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2015/10/20

神社に放火、破壊した朝鮮人


今年になってから日本全国で寺社テロが相次いでいます。

同じようなことが、終戦の日に朝鮮で起こりました。1945(昭和20)年8月15日夜、朝鮮人は御神霊が鎮座している神社に放火し、破壊してまわりました。


【焼失した平壌神社】
朝鮮平壌神社1

1945(昭和20)年8月15日夜、平壌神社放火をはじめとして朝鮮各地の神社放火破壊が伝えられました。

在鮮日本人はとても驚いて、翌日午前、朝鮮神宮額賀(ぬかが)宮司、竹島権宮司(ごんぐうじ)、京城神社仲宮司の三名が朝鮮総督府の本多地方課長のところに集って協議し、その結果、神国日本では一度も行われたことのない昇神式(しょうしんしき)が、朝鮮で行われることになりました。

昇神式とは御神霊に御社から離れていただき、日本にお帰り願う祭祀です。

朝鮮総督府はその日の午後から17日にかけて、警務局の警備電話で、全道にその指令を通達しましたが、咸鏡北道は電話が通じなかったそうです。

朝鮮人がまっ先に放火した平壌神社の御祭神は伊勢大神宮の御神霊で、
今上陛下御誕生を記念して造営した神社でした。

終戦当時、朝鮮には官幣大社が2、国幣小社が8、そのほか一般神社が69、神祠(じんし)が1062ありましたが、昇神式が間に合わず、多くの神社、神祠が朝鮮人に放火、破壊されてしまったそうです。

昇神式が間に合った御神霊は、無事に日本の宮中(皇居)に奉遷されました。

【昇神式が間に合った朝鮮神宮】
朝鮮神宮 京城 ソウル1

御神霊が鎮座したままの神社に火をかけ、破壊したならどうなるか、神職の方にたずねてみないとわかりませんが、神罰が下るのはまちがいないでしょう。

民主党政権時代、韓国の薄汚い手を皇室宝物殿に突っ込ませ、宝物を持ち出させるという事件がありましたが、「日本が〇〇を奪った!」というのはコミンテルンに刷りこまれた日本悪宣伝であって、事実ではありません。

一方、朝鮮人は日本の宮中でお祭りしている神様の社に火をかけ、破壊しました。これはまぎれもない事実です。

当時はおなじ日本人だったのですから、謝罪するのは韓国人の方でしょう。

日本人の精神的支柱を愚弄する、こんな民族との共生は無理ですし、友好もありえません。


朝鮮に創建された主な神社と御祭神

1 朝鮮神宮 (官幣大社)

御祭神は天照大神、明治天皇。

官幣社とは、皇室直属の神祇官より幣帛(みてぐら:神に供える麻の布の称。のちには絹、紙を用いた)を供進される神社のことをいう。祈年祭および新嘗祭には全国の官幣国幣社へ宮内省より幣帛を供進せられる。また官幣社へは例祭においても宮内省より幣帛を供進せらる。

朝鮮全土の総鎮守として京城(現ソウル)に創建された。

1918(大正7)年度より国費経営の継続事業として工程を進め、1925(大正14)年9月に全部の竣功を告げ、10月15日に鎮座祭を執行せられ、以降毎年10月17日を例祭と定め勅使を差し遣わせられることに御治定となった。

【祭典】
大祭(例祭10月17日、祈年祭2月15日、新嘗祭11月23日)
中祭(歳日祭、元始祭、紀元節祭、天長節祭、明治節祭)
小祭(月旦祭、中旬祭、月次祭、節分祭、桃花祭、勤学祭、尚武祭、始政記念祭、鎮座記念祭、入営報告祭、除夜祭)

2 扶余神宮 (官幣大社)

1939(昭和14)年6月15日、応神天皇、齋明天皇、天智天皇、神功皇后の御四柱を主神とする官幣大社扶余神宮を忠清南道扶余に御創立仰出さる。

終戦当時は、まだ造営中であった。

3 京城神社 (国幣小社)

京城府倭城台に鎮座し、1936(昭和11)年8月1日、国幣小社に列格仰出さる。

国幣社とは、国司すなわち地方官より幣帛を奉る神祠(じんし)をいう。国幣社の例祭においては内務省より幣帛を供進せらる。

4 龍頭山神社 (国幣小社)

釜山府弁天町二〇九に鎮座し、1936(昭和11)年8月1日、国幣小社に列格仰出さる。

日本敗戦と同時に朝鮮人が開始した神社破壊をさけるべく、日本人により昇神式が行われ、御神体は海中にお沈めした。

5 大邱(たいきゅう)神社 (国幣小社)

大邱府達城町に鎮座し、1937(昭和12)年5月15日、国幣小社に列格仰出さる。

6 平壌(へいじょう)神社 (国幣小社)

平壌府慶山町に鎮座し、1937(昭和12)年5月15日、国幣小社に列格仰出さる。

平壌神社の御祭神は伊勢大神宮の御神霊である。西京の氏神として鎮座ましまし1935(昭和10)年、皇太子殿下(今上陛下)御誕生紀念として神社を造営された。

1945(昭和20)年8月15日夜、朝鮮人に放火され、破壊された。

7 光州(こうしゅう)神社 (国幣小社)

光州府亀岡町に鎮座し、1941(昭和16)年10月1日、国幣小社に列格仰出さる。

8 江原(こうげん)神社 (国幣小社)

春川邑鳳●町に鎮座し、1941(昭和16)年10月1日、国幣小社に列格仰出さる。
※●は判読不明文字です。

9 全州(ぜんしゅう)神社 (国幣小社)

全州府華山町に鎮座し、1944(昭和19)年5月1日、国幣小社に列格仰出さる。

10 咸興(かんこう)神社 (国幣小社)

咸興府東雲町に鎮座し、1944(昭和19)年5月1日、国幣小社に列格仰出さる。

護国神社

護国の英霊を奉斎する京城護国神社は1943(昭和18)年秋竣工、同年11月26日鎮座祭を執り行われた。羅南護国神社は終戦当時、造営中であったと思われる。

【神様、犯人はこいつです!】

神社で地蔵など壊される被害相次ぐ 防犯カメラに不審な男 熊本
2015年10月19日 FNN

熊本市の神社で10月中旬から、さい銭箱や地蔵などが壊される被害が、相次いでいることがわかった。
さい銭箱の前で、鈴のついた綱を振り回す男。
映像は、10月14日午後9時すぎ、熊本市西区の高橋稲荷神社に設置された防犯カメラで撮影されたもの。
男が、看板や木製の柵をけり倒す瞬間や、別のカメラには、さい銭箱をひっくり返す姿なども映し出されている。
高橋稲荷神社の竹内 博宮司は、「罰当たりな人間ですね。これはもう、許すわけにはいかないもので」と話した。
さらに、周辺の神社などでも、同様の被害が確認されていて、警察は、器物損壊事件として、男の行方を追っている。

朝鮮神宮 熊本神社破壊1


【2015年の寺社テロ一覧】

2015年01月07日 富山県富山市 八幡社 全焼
2015年01月10日 千葉県香取市 境宮神社 拝殿と本殿 全焼
2015年01月11日 千葉県香取市 境宮神社 全焼
2015年01月11日 岐阜県瑞穂市只越 神社名不明 火災
2015年01月31日 高知県高知市 山内神社 社務所が半焼
2015年02月04日 佐賀県佐賀市 無量寺 お堂に韓国国旗が掲げられる 住職 齎藤泰彦「朝日新聞の元記者」
2015年02月06日 京都府向日市 向日神社 拝殿に「火事になれ」と落書き
2015年02月11日 静岡県静岡市 山王寺 全焼
2015年02月13日 大阪府出雲井町 枚岡神社の裏山 宗教法人徳成寺 ”地図にない廃神社”バラックに韓国人 不法占拠か?
2015年02月17日 京都市東山区 高台寺 倉庫全焼
2015年03月15日 滋賀県東近江市 安楽寺 本堂内の厨子の一部延焼
2015年03月27日 千葉県市原市 玉前神社 全焼
2015年03月31日 千葉県千葉市 圓福寺 本堂と木造の住居部 全焼
2015年04月04日 京都市西京区 西芳寺(世界遺産) 阿弥陀如来像 盗難
2015年04月05日 奈良県桜井市 長谷寺 木造十一面観音立像 液体の跡
2015年04月07日 奈良県明日香村 二条城 国宝・二の丸御殿内で油の跡を20カ所発見
2015年04月07日 奈良県明日香村 岡寺 仁王門(重文) 本堂など 7つの建物で油のような液体
2015年04月07日 奈良県明日香村 橘寺 油のような液体
2015年04月07日 奈良県明日香村 飛鳥寺 計4カ寺の重要文化財などで被害が相次いでいる
2015年04月07日 奈良県明日香村 飛鳥坐神社 賽銭箱などの4カ所に油のような痕跡
2015年04月08日 京都市西京区 西芳寺(世界文化遺産) 茶室から阿弥陀如来坐像1体 盗難
2015年04月08日 奈良県吉野町 金峯山寺(世界遺産) 本堂外側の柱 木造蔵王権現立像(重文)など4カ所
2015年04月08日 奈良県吉野町 東南院 油の被害
2015年04月08日 奈良県橿原市 久米寺 本堂 金剛力士像 計10カ所に痕跡
2015年04月09日 奈良県橿原市 橿原神宮(祭神 神武天皇) 外拝殿の外壁など計7カ所 油の痕跡
2015年04月09日 京都市南区 東寺(世界遺産) 御影堂(国宝) 灌頂院東門(重文)も同様の被害
2015年04月09日 香川県琴平町 金刀比羅宮 旭社(重文) 油のようなものがまかれた
2015年04月09日 茨城県鹿嶋市 鹿島神宮 拝殿や奥宮(重文) 10カ所に液体がまかれた跡
2015年04月09日 千葉県香取市 香取神宮 境内の重要文化財「楼門」の柱など十数か所に油のような液体しみ
2015年04月10日 千葉県成田市 成田山新勝寺 三重塔など4つの重要文化財を含む12の建造物で液体がかけられる
2015年04月10日 京都市左京区 狸谷山不動院 油のような液体
2015年04月10日 静岡県三島市 三嶋大社 拝殿(重文)の柱に油のような液体がかけられる
2015年04月11日 奈良県奈良市 春日大社(世界遺産) 南門(重文)の扉や柱に油のような液体 
2015年04月11日 奈良県桜井市 普門院 不動堂の賽銭箱や畳などで被害
2015年04月11日 奈良県櫻井市 唐招提寺 油のあと
2015年04月13日 兵庫県姫路市 天台宗書写山円教寺 仁王門 柵の隙間に接着剤

45: 名無しさん@1周年 2015/10/12(月) 14:11:04.17 ID:v9DPTMI80.net
>>40の続き

2015年04月15日 新潟県弥彦村 弥彦神社 拝殿など7カ所に油
2015年04月23日 愛知県岩倉市 稲荷社 拝殿祠 全焼
2015年04月25日 福岡市中央区 警固神社 今益稲荷神社キツネの石像4体すべてが破壊
2015年04月25日 東京杉並区 白山神社 社の一部が焼ける
2015年04月26日 大分県宇佐市 宇佐神宮(国宝) 亀山神社のさい銭箱や木製扉、柱など約20カ所に 油のような液体 
2015年04月27日 栃木県日光市 日光東照宮 奥宮拝殿 参道の階段 陽明門(国宝)の壁画 約20カ所に白い粉
2015年04月27日 京都市東山区 清水寺(世界遺産) 本堂(国宝)内西側の廊下に油のような液体
2015年04月28日 山形県鶴岡市 善寳寺 油のような液体がまかれる
2015年04月29日 山形県鶴岡市 出羽三山神社 国宝羽黒山五重塔 羽黒山東照社 液体がまかれる
2015年04月30日 京都市伏見区 伏見稲荷大社(全国約3万稲荷神社の総本宮) 稲荷山で火災
2015年04月30日 茨城県ひたちなか市 勝倉神社 拝殿や外塀の屋根の銅板約240キロ 盗難 同様の被害 11件
2015年05月01日 茨城県水戸市 春日香取神社 屋根の銅版65枚 盗難
2015年05月01日 山形県寒河江市 慈恩寺 本堂(重文) 油のような液体がまかれる
2015年05月01日 山形県鶴岡市 出羽三山神社 羽黒山五重塔(国宝)  油のような液体がまかれる
2015年05月01日 山形県山形市の立石寺 油のような液体がまかれる
2015年05月07日 千葉県鋸南町 鋸山にある日本寺 参道脇の聖徳太子の石像 破壊
2015年05月08日 東京都港区 心光院 表門の柱と扉部分に油がかけられる アメリカ在住の帰化韓国人に逮捕状
         05月09日までに被害は16都府県45件に拡大  極めて計画的で大規模な朝鮮人に依るテロ活動の疑い 
2015年05月12日 東京都新橋 烏森神社 火災
2015年05月18日 東京港区 光明寺 納骨堂の床 油のような液体がまかれる
2015年06月03日  倉敷市下庄 宝福寺 車庫 全焼
2015年07月26日 千葉市中央区 西千葉稲荷大明神 のぼりが焼かれる

137: 名無しさん@1周年 2015/10/12(月) 14:47:51.43 ID:Yfu8l6Tx0.net

>>40
これ、連続テロとして連日放送してもおかしくないだろ。
【拡散】神社仏閣を狙ったテロ一覧(2015) ← 多すぎて絶句… / 正義の見方 (via 774rider)
罰当たり。これは犯人には必ず相当なバチが当たるな、

(murderess-honeyから)


本記事の資料


1945年8月15日夜、朝鮮人が平壌神社に放火、朝鮮各地の神社、神祠(じんし)が放火、破壊された


出典:1953(昭和28)年 富士書苑 「秘録大東亜戦史」所収 
     元京城日本人世話会 「三八線に変貌する北と南」



神宮を焼く

 終戦当時、官幣社は、朝鮮神宮のほか、扶余神宮が造営進行中であった。京城、全州、光州、大邱(たいきゅう)、竜頭山(釜山にあり)、平壌、江原(こうげん)(春川〔しゅんせん〕にある)、咸興(かんこう)の各神社は国幣小社であった。ほかに一般神社六九、神祠(じんし)一〇六二を数えていた。

 八月十五日の夜、平壌神社が放火されたのをはじめとし、相ついで各地の神宮、神祠の破壊放火がつたえられた。

 十六日午前、朝鮮神宮額賀(ぬかが)宮司、竹島権宮司、京城神社仲宮司の三名は、総督府の本多地方課長のところに集り協議の結果、全鮮、神宮神社の昇神式(しょうしんしき)をおこなうことを決定し、その日の午後から十七日にかけて、警務局の警備電話で、全道にその指令を通達した。(咸鏡北道だけは通じなかった) 神祠は適当な神職もいないので、そのままとした。

 昇神式とは、祭儀をおこない神霊にお帰りをねがう儀で、日本神道はじまって最初の行事である。

 朝鮮神宮では、十六日午後五時昇神式を行い、御霊代(みたましろ)は二十四日飛行機で宮中に奉遷(ほうせん)した。

 御鎮座当初明治天皇御佩用(ごはいよう)太刀(銘正恒〔まさつね〕)一振(ひとふり)を宝物として神庫(しんこ)に格納中であったが、これもまた飛行機で宮中へ返納された。

 各地の神社は相ついで昇神式をおこなった。しかし朝鮮人側の手で焼かれたり、破毀(はき)されたところも多かった。

 釜山の竜頭神社、仁川(じんせん)神社の御神体は、海中にお沈めした。

 朝鮮神宮では、その後、この正殿と儲殿(もうけどの:伊勢神宮の遷宮に仮殿を造ることができない時、その代わりに仮に建てた殿舎)の解体焼却を要望し、九月五日附で総督の許可をえてその解体をすすめていた。

 米軍進駐後もその工事をつづけていたところ、米軍から公共的建物は米軍の接収したものであるからとて、その中止を命じてきた。その時、総督府側では、

「神宮、神社は、宗教的殿堂ではなく、皇室の祖先と日本人の功労ある人の敬神尊崇(けいしんそんすう)の念をあらわすためにつくられたものである」

 と説明した。その後、アーノルド長官は、額賀朝鮮神宮司と会談の際に

「マックァーサー元帥の布告に、宗教の自由を認めている。これは政府がとりこわすことはできない。とりこわすとすれば信者のすべきものだ」

 と答えたが、額賀宮司は、

「ここにつとめているものは、官吏と同じく政府から月給をもらっている。氏子はいるも、日本の国家的行事をするところなので、特別に取(とり)あつかわれるべきだ」

 とのべたところアーノルド長官は、

「わかった、今日からとりこわしてよろしい」

 ということになった。

 とりこわし工事は十月七日に完了しそして焼却した。

 かつてここで、いろいろの国家的盛儀(せいぎ)がおこなわれていただけに、南山(なんざん)の神域にあがる煙は、その頃引揚をいそいでいる京城の日本人に、言いしれぬ哀愁をいだかしめた。




【資料出典】
1919(大正8)年 高野幹 高野弦月 「全国神社祭神銘鑑」   

1940(昭和15)-1943(昭和18)年 朝鮮総督府編 「朝鮮総督府施政年報 昭和16年度」

1938(昭和13)年 平壌観光協会 「観光資料柳京の話」

1944(昭和19)年 京城日報社 「朝鮮年鑑 昭和20年版」

1935(昭和10)年-1939(昭和14)年 朝鮮総督府編 「朝鮮事情 昭和11年版」



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