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2015/07/14

朝鮮人21万人を強制連行したソ連


毎日毎日「キョーセーレンコー、キョーセーレンコー」とうるさい韓国ですが、戦前、朝鮮人を強制連行したのはソ連(現ロシア)です。

しかも、約21万人。

ソ連は沿海州在住朝鮮人の家と土地を奪い、中央アジアに強制連行し、強制移住させ、強制帰化させました。

しかも、現地朝鮮人の目撃情報によると、ソ連は朝鮮人を乗せた輸送用貨車をワザと転覆させ、約3000名の朝鮮人を殺したのだそうです。

この事件を知った日本政府は、すぐさまソ連政府に猛抗議しました。

しかし、ソ連政府の返事に誠意が見られなかったため、二度も抗議しました。

韓国は日本ではなくロシアに謝罪と賠償を求めるべきでしょう。

ロシアの朝鮮人強制連行は事実で、資料もちゃんとあるのですから。


【沿海州在住朝鮮人をシベリア方面に強制連行】
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朝鮮人はカザフスタンにも強制連行されています。

kyosei_ijuu6_2.jpg【出典】・アジア歴史資料センター:レファレンスコード:C01004395000:昭和12年12月10日 朝鮮軍参謀長 久納誠一 「在「ソ」鮮人奥地強制移住其他に関する蘇連情報送付の件」


そういえば、フィギュアスケートのデニス・テン選手はカザフスタン出身でしたね。ウィキペディアには「抗日運動の英雄の子孫」と書かれていますが。


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当時の新聞もこの朝鮮人強制連行を報じています。

「外務人民委員部より朝鮮人に対するソ連籍を主張し」という部分は、朝鮮人をソ連に強制帰化させたことを意味します。


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大阪朝日新聞 1937(昭和12)年12月7日

"ソ連の回答不法"
朝鮮同胞の強制移住問題
外務当局、談話発表


極東ソ連領に在住する朝鮮人強制移住問題に関し外務当局は再三ソ連当局に厳重抗議を重ねその反省を要望したるに拘らずソ連側では未だにその誠意の見るべきものなきに鑑み当局では六日夕刻左の情報部長談を発表、ソ連側の反省を求めた
 
 極東ソ領には革命以前より多数の朝鮮人が居住していたが、昭和七年にはその数約二十万に達し大部分は沿海州烏蘇里州方面において農業に従事し、また海岸地方の居住者は漁業に従事し、いずれも平和的にその経済生活を営んで来た、しかるにソウェート政府は本年九月はじめよりこれら朝鮮人を強制的に中央アジヤ方面に移住せしめることとしたため朝鮮人は永年の居住地を捨て多大の不安裏に異域に向って輸送せられつつある現状である、朝鮮人は韓国時代からその国籍を離脱する方法がなかったのであるが、帝国はその制度を継承しているので朝鮮人は仮りに他の国籍を取得しても斉しく帝国臣民たることには変りなく、これは代々ソ領に居住して来た朝鮮人についても全く同様であり、殊に在ウラジオストック帝国総領事館に登録せられ明かに帝国の国籍を有するもののみでも昭和十一年十月一日現在において九百七十八人に達する次第である、よって帝国外務省は在ソ帝国大使館に訓令し強制移住に対し十一月十三日ソ連へ厳重抗議せしめ、特に約一千人の朝鮮人については調査方要望せしめたところ十一月二十七日外務人民委員部より朝鮮人に対するソ連籍を主張しわが方の抗議をさらに容れ得ない旨を回答して来たがその理由なきことは明かであってわが方としては引続きその主張を堅持し更に適当の措置を考慮することとなろう

【出典】・神戸大学 新聞記事文庫



1936年に約1万人、翌1937年には約20万人の朝鮮人を強制連行・強制移住・強制帰化・強制労働させたソ連



1937(昭和12)年9月、ソ連はシナ事変が勃発するや、沿海州に住んでいた約20万人の朝鮮人をシベリア方面に強制移住させました。

その目的は対日戦争準備のため、朝鮮人から奪った家と土地に除隊兵を住まわせることにしたからでした。

もともと沿海州には、ロシア革命の前から、大勢の朝鮮人が住んでいました。朝鮮人は農地を耕し、漁業を営み、平和に暮らしていました。

しかし、それらの朝鮮人は作物もそのままの状態で貨車に乗せられ、はるか遠いシベリアに強制連行されました。

「貨車」ですから収容所に送られるユダヤ人のように、または日本敗戦後、中国軍に連行された日本人のように、朝鮮人も立ったまま貨車に詰めこまれたのでしょう。

そして、ソ連は朝鮮人がぎゅう詰めの列車をワザと転覆させ、朝鮮人を虐殺したというのです。資料にはその数は約3000名と記録されています。

日本政府は現地の朝鮮人からこの列車による虐殺を聞いた時、

「また、朝鮮人一流のウソでは?」

と疑いつつもソ連に抗議し、回答を求めましたが、ソ連の回答には誠意が見られませんでした。

いまの中国や北朝鮮はああいった感じですが、以前の共産主義国は秘密主義で国内で何をやっているのかサッパリ分かりませんでした。

あまりに暗黒だったので、北朝鮮などは「東洋のブラックボックス」と呼ばれていたほどです。


ソ連政府の誠意のなさに、日本政府は「もしや事実では?」と思い始め、憲兵隊や特務機関、関東軍、総領事館を総動員して朝鮮人強制連行の情報を収集しました。

なにしろ、この一年前にもソ連は国内の一般的粛正工作として、不純分子と思われる在ソ朝鮮人を約一万人、同じように他の地方に強制移住させていたからです。

日本の追求に対してソ連は

「朝鮮人強制移住は強制労働や追放ではない、移住先は肥沃な土地で農耕に適している、むしろ朝鮮人優遇政策だ」

と発表しました。

しかし、列車を転覆させて朝鮮人を虐殺したという目撃談の真偽は容易につかめませんでした。

なぜなら、ソ連は移住政策から逃亡した朝鮮人を殺すべく、国境警備を厳重にしたからです。

本当の強制連行は殺すつもりで連行していくのですから、容易に逃亡や脱出はできないのです。事実は韓国の妄想捏造のようにあまっちょろくはないのです。

ソ連は鉄条網を張ったりせず、虫ケラのように朝鮮人を殺したのですから。


いやー、しかし…、事大主義って、情けないもんですねぇ。

本当に朝鮮人を強制連行したロシアには何も言えないで、朝鮮を保護した日本には捏造でタカってくるんですからね。


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日本敗戦後、ソ連軍進駐を拍手でむかえる朝鮮人↓
ソ連軍を迎える朝鮮民族


どんなに落ちぶれても、韓国のようにはなりたくないですね。


【強制連行の謝罪と賠償はロシアに求めよ】

鉄条網で逃亡防止 朝鮮人強制労働の実態示す文書発見
Yahoo!ニュース (聯合ニュース)  2015年7月12日

【ソウル聯合ニュース】世界文化遺産に登録された「明治日本の産業革命遺産」について、日本側が世界遺産委員会で言及した「forced to work」との表現は朝鮮人の強制労働を認めたものではないと主張する中、当時の日本の炭鉱で朝鮮人労働者の脱出を防ぐために鉄条網を設置したことを示す記録が見つかった。韓日文化研究所長で釜山外国語大名誉教授の金文吉(キム・ムンギル)氏がこのほど、福岡県の山野炭鉱の物資明細書を日本の博物館から入手し、聯合ニュースに伝えた。
 
 用途を「半島人合宿所」とした物資明細書は鉄条網の規模・構造について、「半島人」の逃亡防止のため、高さを7尺延長し、140間を張り巡らすとしている。金氏は「半島人は朝鮮人強制徴用者を意味し、7尺延長は既存の構造物(壁など)の上に7尺の鉄条網を設置するという意味」と説明した。7尺は約2.1メートルで、140間は約255メートル。
 
 金氏は「逃亡防止のための鉄条網は当時、朝鮮人が強制動員され、事実上の監禁状態で強制労働させられたことを示す明確な証拠」と強調した。
 
 物資明細書では工事の着工日を昭和19年(1944年)3月1日、完工予定日を同年3月31日と記している。
 
 鉄条網の設置は炭鉱で朝鮮人強制徴用者らの脱出が相次いだことに対応した措置とみられる。 
 
 日本側は朝鮮人が強制労働させられた施設が含まれる産業革命施設について、ドイツ・ボンで5日に開かれた世界遺産委員会で世界遺産に登録されてから「強制労働」を認めたものではないと主張している。日本側が世界遺産委員会で「brought against their will」(意思に反して)、「forced to work」(強制的に労役)などと言及したことを受け、韓国政府は強制労働を認めたものと主張した。だが、日本側は「働かされた」と翻訳し、強制労働を認めたものではないと反発している。
 
 菅義偉官房長官は「1944年9月から1945年8月の終戦までの間に、国民徴用令に基づいて朝鮮半島出身者の徴用が行われた。これはいわゆる強制労働を意味するものでは全くないというのが、政府の従来どおりの見解だ」との考え方を示した。過去の侵略や植民支配は合法だったという日本側の従来の主張と歴史認識を繰り返したものといえる。だが、菅官房長官が言及した1944年9月以前にも朝鮮人の強制徴用があったことから、こうした主張は矛盾しているとの指摘もある。



本記事の資料


(  )内は管理人による注釈です。

・朝鮮人の家と土地を奪い、鮮字新聞を弾圧し、朝鮮人の大学を廃止し、強制連行したのはソ連
・日本政府はソ連政府に激しく抗議した



出典:アジア歴史資料センター:レファレンスコード:B02130117300:昭和12年12月1日 東亜局 「東亜局第二課関係/第四章 朝鮮人関係諸問題/第六節 蘇連ノ極東鮮人強制移住政策ト在満鮮人ニ与ヘタル反響」



第六節 蘇聯の極東鮮人強制移住政策と在満鮮人に与えたる反響

 第一款 総説

在浦潮(ウラジオストック)総領事来電に依れば最近蘇聯は極東地方在住の鮮人(軍隊内にあるものを含む)を中央亜細亜(アジア)方面に強制移住せしむることに決し 先(ま)ず満蘇国境に近接せる地域より着手し而(しか)も其(そ)の全部を極めて短期間に移住せしむることとしたる模様にして 同総領事館の入手せる情報に依るも「グロデコウオ」、「ナデージンスカヤ」、「ポシェト」地方、「ハマタン」地方(密山南方地方)よりはすでに夫々(それぞれ)立退(たちのき)を命ぜられ 又(また)は既に立退完了を見たる地域あるものの如(ごと)し

右今回の強制移住が果して予期の如く極めて短期間内に在留鮮人全部に亙(わた)り行われ得るや否やに付(つい)ては疑問なき能(あた)わざる所なるも(ぎもんがあるが) 現に相当広範囲に亙り強制移住の行われつつあるは輸送列車を目撃せるものの言に徴するも明かなるが如きも 後述綏芬河(すいふんが)反蘇鮮人運動期成同盟の名に於(おい)て広く関係方面に散布せられたる檄文の内容中にある列車事故頻発の為(ため)三千人の死傷者を出せり云々 

又(また)右は蘇聯の計画的加害行為云々の点に付ては今後尚お慎重検討の要ある所 苟(いやしく)も本件の如き極めて短期間に於て多数の人員強制移住実行に当りては其の間幾部無理も手伝い 有り勝ちなる故障なるやにも想像せられ蘇側に於て故意に列車の転覆を計り殺戮の為(た)めの殺戮を行うと云(い)うが如きは彼等(かれら)が何等(なんら)の抵抗も試みず蘇側の措置に盲従し居る点より考察するも恐らく鮮人一流の誣言(ふげん:いつわっていうことば)に非ずやとも思考せらる(ソ連が故意に列車を転覆させ、朝鮮人3000名を殺戮したというのは朝鮮人がソ連に対しなんの抵抗もせず盲従している点から、朝鮮人一流のウソではないかとも考えられる)

(中略)

(A) 沿海州に於ける朝鮮人人口推定数

確実なる数は判明し難きも一九三一年三月出浦潮鮮字新聞「先鋒」は之(これ)を十九万四千二百と発表せるが 爾後正式入国者は勿論(もちろん)満洲事件(満州事変)以後国境警備の厳重化に伴い密入国者も杜(途)絶 以て現在に於ても大なる変動なく二十万人内外と見ること妥当なるべし 

(中略)

 第二款

今回の強制移住の範囲は昨年初頭「ソ」国内の一般的粛正工作に関連し行われたる所謂(いわゆる)朝鮮人不純分子約一万人の強制移住とは異なり地域的にも将亦(はたまた)数的にも相当広範囲に亙り極東「ソ」領全部に及ぶものと推測せらる 此(こ)の結果現れたる現象として左の如き情報あり

(イ) 唯一の鮮人新聞たる「先鋒」の廃刊
(ロ) 浦潮朝鮮人師範大学の解散
(ハ) 移住の為(ため)輸送用貨車三千両準備説
(ニ) 朝鮮人兵士の除隊及(および)鮮人部隊の解散説
(ホ) 朝鮮人官吏の移住等

対鮮人文化施設の廃止竝(ならびに)鮮満赤化謀略機関の解散、大量移住輸送機関の整備等其の企図従前と格段の差あるを認め得べし

尚(なお)是迄(これまで)入手せる情報に依れば移住命令に基(もとづ)き移住を開始せる地区左の如し

興凱湖西方地区(「ハマタン」地方)九月十日
「スバスク」附近同 十二日以前
「イマン」附近同 十二日以前
「ポシェット」地方同 十二日
「グロデコオ」附近同 十三日
「ウオロシロフスク」附近同 二十日の予定
「ナデージンスカヤ」附近同 二十日
浦潮及其附近同 二十五日以降
「ウゴリナヤ」同 一ヶ月以内


以上の事実に依り移住は満蘇国境接壌地域より開始せられ逐次奥地に及ぼさるるものの如し

 第三款

本件に関する蘇聯当局の真の目的とする所は諸般の情勢より判断するに防諜及(および)防略的見地に基くもの如く 即ち其の実施の隠密周到且(かつ)大量迅速なると国境接壌地方より順次開始せらるるを以て積極的開戦準備に非ずやとの疑(うたがい)なきにあらざるも(積極的開戦準備ではないかとの疑いがあるも) 「蘇」側の国内情勢及(および)極東軍竝(ならびに)極東各地の現況に照し 右は急速なる作戦準備の為に非ずして 現下支那事変に関連し日蘇間に於て早晩予期せらるる戦争準備の為の事前工作と見るを妥当とす

其の時期を特に九月以降に選びたるは日本の勢力支那事変に没頭し鮮人移住の動揺に乗せらるる惧(おそれ)少きと 他方十一月の除隊兵定着政策と関連し鮮人の土地を之(これ)に与えんとするに在(あ)るやに認められ 殊(こと)に「ウオロシロフ」(ママ)附近に於ては軍隊を収容すべしとの理由にて鮮人は家屋及(および)耕作地を其の儘(まま)存置せしめ退去する様(よう)命じたる由(よし)なり

「ソ」側は右移住に付て強制労働或(あるい)は追放の意に非ず移住先は土地肥沃にして農耕に適する地域にして鮮人優遇の政策に出でたるものなりと発表したる趣なるも 鮮人間には相当動揺あるやに伝えられ右蘇聯の鮮人移住策に対し国境地方に於ては強制移住を嫌忌し逃避越境の鮮人を予想し自今一層厳戒策を講ずることとなりたるやに伝えらる

(中略)

 第六款 本問題に関し帝国政府の採りたる措置

斯(か)くの如く多年沿海州鳥蘇里方面に居住し農業、漁業等の平和的職業に従事せる朝鮮人を強制的に未開の中央亜細亜(アジア)方面に移住せしめ 以て彼等(かれら)の生活の根拠を奪い且(かつ)伝えらるるが如く輸送途中に於て数千の死傷者を生ぜしめたるが如き非人道極まりなき蘇聯 今回の所為に対し帝国政府にに於ては本年十一月十五日在蘇帝国大使をして蘇聯政府に対し厳重抗議せしめ猛省を促す所あり 右に対し蘇聯政府に於ては同月二十七日附公文を以て回答越せる処(ところ)右回答内容は問題の実質に触るることを避け 何等(なんら)誠意なきものと認めらるるに付(つき)我方に於ては近く更に第二次抗議を繰返す手筈(てはず)となれ居(お)れり







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