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2015/09/06

朝鮮では棄民が戦場に行く


韓国の朴大統領が中国の抗日戦勝70周年記念式典に出席したので、アメリカが怒っていますね。

アメリカはもう、第二次朝鮮戦争が勃発しても韓国を助けないかも知れません。

戦争となれば兵が必要ですから、韓国外に住んでいる同胞が召集されるのでしょう。

ところで、朝鮮半島では棄民が戦場に行くのだそうです。

韓国は儒教の国ですから、いやしい身分の者から兵役に行くのは当然なのですね。


【勉強したくても出来なかった人が自衛官になる】
自らの民族性を日本人に投影する朝鮮人。自衛官をダシにして自らが兵役に行かなくてよい状況を作ろうとしている。SEALDs_勉強したくても自衛官1

SEALDs同様の発言をした辛淑玉(シンスゴ)女史。
自衛官は普通の仕事に就けなかった1

【上級韓国人からの呼びかけ】
在日も兵役に行くべきだ1


朝鮮の最下層-春窮民、火田民、土幕民



李朝時代、朝鮮の最下層民は三種類ありました。


春窮民…秋に収穫した穀物が春になる前に底をつく農奴

火田民…山から山へ渡り歩き、焼畑農業を行う者

土幕民…地方農村で小作農を営むも天災等により農村を捨て、都会へ出てきた農奴



このうち、何も生産手段を持たないのは土幕民で、その名前の由来は京城(現ソウル)などの都会へ出て来て、他人の土地を不法占拠し、「土幕家屋」と呼ばれるほったて小屋を建てて勝手に住み着いたことから「土幕民」と呼ばれるようになったそうです。

土幕家屋とは、地面に穴を掘ってその上に簡単な柱を立て、ムシロをかぶせただけの簡易家屋です。土幕家屋は一晩で建つので、日韓併合後、日本の土地を不法占拠して浸食していったのもこの土幕家屋でした。

食いつめた農奴らが朝鮮の都会に出て土幕家屋を建てた目的は、王室による救済を待つためでした。

土幕民は社会の落伍者とみなされ、「棄民」といわれました。


【土幕家屋Aタイプ】
叺(かます)とは石炭や塩を入れるワラムシロの袋のこと。温突はオンドル。
土幕Aタイプ1


【土幕家屋A2タイプ】
土幕Aタイプ2


【土幕家屋Bタイプ】
土幕Bタイプ1


【政府の救済を待つセウォル号被害者家族の仮設住宅】
セウォル号被害者家族仮設住宅1


そして日韓併合後、この土幕民らは一攫千金を夢見て土幕家屋からはい出し、日本に渡って来ました。


【京城に建ちならんだ土幕家屋】
domaku1.jpg


【終戦直後の神戸駅周辺】
kobe_barrack.jpg


【不法占拠された多摩川河川敷】
土幕多摩川河川敷1

現在日本に居住している在日韓国人は、かつて祖国から「棄民」と呼ばれていました。

そりゃ、朝鮮戦争という祖国の危機に日本に逃亡して来たり、知らん顔して帰国しなかったのですから、そう呼ばれても仕方ありません。

日本でいえば、大東亜戦争中に中国やソ連に逃亡して、敵国でヌクヌクと生活していた日本共産党と同じです。

「戦争反対!」と大声で叫ぶ者ほど、祖国のために血の一滴も流していないのです。


【日本共産党野坂参三と毛沢東】
20130815_okano_mo.jpg

儒教では「大人(たいじん=徳の高い人)は頭を使う労働をし、小人(いやしい者)は体を使う労働をする」といいます。

ひとつ忠告しておきたいのは、韓国は「韓米同盟は強固」と安心しているようですが、アメリカは自国の利益のためならばアッサリと同盟破棄する国です。

アメリカはニカラグア運河を手に入れるためにイギリスと締結していたクレイトンブルワー条約をアッサリ破棄して、ニカラグア運河とパナマ運河の権益を独占しました。

また日本に対しては日米通商航海条約を廃棄して、日本にあらゆる経済制裁を加え、ついに宣戦布告して来ました。

まあ、特アは大東亜戦争を「侵略戦争」と信じているようですからそう信じるのもいいでしょうが、アメリカはそういう国であり、朝鮮には棄民から戦場に行くという伝統があるということです。


【日本を威嚇するために中国とアメリカ両方を味方にしたいニダ】

朴大統領の軍事パレード出席に米国が不快感
2015年9月5日 YAHOO! ニュース

「ワシントンの雰囲気はかなり否定的」 中国の軍事パレードについても「時代錯誤的」

 朴槿恵(パク・クネ)大統領が中国の「抗日・反ファシスト戦争勝利70周年記念式典」に出席したことついて、米国国務省の公式の反応とは裏腹に、ワシントンはかなり否定的な雰囲気だ。

 マーク・トナー国務省副報道官は3日(現地時間)の定例ブリーフィングで、「地域内の他の国とどのような関係を結ぶかを決めるのは韓国の主権事項」という従来の立場を再確認した。米国務省は、これまで朴大統領の戦勝記念式典への出席を「尊重する」という態度を維持してきた。

 しかし、ワシントンのあるシンクタンクの専門家は、匿名を条件に「朴大統領の戦勝式典への出席について、ワシントンの全般的な雰囲気はかなり否定的」だとし「一部では『ブルーチームにいるべき人がレッドチームにいる』とまで言っている」と伝えた。ブルーチームは「わがチーム」、レッドチームは「相手チーム」のことを指す言葉で、国防部では「味方」と「敵」の意味で使う場合もある。それほど朴大統領の戦勝記念式典への出席を深刻に受け止めているということだ。



本記事の資料



(  )内は管理人による注釈です。

朝鮮では棄民が兵役に行く


出典:1942(昭和17)年 岩波書店 京城帝国大学衛生調査部 「土幕民の生活・衛生」 第一章 体格 第三篇 衛生調査



(二)「旧韓国兵士は選抜に当って体格の検査をしたと云(い)うのは名ばかりで、下層階級の者の志願によって直ちに兵士となることが出来た。」と久保氏が述べている様(よう)に、旧韓国兵士は国民中の優秀な体格の持主でもなく、況(いわ)んや(いうまでもなく)富有(裕)階級の者でもなかった。棄民と云われ社会生活の落伍者であった。従って、土幕民と一致したのかも知れない。



朝鮮の土幕民とは


出典:1942(昭和17)年 岩波書店 京城帝国大学衛生調査部 「土幕民の生活・衛生」



第四章 土幕の成立とその現状
第一節 土幕の発生

 土幕なる語句は、恐らく最近の新造語と考えられ、古い書籍に於(おい)ては土幕という語句は認められないが、今日のような土幕に似たものが存在していたことは容易に想像し得る。

例(たと)えば、李朝実録に依れば、文宗元年の記事に、道峰三角山間乞食多く、巌穴(がんけつ:岩のほらあな)にかくれ窃盗を業としていたので、兵曹をして窮捜推刷せしめたとあり、純租十一年には、四道流丐(かい、こう:こじき)の徒が京に来(きた)り四門外に窖(窖:こう:あなぐら、:こう:かまどの意)を築いていた等とある。

賊徒や、流民が城外の地に所謂(いわゆる)土幕を営んだことがわかり、地方に飢饉が生じた場合には、京城は流民の集中する所となったので、城外の地には其等(それら)流民の土幕が出来、政府の救恤(きゅうじゅつ:貧者を救いめぐむこと)を待ったのであろう。

(中略)

第二篇 生活調査
第一章 緒言
第一節 土幕民とは


 土幕民は朝鮮社会に介在する一異分子でもなく、朝鮮人の一変種では勿論(もちろん)ない。彼等(かれら)と一般朝鮮人とは共通の父祖を有(も)ち、兄弟に異ならぬ密接な血族関係を有するのである。

 血族的に斯かる不可分の密接な関係を有するのみならず、その生活様式も爾他朝鮮人の示すそれと何等(なんら)本質的差違を有するものではない。

唯(ただ)彼等の極度の貧困ゆえにその生活は高度に簡易化され、歪曲されては居(い)るが、斯かる歪曲されたる生活は、普(あまね)く全鮮の土幕民以外の年貧困者、農村貧困者共通の点であり、土幕民の特異点とするに足りない。

 要するに土幕民は朝鮮人貧窮階級が年の一隅に群居して悲惨な貧民窟を形成する様になったものに過ぎない。

 斯かる唯の都市細民に、何故(なぜ)に土幕民なる特殊な名称を附する様になったか、斯かる屈辱的名称が何時(いつ)から始まったかは今俄(にわ)かに明らかにし難いが、土幕民を朝鮮の他の都市細民と区別する唯一の相違点は、彼等土幕民が土地の不法占拠をなして居る事である。

 彼等は市内、郊外を問わず、堤防、河原、橋下、山林等遊閑地を、官有地私有地の見境(みさかい)なく無断に占居(占拠)して、特有の極めて粗末な小屋を建て、日に月にその数を増し、遂には悲惨と混雑と不潔とを特色とする所謂土幕部落に迄(まで)発展するのを常とするのである。

 斯かる土地の不法占居は、一に彼等の切端(羽)詰った貧困に起因するのであるが、当局としては年々増加する土幕家屋の止(や)む所を知らない氾濫は都市美観上及び都市衛生上、由々しい問題で、彼等に対し幾多の対策を講じつつあり、都市細民を土幕民なる名称を以って呼称する様になり、この名称が漸次一般にも用いられて来た様である。

(註) 京城府では土幕民を「河川敷、或(あるい)は林野等、官有地私有地を無断占居(拠)して居住する者」と定義して居る。土幕の語源は、「幕」は朝鮮語 "mak" に対する字で、酒幕(居酒屋)、苑頭幕(瓜番小屋)、 Omaksari(荒ばら家)の幕と語源を一にし、粗末な小屋の意である。「土」は土壁の、荒壁のと云う程の意味であろう。要するに「土幕」とは粗末な小屋を指し、「土幕民」とは、その中に住む者の謂(いわれ)である。



日本に渡航してきた土幕民


出典:1942(昭和17)年 岩波書店 京城帝国大学衛生調査部 「土幕民の生活・衛生」 第一章 体格 第三篇 衛生調査



第九節 むすび

 一見平和に見える農村もその真相を衝けば激烈な生存競争のるつぼであること、他の社会と異らない。そして、その勝者は漸次、上位の階級へと更生し、劣者は転落して土地を失い、農雇(やとい)となり、又は農村を離れる。その一例として全羅南道に於ける一年間に亙(わた)る農家の階級別移動を見れば第三一表に示す通りである。

(中略)

 本表は僅か一道の、然(しか)も一箇年の実績にすぎないのであるから、之(これ)を以て全般を推すとは出来ないが、農村に於ける各階級間の隆替の劇(はげ)しさには一驚するの外(ほか)はない。かくして土地を失った農民の行方は……

 或る者は鮮内各都市へ労働力として、或る者は北鮮の工業地帯へ、或る者は内地渡航を、或る者は農業移民として満洲へ、もとよりその志向する方面は単一ではないが農村に留まることの不可能な一点に於ては軌を同じくする。



土幕家屋の造り


出典:1942(昭和17)年 岩波書店 京城帝国大学衛生調査部 「土幕民の生活・衛生」



第一節 土幕聚落

 之等(これら)土幕部落の成立、発展の状況は、各部落共通であって略(ほぼ)一定の過程を歩むものである。

 最初場末などの然るべき空地に、何時(いつ)とはなしに第九図に示す様な四本の柱を打込み、叺(かます:穀物、塩、石炭などをいれるわらむしろで作った袋)、板切れ、トタンなどで上と四方を囲った粗末な小屋掛が建ち、それとなく看過しているうちに、同様な小屋掛けが二戸、三戸と数を増し、そのうちに第十一図に示す様は略々(ほぼ)家屋の形式を備えたものも混へる様になる。

此(こ)の段階に到達すると、その後の発展は急速で日に月にその数を増し、各個の小屋も漸次左右に継(つぎ)足される。斯くして数年を経過すれば、数十戸、数百戸、甚(はなはだ)しきは千数百戸の土幕が壁と壁を相接じ、その間には辛うじて人を通すだけの小路が迷路のごとく迂曲し、処々に生活必需品を売るささやかな小店も出来、一大土幕部落を形成するに至る。



イギリスとの条約を破棄したアメリカ


出典:1931(昭和6)年 森山書店 大谷隼人 「日本之危機」 第五章 満蒙を狙ふもの 第三節 米国の西進



 米国がモンロー主義の名の下に、米大陸に於て門戸閉鎖機会独占主義を実行している一例としてパナマ侵略の史実を挙げ得る。

 事の起りはスエズ運河を開墾したフランス人レセップがコロンビア政府から利権を得て一八六七年パナマ運河の開墾にとりかかったことに始まるのだが若(も)しフランスが、パナマ運河の開墾に成功し、パナマ地峡一帯に其の勢力圏を打ち立てることになれば、之(これ)が為(ため)米国南下の道は閉塞さるることになり之に反しフランスは一方に於て米国の南漸を遮りつつ自ら南米に志を伸ぶるに便なる対勢を獲得することとなるので、米国は是が非でもパナマ運河を己の掌中に収めむとし、先(ま)づ手始めに件政策としてニカラガ(ニカラグア)運河を開墾して其の支配権を独占するの策を樹(た)てたのである。

然(しか)るに同運河に関しては一八五〇年既に英米間にクレイトン、ブルワー条約なるものが締結されてをって、ニカラガ運河に対する独占権を獲得しない約束になっていたのだ。

そこで米国は先づ右条約を破棄し、英国よりニカラガ運河に関する権利を完全に奪取しようと企てたのである。

又(また)それと同時に大統領ヘースは「運河は米国管理の下に之(これ)を築き、且つ其の所有権は米国が独占すべきである。米国は他の何れの国に対しても運河管理権の一部たりとも所有することを許さない。又米国以外の国の会社が運河に関係することは結局外国の勢力を此所(ここ)に導くことになるから之亦(これまた)断じて容認し難い」 という要旨の教書を議会へ送ってデモンストレーションをやっている。






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