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2015/09/04

東北抗日連合軍とブルーリボンバッジ


TBSドラマで、悪役政治家がブルーリボンバッジをつけていたそうですね。

これは意図的な、拉致問題を追求する日本の政治家はワルだっ! という印象操作でしょうね。

特に金日成が率いていた東北抗日連合軍は、在満日本人居留民や左傾化していない朝鮮人の集落を何度も襲撃して、拉致、放火、略奪を繰り返しています。

ところで、戦前の欧米によるアジア植民地化政策から朝鮮半島を防衛したのは誰ですか?

それは朝鮮の英雄どもではなく、日本です。

【朝鮮における日本軍部隊編成図】
朝鮮における日本軍部隊

戦前朝鮮人は日本人を拉致するだけでなく、日本国内にも出稼ぎ労働者になりすまして潜入し、同胞をそそのかして戦時日本の後方を撹乱していました。

拉致問題は日本にとって根深い問題なのです。


【TBS「他意はなかった」?】

印象操作か? 拉致解決のブルーリボン TBSドラマで悪徳代議士に着用
2015年9月3日 YAHOO! ニュース(産経新聞)

8月31日放送のTBSドラマ「SP八剱貴志(やつるぎたかし)」で、北朝鮮による拉致被害者救出を祈るシンボルであるブルーリボンバッジを贈収賄事件で逮捕される政治家役につけていたことが3日、分かった。TBS広報部は「他意はなかった」と説明するが、被害者家族らは救出運動に対して悪印象を持たれかねないことを懸念し、改善を求めている。(後略)

URL:http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20150903-00000554-san-soci



参考:金日成とは

【1937(昭和12年)金日成30歳は満州の農奴@司法省刑事局】
金日成



【1945(昭和20)年頃の若すぎる金日成(左)と金九(右)】
このとき、金日成は37、8歳のはず。本物け?
金日成金九1

東北抗日連合軍と絶対にあり得ない朝鮮人強制連行・従軍慰安婦



東北抗日連合軍の「東北」とは中国の東北部という意味で、満洲国を指しています。

この東北抗日連合軍も「軍」とは名ばかりで、実態は拉致、放火、略奪を行う赤化した匪賊団でした。

東北抗日連合軍は最低二つあったようで、中華民国人が大半を占める東北抗日連合軍第一軍と金日成が指揮した「東北抗日連合軍第一路第二方面軍」がありました。


【東北抗日連合軍第一軍編成表】
東北抗日連合軍第一軍


【東北抗日連合軍第一路第二方面軍】
金日成東北抗日連合軍匪賊1


【東北抗日連合軍第一路第二方面軍 : 拡大】
金日成東北抗日連合軍匪賊2

金日成が率いた東北抗日連合軍は、たびたび北鮮方面に侵入して放火、略奪を行いつつ、共産主義思想を広めていました。

日本が朝鮮独立運動を弾圧するどころか、共産匪賊は自由に朝鮮を出入りしていたのです。


【東北抗日連合軍がよく出没した咸鏡南北道】
北鮮地図_咸鏡南北道

当時の朝鮮人は日本語はおろかハングルですら読み書きができなかったので、口頭による宣伝によって朝鮮内に共産主義は広まっていきました。

なので、共産主義の侵略と戦っていた日本が、赤化しているかも知れない朝鮮人を大量に強制連行したり、従軍慰安婦にするなどというのは絶対にあり得ないのです。

いま国会前で「安保法制反対!」を訴えている人たちのように、共産主義者は敵を武装解除させるためにあらゆる作り話や造語で洗脳しようとしますから、赤い朝鮮人女を兵にあてがうなどというのは自殺行為とおなじです。

kyosanto_gaki1.jpg


日韓併合時代、日本は朝鮮人の「抗日運動」というテロに、ずっとさらされていました。それでも日本は、日本の軍事力をもって朝鮮半島を防衛しました。

満州を防衛していた日本兵は

「朝鮮人や満州人、蒙古人に死ねとは言えない」

と言って、日本兵が率先して特攻攻撃に出撃し、散華していきました。


そのお返しが、戦後になっても継続している日本人拉致、日本国内潜入による平和撹乱工作、日本乗っ取り工作ですからね。

ドラマとはいえ、戦前からの日本侮辱に加えて「拉致被害者を奪還する」という日本人の意思をさらに侮辱したわけですから、TBSがはげしく非難されるのは当然のことです。

昔は「ドラマのTBS」といわれて数々の名作ドラマを生んだテレビ局でしたが、もう終りのようですね。

本記事の資料



(  )内は管理人による注釈です。

内務省警保局保安課
「金日成率いる抗日連合軍は満州、朝鮮で放火、略奪をほしいままにしつつある」
「朝鮮は婦女子まで赤化しているため日本国内への朝鮮人移入取締を一段と強化する」


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020256900:昭和14年7月 内務省警保局保安課 「内鮮警察参考資料」 (64コマ目) (二) 事変後の状況



抑々(そもそも)満洲国間島省は古くより不逞朝鮮人(民族主義系、共産主義系)の巣窟の称号あり、亦(また)之(これ)と境を接し且つ蘇聯(ソ連)とも国境を近接する咸鏡南北道は全鮮を通じ思想的に最も悪化せる地方にして、各所に共産部落の出現を見、婦女子に至るまで濃厚なる共産主義意識を抱懐し居(お)り朝鮮総督府に於ても之(これ)が取締に相当悩まされつつありし地方なり。

従って前記の如く抗日聯(連)軍の使嗾(しそう:そそのかすこと)煽動に対しても容易に之(これ)を受け入れ之に与(くみ)せるを以て之が捜査上にも多大の困難を感じたる趣なり。

以上のごとく在満不逞朝鮮人は満州内のみならず鮮内(朝鮮内)にまでも侵入し、殺人略奪等飽くなき狂暴性を発揮しつつあり。

特に前記金日成軍は最近に至り其の活動再び活発となり、白頭山地帯に蟠居(ばんきょ:そのあたり一帯に勢力をふるうこと)し、本年五月中旬より今日に至るまで同軍約二百名(鮮満人各々約百名)は咸鏡南北道に侵攻し放火、奪略を擅(ほしい)ままにしつつあり、朝鮮警察当局に於て討伐隊を派し満洲国側と協力之(これ)が捕捉殲滅に努めつつあるも、彼等(かれら)は機銃長銃其の他により相当整備せられたる匪団なるを以て、之が討伐は相当容易ならざるものあり。

(中略)

【咸鏡南北道@北朝鮮】
北鮮地図_咸鏡南北道

以上の如き在満不逞朝鮮人の状況及(および)ソ聯スパイの暗躍は何時(いつ)其の魔手を内地(日本国内)に迄(まで)延すやも計り難く、特に朝鮮人労働者の多数内地移入は之等(これら)分子の内地潜入の機会を容易に与えることとなるを以て、将来海港警備は勿論(もちろん)一般朝鮮人の視察取締を一段と強化するの要あり。



戦前から日本人を拉致していた朝鮮人


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C13021441100:笠間資料 昭和14年度第一次警備行軍部隊行動詳報 陸軍省 「3 行軍地方一般の状況」 (2コマ目) 其一 賊情及脅迫文の一例
※上掲の東北抗日連合軍第一路第二方面軍編成表の出典も同じ。


安図県地方に於ける匪賊は朝鮮併合当時に其(その)端を発したる民族的偏見を根底とし 次(つい)で民族自決主義に変移し更に共産党に投じたる所謂(いわゆる)共匪(共産匪賊)の外(ほか)満洲国成立と共に反満反日を標榜し 且つ 強盗行為に依り生活を為(な)す土匪(どひ:思想を持たない匪賊)の二種に大別し得る如くにして此(この)中(うち)共匪最も多く之等(これら)匪賊は逐年減少せりと雖(いえど)も質に於ては思想的根底極めて深く団結鞏(強)固、其(その)抵抗に執拗なるものの如し 

本年五月下旬以来咸南方面より北上し豆満江上流の鮮内及(および)対岸近くに屡々(しばしば)出没蠢動(しゅんどう:虫などのうごめくこと、取るに足らないものが策動すること)せる匪賊は金日成の率ゆる約二百内外の共匪なるものの如く其(その)編成並(ならびに)侵襲状況概ね左の如し 

【匪賊侵襲状況】
※青山里は韓国が「朝鮮の抗日軍が日本軍に勝利した場所」と国民に教育している所。
日   時部落名賊   数被害状況
五月二十二日
午後九時
元四洞
(農事洞西方一里)
一〇〇
五月二十二日
午後九時
篝岩
(農事西南方三里半)
七〇拉致一九名(鮮人)

略奪 
粟七石一斗 牛一頭
麦二斗 醤油二斗
食塩一斗三升
五月二十二日
午後十一時
開拓洞
(農事南方三里)
三〇拉致一八名
(日本人九、
鮮人九)

略奪
現金一〇〇〇円
白米八俵
粟二斗五升
地下足袋二〇足
時計八個
防水布七枚
作業服一〇枚
蓄音機一台
同レコード二〇枚
猟銃一挺

傷害 一
(日本人全治三週間)
五月二十九日
午後九時
和竜県
龍岩坪
(三長西北二里半)
六〇拉致一〇

略奪
粟一石六斗五升
麦一斗
玉蜀黍(とうもろこし)一石二斗
現金十五円
五月三〇日
午後八時
(和竜県)
小玉石洞下村
(三長東北一里半)
三七拉致二十三
※五月三十一日午後四時
被拉致者一九名釈放され帰来す

略奪
粟五石五升
醤油六斗
大豆六斗五升
煙草十五束
麻袋十五枚
味噌一斤
高粱(コーリャン)二斗五升
小豆二斗五升
油二升
五月三〇日
午後十時
(和竜県)
芦田坪
(三長西北半里)
三〇拉致一〇

略奪
粟四石五升
五月三〇日
午後十一時
(和竜県)
中村
(三長北方二里)
一五拉致二三
※五月三十一午後四時
被拉致者二一名釈放され帰来す

略奪
燕麦二斗
粟二石九斗
醤油二升
大麦一石五斗
玉蜀黍二斗
煙草三十一束
五月三十一日
午後七時
(和竜県)
石人溝東方二里
不明拉致三

略奪
米六俵
メリケン粉三袋
缶詰四八
石油一〇缶
六月一日
午後九時三〇
(和竜県)
詩満洞
(三長西北二里)
四〇拉致一四

略奪
豚二頭
現金四四円
麻袋一〇枚
粟八升
麦一石六升
稗(ヒエ)五斗
玉蜀黍一石
大豆二斗
味噌醤油各一斗
六月一三日
午後六時二〇
(和竜県)
百里坪東方二粁(キロ)
一〇拉致一
六月一八日
午後九時
(安図県)
元峯屯
(下四洞ヨリ約三粁)
三〇拉致二二
※六月一九日十八名釈放
各帰来す

略奪
粟、大麦其他約三石
豚二頭
味噌醤油若干
食用匙(さじ)二五本
六月一九日
午後二時
(和龍県)
青山里南方四粁
拉致二名

略奪
牛二頭
六月一九日
午後八時
(和竜県)
上南溝南方約二粁
拉致三七名

略奪
粟一石一斗
大豆三斗五升
醤油六斗
味噌二斗
塩五十五斤
石油九升
馬鈴薯一斗五升
衣類其他若干
六月三〇日
(延吉県)
天宝山
約二百内地人(日本人)死傷十数名
三井鉱山建物及警察官駐在所等は
全焼せしめ、又人質を拉致せる由
なるも詳細は調査しあらず
七月一日
(安図県)
二水坪附近
約二〇略奪及人質を拉致せるは確実なるも
詳細は調査しあらず
備  考一、本状況は主として警察及憲兵隊より得たる情報を綜合せるものにして
若干の差異あるべし

二、本状況の匪団は殆(ほとん)ど金日成匪なるものの如し




1944(昭和19)年-金日成一派が労働者になりすまして日本に潜入、戦時日本の後方を撹乱


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:A05020292800:昭和19年10月 内務省警保局保安課 「国民動員計画に伴ふ移入朝鮮人労務者並在住朝鮮人の要注意動向」 (25コマ目) (三)思想分子の策動事件)



(2) 兵庫県に於て本年六月十五日検挙せる尼崎市所在 大谷重工業尼崎工場に於ける移入朝鮮人労務者 廣田炳武 当二十五年(歳)外(ほか)七名は引き続き厳重取調中なるが、廣田は在鮮中在満金日成の麾下(きか:指揮下にあること)抗日工作隊員高英石の煽動を受け、之(これ)が目的達成の為(ため)移入労務者として内地に潜入し、朝鮮人労務者の集団生活に投じて之等(これら)と生活活動を共にし之を民族的に結集し革命力量の拡充を図らんと企図して肩書(大谷重工業尼崎工場のこと)工場に渡来せるものにして、渡来後は模範工を装い、巧(たく)みに同志の獲得に奔走し検挙当時は既に七名を獲得し居(お)りたり

即ち同人は表面工員の修錬を目的とし協和訓練隊特別青年会を持(もち)、或(ある)いは工員の親睦懇談会を装い討論会を開催し、何(いず)れも裏面に於て之等(これら)の民族意識の啓蒙乃至(ないし)独立運動母体たらしめんと企図し、又は近接する各個に対して、朝鮮独立の必要なる所以(ゆえん)を説き大東亜戦争は日本の勝敗如何(いか)に不拘(かかわ)ず朝鮮は断じて独立せざるべからず(独立しなくてはならない)と強調し之(これ)が奮起を促す等秘(ひそか)に暗躍しつつありたり。





【資料出典】
・1953(昭和28)年 富士書苑 「秘録大東亜戦史 朝鮮篇」
・1973(昭和48)年 東洋文化社 社会問題資料研究会 「思想情勢視察報告集(其の四) 満州に於ける共産主義運動」



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