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2015/08/26

戦前日本に送りこまれた朝鮮人・中国人共産主義者


ここ数日、米軍基地での爆発や工場火災、鉄道トラブルが続いています。

それらのニュースを見ていて、戦前日本もこんな感じだったのだろうと思いました。

なぜなら、戦前日本には中国共産党や極左台湾人、極左朝鮮人が潜入して、日本軍の軍情偵察や後方撹乱工作に狂奔していたからです。

共産勢力の目的は、日本を敗戦に導き、戦後の物資や食糧不足をネタに民衆を煽動して日本革命を起こすことでした。

日本を敗戦させるため、日本国内に潜入した共産勢力は、日本の工業地帯に放火したり、労働者を装って工場に潜入、ストライキなどの生産能力妨害行為を行いました。

【終戦翌年、日本共産党による食糧メーデーという名目の革命運動】
皇居前広場に押し寄せた群衆。
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【米軍基地爆発】

相模原の米軍施設で爆発か
2015年8月24日 産経ニュース

 相模原市消防局によると、24日午前0時45分ごろ、同市中央区の米陸軍相模総合補給廠(しょう)で「爆発音があった」と通報があった。消防によると、補給廠内にあるボンベや酸化物などを保管した倉庫1棟が燃えているといい、消防が消火活動を行っている。けが人の情報は入っていないという。

 現場はJR相模原駅の北側にある補給施設。市のホームページによると、補給廠には物資の保管倉庫や修理工場などの施設がある。



破壊工作はおてのもの-戦前共産党の日本敗戦工作



1937(昭和12)年、支那事変が勃発すると南京政府は朝鮮人や台湾人の共産主義者または民族主義者に資金を与え、大陸での遊撃隊(パルチザン)にしたり、日本国内に潜入させて日本敗戦工作をやらせました。

その例をいくつかあげてみます。

① 朝鮮共産匪賊を大陸での遊撃隊(パルチザン)にした

南京政府は朝鮮民族革命党(共産主義系)、金元鳳、韓国国民党(民族主義系)、金九其(そ)の他不逞鮮人に多額の資金を与え、抗日義勇軍を編成させて、支那軍の別働隊として支那各地に遊撃隊として配置した。そして、日本軍や満州軍の軍情偵察やテロによる日本軍の後方撹乱をやらせた。

② 中国人芸術家を日本に送りこんで日本人民戦線を指導させた

昭和12年8月警視庁が検挙した支那人錢厓は技能ある篆刻家にして書家でもあったため、昭和10年5月京都在住の日本書家の後援で来日した。その後、錢は駐日支那大使許世英の援助で、わが国一流の名士や書家等と交際したが、その裏面で日本在留同志や留学生と中国共産党および秘密結社青幣、紅幣と連絡して日本の共産主義者を買収し、日本人民戦線の一部を指導した。それのみでなく、支那事変勃発後は諜報活動まで行った。

③ 中国軍事委員会の使命を受け、避難民を装って日本に潜入

台湾人賴貴富は上海に於て民族主義者や共産主義者である台湾人や支那人と共に抗日活動中だったが、支那事変が勃発するや中国軍事委員会蘇浙別働隊総指揮である劉士陸副官、陸軍中佐温盛光から日本軍情勢の偵察や日支人民戦線の交流、日本の後方撹乱といった使命を受け、避難民を装って日本国内に潜入、東京に行って同志台湾人民族主義者である呉三連、劉明電、蔡培火一派と連絡し、使命達成の為(ため)活動した。

④ 中国で排日教育を受けた台湾人が台湾独立をめざす組織を結成

台湾人揚塘波は中国で排日教育を受け、台湾独立、民族解放運動のため、上海を中心に活動中だったところ、支那事変勃発するや好機至れりと支那軍当局と連絡、同志と共に台湾独立自治連盟会を結成し昭和12年10月避難民を装て台湾に帰り、さらに東京に潜入して活動していた。

⑤ 朝鮮民族革命党(朝鮮共産匪賊)が日本に潜入

朝鮮民族革命党員張楽誠以下五名は中国各地で抗日策動に従事していたが、支那事変勃発するや中国共産党より後方撹乱、日本軍情勢偵察の任務を受け 避難民を装って日本国内に潜入、昭和12年8月以降、九州および朝鮮で検挙された。

⑥ 中華民国臨時政府にも共産党員が潜入、東京で中共支部を結成

中華民国臨時政府派遣留学生汪叔子(満洲国人)は中国共産党本部の指令を受け、昭和13年9月頃より満洲国留学生を主要構成分子とする秘密結社中国共産党東京支部を結成した。そしてその第一目標を日本の銃後撹乱に置き、下記方針によって活動した。

 (イ)造言飛語に依る国民思想の撹乱

【造言飛語「戦争法案」】
kyosanto_gaki1.jpg

 (ロ)軍需工場や重要工業地帯に放火し軍需品製造および戦線輸送を不能におちいらせ、日本の経済力を消耗させる

日鉄住金鋼管火災1

新幹線火災1

 (ハ)日本の高官を暗殺し、国内動揺を図ると共に日本共産党と連繋して日本帝国の転覆を企図する

【国体を変える。日本共産党】
日本共産党志位和夫1

 (ニ)日本軍情勢を探知、収集して中共本部に報告する

【伝書バト】
鳩山由紀夫中国訪問1

また、在京蘇聯邦(ソ連邦)を始め各大公使館員と連絡し合って、南京政府の抗日戦を有利に導くべく暗躍中だったが、昭和14年2月警視庁に検挙された。

⑦ 中国共産党と南京政府が朝鮮革命党、日本共産党に多額の資金援助

中国共産党と南京政府は朝鮮革命党および日本共産党と連絡、 経済上の援助を与え、日本国内の革命運動を画策した。また朝鮮人共産主義者・民族主義者の中には支那事変を革命の好機とし、反戦・反軍・治安撹乱策動をなす者が少なくなかった。

⑧ 朝鮮では朝鮮人二百数十名が中国共産党系抗日人民戦線結社を組織

咸鏡南道警察当局に於ては昭和13年3月より2回にわたって、不逞鮮人二百数十名が中国共産党系抗日人民戦線結社を組織、 朝鮮の独立共産化を目的として、在満東北抗日聯軍共匪と提携、日本人襲撃その他の暴行行為を敢行、治安を撹乱した罪で検挙された。

⑨ 朝鮮人が共産主義秘密結社を組織

鮮人金漢謀は同志十余名を中心に共産主義秘密結社、赤色労働組合準備会を組織した。また金益煥は同志四名を以て共産主義読書「グループ」を組織し、啓蒙組織拡大に努めるとともに、支那事変勃発に対し日本を敗戦に導き支那人民戦線を擁護せよと煽動、 同志を軍工場、軍需工場に潜入させて「ストライキ」を敢行させ、兵器製作能力を妨害して、日本軍の戦闘力に影響をおよぼそうと企図したため、昭和13年4月、両名を検挙した。

⑩ 鮮人金漢變、李東云、梁丁默とともに日本出征軍人の妻を籠絡

昭和14年1月、鮮人金漢變は支那事変に際し、「日本は敗戦し、ついに革命が勃発するにちがいない」との見解を持ち、東京における後方撹乱工作と共産主義組織の拡大を目的として日本国内に潜入、鮮人同志李東云梁丁默の両名と出征軍人妻女某に接近籠絡(ろうらく:まるめこむこと)し、戦争の惨禍を誇張して反戦思想と共産主義の啓蒙を行っていたため、警視庁にて検挙された。

⑪ 鮮人権泰、権寧祥、李榮子らが共産主義「グループ」を組織

 鮮人権泰、権寧祥、李榮子らは 「今次事変は日本が支那を植民地化すべく計画的に惹起せるものなり」 と妄断、将来の民衆運動を赤化革命へと指導することと、日本共産党再建を目標として支那事変を利用、日本人および朝鮮人十数名に働きかけ、共産主義「グループ」を組織し、大衆の獲得と啓蒙を画策したため、昭和13年から逐次検挙された。

共産党を苦しめる「平和」の看板



今の日本の情勢は、戦前日本によく似ています。

共産党の特徴は外国の共産勢力を引きこむことにあるので、中国や韓国、北朝鮮といった共産勢力が日本国内で戦争という暴力革命工作、そして、戦後の日本革命を画策しているように見えます。

それに、ロシアも戦前と同じように日本の漁業権や領土を侵害し、中国は戦前の西洋列国と同じように東南アジアの平和を脅かし、日本の領土である尖閣諸島とその近辺にある権益を侵害しようとしています。

ですが、共産党の看板は「平和を愛する党」なので、共産党が外国を侵略するときは侵略の意図を別のものに見せかける必要が生じます。

たとえば陰湿な挑発を繰り返して、日本から戦争を仕掛けてきたように見せかけるといった手段です。

そのため、共産党のやり口はソ連70年間にすべて出つくしていて、いわゆるネタバレ状態になっているので、今また戦前と同じような出来事が繰り返されているのだとバレバレです。

しかもまた日本国内に潜入してきているのは、自国で革命を起こしたことのない中国と朝鮮半島なのですから、笑ってしまいます。

でもまあ、今後も工場火災や鉄道トラブルが続くようなら、要注意ということで。


本記事の資料


戦前共産党の策動-日本の軍情偵察、工業地帯に放火、共産主義宣伝、国外共産勢力との共闘 etc. 強制連行なんかやるわけない


出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C11110754800:大本営陸軍部研究班 「附録・其の1 朝鮮人台湾人及支那人策動の事例」



附録 其ノ一

朝鮮人、台湾人及支那人策動の事例

第一、日本軍の後方を撹乱し軍事行動を妨害せんが為(ため)朝鮮人及台湾人中共産主義者若(もし)くは民族運動に関係せるものに資金を与え之(これ)を内地(日本国内)に潜入せしめんとしたる事例

 南京政府は事変勃発するや朝鮮民族革命党(共産主義系)、金元鳳、韓国国民党(民族主義系)、金九其(そ)の他不逞鮮人に対し多額の資金を与え 抗日義勇軍を編成せしめ支那軍の別働隊として支那各地に遊動せしめ 軍情偵知と「テロ」工作に依る日本軍の後方撹乱に任ぜしめたり 此等(これら)抗日不逞鮮人二名を天津に於(おい)て検挙せり

 昭和十二年八月警視庁に於て検挙せる支那人錢厓は技能ある篆刻家にして且(かつ)書家なる為 昭和十年五月京都在住の日本書家橋本●●の後援に依り渡日 爾来駐日支那大使許世英の援助を受け我が国一流の名士及書家等と交際しありたるが裏面に於て在留同志及(および)留学生と気脈を通じ、中国共産党及秘密結社青幣、紅幣と連絡し我が国共産主義者を買収し日本人民戦線の一部を指導せんとしありたるのみならず支那事変勃発後は更に諜報活動を為(な)しありたること判明せり

 台湾人賴貴富は上海に於て民族主義者及共産主義者たる台(台湾人)、支人(支那人)と共に抗日活動中今次事変勃発するや中国軍事委員会蘇浙別働隊総指揮劉士陸副官、陸軍中佐温盛光より軍情国情の偵知竝(ならび)に日支人民戦線の交流及後方撹乱の使命を受け避難民を装い内地に潜入、上京し同志台湾人民族主義者呉三連、劉明電、蔡培火、一派と連絡し前記目的達成の為(ため)活動中なりしを昭和十三年四月検挙せられたり

 台湾人揚塘波は予(かね)てより支那に於て排日教育を受け台湾独立、民族解放運動の為 上海を中心に活動中の所 今次事変勃発するや好機至れりと為(な)し支那軍当局と連絡、同志と共に台湾独立自治連盟会を結成し昭和十二年十月避難民を装い帰台(台湾に帰った)、更に入京暗躍中を昭和十三年六月検挙せられたり

 朝鮮民族革命党員張楽誠以下五名は支那に在りて各地抗日策動に従事しありしが支那事変勃発と共に中国共産党より後方撹乱、軍情偵知の任務を受け 避難民を装い国内潜入を企て昭和十二年八月以降九州及朝鮮に於て逐次検挙せられたり

 中華民国臨時政府派遣留学生汪叔子(満洲国人)は中国共産党本部の指令を受け 昭和十三年九月頃より満洲国留学生を主要構成分子とする秘密結社、中国共産党東京支部を結成し其の第一目標を我が国銃後撹乱に置き左の方針の下に活動せり

 (イ)造言飛語に依る国民思想の撹乱

 (ロ)軍工場竝(ならび)に重要工業地帯に放火し軍需品製造及戦線輸送を不能ならしむると共に日本経済力を消耗せしむ

 (ハ)要路の顕官(けんかん:地位の高い高官)を暗殺し国内動揺を図ると共に日本共産党と連繋し帝国の転覆を企図す

 (ニ)日本の軍情を探知、蒐集(しゅうしゅう:ものを集めること)し中共本部に報告す

又(また)在京蘇聯邦(ソ連邦)を始め各大公使館員と連絡 蒋政府の抗日戦を有利に導くべく暗躍中を昭和十四年二月警視庁に検挙せらる


第二、 信ずべき情報に依れば中国共産党竝(ならび)に蒋政府は朝鮮革命党及日本共産党と連絡 経済上の援助を与え日本国内の革命運動を画策しあるものの如(ごと)く 左の如く鮮人共産主義者若(もし)くは民族主義者にして事変を革命の好機とし反戦反軍治安撹乱策動を為(な)す者少(すくな)からず(すくなくない)

 咸鏡南道警察当局に於ては昭和十三年三月より二回に亙(わた)り不逞鮮人二百数十名が中国共産党系抗日人民戦線結社を組織し 朝鮮の独立共産化を目的とし 在満東北抗日聯軍共匪と提携 襲撃其の他の暴行行為を敢行、治安を撹乱しありたるを以て検挙せり

 鮮人金漢謀は同志十余名を中心に共産主義秘密結社、赤色労働組合準備会を組織 又(また)金益煥は同志四名を以て共産主義読書「グループ」を組織し啓蒙組織拡大に努むると共に今次事変に対し日本を敗戦に導き支那人民戦線を擁護せざるべからず(しなくてはならない)と煽動し 同志を軍工場、軍需工場に潜入せしめ「ストライキ」を敢行せしめ兵器製作能力を妨害し直接間接に我が軍の戦闘力に影響を及(およぼ)さしむべく企図しありたるを昭和十三年四月夫々(それぞれ)所轄警察署に於て検挙せり

 鮮人金漢變は今次事変に日本は敗戦し終(つい)に革命勃発すべし(するにちがいない)との見解の下に帝都に於て後方撹乱を為(な)すと共に共産主義組織の拡大を図る目的を以て昭和十四年一月内地に潜入上京し鮮人同志李東云梁丁默の両名を獲得 更に出征軍人妻女某に接近籠絡(ろうらく:まるめこむこと)し 此等に対し戦争の惨禍を誇張し反戦思想竝(ならび)に共産主義の啓蒙に努めありたるを警視庁に於て検挙せり

 鮮人権泰、権寧祥、李榮子等は 「今次事変は日本が支那を植民地化すべく計画的に惹起せるものなり」 と盲(妄)断し 将来必ず反動来るべく其の際民衆運動を赤化革命へと指導し日本共産党再建を目標とし事変を利用 内鮮人(日本人と朝鮮人)十数名に働き掛け共産主義「グループ」を組織し大衆の獲得啓蒙の為(ため) 画策しありたるを昭和十三年以降逐次検挙せり



参考:1933(昭和8)年三菱重工業で起きた火災


出典:1986(昭和61)年 文藝春秋 柳田邦男 「零式戦闘機」


スパイ騒ぎの中で

 火災が発生したのは、三月二十一日午前零時半頃だった。

 大江の工場の一角から燃え上がった火の手は、たちまち大火災となり、紅蓮の炎は天をつかんばかりの勢いで燃え盛った。

 疾駆する消防車のサイレンが、夜の闇を引き裂き、火災現場には、消防隊や警察官ばかりでなく、軍隊や憲兵隊まで出動した。軍事工場の火災だったからだ

 急報を受けた三菱航空機の幹部たちも駆けつけたが、工場の長大な一棟はすでに手の施しようもなかった。

 火を出したのは、陸軍機を製造している機体工作第二課の第一工場、通称金属機工場であった。金属機工場では、陸軍が極秘中の極秘で三菱に命じていた新型の全金属製重爆撃機の二号機を組み立て中だった。この重爆は、当時世界にはまだ類を見なかった昭和五年の四発の九二式重爆に次いで、昭和八年から、やはりユンカースの技術を導入して製作をはじめていた双発の九三式重爆と呼ばれるものであった。

 工場は、鉄骨に亜鉛葺きで、高さ八メートル足らずの平屋だったが、建坪は五千平方メートルもあった。その一棟が、完全に火に包まれたのだった。

 金属機工場にもかかわらず、塗料や油があるためか、火勢は凄じく、屋根や側壁の亜鉛板は、次々に音を立てて崩れ落ち、鉄骨でさえ、構造を支え切れなくなって、飴のようにひん曲った。

(中略)

 出火場所は、火災発見時の状況や火の燃え広がり方、工場内の焼けただれ方などから、金属機工場内の東北の隅にあるニス塗料場であることがわかってきたが、なぜ火がついたかは不明だった。 

 そこは、ふだんは火の気がないところだし、まして夜中に火が出る危険性は、ほとんど考えられなかった。

 神経を尖らせたのは、憲兵隊だった。

 憲兵隊は、満州事変勃発頃から、国内スパイに対する警戒の目を、急速に強めていた。とくに軍事工場の内外に対する取締りは厳しくなっていた。

 三菱の金属機工場の出火原因に不審の念を抱いた憲兵隊は、二十一日午前、機械工作第二課長を、市内の名古屋憲兵隊本部に連行していった。

「機密工場に対するスパイの諜報と撹乱の工作ではないか」

というのが、憲兵隊の抱いた疑いだったのだ。






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