争議やストライキをやっていた朝鮮人ですが、自分らの利益になるならば彼らが言う「低劣な肉体労働」でもいとわなかったのです。


余談ですが、管理人の親は戦中派で、戦時中お腹をすかせた同級生が青い梅を食べたり、柿の実るのを待てずに食べてしまって、一人、二人と赤痢で死んでいったそうです。

日韓併合さえなかったなら、もしくは朝鮮人が日本に渡航して来なかったなら、死なずにすんだ日本人が大勢いるのです。

最近、国連、マスコミ、閣僚らから「日本も移民政策実行を!」という声が聞こえますが、外国人を日本の経済に配置するのは危険です。

特に反日民族に末端から浸蝕され、日韓併合から100年がすぎた日本の現状はどうなっていますか?

【歴史を改ざん 加害者が被害者になりすましてヤリタイホーダイ】
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「移民政策」という同情と善意に包んだテロは、朝鮮人移民問題だけで充分です。


【自由・平等・友愛・人道…感情や理性に訴えるなら法はいらない】

河野規制改革担当相、移民受け入れ「どう考えるか、議論始めないと」
2015年11月7日 産経新聞

河野太郎規制改革担当相は7日、安倍政権が国内総生産(GDP)600兆円を目指していることを踏まえ、人口減による影響を克服するための規制改革として、移民受け入れに関する議論を開始すべきだとの認識を示した。

 「外国からの労働力をどうするか、移民をどう考えるか議論を始めないといけない」と述べた。沖縄県で開かれている国際会議で発言した。



本記事の資料


内務省
「朝鮮人は犯罪率が高く凶悪である。朝鮮人の経済犯罪率は0.24%、日本人は0.15%」
「ヤミ犯即朝鮮人」


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020292800:1944(昭和19)年10月 内務省警保局保安課 「国民動員計画に伴ふ移入朝鮮人労務者並在住朝鮮人の要注意動向」



(四) 各種犯罪の状況

 次に朝鮮人の一般刑事犯、経済犯罪等の状況を観るに、予(かね)て朝鮮人は各種犯罪を敢行し特に数的に高率なりし為、一般に内地人(日本人)より、犯罪あらば朝鮮人の所為(せい)ならむと速断さるる程にその悪評は瀰漫(びまん:気分や風潮などがひろがりはびこること)しつつあり、昭和十一年協和事業の実施以降当局の指導取締と時局の影響により一時減少の傾向を示したるが、最近若干逆行し稍々(やや)増加の傾向を示し居(お)れり。

即ち之(これ)が検挙状況に徴(あらわ)するに昭和十四年は三九、九七九名なりしものが昭和十六年は三七、五六六名、昭和十七年は三五、六五二名と逓減(ていげん:次第に減じること)せるに昭和十八年は四三、六四四名と増加せり。この事実は内地人の犯罪が以前減少の傾向を辿(たど)りつつあること、対遮的に注目さるる所なり。

 而(しか)して(そして)最近朝鮮人の経済違反就中(なかんずく)食糧物資の闇行為に対しては特に前叙(前に述べたように)朝鮮人の犯罪性癖ありとの概念も加味され巷間(こうかん:世間)相当宣伝されつつあるやに認めらる次第なるが、現に本年一、二月中経済違反として取締を加えたる朝鮮人は四.四五〇名にして之(これ)が在住朝鮮人に対する比率は〇、二四%を示し同期に於ける内地人に対する同様取締を加えたるもの一一一、三八三名の総人口(昭和十八年)に対する比率〇、一五%に対比せば約二倍の高率を示し、又(また)之(これ)が犯罪内容を観るも特に一般より関心を買うが如き異例なるものありて斯(かか)る悪評を拍車し居る所なるべし。

すなわち斯(こ)の程異例事象を摘示せば本年五月山口県に於て検挙せる下関港に於ける荷役労務者の荷抜犯人は二七〇名に及び其の荷抜き品は何れも食糧乃至(ないし)生活必需物資にして米六〇〇俵、砂糖三〇〇俵の巨額に上り、而(し)かも之等(これら)犯人は他の重要物資の荷役には出動せず専(もっぱ)ら食糧物資の荷役に出動する等荷役労務の適正配置を著しく困難ならしめつつありたり。

又(また)同様同県に其の他に於て食肉の逼迫に着目畜牛、養豚を密殺の上之(こ)れを闇売りするもの等相等(当)多発して一般の注視を受けつつあり、又京都府に於て客年(昨年)十二月以降本年二月に亘(わた)り検挙せる名古屋市、京都市等に在住する朝鮮人蒲団(ふとん)の闇取引団の一味は約百名に及び(内地人十三名介在)其の違反価格は二百万円に達し広く、近畿、中部、関東に亘り売(うり)捌(さば)き居りたるが如きものある等相等兇悪、大胆なるものある実情なり。

斯くて朝鮮人の経済違反は之(これ)を推移に委ぬれば、「闇犯即朝鮮人」との風評を瀰漫するに至るべき趣向にあるやに思惟さる所なり。



内務省「朝鮮人の食料品その他ヤミ行為など各種の問題が派生」


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A03032046800:内務省 「戦時下に於ける鮮人不逞分子の動静についての報告」




一部ニハ戦争ノ熾烈化ト共ニ不安動揺スル者アルハ免レ難キ所ニシテ中ニハ徒ラニ逃避的トナリ朝鮮又ハ安全地域ヘ転出セントシ或ハ移入労務者ニシテ逃走セル者モ相当数ニ対シソノ減耗率ハ三八%ニ上レリ、又食糧不足労務管理ニ対スル不平、不満等ニヨリ紛争議ヲ醸シ、集団暴力事件ヲ起シタル事例モ少カラズ之(コレ)ニ加ヘ一部鮮人ノ食料品其ノ他闇行為ノ敢行等各種ノ問題派生シ治安上憂慮セラレ来レリ。

又極少一部乍(ナガ)ラ当局ノ皇民化指導ニ抗シ民族的偏見ニ固執シ今次戦争ヲ機トシ愈々(イヨイヨ)独立ヲ獲得スベシト不穏策動ニ狂奔シ治安上忽(ユルガセ)ニ出来得ザル状況下ニアリタリ。




【写真出典】
アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031094100:1944(昭和19)年11月15日 内閣情報局 「写真週報 347号」
アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031093000:1944(昭和19)年8月30日 内閣情報局 「写真週報 336号」
アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031069500:1940(昭和15)年1月24日 内閣情報部 「写真週報 100号」
アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A06031069600:1940(昭和15)年1月31日 内閣情報部 「写真週報 101号」

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