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2015/08/14

イギリスによる中国植民地支配の実態


お盆ですね。安倍首相が「戦後70年談話」を発表する日になりました。

当然、中国、韓国、北朝鮮と日本国内の反日勢力が、いつもの

「侵略・植民地支配・おわび」

3点セットを文言に入れろと要求しています。

かつて中国を植民地支配した最大宗主国はイギリスですが、イギリスは中国の農産物から鉄道、金融まで牛耳り、人民を搾取しました。

しかし、中国はただの一度もイギリスに謝罪を求めたことはありません。

なぜなら、蒋介石と中国共産党は白人からカネをもらって、「抗日戦」をやっていたからです。

蒋介石と中国共産党は中国と中国人民を白人に売って、私腹を肥やしていました。

【連合国の対日代理戦争までやった中国】
日本軍が作成した伝単(ビラ)。
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ユダヤ財閥と癒着していた蒋介石



アヘン戦争後、イギリスは「経済再建設」の美名の下、中国をじゃんじゃん植民地化していきました。

【イギリスの中国植民地支配のキッカケになったアヘン戦争】
写真はアヘン窟。
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そうして中国はイギリスの権益になっていきましたが、その実態は中国はイギリスのユダヤ財閥であるサッスーン財閥の権益になったのです。

サッスーンは上海を拠点に活動する、中国最大のユダヤ財閥でした。イギリスはおもしろい国で、植民地開発事業に貢献すると貴族になれたそうです。

【中国に入りこんだユダヤ財閥】

一、 フランス
  
ロチルド家(英語:ロスチャイルド家、ドイツ語:ロートシルド家)

国際的大財閥。中国においては西南支の開発に主力を注ぎ、四川成都から重慶、貴州を経由して仏印鉄道に連絡する鉄道に巨額の投資をした。

ドレフュース商事団

フランスのフード・キングと称せられ、穀物市場の実権を掌握。資本金20億ドルを有する大財閥。かつて仏印鉄道に投資して以来、同方面における農産物界を牛耳り、大連、ハルビンにも出張所を設ける。加えて成都から貴陽に至る鉄道に四千万ドルの投資をした。

二、ドイツ
  
オットー・カーン会社

米国ユダヤ大財閥クーン・ロエブ社(日本に日露戦争の戦費を貸し付けたヤコブ・シフ経営)の重役として絶大なる権力をふるう。極東においては仏印その他の植民地関係の実態を事業に投資。

オットー・ヴォルフ商会

ドイツ重工業界の重鎮。中国では湖南省株州、貴陽に至る鉄道に4000万ドルの資本を投下し、沿線の水力、電気の利権を獲得した。

三、米国

猶太金融トラスト
広東省北辺、福建省南部、江西省南部地方の金鉱、アンチモニー、タングステン等の採掘権を有し、広東の自動車道路開設に200万米ドルを投下する契約を結んだ。
  
四、英国

サッスーン財閥

極東ユダヤ財閥の巨頭。国際的大財閥。中国においては経済、金融関係を牛耳る。植民地開発事業に貢献したという功績で貴族に列せられた。極東投資の主なものは玉山、南昌間および雲南ビルマ(現ミャンマー)間の鉄道に5000万ドル、英国対支信用輸出局の現地保証人として7000万ドルを投資。各財閥協同で敷設する中南支横断鉄道に2億ドル投資した。



サッスーン財閥は中国農民銀行という個人銀行を設立して、中国貧農に高利でカネを貸し付けました。

その銀行設立に合わせてイギリス国内では対支信用保証局、支那経済建設機関といった中国植民地支配機関が設立されました。


【イギリスが中国に設立した銀行、中国開発委員会】

中国農民銀行…サッスーン財閥が開設した銀行。中国の貧農に高利貸付をした。(まさに共産党の攻撃目標である高利貸的帝国主義であるが、中国共産党は何も批判していない)

中国建設銀公司…サッスーンを親銀行として、また宋子文(蒋介石夫人宋美齢の兄で中国土着の財閥。浙江財閥)の弟宋子良を総経理として設立された。

中国建設委員会購料委員会

中国全国経済委員会

中国建設委員会



【イギリス本国に設置された中国開発部署】

対支信用保証局(イギリス商務省内)…たとえば英国の会社が中国に鉄道材料を供給する場合、その代金支払に対して保証局が保証または立替払を行い、蒋政権との間の一切の金銭授受にサッスーンの手を経る仕組み。

支那経済建設機関…サッスーン財閥が総括機関として参加する機関。



イギリスによる中国植民地支配が着々と進むその一方で、蒋介石は中国人民が所有していた銀を市価の6割という安値で強制回収し、代わりにイギリスで印刷された紙幣という紙きれを与えました。

蒋介石が強制回収した銀はロンドンで売却され、その利益はサッスーン財閥と蒋政府要人で分配されました(蒋政府要人の取り分はロンドンの銀行に預金させられるというオマケ付きでしたが)。

イギリスと蒋介石がやったことは、共産党が攻撃するところの「帝国主義による高利貸的搾取」なのですが、中国共産党は一言も非難していません。

それもそのはず、中国共産党はソ連からカネと武器を供与されていたからです。

ソ連から毎年1300万元の抗日資金を供与されていた中国共産党



前置きになりますが、ロシア革命を援助したのは米英のユダヤ財閥でした。特にアメリカの財閥はソ連から流出させた金を本国に持ち帰り、代わりにアメリカで印刷したルーブル紙幣という紙切れをソ連政府と人民に与えました。

そのアメリカ発のカネが、毎年の抗日工作費として中国共産党に供与されていたわけですね。

だから、中国共産党はイギリスが中国をじゃんじゃん開発して植民地化しても、何も言わなかったのです。

【連合国の一大植民地だった中国】
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日本は西洋のアジア植民地化政策に反抗して、白人をアジアから追放するために中国に行き、イギリスのアジア植民地化拠点を破壊してまわりました。

そしたら夏がくるたびに中国や朝鮮半島が「日本の首相は靖国に行くな」とか「侵略したことをわびろ」などと言いだすんですよ。

中国も朝鮮半島も国だけでなく、魂まで白人に売ってしまったんでしょうね。

【上海陥落】
上海はアジアにおける世界的経済活動の本拠地だった。上海には英国系サッスーン財閥だけでも30億ドル投資していた。goshu_shanhai1.jpg

【南昌爆撃】
在支ユダヤ財閥が協同した12ヶ年投資計画「中南支横断鉄道」の開通部分だった上海-南昌間を日本軍が占領した。南昌空爆1

【「空爆の歌」まで作っていた日本】
空爆の歌1

【大富豪をもっと富ませようとしている現代日本のサヨク】
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【この風潮をやめるにはどうしたらいいだろう?】

首相、14日夕に記者会見 戦後70年談話決定で
2015年8月13日 産経ニュース

安倍晋三首相は14日午後5時からの臨時閣議で戦後70年談話を決定し、午後6時から官邸で記者会見する日程を決めた。政府筋が13日、明らかにした。談話は先の大戦をめぐる「反省」と、戦後の平和国家としての歩み、今後の国際貢献が柱となる。「おわび」や「侵略」にも言及する方向だ。



本記事の資料


重光葵「日本は支那とユダヤを敵にまわした」


出典:1986(昭和61)年 中央公論社 重光葵 「重光葵手記」 純正保守党と左傾保守党 十四



 然(しか)し英国は欧州に於(おい)て大敵を有し大事を控えて居る。米国の援助も確保されて居(お)らぬ。日本との関係を改善するに尚(なお)利害関係を有(も)って居るから、記者は此(この)点から必ず日英関係を繋(つな)ぎ留め延(ひ)いて帝国を戦争介入より救うことが出来るとの信念を以て極力接〔折〕衝に努めた。

 「チェムバレン」も「ハリファックス」も反対勢力を押して記者の云(い)う所に耳を傾けた。然し東亜の形勢は日一日を悪化して石は坂より転落するのみであった。日本が東亜に於ける自己の地位を救い且つ確立する唯一の鍵である英国との関係を斯(か)くの如くして喪失して行ったのは、記者の如何(どう)にも残念とする所であった。

 独伊の云う所に依って独伊の勢力に依存して進路を開かんとしても不可能なことであった。

英米と蘇(ソ連)と而(しか)して(そして)猶太耶〔ユダヤ〕人と支那人とを独伊の為(た)めに敵に廻して尚且つ東亜の主人公たる地位を確立し得と信じた日本政治界は乱心の状態であった。

【戦艦ミズーリ号上で降伏文書に調印する重光葵】

重光葵


資本主義と共産主義の発祥は同じ


出典:1940(昭和15)年 通信調査会編 「支那財閥の解剖と在支外国資本の概況:特別調査報告」



 猶太民族の血管を流れる狡猾と狂暴との民族性は、一方には共産主義暴力政治を生み出し、一方には多民族の膏血(こうけつ:脂と血)を搾り取る高利貸的経済状態を齎(もたら)した。前者はソ聯邦に於いてであり、後者は支那に於いてである。



中国人民から銀を強奪して紙幣という紙切れを与えたイギリス
中国人民から強奪した銀をロンドンで売却し利益を蒋政府要人と分配


出典:1940(昭和15)年 通信調査会編 「支那財閥の解剖と在支外国資本の概況:特別調査報告」



五、リースロスの支那幣制改革と猶太財閥

 上記猶太財閥と国際連盟との合作による支那経済開発の膳立てが出来上るや、之(こ)れと並行して投資回収の安全を保障する意味に於いて、リースロスによる支那幣制改革事業が施行されることになった。

 リースロスを迎えた支那財閥の巨頭宋子文は、与えられた筋書き通り中国、交通、中央の三銀行合併を断行し、中央銀行を紙幣発行の準備銀行に、中国銀行を為替銀行に、又(また)交通銀行を商業金融銀行に指定した。

しかも別に中国農工銀行を独立銀行として英国の対支投資クレヂット銀行に特定した。この銀行は表面半官半民と称して居るが、実は幣制改革に当ってサッスーンがニューヨークで手持銀貨を処分して得た利益金六百四十万ドルを投資し、蒋政権と合併で開始した事業で、政府出資は特定権利のみというサッスーン個人銀行である。

その為(た)めに同行発行の紙幣は中央銀行券全額に適用する国幣の価値を有(も)ち、法幣に指定代用するという特典を与えられた。

しかも同行の紙幣は英国で印刷する故(ゆえ)、支那人は現銀を取り上げられて、英国の紙片を与えられる訳(わけ)である。蒋介石政権治下の支那は、経済再建設という美名の下に英国否(いな)サッスーンの金融勢力下に隷属するを余儀なくされたのである。

 幣制改革による不当利得の内容を詮索して見るに、当時の新紙幣に対して銀は従来の六割位の価格を以て強制的に引き換えられたのであるが、この差額を予(あら)かじめ関知して居た香港上海銀行は、現金を英本国に輸送して三億元の巨利を獲得した。サッスーン財閥だけでも、一千七百五十万ドルの為替を米国に送った証跡がある。

更に又(また)米国のマネー・トラストは蒋政府の公債発行を保証してその抵当物件たる銀貨一千二百万元を上海の花旗銀行に保管した上、その預入れ銀貨を以て買込んだ蒋政府の有価証券をロンドンで売却して巨利を占めた

更に甚(はなはだ)しきは蒋政府が民間から強制的に回収した銀をばサッスーン財閥の手を経てロンドンに回送し、ロンドンで売却して得た利益をサッスーン財閥と蒋政府要人との間に分配し、更に支那要人をしてその分配金をロンドンの猶太銀行に預金させ、その銀行はこの預金をパレスタイン(パレスチナ)自治領資金に流用するという複雑にして悪辣なる手を用いたのである。



北満州特務機関
「ロシア革命を援助した米英ユダヤ財閥」「アメリカはソ連の金を流出させ、ソ連の紙幣を印刷」「ロシアとアメリカのユダヤは兄弟である」


出典:1921(大正10)年 北満洲特務機関編  「猶太研究」



十、千九百十七年露国第一次革命には他に利用すべき原因は多々ありたるも要するに世界猶太殊に英米猶太が露国猶太救済、世界猶太解放の為に決行を助勢したることは既に縷々(るる)各国猶太勢力の部に詳述したるを以て之(これ)を略す、

(中略)

十二、墺国(オーストリア)革命当時の社会党三派中領袖株の地位にある猶太人を百分率にて現わすときは

多数社会党   一八%
独立社会党   六五%
共産党      八七%

(中略)

故(ゆえ)に猶太人が『マルクス』を先頭に立て宗教と資本主義との打破を叫ぶは心よりに非ずして必ずや為にする所あるが為なり、為にするとは前項に述べたる如く一方に資本主義打破を称えて成金的無慈悲の外国資本を粉砕し、然(しか)る後己(おの)れの資本を以て猶太主義による資本の運用を考えあるものと判断せらる。

従来猶太資本の最も多く蓄積しある米国には、過激派の攻撃最も手緩(ぬる)く、而(しかし)て(そして)露国革命政府の紙幣が米国の造幣所にて印刷して露国に多数持ち込まれ、其(その)価格は印刷費、紙代の何分の一にも足らざる状態に甘んじ、以て露国の紙幣を紙屑(くず)同様に下落せしめ、正貨たる金貨は盛(さかん)に外国殊に米国に流出せしめ、金貨の値を貴(たか)くしあり

(中略)

猶太の正月中には西方より米国の紙幣哈爾賓(ハルビン)に入り込みたるの事実を確認せり、(ここ)に於て露国六百万の猶太と米国三百万の猶太は兄弟なることを考慮するを要す。
三、外国君主を片端より倒すことが猶太の為に有利なることは既に述べたる所なり、特権階級の存在も亦(また)、猶太人が一国内にて出世し大勢力を獲(え)る為に邪魔者なりしなり



英国の植民地支配を一言も非難しなかった中国共産党


出典:1939(昭和14)年 興亜学会 児玉信夫 「世界撹乱の陰謀:猶太民族は世界を征覇するや?」



 甚(はなは)だ、吾人の首肯に苦しむものがある。元来資本主義と共産主義とは対蹠的な思想で、その根本に於て矛盾撞着氷墨相容れない両極端であることは今更説明するまでもない。

然るに支那に於ては、この相剋する両思想に何等(なんら)の衝撃抵触するところもなく、この間何等の紛争も起らないのは、実に奇怪千万な現象といわなければならぬ。

 蘇聯(蘇聯)の指図がままに行動する支那共産党によって撹乱された四川・甘粛・新疆・寧夏の、然(しか)も未開発な奥地に向って、鉱山事業に、鉄道の敷設に、英国は安んじてどしどし投資して居るではないか。

こんな矛盾を見せられるかと思えば、嘗(かつ)て、蒋介石が張学良のために、西安に監禁せられた事件がある。世に謂(い)う西安事件であるが、これも、蘇聯の指令に基く共産党一派の所業で、此時(このとき)蒋介石は実に生死の危険にあったにも拘(かかわ)らず、不思議にも支那国内は微動だもせず、頗(すこぶ)る平静に保たれ、英国の支持する法幣の価値は寸毫の影響もなかったのである。



ソ連から中共に毎年1300万元を支給


出典:1938(昭和13)年 陸軍省新聞班 陸軍省歩兵中佐大久保弘一 「赤色支那」



 今次の支那事変勃発直前にはソビエット、或(ある)いはコミンテルンの在支宣伝、金融等の機関を上海方面より北支に移動し且つ強化しつつあったことは明白となるにいたった。

現在の如くソビエット勢力の国府侵入に伴い世上伝えられた蘇支密約の如く国民政府とソビエット政府の接近を始め支那民間有力者が私的にもソビエットと手を握って策動するものが著しく増加しつつあるので、これ等(ら)が直接、間接に共産党及(および)共産軍の総経費として年額一千三百万元(最近或いは更に増額せられているであろう)は国際共産党より依然として上海に送付されていた







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