HOME > 従軍慰安婦 > title - 日本陸軍「性の問題は金銭で解決するように」
2015/10/19

日本陸軍「性の問題は金銭で解決するように」


ベトナム戦争で韓国軍が犯した「ライダイハン問題」が熱くなってきました。韓国は「韓国軍の強姦は個人がやったもので、日本軍のような組織的なものではない」などとバカなことを言っています。

1945(昭和20)年5月、知覧飛行場で特攻隊員の心理調査が実施されました。その結果、担当技師は「特殊慰安施設を設定して、性の問題は金銭で解決するように」と提言しています。

インド・ビルマ(現在のミャンマー)に従軍した読売新聞記者も、「慰安所は娼家」と従軍記に記しています。

昔から「軍隊の近くには安遊廓ができる」といわれるように、日本軍慰安所は軍に設定された娼家でした。

【知覧飛行場から出撃した第159振武隊】
第159振武隊

志気昂揚策を講ずるため心理調査を実施



沖縄戦開始から二カ月を経過した1945(昭和20)年5月、陸軍航空本部は特攻隊員の取り扱いに適正を期するため、特攻隊員の心理調査を実施しました。

特攻隊員といえども人間ですから、「生きよう」とするのが本能です。なので、みずから特攻隊員に志願しても、出撃までに心の整理がつかず、

「その時になったら考えよう」

と心が揺れつづけたり、待機が長引いて精神的に行きづまったりしたのです。

中には基地から基地へと移動する時に地方の子女と恋仲になってしまい、自分の飛行機を破壊するという者まで出たりしました。

心理調査の結果、調査を担当した望月技師は大日本帝国陸軍航空本部に

「性の問題は特殊慰安施設を設定して、金銭で解決するようにしましょう」

と提言しました。


日本では昔から

「軍隊の近くには安遊廓ができる」

と言います。日本軍占領地にも日本から娼家が進出して行きました。

そういった娼家の中で、軍が指定したものが慰安所になりました。

戦争中で日本国内にいる男性が少ない、しかも日本は上限なしの臨時軍事費のせいで軍が武器開発に明け暮れ、資源が払底してハイパーインフレです。

だからと言って、娼家の主らは公娼たちにタダメシを食わせるわけにはいかないし、公娼たちも仕事をせずに娼家で寝起きすれば布団代やら化粧代やら飲食費やらで借金はふくらむ一方です。

ならば行くでしょう。公娼も私娼も戦地に。日本軍占領地に行けば、外国人の客だっているのです。

特に公娼は法で定められた場所でしか売春ができなかったので、娼家ごと戦地に進出していったのです。

「強制連行」なんか、必要なかったのです。


【韓国と「友好」なんかあり得ない】

ベトナム戦争時の韓国軍による性暴力、朴大統領に謝罪要求=「日本のようにためらわず潔く謝ろう」「なぜ韓国だけに要求?」―韓国ネット
2015年10月17日 YAHOO! ニュース(レコードチャイナ)

2015年10月16日、韓国・京郷新聞によると、米国のベトナム人権団体がベトナム戦争当時の韓国軍によるベトナム人女性への性暴力を謝罪するよう要求した。

「ベトナムの声(Voices of Vietnam)」は15日、ワシントンのナショナルプレスクラブで記者会見を行い、訪米中の朴槿恵(パク・クネ)大統領に謝罪を求めた。記者会見を行ったベトナム系米国人シンディー・グエン(Cyndi Nguyen)事務局長は「数千人のベトナムの女性が韓国軍の体系的な性暴力に苦しんできたが、韓国の朴槿恵大統領は父・朴正熙(パク・チョンヒ)大統領が送った軍の犯罪について謝罪していない」と指摘した。また、ビデオ通話でベトナムにいる被害者と中継をつなぎ、韓国軍による被害事実の証言を伝えた。

この報道に、韓国のネットユーザーからさまざまなコメントが寄せられている。

「日本のように謝罪をためらうのではなく、潔く謝れ。それが勇気だ」
「日本も韓国も、安倍も朴正煕も、やっていることは同じだな」

「これは軍人個人が行ったことだが、日本の従軍慰安婦は国家が組織的に行ったことだ」
「強姦ではない可能性もあるんじゃないか?多くの子どもが産まれて育っているが、それらすべてが強姦によってできた子どもだと?合意による場合もあるのではないか?強姦だとする証拠を出せ」

「ベトナム政府と韓国政府が共同で調査して検証した結果ならともかく、このような一方的な証言は信ぴょう性なし。ところで、同じように安倍に対しても従軍慰安婦は強制されたと主張はできるが、検証はどうする?」

「徹底的に調査して間違ったことあれば謝罪するのが正しいが、他国の兵士たちには謝罪要求をしないのに、なぜ韓国だけに…?」
「安倍と同じ境遇になった」(翻訳・編集/三田)



本記事の資料


大日本帝国陸軍航空本部
「特殊慰安施設の"設定"-生理的欲求は金銭をもって解決するように」


出典:1977(昭和52)年 ビジネス社 元陸軍大尉 防衛庁防衛研修所戦史部 生田 惇 「陸軍航空特別攻撃隊史」


〔付記〕特攻隊員の心理調査
 
 沖縄戦開始以来すでに二カ月、南九州からは第六航空軍だけで八百名にものぼる若者が、沖縄の海に特攻戦没していた。

 この若者たちは、どのような心情をもって敵艦に突入したであろうか。

 陸軍航空本部は、特攻隊員の取り扱いに適正を期するため、五月下旬、望月衛技師を第六航空軍に派遣して、特攻隊員の心理調査を実施させた。

 望月技師は、特攻隊主力が出撃した知覧飛行場において調査したようであるが、航空本部は、その調査報告を関係部隊に配布した。以下はその抜萃(粋)である。

 
 本報告ハ当部望月技師ガ第六航空軍隷〔指揮〕下部隊ニ就(ツイ)テ考察セシ所見ニシテ未ダ推敲ノ余地多ク且(カツ)意見遽(ニワ)カニ同意シ難キモノ無シトセザルモ 特攻部隊指導上ノ参考トシテ裨益スル所尠(スクナ)カラザルモノアルヲ信ジ取敢(トリア)エズ配布ス

  昭和二十年六月  
                                  航空本部教育部長

  筆者注/教育部長は六月一日から比島(フィリピン)の第二飛行師団長であった寺田済一中将がなっている。


〈戦場心理ヨリ看(ミ)タル特別攻撃隊志気昂揚策〉

本件ハ五月下旬九州航空部隊若干ニ就キ蒐集セル資料ヲ基礎トシ心理学的見地ヨリ取敢ズ取纏(トリマト)メタルモノナリ

  要 旨

特別攻撃隊員ヲシテ欣然其ノ任務ニ就カシメ得ルヤ否(イナ)ヤハ編成ヨリ出撃ニ至ル間ノ精神指導ノ適否ニ係ルコト極メテ大ナリ隊員ニシテ攻撃ヲ忌避シ或(アルイ)ハ是(コ)レニ臆スル如キ若干ヲ認ムルモ性格的劣格者タリト認メラルルモノヲ見ズ。


 望月技師は特攻隊員の中には性格的劣格者はいないと断言し、攻撃忌避者あるいは攻撃に臆する者が若干あるのは、精神指導の適否に関するところが大きいと述べている。果たして、確実な死を意味する戦法の実行を、精神指導によってよく導き得るものであろうか。そのような疑問を抱きながら、しばらく同氏の所見を聞くことにしたい。


  一 特攻隊編成要員ニ関スルモノ

(表による隊員の心理に関する分析があった後、結論として)
之(コレ)ヲ要スルニ特攻隊編成要員ニ対スル事前ノ精神指導ハ精神指導ノ大本ヲ決スルモノナリ 隊員ニ編入セラレテ尚覚悟ノツカザル時ハ「ソノ場ニナリテ何トカ決心」セントシテ之(コレ)ヲ遷延シ従ッテ直前ノ雰囲気ニ過度ニ敏感トナリ、精神ヲ左右セラレ却ッテ益々決心ヲナスニ甚大ノ努力ヲ要スルニ至ル、現在ノ隊員ニシテ此(コ)レニ属スルモノ約三分ノ一アリトスル観察ハ殆(ホト)ンド正シキガ


 要するに、特攻隊員の三分の一は特攻隊員たることを「最初から希望はしていなかった」というのである。それは、今日から冷静に考えれば、納得のいく数字である。また、これを指導する立場の歴戦者の中には、一般の決死的攻撃によっても特攻と同様の戦果を挙げ得るのであり、必死の特攻攻撃は強靱な戦力発揮に害があるとする者、全員特攻というが、ほんとに戦隊長以下全員が特攻となるなら喜んでいくが、特定人員だけというのは納得できないとする心情もあったようである。

 これに対する指導として、本報告は「任務第一」「所命即時完遂」の理念に徹底した精神教育の実施、上級者の特攻参加を提案している。当時の特攻実施状況からすれば、上級者としは戦隊長、 飛行団長などを指すのであろうが、これは思い切った提案である。


 二 編成ヨリ出撃ニ至ル中間期ノ心理ニ関スルモノ

(第一項と同様、隊員の心理分析の後)
之(コレ)ヲ要スルニ特攻隊員ヲ命ゼラレタル直後ニ於(オ)ケル決心覚悟ニ於(オイ)テ不徹底ナルモノアリテ「其の場ニナリテ何トカセン」トスル者ハ勿論(モチロン)、相当確固タル覚悟ヲ有スルモノモ本期間ノ長期ニ及ビ所(処)遇適切ヲ欠キ思ハザル蹉跌ニ遭遇スルトキハ著シク其ノ志気ヲ阻喪シ 之(コレ)ガ為(タメ)指導ニ重大ナル困難ヲ生ジ或(アルイ)ハ抗命等ノ犯罪ヲ惹起スルノ虞(オソレ)アリ 

尚(ナオ)特攻隊ノ教育ハ技術教育ヲ主トスベキモ伎倆ノ不足ガ戦果ニ影響ヲ与フル事実ヲ誇張セザル如ク 理論ハ綿密ニ 実施要領ハナルベク簡単化シテ示ス著(着)意ヲ要ス 又(マタ)御説教的精神教育ハ全ク有害無益ナリ 殊ニ軍人ノ行フモノニ於テ然(シカ)リ


 将校の行なう精神教育を痛烈に批判しているのは、勇気ある適評と感じられる。この対策としては、編成-出撃期間の短縮、内務起居の厳正化、お祭り的歓待の廃止、信仰対象の設定、出撃前の訓練の強化、隊員外の指導者ないし「世話係」をつけること、などを提案している。

 また性の問題について、

「基地ヘノ移動中、地方子女ト関係シテ恋著(着)シ自機ヲ毀損シタル者アリ 之(コレ)ハ異常者トハ認メ難ク、一旦死ヲ決シタル者ガ極メテ『大ソレタ事』ヲモ怖(オソ)レザル結果ト考フベキカ 性以外ノ欲求ニ関シテハ顕著ナル事実ヲ発見セズ」と述べ、これに対しては「特殊慰安施設ノ設定-ナルベク生理的欲求ヲ金銭ヲ以テ解決シウルモノタラシム」
と述べている。



捏造従軍慰安婦流布前の読売新聞
「日本からつれてきた芸妓や女給」「慰安所は軍専属の娼家」


出典:1953(昭和28)年 富士書苑 「秘録大東亜戦史」所収 
     読売新聞論説委員 大河内敏夫 「〇〇基地異状あり」



 バンコック、サイゴン、シンガポールや、マニラなどの地上部隊の連中は、日本からつれてきた芸妓や、女給(日本国内で密売淫を行っていた者。警察で娼妓鑑札をもらえれば慰安婦として外地に渡航できた)にうつつを抜かしているものが多かった。将官級のなかにまで、そういう女たちを、妾(めかけ)にして、夜毎、日毎、酒池肉林のバカ騒ぎをしていた。

 あるところでは、将校同志が、女のことで斬りあいをした事件も、起きていた。また、慰安所(軍専属の娼家)まで、将校と下士官用が区別されていた。将校用の慰安所の前には、「下士官と新聞記者入るべからず」という立て札が、されていた。

 航空部隊は、食糧には比較的、恵れていたが、移動が激しいので、慰安施設は、地上部隊にくらべて、貧弱であった。





関連記事
スポンサーサイト