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2015/10/15

共産主義的だった国連(国際連盟)


国連と聞くと「国際平和の維持、経済や社会などに関する国際協力の実現」といった言葉を思い出しますが、国連の正体は「超国家機関」です。

超国家機関とは「戦勝国である連合国で国家以上の国家を作り、連合国の平和を実現する」ための機関だということです。

「連合国の平和」とは「連合国の権益が誰にも侵害されないこと」を意味しますので、国連は「侵略戦争に反対」し、富める満足国がそれ以外の不満足国を支配する共産主義的機関であるといえます。

戦前の国際連盟も同じ意図で組織されました。でも日本と外国では「平和」の観念がちがうため、日本は国連を追放されました。

「世界遺産」や「世界記憶遺産」などという、一つのものを人類で共有しようという発想も、いかにも共産主義的ですね。


【連合国の利益を守ったユネスコ】



【飼い主とおなじゴタクを吠える犬】

南沙諸島の中国「領海」内、米国が艦船派遣へ=報道
2015年10月9日 ロイター

[8日 ロイター] - 南シナ海の南沙(英語名スプラトリー)諸島内で、中国が人工島を造成した件で、米国は今後2週間以内に、中国が主張する12カイリの領海内に艦船を派遣する見通しだ。英紙フィナンシャル・タイムズ(FT)などが報道した。

中国外務省の華春瑩報道官は8日の定例記者会見で「米側が南シナ海の現状を客観的、公正な目で見つめ、平和と安定を守るため、中国とともに誠実に建設的な役割を果たすよう望む」と述べた。

米ホワイトハウスは、機密事項の可能性もある海軍作戦についてコメントを拒否した。米国務省と国防総省のコメントは、現時点で得られていない。



シェア(共有)にならされていく日本人



最近、インターネットのSNSが発達して、「共有(シェア)」という言葉をよく耳にするようになりました。

そのほかにも、カー・シェアリングとかシェアハウスというものも出現してきました。

この「共有(シェア)」という概念は、共産主義の土地や生産手段を人民全体で共有するという考え方に似ていると思うんですね。

このスタイルがもっと広範囲に広がって、これからも続くようならば、将来日本は日本人民が住むコルホーズになって、シェアハウスという共同住宅におおぜいで生活し、みなで一台の自動車を使いまわす、というような、人が家庭ではなく社会で管理される共産主義的日本が実現しそうです。

ユネスコが始めた「世界遺産」や「世界記憶遺産」も、国土の一部や国の歴史の一部を人類全体で共有しようというスタイルですから、自国の領土でありながら国際管理されてしまっています。

これって、ゆるやかな革命だと思いませんか?

しかも、「世界遺産」の言い出しっぺは、日清戦争までさかのぼって日本の権益を強奪したアメリカですよ?

そのうえ今回は連合国の「平和」を守るために、「南京大虐殺」が世界記憶遺産に登録されてしまうといった弊害も発生しました。

戦前日本は、満州は日本人の血と引き替えに手に入れた土地だといって、満州を強奪しようとした連合国と戦いました。

そして敗戦した日本は急速に左傾化していって、1972(昭和47)年に日本に帰国した元日本兵横井庄一さんは「日本は共産主義になった」となげいておられました。

それでもまだ我ら日本人は、「共有(シェア)」という概念や「世界遺産」、「世界記憶遺産」といった共産主義の教化を受け続けているのだと思います。

もしかしたら日本政府のユネスコ分担金見直しも、連合国の利益にならないという理由で拒否されてしまうのでしょうか?

要経過観察ですね。


本記事の資料


外国の「平和」とは「自国の権益が侵害されないこと」


出典:1988(昭和63)年 文藝春秋 「『文藝春秋』にみる昭和史」第二巻所収 
     伊藤正徳「大海軍の遺産」(昭和32)年



 終戦直後、蒋介石は、戦利品として神戸の川崎造船所を要求した。その小型艦船の建造施設を狙ったのか、あるいはその得意の機関製作部門に着眼したのか、内容は聞きもらしたが、とにかく彼の目は高かった。

 もう一つ、さらに先を見た国があった。イギリスである。イギリスは日本の造船業を全面的に制限することを力説した。理由は堂々たるものであった。

 戦利品勘定ではない。第一次大戦後のベルサイユ条約の失敗に鑑み、日本の報復再軍備の芽を摘みとっておく、というのだ。造船はすなわち造鑑の温床である。侵略野望の実行は、海国の場合には海軍が先鋒に立つものだ。故に艦船の建造を長期間制限して、その能力を枯らしてしまえば、日本が再び侵略戦争を挑むことは出来ない。

だから、造船の制限または禁止は、「財閥解体」なぞよりもはるかに将来の平和を保障するゆえんである──と主張した。




重光葵 「国連(国際連盟)は超国家機関だった」


出典:1986(昭和61)年 中央公論社 重光葵 「重光葵手記」 世界の暗雲 



第二 国際機構の実相

   二

 世界大戦の後始末として幾多の講和条約や平和組織を取り極めた巴里〔パリ〕パリ)平和会議や華府〔ワシントン〕会議は、当時英米を主とする政治家の頭で有〔凡〕(あら)ゆる国際問題を捉えて、之(これ)を自己の目的の為(た)めに一つの機構に依って永遠に規律せんことを企てたのであって、恰(あたか)も科学者が宇宙の森羅万象を一百科辞典に総括し得たりとして得々たるが如き態度であった。

 彼等(かれら)は国際連盟機構によって彼等の希望する国家以上の国家組織を作って、彼等の平和を永久に確保せんとしたのである。

其の政治家等は単に国際競争場裡(裏)に活躍する渺(びょう:かすか。ごく小さい)たる一つの存在であって、彼等の予想し得ざりし(できない)又は如何ともなし得ざる(がたい)多くの原因によって大きく動きつつある国際情勢を規律するが如き力を有(も)って居るものでは勿論(もちろん)ない。

国際情勢は彼等の努力と希望とに拘 (かかわ)らず、遠慮なく進展し動揺して行った。之等(これら)国際政治家の仕事は各国の政治目的実現の為め幾多の矛盾が含まれて居(い)るのみでなく、其の能力は当時の国際現象を正視することすら出来なかったのである。

 動く国際関係は如何なる時代と雖(いえど)も之(これ)を釘付けにして行けるものではない。神聖同盟でも国際連盟でも皆然(しか)り、所詮国際関係は民族国家の生存競争であって、識見を以て努力するものが何時(いつ)かは主動〔導〕性を有つこととなるのである。

 今日の国際関係は一国内の個人関係の如くに───これも甚(はなは)だ未(いま)だ程度は底〔低〕が──発達して居るのでなく、未だ漸く封建群雄割拠の時代であって、大国家対立の時代に入りつつあるに止まる。

国際政治家が唱うる政治人道なるものも国際関係の進歩向上には稗〔裨〕益する所があるけれども、夫(そ)れも国際生存競争の為めのものと見るの外(ほか)はない有様である。

 国家以上の国家を組織して世界の平和を維持し様(よう)とする企ては到底成功する事は出来ない。民族国家の国際的生存競争は今日の大国時代に於ては一層大仕掛になって居る。

 更に又(また)国家は個人の集合であるから個人を本位として考うべきであると云(い)う議論も多い。右は仏蘭西〔フランス〕革命によって個人の自由解放が叫ばれて以来特に強調せられ〔て〕居る処(ところ)で、経済学者の間には国境を撤して世界は個人を単位として総(すべ)てを決定し考慮すべきであると唱えるものが多い。

其の議論の極端なのが「カール・マルクス」の共産主義である。共産主義は結局個人性を重んずるの結果、国境を撤廃し世界を平等の権利を有つ個人の社会となさんとするものである。

 然し、西洋で個人単位を正義として主張するものにして知らず知らずの中(うち)に自国の国際社会に於ける優越なる地位の不同を前提とした議論も少なくない。

今日の国際生存競争の社会に於て敗者となりたる国家の国民が如何にみじめなものであるかと見るならば、民族国家の生存競争に優者たるによって個人の生存も初めて全き(まったき:完全であること)を得ることは明(あきらか)である。

 社会主義を奉ずる各国特に英国の労働者が何故に主戦論の急先鋒たるかは此所(ここ)に起因する。英帝国亡れば、労働者の社会的福祉は喪失せらるべき(してしまう)ことを自覚して居るからである。

 個人を第一次的の単位とし家族を第二次の単位とし国家を最高にして最終の単位とすべきは我(わが)国体の感〔観〕念である。それは人類共通の責務又は国際生活上の規律を度外視する意味でなく、自己を知り自己を尊重することによって他を知り他を尊重すると云う意味である。




外務大臣幣原喜重郎 「国際聯盟の超国家主義」


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B13080717000:外務省 「81. 大正八年十一月(2)」(第一次世界大戦関係/日付順ノ部 第六十二巻



吾人(私)ハ右留保ニ就キテハ一歩モ譲ルコト能(アタ)ワズ 亜米利加主義ト国際聯盟の、、、、超国家主義トノ間ニハ妥協ノ余地ナケレバナリ

【管理人注】亜米利加主義…自国では日本人のアメリカ移民を禁止するなどの閉鎖的政策を取り、対外国には機会均等、門戸解放を求めるアメリカの矛盾した外交政策のこと。



中野正剛民政党代議士 「国際管理とは外国にゆずること」


出典:1988(昭和63)年 文藝春秋 「『文藝春秋』にみる昭和史」第一巻所収 
     満蒙と我が特殊権益座談会(昭和6年)



中野正剛(民政党代議士) 世界に立って国を建てておる時、米国の武力干渉を憂慮して、満州に正当に持っている日本の手を縮めて行かなければならんであろうというような見方は、私は間違っておると思う。

そこで国際管理に移すということは、要するに米国に譲ること、米国は満州に対して条約上の権益を有していない。その米国と同じ立場に立つような意味において、国際管理の下に日本が譲るということは、もう一歩進めれば九州を国際管理に移すということに似て来る。




小野田さんより二年早く帰国した元陸軍軍曹横井庄一さん 
「帰国したら日本が共産主義になっていた」


出典:1988(昭和63)年 文藝春秋 「『文藝春秋』にみる昭和史」第三巻所収 
      横井庄一 「わたしの憂国記」(昭和47)年



 それからだんだん話を聞いてみると、息子が一人前になると、親を棄ててどこかの女と駆落ちしてしまう。親の面倒をみるのはイヤだという子供がだいぶ多くなってきとるでしょ。

自分に甲斐性のできんうちは、親はわしを生んだ以上、小遣いぐらいよこすのがあたりまえだ。教育するのも、着るものくれるのもあたりまえだ。それができないなら、何のためにわしを生んだんだ、という式でしょ。

 だいたい、自由だ自由だって、メチャクチャな自由だで。自己主義の自由だもの。今は親だって子だって、そんなものどうでもいい、自分だけで他人はどうでもいいんだもの。

子供なんか邪魔になって放っておくし、親だって気に入らなけりゃ放っておけと、こういう式でしょ。育ててもらった恩は、鳥でも獣でも返すのに、それじゃあんまり気放楽(きほうらく)だわさ。

親が動けんようになったら、子供が恩返しをするのは当りまえだわ。それを返さんでもいいという教え方は、ちょっと間違っとりゃせんかねえ。

自分の子に面倒みてもらわなきゃ、親は年とってきたらどうなるんですか。今、国で老人クラブとか、収容してやっとるけど、これはソ連式でしょ、共産主義でしょ。

どうしたってわしは、道徳上はずれておると思うわ。

 だからわしにも、子供なんかないほうがいいよ。あんたたちは二人で仲良く暮して、早く死んだほうが得で、あとの人は物を売り払って食ってきゃいいんやと、みんな教えてくれるよ。

そういう時代に変ってきたんでしょ。だけどこのままでおいたら……ま、日本の国をどうこう言う年でもねえけど、このままおったら、日本は昔のインド(英領植民地時代のこと)みたいになりゃせんかなと、わしは思うね。 

国際連盟 横井庄一さん1



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